作品タイトル不明
第118話:教育 その3
透輝が発現した『召喚器』。
それは刃渡り九十センチほどの両刃の剣で、大きな鍔に三個の大きい宝石、刀身には十個の小さな宝石がはめ込まれた宝剣と呼ぶべき代物だ。
『花コン』では三個の大きな宝石を『 宝玉(ほうぎょく) 』と呼び、十個の小さな宝石を『 絆石(はんせき) 』と呼んでいた。
『宝玉』は簡単にいえば透輝が死亡した際にコンティニューできる回数……つまり残機みたいなもので、死亡時に自動で使用されてHPMPが完全に回復した状態で復活できる。これが尽きた状態でHPがゼロになるとバッドエンドの一つ、『死亡エンド』になる。
なお、『宝玉』の使用回数はエンディングの条件に関わっており、グランドエンドを目指すなら使用回数はゼロ回、グッドエンドを目指す場合も使用回数がゼロ回でなければならない。一個でも消費するとノーマルエンドになってしまう。
ただし『花コン』では救済措置が存在し、物語が進んでミナトが闇堕ちなり人類を裏切るなり自爆するなりした後、ミナトとのラストバトルで勝利すればミナトの『召喚器』を砕き、吸収することで『宝玉』が一つだけだが回復することができる。
当然ではあるが、『召喚器』が当人の魂の具現と呼ばれるこの世界で『召喚器』を砕かれるというのは恥辱の極みだ。それに『召喚器』は頑丈で簡単に砕けるものではなく、外見が本の『召喚器』でもボスモンスターと化したデュラハンの一撃を防げる程度には硬い。
それでも戦闘の余波でミナトが使用していた剣の『召喚器』、『 陰我押法(いんがおうほう) 』は勝手に砕けて吸収されてしまうのだが。
一応、プレイヤーの考察ではミナトも自身の所業を恥じており、それが原因で『召喚器』が砕けやすくなっていたのではないか、みたいに言われていたが……そんなに殊勝な性格ならもっと早い段階で頭を下げていたと思うよ。
ただしあくまでゲーム上の救済措置であり、現実のこの世界で『宝玉』がどんな効果をもたらすかはわかっていない。『宝玉』が減ってもグランドエンドに到達できるかもしれないし、『花コン』の通り到達できない可能性もある。
そして『絆石』だが、こちらはメインキャラからの好感度が一定以上になって条件を満たすと光る。
メインキャラに設定された好感度は最大で二百まで上昇するが、その内百五十まで上げ、個別に発生するイベントを最後まで進めると『絆』状態と呼ばれる状態になる。この状態になると『絆石』が光り、剣の能力が強まって透輝に与えられる恩恵も強まるのだ。
なお、『絆』状態で告白イベントまで進めてしまうとそのキャラの個別ルート、あるいはハーレムルートに進むことになる。そのためグランドエンドに入るにはその手前、あくまで『絆』を紡いだ段階で止まる必要があった。
ゲーム上だと週末の休日にデートに連れ出し、デートの終わり際に表示される選択肢で『告白する』を選ばないとルートに突入することはない。逆にいえば『絆石』が光った状態で告白すれば結果はオッケーということだ。
これが女性主人公になると剣ではなく杖になるが、『宝玉』や『絆石』の効果は同一である。
男性でも女性でも光属性の最上級『召喚器』であり、透輝が発現する『召喚器』はその名も『 鋭業廻器(えいごうかいき) 』だ。
その外見と比べて軽く、切れ味は抜群で刀身は頑丈。素人が手荒く扱っても刃毀れ一つしない名剣であり、使用者の身体能力を底上げしたり、光属性の魔法の威力を高めたりする効果がある。
『花コン』での演出上の話だが、能力が強化されると剣からビームっぽい何かを撃つこともできるようになるという、すごい武器だ。
俺の本の『召喚器』もそれぐらいわかりやすくて派手な効果があれば嬉しかったんだけど……身体能力を強化してくれるだけありがたいと思おう。サンキュー俺の『召喚器』。『瞬伐悠剣』の方は疑うことなく俺の相棒だがね。
「ほう……『召喚器』を発現したか」
俺は困惑する透輝を眺めながらそう口にする。ここは解説役に徹するところだな、うん。
「しょ、『召喚器』? 俺が?」
「そうだとも。アイリス殿下の『召喚器』によって召喚された君が更に『召喚器』を発現するとは……しかもこちらの世界に召喚されて一週間程度で、ときた。いやはや、世界は驚きに満ちているな」
まさかちょっと追い込んだ程度でこんな覚醒をするなんて、お前は物語の主人公か? いや主人公だったわ。この世界の主人公だったわ、なんて軽く現実から逃避しつつ、俺は透輝へ言葉を投げかける。
「どうだね? 己の『召喚器』はよく手に馴染むだろう? 武器型の『召喚器』は頑丈で切れ味もよく、まるで自分の腕の延長のように取り回しも容易だ。そうだろう?」
「あ、ああ……まるで手に吸い付くような握り心地だ……軽いけど重い、不思議な感覚だし……これなら」
「――俺に勝てる、と?」
さて、驚いたり喜んだりするのはここまでにして悪役を再開するとしよう。俺はこれまでと異なり、ほんの僅かだが殺気を解放する。
「っ!?」
透輝が驚いたように後ずさりするが……そんなに後ろに下がるほどの殺気は出してないぞ?
「そ、そっちは木剣でこっちは『召喚器』なんだ! さっきまでと比べれば勝ち目があるだろ!?」
そう言って『召喚器』を構える透輝だが、俺は思わず苦笑してしまう。
(俺の負けの条件から考えると、木剣を遠くにやって別の武器を使う、なんてことも可能なんだけどな)
俺が提案した敗北の条件は降参するか、死ぬか、透輝を殺してしまうか、木剣を折られたらの四つだ。つまり、他の武器を使っては駄目、なんて条件はない。なんなら素手で戦っても倒せるぐらい技量に差がある。
(まあ、ハンデだって言って木剣を用意したんだし、さすがにやらないけどさ)
なりふり構わなければそんな選択肢もあるが、透輝がそれに気付いた様子はなかった。
「チッ……いくぞ!」
透輝が剣を振りかぶって地を蹴り――その瞬間、姿が消えた。
『鋭業廻器』による身体能力の強化。現時点でも破格の力が透輝の速度を一気に跳ね上げたのだ。
だが、透輝も予想以上の速度に驚いたのだろう。俺へと踏み込み、剣を振りかぶって振り下ろそうとするが明らかに挙動がズレている。体の速度に感覚と思考が追い付いておらず、それでもなんとか俺を捉えて強引に剣を振り下ろせるあたり、たしかに才覚を感じるが。
「速いだけでは届かんぞ?」
踏み込んできた軸足を払うと、勢いを殺し切れずに勝手に透輝の体が吹き飛んだ。身体能力の強化は便利かつ強力だが、扱いに慣れていないとただの自爆技だ。俺が『瞬伐悠剣』の力を初めて使った際、踏み込んだ足の骨が砕けたのと同じである。
「ああああああぁぁっ!? あっ、だっ!? あ、あれ? そんなに痛くない?」
水平に吹き飛び、地面を二回ほどバウンドして転がった透輝だが、速度と衝撃の割に痛みがなかったらしく、不思議そうな顔をして立ち上がった。そして自分の体を見下ろして首を傾げている。
(なるほど、強化は強化でも 全(・) 体(・) 的(・) な(・) 身体能力の向上……速度だけじゃない。攻撃力や防御力も上がってるってわけだ)
肉体も頑丈になっていると見るべきだろう。少なくとも俺のように全力で踏み込んだら足の骨が砕けた、なんてことはなさそうだ。そうなると制限時間はどうだ? さすがにこれで制限時間がなかったら能力が破格すぎるが……。
「これならっ!」
観察する俺だったが、透輝が再度突っ込んでくる。今度は勢いをつけすぎないよう注意したのか、剣を振るのに丁度良い具合の踏み込みになっていた。
「うん、速いな」
先ほどまでと比べれば風切り音が違う。先ほどがブォンだとすれば今度はヒュンだ。それぐらい音が違う。
もっとも、速いといっても素人の斬撃にやられるほど俺も弱くはないが。
「え? は?」
繰り出される斬撃を木剣で 受(・) け(・) て(・) い(・) く(・) 。その度に乾いた音が鳴り響き、透輝が目を丸くして間の抜けた声を上げた。
「な、なんで斬れないんだよ!? それ木製だろ!?」
「木製だから、だな。真剣で木剣を斬るっていうのはけっこう難しいのさ」
いくら『鋭業廻器』の切れ味が鋭いとしても、使い手が素人では発揮できる切れ味に限度がある。刃筋に対して垂直ではなく斜めから当て、接触の瞬間に勢いを殺すことで木剣に食い込ませる程度で済ませているのだ。
……そこまでやっても刃が木剣に食い込むあたり、『鋭業廻器』の切れ味は大したものだと思う。日本刀みたいな斬り方は必要なく、割と雑に振るっても斬れる形状ではあるが……あまり斬撃を受けすぎると削り切られるな。
それでも斬撃を弾き、受け流し、体捌きだけで回避し。その合間合間に何度も透輝を殴り飛ばすが最初のように動けなくなることもない。頑強さが増しているだけでずいぶんと厄介になるもんだ。
(うーん……木剣でも『一の払い』を使えるけど、使ったらさすがにまずいか?)
飛ぶ斬撃も使えるし、何なら魔力の込め方を調整して切断力を落とすこともできる。飛ぶ斬撃ならぬ飛ぶ打撃ってわけだ。ちょっと斬って出血させるのにも便利である。ただ、そこまでするぐらいなら普通に殴った方が早いけど。
そんなことを考えつつ、素人ならではの後先考えない乱撃にして連撃を木剣で捌いていく。身体能力が増していて、なおかつ『鋭業廻器』が軽いからだろう。しかし、そんな理由があったとしてもどんどん太刀筋が鋭くなってきているような……?
(……なるほど、これが『花コン』でランドウ先生が言っていた透輝の才能か。俺の剣の振り方を学習している? いや、自分で剣を振って、不必要な部分を削っていってる感じがするな)
どの体勢でどんな剣の振り方をするべきか。逆にどんな振り方をするべきではないか。それらを取捨選択し、自分にとっての最適解を無意識の内に探っているようだ。
だが、最適解が最善とは限らないし、透輝が最適解を探れるのも俺がそれを導くように攻撃を受け止めているからだ。
透輝自身、自分がどんどん成長していくのを感じているだろう。素人ほど成長が早いものだが、透輝の場合は困惑するほどの速度で剣が磨かれていっている。
(そうか……『花コン』のミナトが負けたのは こ(・) れ(・) が原因か)
しかも主人公の性別が女性だった場合、剣術ではなく杖術で逆転されるのだ。むしろそっちの方が酷いかもしれないな。ミナトのプライドはボロボロになるだろうさ。
「っ、く、そぉっ! なんで、崩せねえ!?」
そんなことを考えながら斬撃を捌いていると、透輝が絞り出すようにして叫ぶ。いや、『花コン』のミナトは崩せると思うよ。だけど俺を崩そうと思うのは。
「剣を握ったばかりの素人が、俺を崩す? ――舐めるなよ」
大した成長ぶりだと認める。ああ、それは認めるとも。だが、 そ(・) の(・) 程(・) 度(・) で簡単に負けてやれるほど積み重ねてきた年月と努力、それと経験は浅くない。
放たれた刃を木剣で受ける。それと同時に力を逃がし、剣を巻き上げて上方へ誘導。それによって透輝の胴体ががら空きになった。
「腹に力を入れたまえ」
同時に声をかけ、空いた胴体へ一撃叩き込む。殺さないよう手加減しているが、衝撃が内臓を盛大に揺らすぐらいには強く打った。加減抜きなら内臓が破裂するから、かなり手加減が必要である。
「ぁ、っ、ぐぅ……」
「苦しいかね? だが、実戦ではその程度の痛みでうずくまっている暇などないぞ?」
かつてランドウ先生に教えられたことをなぞるようにして、俺は言う。
「たしかに、君には大した才能がある。ああ、それは認めるとも。訓練を積めば俺を超えることもできるだろうさ……だが、それは今じゃない」
俺から見たらほんの少し追い込んだだけで『召喚器』を発現したんだ。もっと追い込めば更なる輝きを見せてくれるんじゃないか、なんて思うのは期待が過ぎるんだろうか。
(いや、待て俺。さすがに期待のし過ぎはまずい……『召喚器』を発現して、透輝の才能を確認できた。これだけでも大収穫だろ)
痛みでうずくまる透輝の姿を見て、俺は自重するように思考を巡らせる。あとはそれとなく木剣を削り切らせて俺の敗北って形にすれば良い。
そう、思った瞬間だった。
「頑張って……頑張って! 透輝さん!」
それまで黙って決闘を見守っていたアイリスが、不意に声を上げる。胸の前で両手を組み合わせながら、祈るようにして透輝へと声を送る。
「っ……う、おおおおおおおおおおおおぉぉっ!」
その声が透輝に聞こえたのか。そして、聞こえただけでなく透輝の中で何かを奮い立たせたのか。咆哮するようにして透輝が立ち上がる。
そして、その手に握られた『鋭業廻器』が輝きを放ち、それまでと比べても更に加速して透輝が踏み込んできた。
(『召喚器』を発現しただけじゃなく、この短時間で『活性』の位階まで踏み込んだか!? ははっ! さすが主人公!)
振り上げた刃が荒々しく振り下ろされる。光を纏ったその一撃は今日の戦いの中で一番鋭かった。
(なら――ここまで、だな)
もっと追い込んでみても良いが、一足飛びに強くなっても色々と追いついてこない。
そのため振り下ろされた刃に木剣を合わせ、 わ(・) ざ(・) と(・) 受(・) け(・) る(・) 。そして力を逃がさずにいると木剣にヒビが入り、音を立てて砕け散った。
「おっと、木剣が砕けてしまった。事前の宣誓通り君の」
「ああああああああああああぁぁぁっ!」
勝ちだ、と言おうとしたが、透輝の叫び声で掻き消されてしまった。何事かと思って見れば、どうやら痛みと興奮でこちらの声が聞こえていないらしい。
振り下ろした『鋭業廻器』を腰だめに構え、そのまま横薙ぎに――。
「そこまでだ」
透輝が斬撃を繰り出すよりも早く、ゲラルドが槍の穂先で透輝の剣を押さえていた。なるほど、決闘委員会とやらで揉まれてきたらしい。止めるタイミングもバッチリだ。まあ、仮にゲラルドが止めなければ白刃取りするつもりだったけどさ。
「この勝負、事前の取り決め通りテンカワ君の勝利とする!」
そんなゲラルドの宣言が聞こえたのか、顔や体のあちらこちらに傷を負った透輝は気が抜けたようにその場に倒れ込む。骨は一本たりとも折っていないが、打撲ぐらいにはなっているはずだから仕方がないだろう。
(……スギイシ流の技はランドウ先生が来てからでも遅くない。まずはじっくりと基礎を叩き込んだ方がいいな)
痛みに呻くようにしながらも、どこか満足そうな様子で気絶する透輝を見ながらそんなことを思うのだった。