作品タイトル不明
第48話 宮田、「私たち偽物なの」と泣かれて「知ってた」と思う
四人で正門を出た。
並木道の銀杏はとっくに丸裸で、枝だけが、灰色の空に残ってる。十二月の風が容赦ない。
「さむー……」
紗月がマフラーに鼻を埋めた。隣の水野がポケットに手を突っ込んで無言で歩いてる。矢野がその後ろをだるそうについてくる。
矢野がポテチの袋を開けた。いつものコンソメだ。
あたしは手を出さなかった。
今はそういう気分じゃなかったから。
矢野がちらっとこっちを見た。袋の口を、微妙にこっち側に傾けてる。
あたしを見たまま、動かない。
「いらないけど」
「本当か?」
袋はこっちを向いたまんまだった。
まぁ、貰えるなら貰っておくかな。
結局、三枚取った。矢野もそのままポテチを食べ始める。
「ねえねえ玲奈、ポテチちょうだい!」
紗月が振り返った。
「矢野のだけど」
「矢野くんいいでしょ?」
「……勝手に取ってくれ」
紗月が嬉しそうに二枚取った。水野がちらっとそっちを見て、何も言わなかった。
紗月が水野の横に並んだ。何か話しかけてる。声がちょっと明るい。いつもより。
水野が短く返す。紗月がまた何か言って、水野がまたぼそっと返す。
矢野があたしの横に来た。ポテチの袋を振る。
「もういいけど」
「残ってるぞ」
「だからいいって」
矢野が残りをまとめて口に放り込んで、空の袋をたたんでポケットに押し込んだ。
前を歩く二人の背中を見てた。紗月の声だけが、並木道に響いてる。
駅が近づいてきた。
「あ、矢野。数学のノート返せよ」
水野がふと思い出したように言った。
「わりぃ、家にあるわ。寄ってけ」
「えー、一緒に帰れないの?」
紗月がちょっと口をとがらせた。
「時間かかるから先帰ってろ」
「うー……わかった。またね悠真くん!」
手を振ってる。大きく、何度も。
水野が「おう」とだけ返して、矢野と駅前の方に曲がった。
紗月はまだ手を振ってた。二人の背中が角を曲がって見えなくなっても、しばらく。
あたしは隣で黙ってた。
◇
駅南口から商店街に入った。アーケードの中はちょっとだけあったかい。
小麦堂の前を通ったとき、パンの匂いがした。
「玲奈、今度パン買って帰らない? あ、次こそメロンパンにする!」
「はいはい」
紗月がいつも通り話してる。明日の予定。週末のこと。
色々話題が飛ぶ。いつもより、早い。
あたしは横を歩きながら、「ふーん」「そうなんだ」といつもの相槌をうつ。
ちょうど、アーケードのイルミネーションが点き始めてた。
「あ、きれい」
紗月が上を見て、話が途切れた。
視線が下に落ちて、すぐ戻った。
「あ、そうだ玲奈、テストの範囲ってさ——」
紗月がちらっとこっちを見た。
商店街の出口が見えてきた。
アーケードを出ると、風が戻ってきた。
コートの隙間に入ってくる。アーケードの中とは違う。
もう外は暗くなり始めてた。
あたしは足を止めた。
「紗月」
紗月も止まった。振り返る。
「ん?」
マフラーの上から、目だけこっち向いてる。
「水野と、何かあった?」
紗月が笑った。
「何もないよ? なんで——」
あたしは何も言わなかった。
紗月を、そのまま見てた。
笑った顔のまま、紗月が固まった。
目が揺れた。手がかばんの紐をぎゅっと握っている。
「……ごめん、玲奈」
マフラーに埋もれた声だった。
「私たち、偽物……なの」
紗月が一歩踏み出して、足が止まった。
マフラーを引き下げた。
唇が動いて、閉じる。
「本当の、彼氏、じゃ……ないの」
最後は、ほとんど声になってなかった。
紗月の目から、涙がひとつ落ちた。
「……そっか」
あたしは歩き出した。
少しして、紗月の足音がついてきた。横に並んだ。
紗月がマフラーを引き上げてた。顔が半分埋まってる。
しばらく、そのまま歩いた。靴音と、遠くで車が走る音だけだった。
街灯が点き始めてた。
「で、今は?」
紗月の足が一瞬だけ遅くなった。
「……わかんない」
声が、さっきよりもっと小さかった。
冷たい空気を吸い込んだ。
「紗月」
紗月がこっちを見た。
「あたしにはわかるよ」
あたしは前を向いたまま歩いてた。
「あんたさ、自分で思ってるより——水野のこと、ずっと好きだよ」
足音が止まった。紗月の。
あたしも止まる。振り返った。
紗月がこっちを見てた。
目が、まだ赤い。
その顔が、じわっと赤くなっていく。
頬から。耳まで。
紗月の指が、自分の頬に触れた。
「……やだ、なに」
両手で頬を覆った。指の隙間から、赤いのがはみ出てた。
「顔あつい」
マフラーに顔を埋めようとした。手が邪魔で、埋まりきれてない。
あたしは紗月の赤くなった耳を見ていた。
街灯の明かりで、よく見えた。
口元が、少しだけ緩んだ。
歩き出す。紗月が横に並んだ。
足音がいつもより静かだった。
紗月がこっちを向いた。口が動いて、やめる。
また、口が開いて、閉じる。
あたしは何も言わなかった。
紗月の足音が、少し遅れた。
住宅街の角を曲がった。街灯が一本。その先にもう一本。
風がやんでた。
紗月の靴音が、あたしの半歩後ろから聞こえてた。
いつもの十字路が見えてきた。ここであたしは右に曲がる。
角で立ち止まった。
「紗月」
紗月が顔を上げた。まだ赤い。マフラーの上から覗いてる目が、潤んでた。
「じゃあね」
「……うん。またね、玲奈」
紗月の声が、いつもみたいに跳ねなかった。
角を曲がった。振り返らなかった。
◇
一人で歩いてる。住宅街。暗い。街灯だけ。
首の後ろを触った。冷たかった。手を戻した。
しばらく歩いた。
コンビニの明かりが見えた。寄った。温かいお茶を一本。レジに並んでる間にスマホが震えた。
画面に紗月の名前。
親指を止めた。
開かなかった。ポケットに戻した。
外に出て、キャップを開けた。一口飲んだ。冷えた指が、じんわりあったかくなった。
——知ってたよ、そんなの。
キャップを閉める。
お茶をコートのポケットに入れて、歩き出した。