作品タイトル不明
第385話:青天の霹靂
本の『召喚器』に関してアレコレと試したり、話しかけたりする日々が過ぎていく。
その結果は芳しくなく、いつの間にやら夏の季節が近付きつつある六月へと突入した。
パエオニア王国では四季はあっても梅雨らしい季節はないため、純粋に夏が近付いてきているなぁ、と思うばかりである。
もっとも、夏が近づいてきているといっても俺がやることに変わりはない。『召喚器』の『掌握』に向けて試行錯誤したり、剣を振ったり、休憩がてら勉学に励んだりと、ある意味でルーティンと化した日々を送っている。
いや、正確には送っていた、というべきか。代わり映えしない毎日を送っていたつもりだったが、ある日ふと、 気(・) 付(・) く(・) こ(・) と(・) があったのである。
そう、それは普段通り、放課後に集まって自主訓練に励んでいる時のことだった。参加者は俺と透輝とナズナとリリィと、ここ最近では定番となりつつある面子だ。
スギイシ流を学ぶ俺や透輝やリリィ、それに俺の護衛を兼ねて訓練に混ざるナズナ。日によってはここにカリンやモリオン、ジェイドやルチル、ごく稀にコハクと一緒にカトレア、それに回復魔法の練習をするためにアイリスが加わるのだが、今日は定番の四人だった。
「はい、透輝さん。タオルです。使ってください」
そう言って透輝にタオルを差し出すのは笑顔のリリィである。ニコニコと明るく、楽しげな笑顔だ。父親である俺に向けるものとは異なる種類の笑顔だ。
「おー、ありがとうな、リリィちゃん」
「どういたしまして。でも、透輝さん? ちゃんはいらないです。リリィって呼んでくれていいんですよ? お父さんの恩人なんですから」
「そうは言うけど、ミナトは俺にとっても恩人だからなぁ……それに友達だし、その娘さんってなるとちゃん付けかなって」
「もう……別に気にしなくていいのに」
少しだけ不満そうにリリィが言う。だが、言葉ほど不機嫌そうではない。むしろ楽しそうというか、拗ねることさえ楽しんでいるというか。
「……………………」
俺は、そんな二人のやり取りをじっと見ていた。
夏が近づいているし、体を動かせば汗を掻く。そうなるとタオルが必要になる。うん、何もおかしなことはない。リリィが 父親(おれ) の命の恩人である透輝に対し、アレコレと世話を焼くのもわからないではない。
ないのだが――。
(近い……なんか近くない? え? 近くない? 透輝は何も意識してないっぽいけど、リリィ、近くない? え? え? ……え? この前まで透輝もリリィさんってさん付けだったのに……え?)
代わり映えしない日々を送っていたつもりだったが、気付けば周囲の人間関係が変わっていた。それも娘であるリリィの行動に大きな変化が見られていた。
明確に、露骨に好意を示しているわけではない。だが、以前と比べて透輝との距離が 半(・) 歩(・) 近(・) い(・) のだ。
それは 父親(おれ) を助けた恩人への感謝の気持ちがそうさせるのかもしれない。
あるいはスギイシ流の同門としての気安さがそうさせるのかもしれない。
なんだかんだで北の大規模ダンジョン、西の大規模ダンジョンを破壊するために背中を、命を預け合った仲がそうさせるのかもしれない。
それらの事情から考えれば、親しくなるのも当然と言えば当然かもしれない。親しくなる要素はいくらでもあるが、仲違いする要素はないのだ。
それに、透輝からすれば友人の娘が相手である。気安くなるのも当然だし、何かあれば注意を払うのも当然と言えるだろう。
俺が逆の立場で、透輝に子どもが生まれ、その子が成長してから接する場合、かなり甘やかす自信がある。友人であり弟子の子なのだ。それはもう、猫可愛がりするだろう。
そう考えれば透輝とリリィの距離感もおかしくはないのだ――いややっぱりおかしいって。
(透輝は良いとして、リリィの方がこう……ね? なんかこう……ね? 近いんだって。距離感とか雰囲気とかがさぁ)
なんというか、目や仕草がこれまでと違うのだ。かといって猛烈に好いた腫れたどうこうっていうより、それとなく心惹かれているように見える。リリィの年齢を考えれば、まあ、仮に惚れたとしてもそのぐらいの塩梅になるだろう。
(い、いやいや、気が早いって。俺の勘違いって可能性もあるし、男親の馬鹿な早とちりなだけだって、うん)
そんなことを考えながら、訓練として剣を振り下ろす。
振り下ろした剣が実戦さながらの鋭さを帯びたのはきっと――気のせいだ。
また、別のある日のことである。
「…………」
「…………」
今日も今日とて訓練だ、なんて励んでいた放課後。何やらこちらに聞こえないほどの小声で会話をするカリンとリリィの姿があった。ヒソヒソと内緒話をしている様子である。
俺としてはもちろん、聞き耳を立てるような真似はしない。そういう真似は嫌われるし、聞かれたくないからカリンとリリィも内緒話をしているのだろう。
……それなら訓練場ではなく、人目に付かない場所でやるべきでは、なんて思う俺は間違っているだろうか。
「……まあ……それは……」
「……透輝さん……」
風に乗り、少しだけ会話が聞こえてしまった。何やらリリィは透輝に関する相談をカリンにしているようである。 先(・) 日(・) の(・) 一(・) 件(・) 以来、リリィも何かあればカリンを頼るようになったのだ。
カリンは驚いた様子で、何故か俺をチラチラと見てくる。やめてくれ、カリン。そんな仕草をされたら気になっちゃうだろ? どうした? 話を聞こうか? なんて言いながら会話に参加したくなっちゃうだろ?
「隙ありぃっ!」
そうやって苦悩していると、俺と向き合っていた透輝が木剣を握って突っ込んでくる。立ち合いの途中で俺に隙を見つけたらしい。
「―― 誘(・) い(・) だよ」
「うわっ!?」
だが、それはそれ、これはこれ。カリンとリリィの会話は気になるが、それで本当に隙を突かせるほど俺も愚かではない。
ちょっと……いや、かなり危なかったけど、ギリギリのところまで引き付けて反撃に転じることができた。これで透輝に一本取られたらランドウ先生にボコボコにされるわ。剣を握っている間に 余(・) 所(・) 見(・) を(・) す(・) る(・) なんて何事だって叱られるわ。
繰り出された振り下ろしに対し、剣を沿わせて力の流れを制御し、最後には巻き上げるようにして木剣を弾き飛ばす。
その結果、木剣はカリンとリリィの傍に落下した。そのため俺は木剣を拾いに行くという自然体を装いつつ、二人との距離を詰める。
「先ほどから何やら話しているようだが、何かあったのかい?」
俺は木剣を拾いつつ、これまた自然体になるよう注意しつつ、話を振る。これで話をしてくれるならいいんだけどなぁ、なんて思っていたら、リリィは少しだけ恥ずかしそうに、頬を朱色に染めてカリンの背中に隠れてしまった。
「えへへ……内緒」
「……な、内緒かぁ……そっかぁ……内緒かぁ……」
頑張ったけど、ちょっとだけ声がかすれてしまった気がする。
「ミナト様……」
カリンから向けられる視線が、ちょっとだけ優しい気がする。なんというか、生暖かいというか、微笑ましいものを見ているような目をしているのだ。
「ミナトー? ししょー? もう一本やろうぜ。次こそ一本取るからさ!」
そんな俺の気持ちを知らないからか、透輝は元気よくもう一度模擬戦をしようと誘ってくる。
結果的に俺が勝ったとはいえ、今しがたの立ち合いでは割と ギ(・) リ(・) ギ(・) リ(・) だ(・) っ(・) た(・) からだろう。次こそは一本取るのだと息巻いている。
「――絶対に負けねえ」
「殺気!? なんで!?」
これは断じて八つ当たりではない。あくまで訓練だ。修行なのだ。透輝を鍛えるためなのだ。
そう自分に言い聞かせ、一本たりとも負けてやらない俺だった。
更に、別のある日のことである。
その日は珍しいことに、メリアが自主訓練に顔を出した。
大規模ダンジョンに挑む前は連携の習熟のために顔を出していたが、ただの訓練の場合メリアが顔を出すことは少ない。それはメリアの戦い方、強さが 完(・) 成(・) し(・) て(・) い(・) る(・) からだ。
俺達が強くなるために協力してくれることもあるが、元々不思議な性格をしていることもあり、自主訓練に顔を出す時は何かしら別の意図があったり、何の意味もなかったりする。
「…………」
この日、メリアは無言で俺のところに来た。そして無言のまま、俺の腰元をポンポンと叩いてくる。
「メリア? 何かあったのか?」
「ん。頑張って」
「何を?」
何を頑張れというのか。
「悪くないと思う」
「何が?」
何が悪くないというのか。
俺は盛大に困惑するが、メリアはそれで満足したのか、一度、二度と頷いて俺から離れていく。そして透輝の元へ歩み寄ったかと思うと、俺と同じようにその腰元をポンポンと叩いた。
「良いと思う」
「何が?」
突然のメリアの発言に対し、俺と全く同じリアクションをする透輝。そういうところは師弟で似てしまったのだろうか。
「頑張って」
「何を?」
すごい。狙ってやっているのか、透輝のリアクションは俺と全く同じだ。それとメリア? さすがに何を頑張ればいいのかわからないぞ。
そうやって俺だけでなく透輝も困惑していたが、メリアはもう一度透輝の腰元を叩いたかと思うと、俺の方を指さす。
「大変」
「え? 何が? あ、ああっ、なるほど、ミナトに勝つのは大変ってことか!」
納得した、と一人頷く透輝。多分、そういうことじゃないと思うよ。
「えーっと……つまり、最近俺の調子が良いから、頑張ればミナトにも勝てる……そういうことだな?」
多分、違うと思う。俺はそう思ったが、メリアは一体何をどう思ったのか。小さく微笑み、頷いて口を開く。
「リリィが――」
「わー! わー! 待って! お母さん! 一体何を言おうとしてるの!?」
そして、そんなメリアの口を塞ぐべくリリィが突っ込んできた。メリアを抱きかかえたかと思うと、俺達からものすごい勢いで引き離そうとする。
「もう! もうっ! 変なこと言わないで! わたしもお母さんの秘密を喋っちゃうよ!?」
「いいよ」
「いいの!? 娘のわたしが言うのもなんだけど、お母さんその辺雑じゃない!?」
俺の方をチラチラ見ながらリリィが叫ぶが、メリアから俺に対して何かしらの秘密があるらしい。気にはなるが、さすがにこちらから言及するのも憚られた。
「と、とりあえず、お邪魔しました! 透輝さん、お父さん、またあとでね!」
そう言い残し、メリアを引きずっていくリリィ。それを見送った俺はなんとはなしに透輝と視線を合わせ、互いに木剣を構えた。
「とりあえず、やるか」
「そうっすね、ししょー」
娘のこともそうだが、メリアのこともよくわからない。
そのため俺は木剣を振るい、透輝と共にいったん忘れることにしたのだった。