作品タイトル不明
第395話:救援の途 その6
港町ラーシンで宿を取り、一晩を明かしたら早朝から早速行動である。
透輝達の分の朝食も購入して町を出ると、キュラスを待機させておいた森の方へと足を向ける。他国ということで一応尾行がないかを確認するが、それらしい気配は感じ取れなかった。
「おー、おはようミナト。お、朝食? 悪いな」
既に準備を整えていたのか、透輝が軽く手を振ってくる。一緒にいたはずのリリィは少し眠そうで、メリアはそんなリリィを支えているが……。
「メリア? リリィはなんでそんなに眠そうにしてるんだ?」
透輝に朝食のサンドイッチを手渡し、キュラス用の肉や野菜も渡すと、小声でメリアに尋ねる。するとメリアは普段通りの様子で答えた。
「夜、透輝とずっと喋ってた」
「……ずっと?」
「ずっと。楽しそうだった」
「……そっかぁ」
どうやらリリィは夜更かしして透輝と お(・) し(・) ゃ(・) べ(・) り(・) をしていたらしい。俺はなんとも言えない気持ちになったが、今は優先するべきことがあるからと飲み込むことにした。
そうして朝食を済ませて準備を整えたら早速出発である。キュラスの背中に乗り、キッカの国へ向かって飛び立つ。
目指すはキッカの国の中枢、キョウの都がある中央の島―― 央島(おうとう) である。
『桜花のダンジョン』が発生したのは北島だと噂話で聞けたが、こちらの立場が立場だけに直接乗り込むわけにもいかない。まずは央島で到着を告げ、正式に助力することを申し出てから動く必要があった。
そのための準備は先行しているパエオニア王国の外交官が進めているはずである。あとは先方の お(・) 偉(・) い(・) さ(・) ん(・) と直接顔を合わせ、正式な許可を得たら北島へ出発する予定だ。
それを今日中に片付け、明日にはダンジョンに乗り込みたい。俺はそう思っているのだが――。
「透輝、太陽の位置から計算したところ進路が北にずれているぞ」
「わかった。キュラス? 進路を少しだけ南に向けてくれ。そうそう……って、これで合ってるのかわからないけど……」
俺が声をかけると、手綱を握る透輝がキュラスに指示を出す。俺が直接声をかけても良かったが、 父(・) 親(・) である透輝の方がキュラスも気が紛れると思ったのだ。
それが何故かというと、現在、海上を飛んでいるからだ。当然ながら海上には目印となるものが存在せず、キュラスとしても初めての経験だからか、普段と比べると動きが悪い。
キュラスも真っすぐ飛んでいるつもりだろうが、徐々に進路が偏っていくのだ。高度も微妙に上下している。海に落下するようなことはないが、進路を修正するための目印が存在しないというのが大きいらしい。
海上で見えるものがあるとすれば太陽と雲ぐらいだが、当然ながら雲の形は一定ではない。そのため逐一太陽の位置を確認し、方角を割り出して伝えているのだ。
碌に目印がない状態で人間が歩く場合、無意識の内に進路が偏って大きな円を描くように進み、最終的には元の位置に戻ってしまうとも聞く。キュラスも同じことをやりかねないため、こちらからの指示は必須だった。
「…………」
そうじゃないと、普段にもまして口数が少ないランドウ先生に怒られそうである。というか、ピリピリとしていて怖い。
港町ラーシンで聞いた感じ、キッカの国までは船で二日から三日程度の距離である。
この世界での船といえば、当然ながら前世のようにエンジンを積んだ船は存在しない。ガレー船のように帆と漕ぎ手を併用して海上を進む船、あるいはガレオン船のような大型の帆船になる。
それらの船で二日から三日程度となると、キュラスで飛べば二、三時間程度で到着できるだろうか。もちろん、キュラスが真っすぐに飛んだ場合がそれぐらいというだけで、今みたいに進路を見ながらとなるともう少し時間がかかりそうだが。
「ん? なんだアレ」
そうやって空を進んでいると、透輝が怪訝そうな声を上げる。進路上、遠くに黒い雨雲が湧いているのを見て、俺は眉を寄せた。
「チッ……どうやら現地は天気が良くないみたいだな。各自、雨具の用意だ」
いくらキュラスでも発達した雨雲を飛び越えることはできない。弱い雨雲なら地表から低い地点……それでも二千メートル以下の高さになるが、発達して積乱雲になると一万メートルを超える高さになってしまう。
可能なら迂回したいところだが、遠くに見える範囲は全て雨雲で覆われているようだった。そのため雨具で身を包み、そのまま突っ込むしかない。
(そこまで発達はしてないか? 落雷がなければいいが……)
最悪、ナズナの『汝佐優守』でバリアを張ってもらう必要があるだろう。あるいは『一の払い』で落雷を斬るか。
そんなことを考えながら雨具をしっかりと身に着ける。布地に油脂を塗り込んだ代物で、多少の雨なら弾いてくれるのだ。まあ、さすがに土砂降りになると短時間しか防げないが。
『キュウウウウゥゥ……』
雨雲が雨を降らしているところに突入すると、キュラスが不快そうな声を上げる。俺達と違って雨具を身に着けるわけにもいかないし、我慢してもらうしかないだろう。
(陸地を飛び立って二時間近く経ってるし、早ければもう少しで到着すると思うんだが……)
それまで見えていた太陽が雨雲に隠れてしまったため、進路はキュラスの感覚頼りだ。雨が酷いようならいったん、央島ではなく手前の 西島(せいとう) に降りても良いが――。
(……あれ? 中々つかないな……)
そのまましばらく飛び続けたが、陸地が見えてこない。雨もどんどん強くなっており、数十メートル先も見えないほど視界が悪いというのもあるだろう。晴天の際は見えていた海面も見えなくなっており、キュラスの方向感覚を頼りに飛び続ける形になる。
それでも、そろそろ到着してもおかしくなさそうなものなのだが。
「少し高度を下げてくれ! もしかしたら見えないだけで既に陸上かもしれん!」
『クキュウウウウゥゥッ!』
ザーザーと雨が降りしきっているため、声を張り上げて指示を出す。すると透輝が手綱を操って指示を出し、キュラスがそれに応えて声を上げた。
――その瞬間だった。
「っ!?」
数度の発光と共に雷が飛来する。それは雨雲がある頭上ではなく、 足(・) 元(・) か(・) ら(・) の攻撃だ。
それを感じ取った俺が咄嗟に『一の払い』で両断する――よりも早く、ランドウ先生が刀を振っていた。
それによって飛来した『雷撃槍』は両断され、空中へと霧散する。
「ちょっ!? 攻撃された!?」
透輝が驚きの声を上げ、身を乗り出して眼下を覗き込む。すると怪訝そうな顔になり、すぐさま俺の方へと振り向いた。
「あの……ミナト? 俺の気のせいじゃなかったら、ここ、ダンジョンの中じゃないか?」
「……なんだって?」
言われて俺も足元を眼下を覗き込む。すると、ダンジョン特有の違和感が感じ取れた。
(どこかのダンジョンに突っ込んだか? それともまさか、進路が逸れて『桜花のダンジョン』に? というか、もしかしてキュラスに乗ってるとダンジョンの気配がわからないのか?)
キュラスは光属性の光竜だし、もしかするとダンジョンの気配を中和する力があるのかもしれない。というか、普通の飛竜等と違ってダンジョンに突入しても無事なんだから、何かしらの対抗手段を備えているのか。 そ(・) れ(・) によってダンジョンの気配がわからなかったのかもしれない。
「もっと安全運転をしてもらえば良かったか……とりあえず敵の攻撃に備えながら降下するぞ! ナズナ!」
「はっ! お任せください!」
そう叫び、ナズナが『汝佐優守』を発現して球体状のバリアを張る。さすがに長時間は張れないが、地表に降下する間ぐらいなら余裕でもつだろう。
「キュラス! 勢いをつけすぎて地面にぶつかるなよ!」
『クキュウウゥッ!』
俺が叫んで注意を促すと、任せろと言わんばかりに返事があった――が、同時に、再び『雷撃槍』が雨を切り裂きながら飛来する。
「っと! またか……キュラスの声に反応してるのか?」
ダンジョンの中ならモンスターからの攻撃だろうか。ドラゴンであるキュラスに喧嘩を売るモンスターがいるとは思わなかったが……いや、逆か? 光竜だから敵だと思われたのか?
今度は俺が『一の払い』で『雷撃槍』を両断しつつ、そんなことを考える。一体どんなモンスターが攻撃を仕掛けてきているのやら、なんて思いながらキュラスの降下に合わせて警戒していると、何やら雨音に混じって人の声が聞こえてきた。
「ええい! よりにもよってこのタイミングでドラゴン系モンスターだと!? 撃ち落せたか!?」
「敵は健在! 相殺されたようです!」
「チィッ! 避難民を早く逃がせ! 殿はどうなっている!?」
何やら切羽詰まっているというか、やけに緊迫した声が聞こえてきた。それと同時に大勢の人間の不安そうな、必死に駆けるような息遣いも聞こえてくる。
(これは……まずいのでは?)
状況は不明だが、どうやら避難民を抱えた相手に敵だと勘違いされているらしい。
キュラスが降下したことで見えてきた地上では、荷物を抱えた民らしき者達を護衛する武者――前世の時代劇で見たような甲冑姿の者達の姿が見えた。
「撃つな! こっちは 味(・) 方(・) だ!」
相手の状況を確認した俺はすぐさま声を上げる。『雷撃槍』ぐらいならいくらでも両断できるが、上空からの敵襲だと勘違いされてパニックになられるとまずいだろう。
俺はある程度地上が近付いた時点でキュラスから飛び降りる。そして注目を引くように着地すると、両手を開いて無抵抗を示す。
「オレア教からの要請を受けてきた! 同盟国、パエオニア王国のサンデューク辺境伯家嫡男、ミナト=ラレーテ=サンデュークだ! 指揮官はいずこか!?」
そう叫んで味方であることを示すと、武者達は困惑したように顔を見合わせる。向こうからすれば、いくら同盟国の人間とはいえいきなり空からやってきたのだ。警戒の一つもするだろう。
それでも黙っているわけにもいかないと判断したのか、武者の中でも年長と思しき男性が前に出てくる。
「……北島ノ将、ランマル=イチジョウだ。援軍が来るなど聞いていないが……」
「この雨天で迷いまして……こちら、央島もしくは西島でしょうか?」
イチジョウという苗字に引っかかるものを覚えつつも、そう尋ねる。北島ノ将って名乗ってるから、多分、違うだろうけど。
「北島の『桜花のダンジョン』である。現在、民間人の護送中だ。すまぬが、貴殿らの身元が知れん。同盟国の人間というのなら手荒な真似はしたくない。大人しく」
「――失礼」
そんな言葉を紡ぎながら、ランドウ先生が降ってくる。そしてほとんど足音を立てずに着地すると、イチジョウに向かって片膝を突いてみせた。
「この者達の身元、私が保証いたします。それで如何でしょうか?」
これまで一度も聞いたことがないような、敬意のこもったランドウ先生の口調。それに驚く俺だったが、相手もまた、驚いたように目を見開いていた。
「お主……ランドウ、か?」
「お久しぶりです、イチジョウ様」
イチジョウ――かつて仕えていた主君に向かって一礼してみせるランドウ先生の姿は、これまでにないほど緊張に満ちていたのだった。