作品タイトル不明
第391話:救援の途 その2
出発は二時間後と告げた俺だが、二時間という時間は長いようで短い。
それでもランドウ先生を除き、これまで大規模ダンジョンを破壊するために何度も挑んできたメンバーである。必要な物資を手早く揃え、余裕を持って集合時間に間に合うだろう。
「――急にすまない。スグリ、いるか?」
そうやって準備を手早く整えた俺は、生徒会用の錬金工房へと足を向けた。スグリなら休日だろうと関係なく、工房で錬金術に励んでいると思ったからだ。
「あっ、み、ミナト様っ? きゅ、急にどうされたんですか?」
平日ならまだしも、休日に俺が訪れるのは珍しいからだろう。スグリは一瞬驚いたような顔をしたかと思うと、すぐに嬉しそうな、花咲くような笑顔を浮かべながら小走りに駆け寄ってくる。
「緊急で 仕(・) 事(・) が入ってね。すまないがポーションを売ってもらえるだろうか?」
「お、お仕事……ですか?」
「ああ。ダンジョンの破壊さ。厄介そうなダンジョンでね。備えはあるに越したことはないし、君のポーションにはいつも助けられているから可能な限り持っていきたいんだ」
スグリ印のポーションは既に実戦で何度も使っているし、信頼性が高い。そのためある限りの在庫を全て求めると、スグリは不安そうな顔になる。
「う、売るのは構いませんが、なんというか、こ、これまでと違う感じが……その、だ、大丈夫……ですか?」
「……ああ、大丈夫さ」
スグリの心配の声に対し、薄く笑って返す。
今回の件、 こ(・) れ(・) ま(・) で(・) と違うのはたしかだ。なにせ『桜花のダンジョン』という名前こそ一緒だが、出現場所が『花コン』で知るものと全く異なるのだから。
出現するモンスターの種類や強さは?
ダンジョンの正確な広さは?
――オウカ姫に関係しているのか?
それらが全くの手探りなのだ。ついでに、というには大きな問題だが、他国に発生したダンジョンというのも見逃せない。これまでのように自由に動き回ることができるかどうか。
「今回挑むダンジョンは出現したばかりでね。情報が全くないんだ。だから状態異常を回復するためのポーションなんかもあるだけ欲しい」
そう言いつつ、俺は手持ちのポーションを確認する。普段の訓練でそれなりに消耗することがあるため、ポーションを差し込むポケットにはところどころ空きができていた。
(回復ポーションだけでなく、毒消しや麻痺治し、眠気覚ましに盲目治し……石化治しはいるか? 魔法封じの回復ポーションは……モリオンやメリアに渡しておくか)
手持ちのポーションが増えすぎると荷物になるが、どんなモンスターが出現するかわからないため備えは必要だ。そう思ってポーション類の完成品置き場へ視線を向けると、これまで見たことがないポーションがいくつか並んでいる。
「そ、それでは、この万能回復ポーションはどうでしょう? じ、状態異常の全てを回復する、その、ポーションです……けど……」
「…………」
俺は思わず沈黙し、スグリが差し出してきたポーションをじっと見つめる。ちょっと目を離した間に、また錬金レベルを上げてる……。
万能回復ポーションはその名の通り、状態異常に関して万能の回復薬だ。毒、麻痺、眠気、盲目、石化、魔法封じなど死亡を除く全ての状態異常を回復できるポーションである。
これがゲームなら全ての症状に対応するポーションをそれぞれ持ち歩けば良いが、現実ではそうもいかない。荷物が増えればその分重くなるし、邪魔になる。ゲームみたいにアイテムを大量に持ち歩くなんて不可能だ。
だから、万能回復ポーションのように全てに対応できる回復薬というのは非常にありがたい。緊急時に 雑(・) に(・) 使(・) え(・) る(・) というのも大きかった。
たとえば毒をくらった際、ポーションを差したポケットから毒消しのポーションを選ぶという数秒の手間が解消される。戦闘時はその数秒の手間が惜しいのだ。その点、万能回復ポーションならすぐさま選び、使うことができる。
剣帯や腰のベルトにポーションを差せるようポケットをつけてあるが、そこに手を伸ばし、選び、使うという工程の内、選ぶ手間が解消されるのだ。これは小さいようで非常に大きい。数秒どころか数瞬を争う戦闘時では、本当に大きい。
(少し目を離した隙にどんどん成長するなぁ……戦闘に向いていないとしても、こういった面での成長はやっぱりスグリが一番か……)
『花コン』ではそうだから、なんてのは抜きにして、とんでもない成長速度だ。現実でコレを目の当たりにすると、天才っていうのはこういう人のことを指すんだなってよくわかる。透輝も大概理不尽な天才ぶりだが、スグリもそれに負けず劣らずだ。
もちろん、単純に天才だから成長が速いというわけではない。その才能を活かすべく日頃から努力を重ね、才能を磨いているからこその結果だろう。
「さすがだな、スグリ……大したものだ」
だからこそ、俺も素直に賞賛できる。今の状況ではその天才ぶりが助かると、素直に喜べる。
「…………!」
俺の言葉を聞いたスグリの表情がぱっと輝いた。それ以上の褒め言葉はないと言わんばかりに、喜色満面の表情を浮かべる。
「あ、あの、ミナト様……ご、ご迷惑かもですけど、その、ポーション……わたしが差してもいい、ですか?」
「ん? 別に構わないが……」
何やら遠慮がちに言われ、俺は首肯を返す。するとスグリは更に喜びを深め、嬉々としてポーションを剣帯やベルトのポケットに差し込み始めた。
「あのあのっ、その、わたし、ミナト様と一緒に、た、戦えません、けど……せめて、 こ(・) の(・) 子(・) 達(・) が一緒に……えと、ミナト様を守って、傷を治してくれると思います、から……」
そして、ポーションを丁寧な手付きで差し込みつつ、俺を至近距離から見上げてくる。
「……ぶ、無事の帰還を、お待ちしてます」
そう言って最後に差し込まれたのは、スグリの『召喚器』である『禁忌弱薬』だ。己の魂たる『召喚器』を預けると、これが身を守ってくれることを祈ると、そう言わんばかりの手付きである。
「ああ、ありがとう」
そんなありがたい応援の声を受けてから、俺は錬金工房を後にするのだった。
必要となるポーション類をスグリから購入し、出発前の集合場所として定めたキュラスの飼育小屋前へ足を向ける。ポーション類を分配し、時間的な余裕があればカリンのところにも顔を出そうと思ったのだが――。
「ミナト様」
「カリン? どうしてここに?」
集合場所には何故か、カリンがいた。緊急での出発ということで声はかけていなかったのだが。
「朝からミナト様達の様子がおかしいと派閥の者から連絡を受けまして。こうして様子を見に来ました」
どうやら日曜日にもかかわらず忙しなく動き回る俺達を見て、何かおかしいと感じた生徒がカリンに報告をしたらしい。
見ればカリンだけでなく、大規模ダンジョンの攻略に向かった時のようにアイリスやカトレア、コハクやモモカ、それにアレクといったメンバーも集まっていた。
「そうか……出発前に君の顔を見たかったからちょうど良かったよ」
「っ……そ、そうですか……それならその、嬉しく思います」
思ったことをそのまま伝えると、カリンは嬉しそうな顔をする。だが、すぐさま何かに気付いた様子で真顔になった。
「……もしかして、スグリさんのところに行かれてましたか?」
「ん? ああ、そうだよ。ポーションを買いにね」
そう言いつつ、手に下げていたものを掲げてみせる。ポーションを大量に持ち運ぶための代物で、格子状の木枠が嵌められた箱だ。前世でいうところのビールケースみたいな代物である。
ポーション類はフラスコや試験管みたいな形の硝子瓶に入れてあり、口をコルク栓で閉めて密封してあるが、割れる時は割れる。そのため大量に持ち運ぶ時はこういった道具が必要になるのだ。
「みんな、スグリのところからポーションを買ってきた! 必要な分、持って行ってくれ!」
回復ポーションにマジックポーション、それに状態異常関係のポーションが詰めてある。あとはそれぞれ必要とするものを持っていくだろう。早速透輝やモリオン、リリィが中身をチェックし、それぞれポケットに差し込んでいく。
「あっ、透輝さん高品質のポーションを一つも持ってないじゃない! わたしのを一つあげるね?」
「え? いや、俺は中品質のポーションがあれば足りるし、それはリリィちゃんが使って……って、差し込まないでくれる!?」
「えへへ……備えあれば憂いなし、だよっ!」
そして何やらリリィが透輝に対して世話を焼いているのが見えるが……ぎぎぎ……ぽ、ポーションは大事だから仕方ないな……。
「な、なんかししょーがとんでもない目で俺を見てる……!」
「ミナト様? 事(・) 情(・) はお聞きしていますが、さすがにそれはちょっと……」
透輝が戦慄したように呟いているが、安心しろ。見ているだけだ。
そしてカリン? リリィが俺の娘だって知っているなら、この焦燥感をわかってほしい。透輝は良い奴だし、仮にリリィを託すとすれば透輝は悪くない選択肢だが、透輝にはアイリスがいるのだ。
『花コン』でならハーレムルートも存在したが、透輝と接した感じ、透輝は複数の女性に意識を向けてどうこうってタイプじゃない。一途な男だ。
つまり、既に想い合っている相手がいる透輝に惚れるのは失恋が確定しているようで、見ていてきついものがあった。
(い、いや、それもまた人生経験の内だ……そう思おう……)
あくまで懐いているだけで、惚れた腫れたって感情はないかもしれないし……なんて、自分にそう言い聞かせて俺は思考を切り替える。これからキッカの国に向かって出発するのだ。そんなことを考えている暇はない。父親としては無視できないが。
そうやって準備を進めていると、ナズナやメリア、ランドウ先生といった他のメンバーも集まってくる。ナズナやメリアはリュックを一つ、ランドウ先生はズタ袋一つと軽装だ。
現地で購入できるかわからないため、携帯食料の類は道中で購入予定である。というか、さすがのキュラスでもひとっ飛びでキッカの国には到着できない。移動距離的にも途中で休む必要がある。
(今日のところはサンデューク辺境伯家で一泊、次の日はアーノルド大陸東端付近で一泊、そこから海を渡ってキッカの国に到着……できると良いんだが……)
空を飛んで片道三日ほどの旅程である。キュラスがいなければはたして何十日かかっていたか、という距離だ。
身分を証明する書類に関しては昨晩の内にオリヴィアが用意してくれたし、現地にはパエオニア王国の外交官もいる。
現地がどうなっているか不安はあるが、戦力の不足はない。それを感じているのは俺だけでないのか、カリンもまた、大規模ダンジョンに送り出す時と比べると落ちついた表情を向けてくる。
「それではミナト様……ご武運をお祈りしています」
「ああ、行ってくる」
そう言って頷きを返し、俺達は学園から出発するのだった。