作品タイトル不明
第120話:一番弟子として その2
「若様? 二日連続で決闘を挑むなんてどういうことなんですか? ねえ若様?」
「ハハハハッ、許せゲラルド――許せ」
「えっ、あ、はい……許すも何もないんですが……はい……」
第一訓練場に行き、二日連続で駆け付けることになったゲラルドに予想通り文句を言われたため、一言伝えて許してもらった。ごめんよ。
「待ちたまえ。そちらの委員長殿は君の派閥の人間だろう? そんな人間が立会人を務めるというのは公平性に欠けるのではないか?」
そして駆け付けたゲラルドに対して待ったがかかる。透輝の時はアイリスが許可したけど、君達からすればそうだろうな。
「……他の委員も呼んでいるが、本当にそれで大丈夫かね? 決闘委員会の中では俺が一番腕が立つんだが……」
「腕が立つ、立たないではなく、公平性に欠けると言っているんですよ先輩」
「不当な判断をされては困りますからね」
「そうですよ。変なタイミングで止められる可能性もありますしね」
喧嘩を売ってきた三人組に口々にそう言われ、ゲラルドはげんなりとした顔になる。
「……まあ、君達がそれでいいのなら俺は構わないが……」
あ、ゲラルドの奴、諦めたな。憐れむような目で三人組を見ているが……。
「立会は別の委員がするとしても、勝敗の条件を事前に決めるぐらいなら構わないだろう? 両者とも条件の提示を」
「俺としては最早命のやり取りしか残っていない――と、言いたいところだが、同じクラスの 誼(よしみ) だ。死ぬか、負けを認めるかのどちらかを勝敗の条件として提示する」
そう言って、俺は口の端を吊り上げるようにして笑った。
「透輝が相手の時は条件を付け過ぎたからな。反省して、シンプルな条件にさせてもらおう」
「……上等だ。君こそ理解しているのか? 君が吹っ掛けた決闘は 君(・) と(・) 我(・) 々(・) の戦いなんだぞ?」
「言葉を返そう。君達こそ理解しているのかね? 俺個人だけでなく、我が師まで侮辱したんだ。何人だろうと構わん。派閥全員でかかってきてもいい」
これは そ(・) う(・) い(・) う(・) 事(・) 態(・) なんだ。ランドウ先生と、ランドウ先生に教わった剣に懸けて。退くことはできないし退くつもりもない。
「えーっと……み、ミナト? その、なんだかよくわからねえけど、昨日の俺との喧嘩が原因なら俺にも責任が……ある? ってことで、助っ人として手伝おうか?」
俺が南部貴族の面々と話をしていると、透輝がそんなことを言い出した。昨日ボコボコにした俺が相手でもそう言えるっていうのは大したもんだと思うが。
「その気持ちはありがたいが、不要だ。むしろ邪魔になるから見ていたまえ」
「そ、そうか? それじゃあしょうがないか」
透輝は大人しく引き下がる。昨日の決闘に関するわだかまりはないようだが……それなら。
「ああ、そうだ。せっかくの機会だからよく見ておくといい」
「え?」
「この世界の剣士がどんなものかを……じっくりと、な」
そう言って、俺は透輝に笑顔を向けた。
「わ、わかった。うん、はい、わかりました」
どうして敬語になるんだい? 将来君が学ぶことになるであろう、スギイシ流の技を今の内に見て学んでほしいだけなんだが?
まあ、本来は多対一なんて事態は避けるべきだ。いくら相手の多くが実戦経験がないとはいえ、数が増えれば も(・) し(・) も(・) が起こり得る。透輝が心配して助っ人に、なんて言い出すのも理解できる話だ。
しかし、である。多対一という事態を前にして、真っ先に助っ人というか加勢を申し出るであろうナズナやモリオンが何も言わないのだ。
ナズナもモリオンも、実によく わ(・) か(・) っ(・) て(・) い(・) る(・) 。
だからナズナ? 俺をどうやって止めようかなんてことをゲラルドと相談しなくていいんだ。モリオンも、戦友であるゲラルドと話したいのはわかるけどこっちを見ながら話すのはやめなさい。話を振られたゲラルドが『どうしたらいいんだ……』なんて顔になってるじゃないか。
「委員長、呼び出しを受けて到着……二日連続で同一人物が決闘するなんて、これまでの学園の歴史でもなかったことでは?」
「良かったな。新しい歴史の立会人になれるぞ。俺は若様の派閥に属す形になるし、不公平になると立会を断られた。今回は頼む」
昨日駆け付けてきた二年の先輩が俺の顔を見て驚いている。いや、二日連続で申し訳ないがよろしく頼みます。
「これで準備が整ったな……」
ひとまず人員が揃ったことだし、早速やろうか。
昨日と同じように、俺は相手と五メートルほどの距離を開けて立つ。しかし昨日と違う点があるとすれば、使う得物が木剣ではないという点だ。
今回も木剣で戦っても良かったが、相手は実戦経験がないとはいえ俺と同じように幼少の頃から訓練を積んでいるであろう者達だ。木剣で戦うのはさすがに自信過剰だろうし、全力で戦うには木剣では不十分だ。
そのため、今回ばかりはこちらも剣を抜く。
「両者、よろしいか? 敗北の条件は事前の取り決めの通り、負けを認めるか死ぬかだ。異論は?」
「ない」
「こっちもだ」
俺が答えると、相手側も代表者が頷きながら答える。
「敗北の条件は決まった。それでは、互いにこの決闘に何を賭ける?」
「我が師への侮辱を取り消してもらう。俺の戦いぶりでそれを成すつもりだが、賭けるとすればそれだけだ」
「多対一で決闘を仕掛けてきたのはサンデューク側だ。負けても文句を言わなければそれでいいさ」
そう言って賭けの条件が決まった。多対一とはいうが、相手は最初の三人組プラス一人に派閥の人間が加わって八人にまで増えた。こちらは一人。まあ、負けても文句を言うなってのが約束ならそれでいいさ。
(八人に増えたけど、実戦経験があるのは一人のままか……)
身のこなしからそう判断する。一人相手に八人で戦うことに関しては何も思わないんだろうか、なんて考えるが多対一で挑んだのは俺だ。文句は言えないし言わない。おそらく八人で戦う不名誉よりも、俺が連日負けることで評判が下がる方を優先したのだろう。
俺は無言で、静かに『瞬伐悠剣』を抜く。ランドウ先生から人間相手に抜く際はよくよく考えて抜くよう言われたが、今回は抜かずにはいられない。なにせ俺だけでなくランドウ先生の名誉までかかっているのだから。
同時に、抜く際は殺すつもりで抜けとも言われたが――。
「己が信念に従い正々堂々たる勝負を行い給え。決闘……開始っ!」
決闘の幕が上がる。その瞬間、俺は動き出す。
「我が名は」
スギイシ流――『一の払い』。
「ブルーガッ!?」
なにやら悠長に名乗りを上げようとしていた敵方の代表者の首に、飛ぶ斬撃が直撃する。開始の宣言があったのに何をしているんだ?
一応は魔力を調節して切れ味を落とし、首を飛ばすまでは至らない威力に抑えておいた。それでも首から鮮血が噴き出し、それを見た取り巻きの男子生徒が硬直したため再度刃を振るう。
開始から一秒。放った刃の数は五つ。それだけで五人、首から血を噴き出して何が起きたのか理解できないように目を瞬かせている。無事な二人も何が起きたのかと目を見開き、血を噴き出す味方を見て硬直している。
「ああもうっ! だから無理だって言ったのに!」
その中で唯一、実戦経験がある男子生徒だけは動いていた。こちらの射線から逃れるように姿勢を低くしつつ、剣を抜いてこちらへ向かってくる。
「び、びぎょうなっ!?」
「開始の合図があったのに、何を言っている?」
すごいな。首を裂いたのに止血じゃなくて文句を優先しているぞ。そして唯一こちらへ向かってくる男性生徒が到達するよりも早く、追加で二度、剣を振るって魔力の刃を飛ばした。
「がっ!?」
「ひいぃっ!?」
残った無傷の生徒二人の内、一人は首に、もう一人は肩に斬撃が命中して血が噴き出す。その間に男子生徒が一人、必死の形相で俺へと斬りかかってくる。
「わあああああああああああぁぁっ!」
実戦経験自体はあるが、何度も戦ったことはないのか。男子生徒は恐慌一歩手前になりながらも、辛うじて自らを律しながら剣を振り下ろしてくる。
「ふむ……」
剣先がブレた振り下ろしを右手一本で構えた剣で受け止め、そのまま拮抗。間近で男子生徒を見ながら俺は意識して笑う。
「まともに動けたのは君だけか……せっかくだ、名を聞いておこう」
「え、エリック……エリック=ハーラル=ロートン……」
「そうか、エリックか。先ほど、君のところの代表が悠長に名乗ろうとしていたな。俺はわざわざ名乗るつもりはなかったが……敢えて名乗ろうか」
右手だけで相手の剣を押し返しつつ、俺は名乗りを上げる。
「ミナト=ラレーテ=サンデューク。『剣聖』、『キッカの剣鬼』と呼ばれる我が師匠、ランドウ=スギイシの不肖の一番弟子だ」
ランドウ先生を師匠と呼ぶ時は、俺がランドウ先生の弟子だと自分自身で認められる時だけだと決めていた。そしてそれは、本当はもっと剣技を修め、胸を張って誇らしく呼べると思っていたんだが――師への侮辱を拭うためとあらば、弟子として名乗らなければなるまいよ。
ただ、有象無象に名乗るのは憚られる。だからせめてこうして、まともに動けた男子生徒――エリックにだけはしっかりと名乗りを上げる。一応、後ろでうずくまっている面々にも、ランドウ先生の名前を知らしめるために聞こえるよう名乗ったが。
俺はゆっくりと左手を持ち上げ、剣の柄頭を握る。すると右手だけでも拮抗していたエリックの顔に焦りの表情が浮かんだ。
「っ……ぐ、な、なんて、馬鹿力っ!?」
「君には同情するよ、エリック。派閥の関係で逃げるに逃げられず、八対一なら俺に勝てると思って油断する味方達……ああ、本当に同情する」
ゆっくりと、押し込んだ刃がエリックの顔へと迫っていく。逃げられないよう体重移動で押さえ込んでいるため、エリックは自力で押し返すしかない。
「君の提案を聞く度量が彼らにあれば話は違っていただろう。決闘の開始と同時に分散して接近してくれば七人も削られることはなかったはずだ」
まあ、その場合は分散した端から削っていくんだが。
「こ、のおおおおおおぉぉっ!」
エリックが必死に剣を押し返してくる。そりゃあ顔面に向かってゆっくり刃が迫ってくるんだ。必死にもなるし火事場の馬鹿力が働いているのか押し返す力が強くなっている。
そのため俺は不意を突くように脱力して剣を引き、エリックの力を受け流してバランスを崩させた。押し合っていた力の行き場を失えばどうなるか? 体勢を崩してたたらを踏むという致命的な隙を晒す。
スギイシ流――『二の太刀』。
深くは斬らず、刃を立てずに殴り飛ばす勢いで切りつける。エリックは体勢を崩しながらも『二の太刀』を防ごうとしたが間に合わず、鈍い音を立てながら他の仲間達の元へと弾き飛ばされた。
(さて……ただの決闘ならこれで終わりなんだが)
今回の決闘の条件は、負けを認めるか死ぬかだ。しかしほとんどの者が首を斬られてろくに喋れず、痛みに呻きながらしゃがみ込んでいる。
「し、死んだかと思った……いつつ……これ、俺だけでも降参しちゃ駄目か? くそ、駄目かぁ……」
殴り飛ばしたエリックが地面を転がりながら嘆くようにして呟く。降参するならそれでいいと思うんだが、何やら向こうさんの代表者に足を掴まれているのが見えた。
「しまったな。まさか最初の一撃でそんなザマになるとは思わなかったから、降参するか聞けないじゃないか」
そう言いつつ、俺は剣帯から低品質のミストポーションを抜く。続いて蓋になっているコルクを指で弾き飛ばすと、エリック達に向かってミストポーションを投げた。すると霧状のポーションが広がっていく。
「うわっ!? こ、これは!?」
「大規模ダンジョンで拾ったミストポーションだ。これで喋ることができるぐらいには回復できるだろ」
俺は敢えて大規模ダンジョンで拾った、と強調しながら言う。透輝に決闘で負けたとはいえ、俺の腕が落ちたわけでも、弱くなったわけでもないんだと言外に伝えるために。
「少しは喋れるようになったか? さあ、それなら立ち上がれ。剣を抜け。今度は油断するな。悠長に名乗りを上げるな。こちらの動きに必死で食らい付け。何が起きても対応できるよう目を見開け。全神経を集中しろ」
『瞬伐悠剣』をだらりと下げながら、一歩一歩、ゆっくりと近付いていく。先ほどまでの攻撃は軽いジャブみたいなもので、これからが本番だ。普段は出さないようにしている殺気や闘争心を剥き出しにして、笑って距離を詰めていく。
「それが無理なら――死ね。我が師への侮辱を悔いながら、この場で朽ち果てろ」
あと僅か、というところで足を止める。そしてゆっくりと剣を構え、魔力を込めていく。
表情を消し、無感情になってエリック達を見下ろす。今度は手加減抜きだ。一太刀で全員の首を落とす。そんな必殺の意思を込める。
「っ……ま、参ったぁっ! 降参だ! 降参するっ!」
そして、思った以上にあっけなく負けを認めた。それを聞いた俺は剣を構えたままで立会人へ視線を向ける。
「勝負あり! 勝者、ミナト=ラレーテ=サンデューク!」
その宣言を聞き、俺はエリック達がしっかりと戦意を失っていることを確認してから剣を鞘に納める。ここから豹変して襲い掛かってきたとしても斬れるよう、魔力は込めたままだ。
「まだまだ未熟に過ぎるが、これがランドウ先生の……スギイシ流の技だ。少しは堪能していただけたかな?」
さすがに威力を抑えるのが難しいため『三の突き』は使わなかったが、これが俺にできるスギイシ流の力の示し方だ。
本当はランドウ先生に教わった通り、剣を抜いた以上は殺すつもりだった。しかし、透輝に決闘で負けたことが原因で侮辱され、それを理由に決闘を挑んで斬り捨てるのは……まあ、なんというかマッチポンプみたいに思えたのだ。
これで透輝に覚醒を促すために決闘を挑んだのでなければ、俺もマッチポンプを気にしなかったんだが……それに、『魔王』の発生が約三年後に迫っているし、必要以上に負の感情を発生させるのは避けたかったのもある。
「申し訳、ない……貴殿と、貴殿の師への侮辱を、全面的に撤回する……」
八対一であっさりと負けたことがショックなのか、それとも命のやり取りが終わって気が抜けたのか。呆然とした様子で行われる謝罪に、俺は笑顔で言う。
「謝罪を受け取ろう――二度目はないがな」
そしてデカい釘を刺してみれば、全員が全員、怖いものでも見たかのように表情を崩しながら頷くのだった。