軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第117話:教育 その2

ゲラルドの宣言と共に、『花コン』で最初に発生するイベント戦が始まった。

俺(ミナト) にとっては必ず負けるイベントであり、透輝にとっては必ず勝てるイベントである。

一応の流れとしては『花コン』のゲームシステム……戦闘がどのように行われるかのチュートリアルでもあり、ミナト相手に攻撃や防御を選択して主人公を操作し、どのように戦うかを体験させるのが目的だったはずだ。

最初の戦いということもあり、周回していないと透輝は全然育っておらず、通常攻撃か防御ぐらいしかやることがない。周回していたら初手で魔法や必殺技を叩き込めるんだが……まあ、明らかに一週目の透輝相手に気にするところじゃないか。

「……? なんだよ、構えないのか?」

素人なりに剣を構えた透輝が俺を見て問いかけてくる。俺は右手で木剣を握り、そのままだらりと腕を下げたままだ。明確な構えを取っていないため疑問に思ったのだろう。

「素人相手に構えても仕方がないからな」

「ッ……上等だっ!」

こちらの挑発に反応し、透輝が一気に距離を詰めてくる。五メートルほどの距離を詰めてくる際の動きを、じっと見る。

足捌きは間違いなく素人だ。相手との距離を詰める際の歩法もなく、ただ前へ出るだけの動きである。踏み込みに合わせて上体が連動しておらず、とりあえず上段に構えてとりあえず振りかぶって、とりあえず振り下ろす。そんな動きだ。

――だが、思い切りが良い。

普通、素人が真剣を握ってもまともに扱えないはずなんだが……ただの向こう見ずか、それともこれがランドウ先生のいう破格の才能か。素人にしては太刀筋が鋭いのだ。あくまでも素人にしては、だが。

(ふむ……アイリスから何か言われたか? どうせ通じないんだから、好き勝手に全力で振り回せばこうなるって感じの振り方だな)

まあ、だからどうしたって話ではある。素人にしては鋭い一撃だろうと、当たらなければ意味がない。俺は木剣を持ち上げて軽く動かし、迫りくる刃をほんの少し、叩いて逸らした。踏み込んだ左足を斬らないよう、透輝の右側に弾いて、と。

「っ!?」

カンッ、と軽い音と共に剣の軌道がズレる。それを感じ取ったのか透輝が目を見開くが……とりあえず全力で斬りかかることを意識しただけなのか、攻撃の つ(・) な(・) ぎ(・) がない。振り下ろした刃を必死に止めるばかりで返す刃はなかった。

「思い切りは良い。だが、良すぎてうっかり自分の足を斬るなよ?」

「なにを……あがっ!?」

軽く、木剣で 撫(・) で(・) て(・) や(・) る(・) 。

骨を折らず、筋を傷めず、痛みを長引かせることもなく、ただ痛い。そんな具合いで左肩を木剣で殴って透輝を地面に転がす。

これが実戦なら追撃として蹴り飛ばすところだが……まあ、そこまではしなくてもいいだろう。

「どうした? 呑気に寝転がっていてもどうにもならんぞ? ほら、立ちたまえ。たった一発、軽く叩いただけだ。骨を折ったわけでも筋を斬ったわけでもない」

早く立て、と俺は言う。実際、この程度で立てなくなるようなら拍子抜けもいいところだ。いくら透輝の中で戦う理由が明確にないとはいえ、撫でただけで終わっては『魔王』に勝つなんて不可能。そんな様じゃ絶望しちまうよ、俺は。

「く、くそっ……」

俺の言葉が聞こえたのか、透輝が慌てて立ち上がる。そして剣を構え直すが、隙が多い構え方だ。

「このっ!」

今度は袈裟懸けに斬りかかってくるが、剣の重さに振り回されているのが見て取れる。剣筋が重さでブレており、それを目で追いながら体を傾けて紙一重で回避すると、今度は 攻(・) 撃(・) を(・) つ(・) な(・) ぐ(・) ことを意識したのか、刃が下から跳ねあがってくる。

「…………」

しかし、遅い。俺は無言で木剣を振るい、切っ先を叩いて斬撃の軌道を逸らす。

「っとと……このぉっ!」

透輝は剣がすっぽ抜けそうになるのを堪えつつ、なんとか剣を引き戻して再び振り下ろしてくる。それを見た俺は再び木剣で切っ先を横から叩き、軌道を逸らした。透輝もこちらが逸らせないほど強烈な打ち込みができればいいんだが……さすがに無理か。

「なんでっ! こんなに! 当たらねえんだよっ!」

透輝は意地になったのか、足を止めてひたすら斬撃を繰り出してくる。振り下ろし、袈裟懸け、横薙ぎと出来得る限りの斬撃が放たれるが、こちらは必要最小限に動き、当たりそうな斬撃は弾いて逸らし、簡単に回避できるものはそのまま回避する。

その際、透輝が自分の打ち込みで怪我をしないよう、剣の軌道を調節することも忘れない。素人が振り下ろした剣で自分の足を斬るというのはよくあることなのだから。

そうやって透輝に剣を振り回させることしばし。時に木剣で殴り、時に足を払って転がし、時に軽く殴ること数回。

激痛はなくとも痛みが蓄積してきたのか、透輝の繰り出す斬撃が大振りになったのを見た俺は木剣で透輝の手首を軽く叩いて剣を離させ、怪我しないようにしてから軸足を払い、体に手を添えてぐるりと回転させる。

「受け身を取らないと痛いぞ?」

一応の忠告でそう伝えるが、何が起きたかわかっていないのだろう。片手で投げ技を仕掛けてみたが、天地逆さまになった状態で目を瞬かせているのが見えた。

そのため俺は透輝の後頭部に足を差し込み、頭を打たないようにしてやる――が、そのまま背中から落ちて掠れるような息を吐き出したのが聞こえた。

「がはっ……つ、ぅ……」

痛みに呻く透輝を見下ろしながら、俺は困惑する。本当、どうしようと困惑する。

(思った以上に弱いな……え? 『花コン』のミナトはこの透輝に負けるのか?)

おかしい、たしかにイベント戦の勝ち負けは関係なく、その後のイベントパートで追い詰められた透輝が覚醒して逆転勝利を収めるのだが、あまりにも弱すぎる。

主人公補正というんだったか? 最悪、俺が攻撃を仕掛けても不可解な現象が起きて全然攻撃が通じない、なんて可能性も考えていたんだが……普通に通じるし、勝とうと思えば勝てそうだ。

バリーの剣を蹴り飛ばすなんて普通に考えれば起こり得ないことが起きているし、『花コン』通り決闘に持ち込める流れになっていた。そのため決闘を仕掛けたが、もしかすると『花コン』同様、何をしても最後には必ず 俺(ミナト) が負けるんじゃないか、と思っていたんだが。

一応、俺が 勝(・) て(・) な(・) い(・) よ(・) う(・) に(・) 勝敗の条件を決めたが、普通に戦っていたら負けようがないぐらい現状だと差がある。

(俺が強くなった分、弱く感じるだけか? でも、『花コン』の主人公はまがりなりにもガキの頃から訓練をしていたミナトに食い下がれるぐらいには強かったはず……)

正確にいうとミナトが弱かったはず、というべきか。それでも才能がないなりに剣を振り続け、一応は実戦経験もある人間が初めて真剣を持った相手に勝てないというのは……現実だからその時の調子の良し悪しも関係するけど、さすがに……。

「困った……実に困ったよ、透輝。決闘を挑んだのはこちらだが、まさかここまで弱いとは……」

仕方ない、ここは『花コン』での悪役らしく振る舞うか。言葉通り困った、と言わんばかりに表情を変えて、優しく声をかける。困ったっていう感情は本音だから、この戦いを見ている者達に表情から悟られることはないだろう。

「もう少し勝負になると思ったんだがね? いや、すまない。これではただの弱い者いじめだ。決闘と呼べるものではない。負けを認めてくれ。それで終わりだ」

そう言って、俺は視線をアイリスへと向ける。

「この決闘に賭けるものは何もないと言ったが……これでは残念だが、形の上では君の保護者に当たるアイリス殿下に謝罪をしていただくしかない。バリーも殿下の謝罪ならば引き下がらざるを得ないだろうが、ああ、本当に残念だよ。王家に仕える者として、王族たる殿下に頭を下げさせるんだからね」

「っ……」

それまで痛みに呻いていた透輝の瞳に、僅かながらも光が宿った。それを確認しつつ、俺は言葉を続ける。

「こちらから決闘を仕掛けておいてなんだが、結局は殿下に謝罪を強いてしまうことになるとは……いやはや、己の未熟さを痛感するよ。まさか君がここまで弱いとは……ね」

透輝に嫌われるのは覚悟の上で、俺はひたすらに煽る。ここで透輝に覚醒してもらうためだ。そのためなら後の好感度なんて知ったことではない。

「もう少し軟着陸させるつもりだったんだが、仕方ない。君への教育に関しても……ああ、そうだ」

そこで俺はふと思いついた、と言わんばかりに軽く手を打ち合わせる。

「君の保護者というのなら、アイリス殿下もこの決闘の当事者と言える。君の代わりに決闘を引き継いでもらうか」

そう言ってこれ見よがしにアイリスへ視線を向ける。するとアイリスはビクリと体を震わせ、目を見開いた。

「ばっ……アイ、リスは……関係、ねえだろ!」

「君の感覚では関係ないのかもしれないね。だが、我々貴族の感覚でいえば関係あるのさ。保護者や後見人というのは そ(・) う(・) い(・) う(・) も(・) の(・) だ」

まあ、これはアイリスも考えが浅かった部分がある。透輝が召喚されたばかりで冷静ではなかったんだろし、俺の方から話を振ったとはいえ、他所の世界から召喚された異邦人が生活するんだ。こうして問題の一つや二つ、どうしたって発生する。

……この世界のことを何も知らない異世界人の世話を上手くやれ、なんて初見の人間には不可能だけどさ。

「俺の派閥の人間であるバリーの問題を、こうして頭の俺が取り扱ったように。君の問題は保護者たるアイリスの問題でもある。逆もまた然りだが、部下の問題を解決するのが上司の務めと言えばわかるかね?」

「それ、は……」

「制服を着ていた点から、君は元々は学生なのだろう? 学生が起こした問題に対し、教師は何もしないのかね? あるいは親が謝罪することは? これはね、簡単にいえば そ(・) の(・) 程(・) 度(・) の(・) 問(・) 題(・) なんだよ」

まあ、学校によっては教師が何もしないどころか問題を隠蔽したり、親によっては無関心で何もしない、なんてこともあり得るかもしれないが。

それでも一般論として語ると、透輝は体を起こしながら歯を食いしばる。

「それならやっぱり、俺が頭を下げれば……」

「最初に言っただろう? その段階は過ぎた、と……そして 本(・) 当(・) は(・) 君の保護者が出てくる問題だが、この決闘に勝てばチャラになる。どうだ? 理解できたかね?」

そろそろ理解してくれ、と言わんばかりに肩を竦めてみる。傍目から見れば十分嫌な奴に見えるだろう。ただ、そんな俺の仕草を怪訝に思っているのか、モリオンが僅かに眉を寄せているからほどほどにしないとな。

でも、ここまでやったからにはきちんと 嫌な奴(ミナト) としてやり遂げないと。

「ああ、色々と言っておいてなんだが、別に立ち上がらなくても構わないとも」

そう言って俺は表情を和らげ、優しく語り掛ける。諦めという名の毒を注ぎ込むように、優しく。

「君が――アイリス殿下に頭を下げさせることに何も思わないのなら、ね」

「っ!?」

だが、透輝はその毒に反発した。痛みを忘れたように立ち上がり、剣を構え直す。

「……俺、頭が悪いからよ。ミナトが言ってること、理解はできても納得ができねえ……俺がやったことについてアイリスに頭を下げさせるっては、間違ってるって思う」

「君が間違っていると思っても、このままだと そ(・) う(・) な(・) る(・) が?」

「お前が言ったんじゃねえか。この決闘に勝てばチャラって!」

うん、言ったとも。そしてそれは、君が諦めなければ叶うとも。そうなるように勝敗の条件を決めたんだから。

「正直、アイリスに対してどんな感情を向ければいいかわかんねえよ! 美人だし可愛いけど、俺をこっちの世界に召喚した張本人だし! その点を怒ればいいのかもしれないけど本人しょぼんとしてるし! その時の顔が可愛いし!」

可愛いを二回言ったな。でも健全な男子高校生らしくていいね。横目で確認するとアイリスが照れているのが見える。こんな状況だろうと下心なく……いや、逆に下心ありで心からの言葉で褒められる機会が滅多にないからか?

「召喚した俺についての責任がアイリスにあるっていうのはわかったよ! でも、納得はできねえ! 俺がやったことの責任は俺が取る! ミナト! アンタを倒してだ!」

そう叫び、再び無謀な突撃を始めようとする透輝。それを見た俺は僅かに口の端を吊り上げた。

「その意気や良し。だが、どうやって俺に勝つ?」

「そこは気合いと根性で――あ?」

具体的な方法は何もなかったらしいが、駆け出そうとした透輝が不意に動きを止め、困惑したような声を漏らした。

「え? な、何? どういうこと?」

俺には聞こえない 何(・) か(・) が聞こえているように、透輝が周囲を見回す。正直なところ隙だらけだが、俺は吊り上げた口の端を更に深く吊り上げ、笑みを深めた。

(おいおい……まさか…… ま(・) さ(・) か(・) だ。マジかよ……)

透輝は手に持っていた剣を地面に突き刺し、右手を前へと突き出す。そして目を閉じたかと思うと、右手の中に光が溢れ始めた。

それを見た俺は構えを解き、ただ、何が起こっているのかを観察する。『花コン』での展開通りだが、まさか、そこまで踏襲されるのかと内心だけで拍手喝采したくなる。

(そうか、ある意味、『花コン』はまだ始まっていなかった……主人公を好きに操作できるのはこのイベント戦の後だ。つまり こ(・) こ(・) ま(・) で(・) は(・) 起きて当然ってことか?)

透輝がイベント戦で勝とうが負けようが、その後に必ず起きる覚醒イベント。

そう、それこそが『召喚器』を発現してからの逆転勝利だ。

この世界に召喚され、短い期間しか経っていない人間が成す奇跡の一端。前世の記憶がある俺でさえ、最初に『召喚器』を発現するのに七年ほどかかった。それを透輝はほんの数日で成し遂げようとしている。

「これでいいのか? って、うわっ!?」

透輝が驚きの声を上げ、右手に溢れていた光が更なる輝きを放つ。俺は視界を潰されないよう目を伏せるが、見えない視界の先、透輝の気配が大きく膨らんだのを感じ取った。

「え……なんだ、これ……剣?」

光が消え失せた先。そこには発現された剣を右手で握る透輝の姿があり、俺は思わず声もなしに笑ってしまう。

いやはや、まったくもって羨ましい限りだ。

こんなピンチとも呼べない事態で覚醒し、強くなれるなんて――本当に羨ましい。

(素晴らしい……ああ、素晴らしいよ、 主人公(とうき) ……)

それでも俺にとっては最高の展開だと、そう思った。