軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話 モブ、「私と一緒だと、迷惑?」に一瞬で折れる

朝、スマホを見て固まった。

橘からのLINEが3件。昨夜の『おやすみ、水野くん!明日ね!』で終わったはずの通知欄が更新されている。

『今日の昼も屋上行くね!』

『あ、あと大事な話あるから!』

『楽しみにしててね!』

大事な話。

この四文字が、朝7時の俺の胃をピンポイントで抉ってくる。

いや、やめろ! 橘の「大事な話」は、俺にとって「大惨事の予告」と同義なんだよ! まだ知り合って数日しか経ってないのに、なんで俺こんな法則見い出しちゃってんの!?

「……学校行きたくねえ〜!!」

ベッドの上で叫んだ。

だが、休めば橘は確実に探しに来る。満面の笑みで自宅まで来る。そして噂のスケールが学園を飛び越えてご近所まで拡大する。

逃げ場がなさすぎるぞ……!

昼休み。屋上。

矢野と二人でポテチをつまんでいると、予想通りの足音が階段のほうから聞こえてきた。

がちゃ。

「水野くん!」

橘が屋上に現れた。今日も息一つ乱さず、弁当箱を片手に持って一直線にこっちに向かってくる。

もう驚かない。驚いたら負けだ。

「……よう」

「今日は落ち着いてるね。余裕じゃん!」

「余裕じゃなくて諦めだ」

橘はいつものようにすとんと俺の隣に座った。

フェンス際のアスファルトに、弁当箱ひとつ分の隙間もなく。

なんでこいつは毎回この距離感なんだ。屋上って結構広いぞ。

矢野はポテチの袋を傾けて残りを確認しながら、視線だけこっちに寄越した。

「定位置できたな」

「できてない」

「もう二日連続だけど」

「カウントすんな」

橘が弁当を開いて、しばらく穏やかに食べ進めたあたりで——来た。

「はい、水野くん。卵焼き、食べる?」

橘が割り箸で摘んだ卵焼きを、なんの躊躇もなく俺の口元へ突き出してきた。

「……いや、距離感! なんでそんな自然に口元まで持ってくんだよ!」

「え? 普通でしょ? ……それよりね」

俺が全力で引いたのを見て、橘は卵焼きを自分の口に放り込み、スッと居住まいを正した。

またあの「大事な話」の顔だ。

俺は箸を止めた。

「……なに」

「今週の土曜、空いてる?」

「は?」

「打ち合わせしたいの」

打ち合わせ。

「打ち合わせって、何の」

「彼氏っぽいこと!」

弁当のおかずが喉に詰まりそうになった。

「けっ……っ!?」

「だって、お兄ちゃんがまた来るかもしれないでしょ? その前に、ちゃんとカップルっぽい振る舞いを練習しておかないと」

橘がスマホを取り出して、兄からのメッセージ画面を見せてくる。

『彼氏の件、近々確認しに行く』

『どのような人物か、把握する必要がある』

『逃げるな』

一行一行、圧がやばい。特に最後の『逃げるな』、もう文字が殴ってくる。

「……橘」

「なに?」

「この最後、もう脅迫文にしか見えないの俺だけか?」

「お兄ちゃんはちょっと心配性なだけだよ!」

「心配性な人はLINEで『逃げるな』って送ってこないから!」

「だからさ、ちゃんとしておきたいの。一緒にお出かけして、カップルっぽい写真とか撮って、お兄ちゃんに見せれば安心するかなって」

橘は真剣だ。

目がまっすぐすぎる。冗談で言っている顔じゃない。

「いや、それ——」

「大丈夫、変なことしないよ? ちゃんと目的があるんだから!」

「いやだから——」

「偽彼氏の打ち合わせ! 当然でしょ?」

「当然って言い方やめろ! 全然当然じゃないから!」

「細かいことは気にしない!」

出た。

「細かくねえ!!」

「じゃあ何が問題なの?」

「問題しかないだろ! 俺とお前がカップルっぽい写真撮って、兄にそれ見せるって——どこから突っ込めばいいかわかんねえよ!」

「大丈夫! 私、こういうの得意だから。自然にできるよ、任せて!」

「なんの根拠で得意って言ってんだ……!」

「だから、練習すれば完璧だって!」

練習って何するつもりなんだよ……!

矢野がポテチの最後の一枚を口に放り込んで、ぼそっと言った。

「まあ、デートはアリじゃね?」

「お前もかよ!」

「だって面白いじゃん。一般人は経験できないコンテンツだろ、これ」

「コンテンツとして消費すんな! 俺の人生だぞ!」

「知ーらね。まあ、頑張れよ」

矢野はそれだけ言って、空になったポテチの袋をくしゃっと丸めた。

援軍ゼロ。味方ゼロ。この屋上に俺の味方は一人もいない。

橘が両手を合わせて、また懇願のポーズを取った。

「お願い。土曜日だけでいいから!」

「……だから、それやったら完全にただのデートだろ」

「……」

俺がマジなトーンで渋ると、橘はピタッと動きを止めた。

そして、急に弱々しい上目遣いになる。

「……私と一緒だと、迷惑?」

喉が、一瞬止まった。

これだ。この「拒絶されるのが怖い」みたいな目。

いつも強引なくせに、こういう時だけ急に不安そうな顔をする。

反論はいくらでもある。でも、このギャップを見せられると全部吹き飛ぶ。

断れない自分が、また恨めしい。

「……わかったよ」

「やった!!」

「ただし——」

「決まりだね! 土曜10時、駅前。私服で来てね?」

「人の話を最後まで聞け!!」

条件を言い終える前に、橘はもう予定を確定させていた。こいつの耳は都合のいいセリフしか受信しない仕様なのか。

嵐が去った屋上で、残りの弁当を片付けていると、矢野がスマホをいじりながら口を開いた。

「打ち合わせ、ね」

「うるせえ」

「カップルっぽい写真撮ろうとか言ってたけど、それ普通にデートだからな?」

「違う。打ち合わせだ」

「お前がそう思いたいのは勝手だけど」

矢野がちらりとこっちを見た。

ニヤニヤではなく、妙に落ち着いた目で。

「休日に私服で駅前って、お前それもう偽じゃなくね?」

「……」

返す言葉がなかった。

5限の予鈴が鳴って、屋上を後にする。

階段を降りて3階の廊下に出ると、ちょうど橘がD組の方へ歩いていくところだった。

こっちのクラスを覗きに来て、もう戻るところらしい。

「じゃあね、水野くん。土曜日ね!」

廊下中に響くアイドルの声。

すかさず、周囲を歩いていた生徒たちの足がピタッと止まり、一斉にこっちを見た。

「土曜って……デートかよ」

「すげえ、マジなんだなあの二人……」

違うから! 偽彼氏の打ち合わせだから!

——と叫べるわけもなく、俺はただ胃を押さえることしかできない。

俺の葛藤を華麗にスルーして、橘は軽い足取りで去っていった。

やめろ! 満面の笑みで帰るな! 誤解が加速するだろ!!

その背を見送りながら、ふと——視界の端に何かが映った。

廊下の向こう。橘が通り過ぎたあたりに、ショートカットの女子が立っていた。

こちらを見ている——ような気がした。

しかしすぐに人の流れに紛れて、その姿は消えた。

……まあ、気のせいだろ。

俺は教室に戻った。

その夜。

スマホを開くと、橘からLINEが来ていた。

『土曜日の打ち合わせ内容まとめ!』

タップすると、箇条書きが出てきた。

『① カップルっぽい写真を撮る(自然な感じで!)

② 一緒にご飯食べる(カフェとかいいよね!)

③ お揃いのキーホルダーとか見てみたい!

④ 楽しむ!!!!』

④番。

④番がもう完全に打ち合わせじゃない。

俺は震える指で返事を打った。

『④は打ち合わせの項目じゃないだろ』

3秒で既読。

『細かーい! 楽しみにしてるね! おやすみ〜』

やたらテンションの高いウサギのスタンプが送られてきた。

俺はスマホを裏返して机に置いた。

——打ち合わせだ。あくまで打ち合わせ。

偽彼氏の作戦会議。それだけだ。

……なのに、なんで俺、土曜日に着る服のことなんか考え始めてんだ。

「考えてない」

誰もいない部屋で否定した。

説得力は皆無だった。

……とりあえず、明日クローゼットの奥からマシなシャツを探し出しておこう、たぶん着ないけど。