作品タイトル不明
第119話:一番弟子として その1
ミナト=ラレーテ=サンデュークがトウキ=テンカワに決闘を挑んで敗北した。
その一報は瞬く間に学園内を駆け巡り、驚愕をもたらした――が、それは俺が思うよりも小さい衝撃だった。
理由は単純で、勝者の透輝がボコボコで最後にはダウン。反対に敗者の俺は傷一つ負っておらず、事前に提示した勝敗の条件が圧倒的に透輝にとって有利だったことまで伝わったからだ。
条件に関して聞けば最初から負けるつもりだったのではないか、と思われるぐらい透輝が有利である。透輝は単純に、諦めなければ勝てるのだ。もちろん、普通の決闘だったら透輝の 心(・) を(・) 折(・) る(・) 方向へ舵を切っていたが。
「すまないな、バリー。勝つことができなかった」
そうしてすぐさま決闘の結果が広まる中、俺は人気のないところでバリーに頭を下げていた。条件をつけたのは俺だが、負けたことに変わりはない。そう思って頭を下げる俺だったが、バリーが首を横に振ったのが伝わってくる。
「いえ、よくよく考えればアイリス殿下の庇護下にあるテンカワを斬るのはいき過ぎでした。ミナト様がテンカワをボコボコにしているのを見て溜飲が下がりましたし、頭も冷えました。ありがとうございます」
そう言われて顔を上げると、そこには話の通りすっきりとした顔のバリーがいた。まあ、重傷は負わせなかったけど割とボコボコにしたのはたしかだ。何度も地面に転がしたし、木剣で殴った。あちらこちらからけっこう出血もしていた。
それで溜飲が下がったのだろう――本当に?
「その割には気がかりがあるようだが?」
バリーの表情はたしかにすっきりとしているが、その中に何か、疑問らしき感情が混ざっているように感じた。そのため尋ねるとバリーは苦笑を浮かべる。
「お見通しですか……気になったことというか、お尋ねしたいことが一つありまして」
そう言ってバリーは僅かに視線を逸らし、迷うようにして尋ねてくる。
「途中からテンカワの動きが変わりました。ミナト様が掲げた条件と照らし合わせると、ミナト様はテンカワが あ(・) あ(・) な(・) る(・) とわかっていたのですか?」
「わかっていた、というと語弊があるな。前代未聞の『召喚器』から召喚された人間だし、何か特別な力があるのではないか、と警戒していたんだが……質問を返すがバリー、君ならどう戦っていた?」
「……最初の一撃で仕留めた、と見栄を張りたいところですが、実力差があるのをいいことに怒りを発散させるため、痛めつけていたかと……その後はおそらく……」
透輝に逆転負けされていた、とバリーが語る。俺がバリーと変わらず戦ったとしても主人公らしく逆転勝利っていうのはあり得そうだ。
「バリー、君が透輝に対して怒っていたのは知っている。しかし実力差があれば嬲るようにして戦いを長引かせていただろう。そうなると も(・) し(・) も(・) が起こり得ると思ったんだ」
本当はこっちの都合だが、主人公を追い込めば俺の時と同じようなことが起こっていた可能性は高い。しかしそのまま殺される可能性もあるため俺が出しゃばったが、さも、バリーのためだったんだ、と言わんばかりに肩を叩く。
「ミナト様……ただ、俺のためにミナト様に敗北させてしまったことが気がかりで……申し訳なく思っています」
「なに、ただでさえ学園内で無駄に風評が広がっていたんだ。少しぐらい落ち着かせるためにも丁度いいさ」
俺が夜間に第一訓練場で自主訓練をしていることをスグリが噂で知っていたぐらいだしな。多少は注目度を落としておかないと動きにくくて仕方がない。
……本当、なんで俺が毎日どこで何をしているか、なんて情報まで噂として出回っているんだよ。怖いわ。
「しかしミナト様の名誉に傷が……」
バリーはしきりに気にしているが、本当に気にしなくていいんだよ?
「ははは、君は気にしすぎだな。決闘の条件が条件だったし、傷は傷でも薄皮一枚切れた程度の傷だろうさ。俺としてはもう少し平和で平穏な学園生活の方が好みだしね」
どこに行っても注目されるっていうのは、それはそれで面倒だ。だから薄皮一枚ではなく、俺が周囲から裏切られず、孤立しない程度にならしっかりと傷がついても構わない。あくまで 俺(・) 個(・) 人(・) の(・) 名(・) 誉(・) に関しては、だが。
「ミナト様……」
しかしバリーにとっては俺が気を遣っていると感じているのか、今にも泣きそうな様子だ。おいおい、男の子がそう簡単に泣くもんじゃないよ……なんて思っていたら、俺とバリーが二人で会話できるよう周囲を見張っていたモリオンが姿を見せる。
「ミナト様、そろそろ人が来ます」
「そうか……ありがとう、モリオン。それにバリーも。君が気にしないのなら公衆の面前で頭を下げても別に良かったのだが……」
「それはやめてください。本当にやめてください」
真顔になって止めるバリー。まあ、派閥の旗頭が公衆の面前で頭を下げるのはよろしくないからね。仕方ないか。
俺がそんなことを考えていると、モリオンが何やらバリーの肩を叩いている。
「バリー殿、ミナト様が仰る通りあまり気にしない方が良い。今回の件、上手く着地できたしミナト様らしい 今(・) 後(・) に(・) つ(・) な(・) が(・) る(・) 一手だった」
「……モリオン?」
また何か変なことを言い出したぞ。いや、たしかに俺と透輝の学園内での扱いに関して、今後につながるであろう戦いではあったんだが。
「みなまで仰らないでください、ミナト様。相手の出方次第ですが、早ければ明日にでも。遅くとも数日とかからないと思いますよ」
「モリオン?」
待って、本当に何を言っているんだ? 報告、連絡、相談はしっかりしようって言ってるよね? でもあまり尋ねまくるとモリオンからの評価が落ちそうで不安になるジレンマ……いや、少しぐらいは落ちても良いのでは?
(俺が透輝に負けて、何かが動く? ……あー、他の派閥か)
モリオンから異常に評価が高いし、少しぐらいは……なんて思いつつも思考を巡らせたが、モリオンが考えそうなことは割とすぐに思い当たった。
現状、一年生の派閥間の力関係は王国東部勢が頭一つ抜けている。これは旗頭の俺が有名で様々な実績を挙げているからだ。うちの派閥はいわばイケイケドンドンだ。死語かこれ。
だが、今回の決闘で透輝に負け、それをネタに攻撃してくる派閥が出るとモリオンは見ているのだろう。
「ふむ……そうは言うが、本当に動くと思うか?」
「素晴らしく食いつきがいのある餌ですからね。派閥の間で意思を統一し、早ければ明日、遅くても数日中に何かしら仕掛けてくると思いますよ」
そんな俺とモリオンの会話を聞き、バリーが顔色を悪くしている。自分がとんでもない事態の引き金を引いたと思っているのだろう。
「そんな顔をするな、バリー。モリオン、今回の件は偶然だ。俺はそこまで考えていなかった……が、好機になるな?」
「ふふふ……ご謙遜をミナト様。ひとまず私が男子、ナズナ殿が女子に声をかけて引き抜きなどを防止しておきます。相手の出方が楽しみですね」
謙遜じゃないよ? 本当、謙遜じゃないよ? なんで君、俺に対する好感度がそんなに高いの? 何かしたっけ……一緒に『王国北部ダンジョン異常成長事件』で戦って、ボスモンスターのデュラハンを倒しただけじゃないか。
(いや、待て……『花コン』のモリオンの行動から推察すると、俺を煽てて自分が望む方向に事態を進めようとしている可能性も……ある? ある……かな? なんかモリオンなりに善意と忠誠心だけで動いてる感じがヒシヒシとするんだけど)
俺、透輝を追い詰めて覚醒させて、その流れでこっちが負けることまでしか考えてなかったよ? その後のことは些事かなって。
俺が負ければ暴発する他の派閥が出るんじゃないかなんて―― 少(・) し(・) し(・) か(・) 思ってなかったよ。
(まあ、本当に他所の派閥が動くかわからないし、俺が自意識過剰、モリオンからの評価が過剰なだけで何もしてこないかもしれないし……)
他所の派閥が動く可能性はたしかにあるが、本当にそうなるかはわからない。何やら意味深に笑うモリオンを眺めつつ、どうなるのやら、と俺は肩を竦めるのだった。
そして翌日。
決闘でボコボコにした透輝はアイリスが治療したことで回復し、朝から元気に登校してきた。
『花コン』だとアイリスは水属性の魔法が得意で、登場人物の中でも数少ない回復魔法の使い手なのだ。
つまり『花コン』の生徒会初期メンバーだと前衛に透輝とカトレア、後衛にアイリスとバランス良く配置されることになる。これで主人公が女性だった場合は前衛カトレア、後衛で回復役にアイリス、魔法での火力役に主人公と更にバランスが良くなるんだが……まあ、それは置いておこう。
透輝は保健室に運ばれた後、しっかりと回復魔法で治療されたのだろう。ボコボコにした割に傷跡は一つもない。そしてどことなくアイリスとの距離が縮まっているように見える。
俺に勝利したし、決闘の終盤にはアイリスから応援で立ち上がって逆転勝利したんだ。召喚されたことに思うところはあるだろうが、アイリスに対する複雑な心境も少しは改善されたんじゃないだろうか。
そしてそんな透輝だが、登校してきてバリーの顔を見つけるなりそちらへ向かい、改めて頭を下げていた。それを見たバリーは驚いた後、苦笑しながら受け入れていたが……うん、骨を折った甲斐があったってもんである。俺の自己都合を優先した結果だけどさ。
(透輝はゲーム通り真っすぐな性格で……ん?)
俺が内心でほっこりとしていると、何やら三人ほどの男子生徒が俺の方へと歩み寄ってくるのが見えた。他所の派閥の生徒である。その後ろには慌てた様子で一人、男子生徒が続いているが。
「これはこれは、素人のテンカワ君に決闘を挑んで敗北した『王国東部の若き英雄』殿ではないですか。おはようございます」
おっと、昨日モリオンと話した通り、早速 仕(・) 掛(・) け(・) て(・) き(・) た(・) か。しかも直接俺を煽りにくるとは……うん、大した度胸だわ。
「やあ、おはよう。彼は大した成長ぶりだったよ。さすがに条件を縛り過ぎたと反省しているところさ」
ま、決闘で負けるってのはこういうことだ。あからさまな 当(・) て(・) 擦(・) り(・) だが、直接罵倒しているわけでもない。そのため俺は軽く笑って受け流す……が、俺の隣でモリオンとナズナが椅子を蹴立てるようにして立ち上がったため、チラリと視線を向けて制する。
あ、透輝が驚いた様子でこっちを見ているな。こっちの会話が聞こえたかな? バリーは冷や汗を流している。うん、だから気にしないでいいって。
「余裕を装って条件を付け、素人に負ける……いやはや、真似できることではないですな。条件を付けることで負けた後の言い訳もきちんとご用意されているとは……さすが、英雄殿はそつがないことで」
「ははは、君達にまで英雄呼ばわりされると照れるからやめてくれたまえよ」
話を逸らすようにして本音をぶつける。本当にね、英雄呼ばわりはやめてほしいんだよね。地味に胃が痛むからね。
そうして受け流す俺を見てどう思ったのか、三人組は僅かに目線を交わし合った。その後ろでは男子生徒が一人、三人組を止めようとしているが……。
(んー……後ろの一人は実戦経験があるな。そんな雰囲気をしてる……手前の三人は実戦経験がないな。のほほんとした顔をしてるし)
のほほんとした顔で俺をからかいにきたってわけだ。そしてそれをヤバいと思ったのか、一人で必死に止めている男子生徒がいるが……たしか実家の格が低めというか、準男爵で貴族科の中だと最低クラスだったか。どうやら扱いが悪いようだ。
(うちの派閥に来たら悪いようにはしないんだがなぁ……といってもこの子達、南部貴族の派閥だから仕方ないか)
俺がそんなことを考えていると、三人組が苛立たしげに眉を寄せた。
「負けても平然と笑っていられるとは……いやはや、貴殿に剣を教えた人物はずいぶんとぬるい教え方をされたようで」
「素人に負けるような教え方をするなんて、その人物も高が知れていますな」
「英雄殿の師匠らしく、本人も素人に負ける腕前ということなのでは?」
「――ほう」
俺は思わずそう呟いていた。いや、驚いた。うん、本当に驚いたとも。いやぁ、これは驚かざるを得ないよ。
「皆様方、そこまでで」
「お前は黙っていろ!」
三人組の後ろにいた男子生徒が止めようとしているが、 も(・) う(・) 遅(・) い(・) ぞ。
「ナズナ」
「どうぞ」
俺が左手を差し出すと、ナズナがすぐさま白い手袋を渡してきた。昨日透輝に叩きつけてから補充してなかったんだよな。まさか翌日にこんなことになると思わなかったからな。いや、本当に。
俺は自分で言うのもなんだが、『花コン』のミナトと比べると割と温厚な方だと思っている。中身の年齢が年齢だし、 俺(・) 個(・) 人(・) に(・) 対(・) す(・) る(・) 侮辱なら多少のことなら笑って済ませる。
もちろん貴族の人間として怒るべきところは怒らないといけないんだが――まさかこうも簡単に、真正面から喧嘩を売ってこられるとは思わなんだ。
(ああ、そうか……昨日俺が決闘で負けたからか。だからこうして舐められてる、と)
困った。いや、実に困った。バリーに申し訳ないな。透輝が相手だとわざと負けたが、今度はわざと負けるなんて選択肢を選べない。バリーの時ももっと本気で透輝の相手をしてやれば良かったか。
俺は薄く微笑みながら、ナズナから受け取った白い手袋を叩きつける。あ、顔面に叩きつけちまったわ。まあいいか。
「どんな形だろうと負けは負けだ。その点について俺個人に対する侮辱なら飲み込んでやったが、 我(・) が(・) 師(・) に対する侮辱とあらば無視はできん――諸君、決闘だ」
そう宣言すると、三人組の表情があからさまに強張った。透輝相手に穏当に済ませたから勘違いさせてしまったかな? 俺個人だけでなく、師匠の名誉にまで踏み込まれては 一(・) 番(・) 弟(・) 子(・) と(・) し(・) て(・) 見過ごせないぞ。
ああ、でも、だ。
「一応、情けはかけておこう。先ほどの言葉を撤回し、膝を突いて謝罪したまえ。そうすれば俺も水に流そう」
微笑んだままそう伝えるが、これは本当に善意からの提案だ。ランドウ先生に聞かれたら甘すぎると怒られるかもしれない、なんて思えるほどの情けだ。
「…… 君(・) が(・) 我(・) 々(・) に(・) 対(・) し(・) て(・) 決闘を挑む、と?」
「ああ、そうだ。君達に対して、だ」
いっそ穏やかに思えるほど静かにそう答える。すると三人は顔を見合わせ、目線を交わし合ってから大きく頷いた。
「ふ……はははっ! いいだろう! その決闘、受けた!」
「君と我々の決闘だ!」
「その言葉、撤回しないでもらおうか!」
そう言って、三人組は俺から背を向ける。そして決闘だ! と周囲に宣伝しながら第一訓練場に向かって歩き始めた。
そんな三人の姿を見送り、モリオンが感心したように呟く。
「さすがですね、ミナト様。上手いこと 釣(・) れ(・) ま(・) し(・) た(・) よ。まさかこんなに簡単にかかるとは思いませんでしたが……初陣も迎えていないとあんなものなんでしょうね」
「モリオン」
「はっ。言葉が過ぎました。立会人として 戦友(ゲラルド) を呼んで参ります」
俺が名前を呼ぶと、モリオンは額から一筋、冷や汗を流しながら畏まった。どうした? なんで冷や汗を流している?
「あ、あの……若様?」
「どうした?」
ナズナに声をかけられたため振り返るが……ナズナ? 君もどうした? どうして冷や汗を流しているんだ?
「い、いえ……なんでもありません」
「そうか? しかし、二日連続で決闘とはゲラルドになんと言われるかな」
ま、これも決闘委員会の仕事と思って引き受けてもらうしかない。
俺は『瞬伐悠剣』の柄に手を乗せ、歯を剥き出しにするようにして笑いながらそう思った。