作品タイトル不明
第386話:将来に向けて その1
リリィが透輝に対してそれとないアプローチを始めてからというもの。
俺は将来に向けていくつか気になることができていた。そのため自室の机に向かい、思考を巡らせる。
『魔王』を『消滅』させ、平和な未来を掴むという決意に変わりはない。その気持ちに嘘偽りもなく、どんなに低い可能性だろうと掴んでみせるという気概もある。
だが、願うだけで叶えば苦労はしない。
俺はサンデューク辺境伯家の嫡男として、コハクやモモカの兄として、 駄(・) 目(・) だ(・) っ(・) た(・) 場(・) 合(・) に備える義務があるのだ。
絶対に勝つから大丈夫! なんて断言できるほど、俺の精神は強くないし楽観視もできない。透輝の『宝玉』を消耗した点から、最悪への備えは必要となるだろう。
(コハクはカトレア先輩のところに婿入りする予定だけど、俺が 存在(たましい) を削り切って消滅したらそれも不可能になりかねん……)
俺がいなくなったらコハクがサンデューク辺境伯家の嫡男として扱われることになるだろう。その場合、嫡男が他所の家に婿入りする形になるため、到底認められるものではない。
(待てよ? その場合はカトレア先輩に嫁入りしてもらって、ラビアータ伯爵家は次女か他の妹が婿を取る形で家督を継げばなんとか丸く収まるか?)
パエオニア王国では基本的に長男が家督を相続し、長男に何かあれば次男、三男と相続順位に従う形になる。
しかしながら当然、男児がいない家もあるわけで。その場合は長女、次女、三女とこちらも相続順位に従い、家督を継ぐことになる。
つまり、なるべく長男や長女が継いだ方が良い、継ぐべきだという考えがあるだけで、次男次女以下の者達が継いでも罰則等があるわけではない。そんなことで罰則を設けてしまえば、事故死や病死といった凶事があった際に困ることになるからだ。
ただまあ、『花コン』でのミナトのように、長男よりも次男の方が能力があって領主にも向いている、なんてことがあると揉めるのだが。
(コハクが家督を継いでカトレア先輩に嫁入りしてもらう、あるいはモモカが婿を捕まえて家督を継ぐ。あとは、コハクは婿入りするけどカトレア先輩との間に複数の男児が生まれたらサンデューク辺境伯家に養子として送り、家督を継がせる……か?)
その場合、養子が成長するまでレオンさんに当主を続けてもらう必要があるが。
(いや、さすがにそのパターンだとモモカが婿を取って家督を継ぐ方が無難か。俺が死んだり 存在(たましい) を削りすぎたりしなきゃいいだけの話なんだが……)
そう思うものの、既に一度死んだ身では説得力に欠ける。複数回あったら困るが、一度あることは二度あってもおかしくないだろう。そうなるとやはり、備えは必須となる。
(俺が家督を継ぐのが一番丸く収まる……が、一度死んじまったのがなぁ……)
本当、これが痛い。おのれアスター、と恨み言を言いたくなるが、相打ちで仕留めたから何も言えない。いや、やっぱり言うわ。おのれアスターめ。
(西の大規模ダンジョンの件は手紙で父さんにも知らせてあるし、向こうでも家督に関して考えてくれるだろうけど……うーん……どうしたもんか)
国王陛下にも報告しているし、さすがにレオンさんに伝えないわけにもいかず。手紙に詳細を書いて送ってあるが、次に会う時が怖い俺である。絶対に怒られるわ。
(今更コハクとカトレア先輩の仲を引き裂くわけにもいかないしなぁ……となるとやっぱり、モモカに婿を取らせるのが次善か)
貴族としてはそれもやむなし、と言うべきなのだろうが、兄としてはコハクの好きにさせてやりたい。これでコハクの片思いなら話は別だったが、カトレアと互いに想い合っているのだ。
そうなるとやはり、俺が駄目だった時に備えるならモモカを頼るしかない。それはそれでモモカに負担をかけることになるため、可能な限り避けたいのだが。
「うーん……モモカに婿、かぁ……」
そこまで考えた俺は、思わず唸るような声を漏らしてしまった。
この際、モモカの領主としての適性を抜きにして考えよう。あの子ならなんだかんだで上手く家中をまとめるというか、家臣が一致団結して助けてくれそうだし。
そしてこの場合、問題となるのは婿である。
良いことか悪いことかでいえば、きっと良いことなのだが。モモカはあれで非常にモテる。ジェイドやルチルを筆頭に、モモカに対して想いを寄せる男子生徒は多くいるのだ。噂では、下級生の女子生徒にもモテているようだが。
そのため、モモカに取らせる婿に困るということはない。学園の生徒を抜きにしても、親交のある貴族に声をかければいくらでも相手が見つかるだろう。なんなら家臣のところから見繕っても良い。
年齢や実力的にゲラルドもアリだろう。まあ、ゲラルドを婿にすると武官側とのつながりが強くなりすぎるから、最終手段ではあるのだが。
(今回の件を抜きにしても、モモカにはいずれ嫁に出す話が出ていた。それが婿取りになるってだけだ……いや、貴族の令嬢としては遅いぐらいなんだけどさ)
腐っても辺境伯家の令嬢なのだ。この世界の貴族社会的に学園で見付けるのが割とスタンダードだからそうはなっていないだけで、とっくの昔に婚約者候補ができていてもおかしくはない。
(モモカ本人に聞いても、『お兄様よりも強い人じゃないとやだ!』なんて言うしな……お兄ちゃん的には嬉しいけど、条件が厳し過ぎる。かといってランドウ先生はなしって話だし)
どこまで本気かはわからないが、モモカに対してアプローチしているのは上は貴族から下は平民まで多種多様である。ジェイドのように爵位持ちの息子、ルチルのように商人の息子、他にも騎士や兵士、職人に農家に平民となんでもござれだ。
東部派閥の中にもモモカ狙いの者が複数いるし、その手の相談もゼロじゃない。だが、政略結婚をさせるならあそこまで 伸(・) び(・) 伸(・) び(・) と(・) さ(・) せ(・) る(・) わけもないため、モモカの意思こそを大事にしたいのだが。
(……本人に聞くのが一番だな)
アレコレと考えた俺だが、本人抜きで考えても仕方がない。そう結論付け、一度棚上げにする俺だった。
そして後日。
放課後の自主訓練にモモカが顔を出したため、俺は丁度良い機会だと思って話を振ることにした。
「ところでモモカ。ジェイド先輩やルチルに言い寄られていたが、その後はどうだ? 二人のどちらかでも良いが、他にも良い人が見つかったりはしないのか?」
正直なところ、年頃の娘にこういった話題を振るのは煙たがられる可能性が非常に高い。しかしながら俺としては放置もできず、尋ねてみた――のだが。
「そう……ですわねぇ……うーん……」
モモカの反応はなんとも微妙だった。普段の快活さが鳴りを潜めた曖昧な反応で、俺は思わず目を見開いてしまう。
(あ、あれ? なんか思ってた反応と違うぞ。『お兄様より強い人じゃないと嫌ですわ!』って反応が返ってくると思ったのに……)
もしかして、俺が想像する以上に真剣に将来のことを考えていてくれたのか。仮にそうならお兄ちゃん、感動……なんて考えながら、俺はモモカの返答を待つ。
「お兄様よりも強い殿方が良いのですが、それは中々難しいでしょうし……その点を考慮せずに考えるなら、ジェイド先輩は王国の中心、中央派閥に縁ができるでしょう。ルチル先輩はサンデューク辺境伯家にとって商業的な利益をもたらしますわ」
「…………」
モモカの口から、 自(・) 分(・) が(・) 嫁(・) い(・) だ(・) 場(・) 合(・) にサンデューク辺境伯家へもたらされるであろう利点が語られる。それを聞いた俺は思わず沈黙した。え? まさか本当に、しっかりと考えてくれている……のか?
(いや、そ、そうか、モモカだって 辺境伯家(うち) で小さい頃から色々と学んできているんだ。これぐらいは当然考えているよな)
そんな 当(・) た(・) り(・) 前(・) のことに今更気付き、ちょっとショックを受ける。なんかこう、モモカにはもっと天真爛漫で何も考えずにいてほしかったという、兄としての馬鹿な気持ちがあった。モモカぐらいの年齢の貴族の女性がそんなお気楽なわけがないのだ。
「……前々から気になっていたんだが、その、俺よりも強い男じゃないと嫌っていうのは?」
モモカの反応に戸惑う俺は、時間稼ぎを兼ねてそんなことを尋ねる。少し……いや、割と動揺している気がした。
そんな俺の質問に対し、モモカはきょとんとした顔付きになる。小さく首を傾げながら俺を見て、最後には納得したように微笑んだ。
「お兄様。お兄様はわたしが小さい頃からよく一緒に遊んでくれたり、勉強を教えてくれたりしましたよね?」
「ああ、そうだな」
可愛い妹だからな。可愛い弟であるコハクと共に、一緒に遊び、教えられることがあれば分け隔てせずに教えてきたつもりだ。
「兄であり、父親のようでもあり……わたしのことを考え、時に甘く、時に厳しく育てていただいたことに強く感謝していますの。そこでわたし、思いました。結婚するならお兄様みたいな方がいいなって」
「……それは光栄だな」
俺と、ではなく、俺みたいな人と、というあたり、しっかりと現実に即した考えを持っているのだろう。モモカはどこか懐かしむようにして言う。
「もちろん、お家のためにお父様が決めた相手に嫁ぐのが貴族の娘としての務めなのでしょうが……幸いにも、お父様はわたしに そ(・) れ(・) を強制していませんわ。きっとそれも、お兄様のおかげなのでしょうね」
「俺の?」
何かしたっけ? と首を傾げる。
この国では結婚相手に関して極力負の感情を溜めないよう、自由恋愛に近い部分がある。もちろん俺みたいな貴族だと政略結婚も視野に入れるが……って、 そ(・) う(・) い(・) う(・) こ(・) と(・) か。
( 嫡男(おれ) が早々に婚約者候補を決めたからな。その分、コハクやモモカにはある程度自由にさせようって考えか)
そう考えて納得すると、モモカは遠くを見るように目を細めた。
「そういうわけで、お兄様よりも強い人をと求めている理由は簡単ですわ。そう言っておけば そ(・) う(・) 在(・) ろ(・) う(・) と(・) す(・) る(・) 殿方と出会えると思ったからです」
「そう在ろうとする?」
どういうことだ、と尋ねると、モモカは表情を変えて苦笑を浮かべた。
「お兄様、自分を客観的に見てくださいませ。王国東部の雄、サンデューク辺境伯家の嫡男にして幼い頃から神童と謳われ、『剣聖』ランドウ=スギイシの一番弟子と文武両道の才児ではないですか」
「…………」
ところどころ合ってるけど、多分それ、別人じゃないかな……とは、さすがに言えず。俺は沈黙だけを返す。
「そんなお兄様よりも強い人、となると大抵は尻込みするでしょう。ですが、わたしが求めるのはそこで尻込みせず、お兄様を超えようと努力できる方ですの」
「……なるほど」
どうやらモモカなりの基準があったらしい。それも、割と真っ当な基準が。
「――それは良いことを聞きました」
すると不意に、そんな声が響く。敵意はなかったため警戒しなかったが、気配が一つ、こちらへと近付いてきていた。
そのため俺が視線を向けると、そこには俺達と同じように自主訓練に来たと思しきモリオンがいて。
「ミナト様。モモカ様の婚約者候補に関して、私も立候補したく」
「……え?」
そんな、予想外とも言える提案をしたのだった。