作品タイトル不明
第389話:将来に向けて その4
自室となる、上級貴族寮の部屋の中。
日が落ちて既に数時間が経過し、深夜と呼んで差し支えない時間帯。ランプの明かりで照らされた部屋の中で、椅子に座った俺は両手で広げた本の『召喚器』を前に、重苦しい空気を発していた。
夕方にコハクとカトレアと話をして、普段通り自主訓練をして、寮に帰ってきて。これまた普段通りの日課として本の『召喚器』を発現して中身を確認してみたら、新しくページが増えていた。
それも一ページではなく二ページである。
その結果、どうなったか? 最大で百ページだと思っていた『召喚器』に追加で一ページ追加され、百一ページ目にカトレアの絵が表示されたのだ。
「君さぁ……本当にさぁ……」
俺は深々と、ため息を吐くようにしながら言う。本の『召喚器』からの返事はない。口がないのだから喋ることはないのだが、気分としては返事が欲しいところだった。欲しいのは返事というか、弁解だが。
「最初さ、百ページだっただろ? なあ? 俺、何回も数えたよな? いや、何回どころか何百回は数えたよな? 最低でもそれぐらいで、下手したら千回以上数えてるぞ? なあ」
それでも俺は本の『召喚器』に向かって言葉を投げかけていく。そうしなければ気が済まないというのもあったが、こうして対話すれば何かしらの反応があるかもしれないと思ったのだ。
返事がない会話を対話と呼ぶかは甚だ謎だが、俺としては対話である。
「もう一回数えようか? ほら、いくぞ? 一、二、三、四、五……」
俺は本の『召喚器』のページを最初からめくり始める。今となっては懐かしい、ナズナに白いリボンを初めてプレゼントした時の絵からスタートだ。
そうして一ページ一ページ丁寧にめくり、内容が変化していないことを確認しつつ声に出してカウントしていく。
「九十八、九十九、百……百一……なあ、この一ページはなんだ? 白紙のページ、百ページ分しかなかったよな? なんで増えたんだ?」
どういうことなんだ、と尋ねると、『召喚器』の背表紙から放たれる光がほんの少し強くなったような気がする。それと同時に不服そうな……言葉にして言えば『知らん』とでも言いたそうな感情が伝わってきた。
「知らんじゃないよ知らんじゃ。君のことだよ? 君が増やしたページでしょ? これ、何ページまで増えるんだよ」
俺が尋ねると、再び『知らん』と言いたげな雰囲気が伝わってきた。
「あと一ページで何か起きるかも、なんて考えてた俺の期待を返してくれよ……いやまあ、正直に言えば期待はちょっとしかしてなかったけどさ……さすがにしれっとページが増えるのは予想外だって」
俺は『召喚器』に言葉をぶつけていくが、予想通りと予想外が同時に襲ってきたにしては穏当だと思う。
百ページに到達したら何かあるかも、というのも本当に少ししか期待していなかった。 ト(・) リ(・) ガ(・) ー(・) に(・) な(・) る(・) 何(・) か(・) がなければ『掌握』に至れないのではないか、なんて思っていたのだ。
こうして曖昧ながらも意思疎通ができるだけ大きな前進である。そう思わないとやってられない。燃やせるなら火に放り込んでいるし、斬れるなら両断しているところだ。
「なあ、俺はいつまで我慢すればいいんだ? それともこれは俺のワガママか? 身体能力を強化してくれているのは助かるし、感謝もしてる。でも、 更(・) に(・) 上(・) が(・) あ(・) る(・) だろ? 頼むから俺に力を貸してくれよ」
そう言って俺は頭を下げ、頼み込む。しかし本の『召喚器』は光を放ち、呆れたような感情を向けてくるだけで変化がない。
(何が駄目なんだ? カリンへの気持ちを認めたし、この世界が現実だって心の底から認識した。トリガーは多分、カリンへの気持ちじゃなくて現実だって認めた方だと思うんだが……まだ何か足りないのか?)
この世界は『花コン』の世界ではなく、あくまで似ているだけ。俺の行動でいくらでも変化するし、影響を与えることができる。
『花コン』の主人公であり、剣に関しては天才としか言えない透輝と比べたら与えられる影響は限られているかもしれないが、立場と名声から考えると俺でも相応に大きな影響を与えられるはずだ。
(とりあえず百ページを超えたし、こうして毎日話しかけてみるか……)
あとは身体能力がどうなっているか確認する必要がある。そうして俺はため息を吐くと、毎日話しかけることを誓って本の『召喚器』を消すのだった。
その五日ほど後のことである。
本の『召喚器』が百ページに到達したからと身体能力が劇的に向上したわけでもなく、普段通りページが増えた分、多少身体能力が強化されたかな? という具合いで確認できたわけだが。
毎日の日課は本の『召喚器』の確認だけではない。オリヴィアからの呼び出しがないかも毎日確認しているのだが、今日は久しぶりに呼び出しの手紙がタンスに入っていた。
そのため相も変わらず真夜中に図書館を訪れ、オリヴィアへ会いに行ったのだが。
「……ランドウ先生?」
「ミナトか」
そこには珍しく――というか、図書館で会うのは初めてとなるランドウ先生がいた。
普段通りところどころが擦り切れた着物に袴、足元は足袋に草履、腰元には刀と脇差という見慣れた格好だが、図書館で見ると場違い感が半端ではない。学園自体西洋風の建物のため、どこにいても場違い感があるといえばそうなのだが。
「どうしてここに?」
俺は不思議に思って尋ねる。するとランドウ先生は腕組みをしてその視線を図書館の奥へと向けた。
「学園の使用人が手紙を持ってきてな。呼び出された」
「……先生もですか」
どうやら今回はランドウ先生にも用があるらしい。初めてのことでその用件が予想できないが、それはこれからオリヴィアに聞けば良いだろう。そのオリヴィアも、気配を隠すことなくこちらに近付いてきているしな。
「――このような時間に呼び出し、申し訳ございません」
姿を見せたオリヴィアは、最初にランドウ先生に向かって謝罪した。たしかに既に深夜と呼べる時間帯であり、人を呼ぶには相応しくないだろう。俺はまあ、最早慣れてしまったし、明日は日曜日だから構わないが。
「構わん。どうせ時間があれば剣を振っている身だ。それで? 俺の弟子共々呼び出してどういうつもりだ?」
少しばかり険があるランドウ先生の様子に、俺はオリヴィアを助けるべく口を挟む。
「ランドウ先生、こちらのオリヴィアさんはですね」
「お前を度々呼び出し、大規模ダンジョンの破壊やらを押し付けた相手だろう?」
「…………」
やばい……気配を隠して図書館に行っていたつもりだったけど、どうやらランドウ先生にはバレていたらしい。あるいは、これまでの俺の行動からの推測か。
「それは……そうなんですが……」
何か抗弁しようとして、結局は認めてしまう。するとオリヴィアが苦笑し、居住まいを正してから一礼した。
「改めて……オレア教の教主、オリヴィアでございます。お弟子さんにはお世話になっておりますわ」
「……ランドウ=スギイシだ」
知っているだろうがな、と吐き捨てるように言うランドウ先生。どうにも当たりが強いというか、オリヴィアへの警戒心が強いように見える。
「ええ、よく存じております。『剣聖』、『キッカの剣鬼』……その技量がどれほど優れているかも」
「 直(・) 接(・) 見(・) た(・) からか?」
そう言ってランドウ先生は鋭い目付きになる。
「おや……お気づきでしたか」
「当然だ……と言いたいところだが、確証まではなかった。俺がそこの馬鹿弟子と剣を交えていた時、隠れて見ていただろう? 殺気も敵意もなかったから放っておいたがな」
どうやら先日にランドウ先生と剣を交えていた際、オリヴィアが隠れて見ていたらしい。
(全然気づかなかった……いつだ? あー……まさか、ランドウ先生が『試してみるか』って言ったあの時か?)
てっきり俺の技量を試すのかと思ったが、実際にはオリヴィアへの確認を含めていたのだろうか。
(さすがにオリヴィアさんほどの手練れが殺気もなく隠れていたらわからんな……夜だと闇に潜めるから余計にわかりづらいし……)
ランドウ先生でも確証が持てなかったということは、相当高度に気配を殺していたのだろう。それは別に構わないが、問題は何故わざわざ気配を隠してこちらを見ていたかだ。
そんな俺の疑問が伝わったのか、オリヴィアは少しばかり気まずそうに視線を逸らす。
「……時間があったから、あなたの調子を確認しようと思っただけよ」
それは本当か、嘘なのか。どうやら一度死んで生き返った俺の調子がどうなのかを確認したかったらしい。たしかに、ランドウ先生相手に全力で戦っているところを見れば調子もわかるだろう。
「それはなんというか……あー…ご心配をおかけしました?」
他に言葉が見つからずそう言うと、オリヴィアは場の空気を入れ替えるように咳払いをする。そして俺とランドウ先生を交互に見やり、何やら一枚の書類を取り出した。
「今回お二人を呼び出したのは他でもありません。お二人に依頼したいことがあるのです」
そう言って、普段と違う様子で話を振ってくるオリヴィア。ランドウ先生が一緒だからか、あるいはそれだけ緊急性の高い依頼なのか。
「キッカの国にて非常に大きなダンジョンが発生したそうです。その規模は到底中規模とは思えないほどに広く、大規模ダンジョンに近いほど。現地では大きな被害が出ているそうです」
ピクリ、とランドウ先生の眉が動く。そして俺も、思わず目を見開いてしまった。
(キッカの国でこの時期にでかいダンジョンが発生した? 『花コン』ではなかったことだが……)
『花コン』で描写されたのはパエオニア王国での出来事のみ。キッカの国に関してはランドウ先生関係のイベントで触れる程度で、現地に行ったりダンジョンに挑んだりといった要素はなかった。
これも、 現(・) 実(・) だ(・) か(・) ら(・) こ(・) そ(・) 起きたことなのだろうか――なんて、思った瞬間だった。
「現地ではそのダンジョンを『桜花のダンジョン』と呼び、破壊を検討しているものの実行は困難なようで……現地近くにいたオレア教徒が同盟国ということで滞在していた竜騎士に協力を求め、つい先ほど情報がもたらされました」
――『桜花のダンジョン』。
それは、『花コン』では女性主人公の場合にランドウ先生の個別イベントを進めていくと発生するダンジョンで、ランドウ先生を強化するのに必要なダンジョンでもある。
このダンジョン、そしてイベントをクリアすると、ランドウ先生が単独で『魔王』を倒す特殊グッドエンドのフラグが立つのだが――。
「『桜花のダンジョン』……だと?」
オウカ姫を連想する名前だからだろう。ランドウ先生がにわかに殺気立つのを感じ、俺は思わず背筋を正してしまった。
「はい。緊急で名付けられたそうですが、サクラ、と言うのでしたか? 薄いピンク色の花を咲かせる木がダンジョン内に生えていることから名付けられたようで」
(本当に『桜花のダンジョン』じゃねえか……女性の主人公じゃない上に、なんでキッカの国に出現してるんだよ……)
これもまた、現実だから……なのだろうか?
それだけで済ませるには難しく、それでいて殺気を放つランドウ先生の隣にいた俺は、これからのことを思って冷や汗を流すのだった。