軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第39話 モブ、学園アイドルと弁当を交換し合う昼休みを「いつも通り」で済ませる

古典の助動詞が全然わからないまま、四時間目が終わった。

ノートを閉じて息を吐く。

まあいい。テスト前にもう一回見返せばなんとかなるだろ。たぶん。

「水野くん」

中村さんがノートを片手にやってきた。

「ノート返すね。ありがとう」

「おう、さんきゅ」

受け取ったのは先週の数学だ。

「助かったー。水野くんのノート見やすいんだよね」

「普通だろ」

中村さんがにやっと笑った。

「ねえ、今日もお昼は彼女と?」

「うるせえ」

「えー、でもいつも一緒に食べてるじゃん」

「流れだ」

中村さんが首をかしげた。

「流れでお昼毎日ってすごくない?」

「……ほっとけ」

中村さんがくすくすと笑う。

俺はため息をつきながら、カバンから弁当袋を引っぱり出した。

「……紗月?」

ふいに、教室のドアの向こうから声が聞こえた。

聞き覚えがある——宮田だ。

中村さんがドアの方へ視線を向ける。

「あ、彼女きたよ?」

「悠真くん! 迎えに来たよ!」

振り向くと、ドアのところで橘がぱっと笑っていた。いつもの顔だ。

隣には宮田もいる。

「おう」

弁当袋を持って、席を立った。

隣の矢野に声をかけて、屋上に向かう。

屋上。いつもの場所。

フェンス沿いに四人で並ぶ。

矢野はもう早々にポテチの袋を開けていた。

「はい、おにぎり!」

橘がラップに包んだおにぎりを二つ出して、一つを差し出してきた。

「鮭ね! 前に選んでくれたから、鮭にしたの!」

「……さんきゅ」

受け取ってラップを剥がす。

不格好だけど、しっかり握られた鮭おにぎりだ。

代わりに、俺はタッパーを差し出した。

「ほら」

「あ、きんぴら! やったー!」

橘が蓋を開けて、目を輝かせた。

「おいしそう! ごぼう好き!」

食うと思った。

ふと横を見ると、宮田がしれっと矢野のポテチに手を伸ばしている。

「勝手に取んなよ」

「一枚だけ」

「一枚のわけないだろ。昨日は三枚だった」

宮田が二枚目に手を伸ばした。

「数えてるの?」

「……数えてたわけじゃない」

矢野が露骨に袋を遠ざけるのを横目に、俺はおにぎりをかじった。

鮭の塩気がちょうどいい。うまい。

橘がきんぴらをつまんで口に入れた。

「おいしい! 味濃いめなのがいいよね」

すぐにまた箸が伸びている。

「ねえ、みけ見て」

橘がカバンを開けた。

いびつな猫のぬいぐるみが顔を出す。

「今日ね、教科書多いから潰れてないか心配だったの」

そう言いながら、橘は『みけ』を大事そうに撫でた。

「まだ持ってきてんのかよ」

「当たり前じゃん! 一人にしたらかわいそうでしょ」

「ぬいぐるみだぞ」

橘がむっとした。

「ぬいぐるみにも気持ちはあるの! ねえ、みけもそう思うよね?」

橘がみけの短い腕を振って俺に向ける。

「みけもね、『悠真くん、再来週からの持久走、一緒に走って』って言ってる!」

「言ってねえよ。というか持久走の話はどこから湧いた」

「やだなーって思ってたら思い出しちゃったの。ただ走るだけって飽きない?」

「飽きる暇ねえだろ。きついだけだ」

思わずあの辛さを思い出してゲンナリする。

「矢野くんは?」

「嫌いに決まってる」

「だよね!」

ポテチの袋を振ってた矢野が眉を寄せた。

「なんで嬉しそうなんだよ」

「だって仲間がいると安心するじゃん!」

「仲間って。俺はサボりたいだけだ」

宮田が口元をハンカチで拭いながら淡々と言った。

「あたしは別に嫌いじゃないけど」

矢野が言った。

「宮田は体力おばけだからな」

「おばけって何」

橘がこっちを向いた。

「悠真くんは足速いの?」

「普通」

「出た。水野の『普通』」

宮田がぼそっと言った。

「水野の『普通』って普通じゃないんだよね」

「意味わかんねえ」

「プールのとき『普通に泳げる』って言っといてクロール速かったでしょ」

「あれは——」

「ぜったい普通じゃなかった」

橘がぶんぶん首を振った。

いや普通だったんだが。

「悠真くん、持久走一緒に走ろ!」

「ペースが合わないだろ」

「じゃあ私のペースに合わせてよ!」

「それ俺が遅くなるだけだろ」

橘が身を乗り出してきた。

「いいじゃん! 一緒に走った方が楽しいよ!」

「楽しくないが」

「ひどい!」

矢野がポテチの空き袋をくしゃっと丸めながら、呆れたように息を吐いた。

「お前ら、毎回それだな」

「何が」

「橘が何か言って、お前が断って、橘がもう一回押して、お前が折れる」

知るかよ。

「折れてない」

「折れてるだろ」

矢野が肩をすくめる。

「今の時点で持久走一緒に走ることになってんの、お前だけ気づいてないからな」

「なってねえよ」

「決まりだね!」

橘が満面の笑みで言った。

「確定させんなって」

「だって矢野くんも折れるって言ってるし!」

「それ予言であって同意じゃない」

橘が指を立てた。

「同じようなものでしょ!」

「全然違う」

「細かいことは気にしない!」

出たよ。

宮田がタッパーに残ったきんぴらをさらった。

いや、それ俺が橘に渡したやつなんだが。

「おいしかったよ、きんぴら」

「お前に渡したわけじゃ——」

「細かいこと気にしない」

それ橘の口癖だろ。

「えー、最後だったのに……」

橘が残念そうに呟く。

ふいに風が吹き抜けた。

十月の終わりの、少し冷たい風だ。

俺は手に残っていたおにぎりの最後のひとかけらを口に放り込んだ。

やっぱりうまかった。

予鈴のチャイムが鳴る。

「あ、もう終わり? 早くない?」

橘が慌ててラップをたたみ、みけをカバンに押し込んだ。

「悠真くん、きんぴらおいしかった! ごちそうさま!」

「ああ」

「明日もおかず楽しみにしてるから!」

「期待すんな」

「する!」

橘が笑って、宮田と並んで屋上のドアに向かっていった。

矢野が立ち上がった。

「行くか」

「おう」

ゴミをまとめ、階段を降りる。

午後は英語と生物だ。

たぶんどっちも眠くなる。

いつも通りの、昼休みだった。