軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第7話 宮田、アイドルが彼氏にだけ見せる特別扱いに気づく

紗月の彼氏は、びっくりするくらい普通だった。

夜。自分の部屋のベッドに転がって、今日の偵察を振り返る。

水野悠真。黒髪。中肉中背。

制服はヨレてないけど着こなしてもいない。

顔は——まあ、悪くはないんじゃない?

でも廊下ですれ違っても記憶に残らないタイプだろうな。

要するに、普通の人。

学年で一番目立つ女子の隣に立つには、あまりに普通すぎる。

でも、面白かった。

あたしがちょっとマジ顔したら「はい……」って即敬語になってた。

あのビビり方は嘘がつけないやつの反応だ。

取り繕える男なら、もうちょっとうまくやる。

あと、紗月。

あの紗月が、あたしの後ろに半分隠れてそわそわしてた。

あんな顔、初めて見たんだけど。

——紗月が人の顔色うかがうの、あたしの知るかぎり一回もなかったんだよね。

誰の目線も気にしない子が、あたしの目線だけ気にして縮こまってた。水野のことで。

隠せてないのは相変わらずだけど、そもそも隠そうとしてる時点で別人なんだけど。

だから今日、とりあえず『合格』って言ってやった。

紗月がここまで誰かに懐くの、マジで初めてだったから。

スマホを枕元に放って、天井を見た。

あの紗月がねえ……。

あいつをあんなふうにさせるやつが、ほんとにいたんだ。

紗月のことを考えると、どうしても中学から始まる。

中2の春。

やたら距離が近い子がいた。

明るめの茶色の髪をゴムで雑にひとつ結び。

背も低くて、子供っぽい体型。

女子が見れば可愛い顔してたけど、男子の目に留まるタイプじゃなかった。

一ヶ月もしないうちに「あの子ちょっと距離近くない?」って陰で言われ始めた。

「ねえ宮田さん、そのバンド好き? 私も聴くよ!」

あたしがバンドのキーホルダーを眺めていたら、いきなり噂の紗月が来た。

何も気にせず隣に座って会話が始まる。

近い。顔が近い。

「近いんだけど」

思ったまま言った。

引き笑いで流すのは性に合わないし。

紗月はきょとんとした。

「そう?」

首をかしげて、本気でわからない顔。

——マジで、一ミリも自覚がないらしかった。

でもあたしは、そのまま話を続けた。

おかしいけど、面白いと思ったし、実際はどんな子なのか気になってたから。

「で、そのバンドの何が好きなの?」

そう言ったとき、紗月の表情がぱっと明るくなった。

——別にそのことを感動的に語る気はないけど。

事実として覚えてる、ってだけの話。

あたしのやり方はシンプルだった。

近いものは近いと毎回言うだけ。

あたしが「近い」と言うと、紗月は「そう?」って首をかしげてちょっとだけ離れる。

で、五分後には元に戻ってるから、あたしがまた「近いんだけど」と突っ込む。

紗月は「ごめん」と言いながら、全然ごめんじゃない顔で笑う。

その繰り返し。

中3になる頃には、もうそれが二人の日常になってた。

文句言って離れなかったの、あたしだけだったらしいけど。

中学時代、紗月に告白した男子なんて、片手で数えるくらいしかいなかったはずだ。

あの可愛さに気づいてた男が、そもそもほとんどいない。

気づいてたとしても、距離の近さで「変な子」が先に来て、恋愛の対象にならなかったんだろう。

——それが、高校で全部ひっくり返った。

高1。

紗月が変わった——いや、見た目が変わった。

背が伸びた。体型がモデルみたいになった。

顔立ちも大人びて、中学のときの子供っぽさが嘘みたいに消えた。

ちょっと成長しすぎだろと思ったけど……。

髪は相変わらず結んでるだけだし、顔もすっぴん。もったいなさすぎた。

「紗月。その髪、巻いてみなよ。あとファンデくらい塗りな」

って言って、内巻きのやり方と、最低限のメイクを教えた。

紗月は一週間で全部覚えた。しかもあたしよりうまくなった。

……腹立つんだけど。普通に。あたしが教えたのに。

明るめの茶色の髪がゆるく内巻きに跳ねて、制服の着こなしにもちょっとだけ個性が出て。

紗月が廊下を歩くだけで、すれ違う男子がみんな振り返るようになった。

女子としてはやや高めの身長。

細身だけどスタイルがいい。

周りから「モデルみたい」ってチヤホヤされても、本人は『何が?』って顔をしてた。

中身は何も変わってないのに。

あの近さ——誰にでもためらいなく入っていくあの距離感。

中学で「近すぎない?」って引かれてたそれが、高校では「壁がなくて気さく」「分け隔てなく明るい」って好意的に読み替えられた。

男子は、そんな紗月の近さを好意だと勘違いして告白してきた。

高1だけで何件あったか……。

紗月は毎回「え、なんで? 普通にしてただけなのに」って本気で困ってた。

普通って何だよ、あんたの普通が普通じゃないんだよ。

女子は「可愛くて壁がない子」に好感を持った。

嫌味がないから敵を作らない。

結果が『学園のアイドル』。

あいつ、中学と何一つ変わってないのに。

変わったのは見た目と、周りが勝手に書き換えた評価だけ。

告白が増えすぎて紗月が困り出したとき、あたしは言った。

「あんた、距離近いからだよ」

「……そうなの?」

中学のときとまったく同じ顔で首をかしげてた。

やっぱなんか抜けてるんだよな……。

で、紗月なりに考えた結果が、『男子に自分からは近づかない』。

——対策が雑すぎるだろ。

近さのおかしさ自体は何も直ってない。

ただ自分から行かなくなっただけ。

でもそのせいで『高嶺の花だけど話すと気さく』っていう最終形態が完成しちゃった。皮肉だよね。

——で。最近の紗月。

男子に近づくのをやめてたはずの紗月が、水野のクラスに毎日乗り込んでる。

腕を掴んで走って、屋上まで追いかけて、自分からお弁当をもらいに行って。

高1の途中から封印してたことを、全部やってる。

しかも一人の男にだけ。

まさか自分から告白したのか、あいつ。

今まで全部断ってきたくせに。

紗月は「彼氏だから当然でしょ」って顔してる。

週末もLINEのテンションがおかしかった。

水野の話ばっかり。

お弁当がおいしかったとか、キーホルダー買ったとか、画面越しにニコニコが透けて見えて、あたしはスマホに向かって「はいはいごちそうさま」と、一人で呆れ声を出した。

聞こえてないけど。

紗月が男子に自分から会いに行くの、いつぶりだろ。

面白い。

すごく面白い。

……面白いんだけど、一個だけ引っかかってる。

今まで紗月に寄ってきた男は、全員『学園のアイドルの橘さん』目当てだった。

中学からの紗月を知ってるのは、あたしだけだ。

近すぎて引かれてた頃の紗月。

何がおかしいのかわかってない紗月。

セーブなしで突っ込んでいく、全開の紗月。

それを知ってる男は一人もいなかった。

じゃあ、あの水野って男はどうなんだか。

今日見たかぎり、悪くはなさそうだった。

ビビりで、正直で、紗月の前で取り繕えない。

でも、それだけじゃまだわからない。

あいつは紗月のどこを見てる?

『学園のアイドル』の後光に目がくらんでるだけなら、いずれボロが出る。

紗月が全開になったとき。

あの子の近さが全部出たとき——あの男は、引かずに隣にいられるのか。

今日の合格は、あくまで仮。

本試験はまだこれからだ。

あたしはスマホをベッドに放って、電気を消した。

——まあ、面白くなってきたのは間違いない。