作品タイトル不明
第38話 モブ、「前も顔赤くなってたくせに!」と見抜かれる
二時間目と三時間目の間の休み時間。
自販機に行こうと席を立った。
……昼、おにぎり何味だろ。
まあ、何でもいいか。
廊下に出た。
一階まで降りて、自販機コーナーに向かう。
渡り廊下の手前で、掲示板の前に人影が見えた。
小柄な背筋のいい姿勢。ショートボブ。
柊か。
掲示板に張り紙を押しつけて、画鋲を刺している。学級委員の仕事だろう。
自販機で麦茶のボタンを押した。がこん、と落ちてきた缶を取る。
教室に戻った。
◇
屋上。いつもの四人。
おにぎりを受け取って、おかずを渡した。
今日は筑前煮。日曜に作り置きしたやつの残りだ。
「おいしい! れんこんだー!」
「ああ」
おにぎりのラップを剥がした。
宮田が矢野のポテチに手を伸ばしている。矢野が袋をずらす。いつもの風景だ。
それを見て、橘がさつまいもの甘煮を「おいしい」と言ったときの顔が、一瞬浮かんだ。
二人から目をそらした。
◇
放課後。昇降口で橘と合流した。
「一緒に帰ろ!」
「……おう」
正門を出た。並んで歩く。
並木道の銀杏は、先週よりだいぶ黄色くなっていた。
橘がスマホを取り出した。
「ねえ見て見て! 文化祭の写真いっぱいあるの!」
画面をこっちに向けてくる。
一枚目。焼きそばを食べている俺と、ピースしてる橘。中庭のベンチだ。
「これ見て! 悠真くん口にソースついてる!」
「は?」
確かについてる。口の横に赤茶色の点。
「消せ」
「消さないもん! 面白いんだから!」
「面白くねえだろ。消せ」
「絶対消さない!」
「つーか焼きそば食いながらピースすんな」
「だっておいしかったんだもん!」
橘が嬉しそうにスマホをガードした。
「えへへ、あの焼きそばおいしかったよねー」
「ああ。矢野が焼いたやつな」
「矢野くんの焼きそば、意外とおいしかったよね」
「意外とって言ったら矢野が怒るぞ」
「あ、これも見て! メイド服のやつ! 玲奈が撮ってくれたの!」
橘が画面をスワイプした。
D組のメイド喫茶の中。黒いワンピースに白いエプロン。フリルのヘッドドレス。
お盆を持って笑っている橘が写っている。
一回見たからって慣れるもんじゃないな、これ。
「どう? かわいい?」
「知らん」
「えー! 『知らん』って何!」
「知らんもんは知らんだろ」
「嘘だ! 前も顔赤くなってたくせに!」
「なってない」
橘がスマホをまた指で滑らせた。
「あ、これ」
画面に映ったのは——グラウンドの遠景だった。
キャンプファイヤーの火が画面の奥で揺れている。
あの夜だ。
その中に、俺がいた。
火の光の中で、橘の隣で、笑ってる。
——俺、こんな顔してたのか。
……。
何かが浮きかけた。
浮きかけて、やめた。
「……誰が撮ったんだ」
「玲奈だよ。遠くから撮ってたんだって」
橘がスマホを引いた。
「悠真くん、どうしたの?」
「……別に」
「ほんとに?」
「別にって言ってるだろ」
橘が俺の顔を見ている。
「……ふーん」
それ以上は追ってこなかった。
橘はスマホをポケットにしまって、前を向いた。
しばらく無言で歩いた。
「あのさ、」
橘が口を開いた。
「明日もおにぎり持ってくね! 鮭がいい? 昆布?」
「どっちでもいい」
「えー、選んでよ!」
「鮭」
「やった! 鮭ね!」
いつもの帰り道だ。
いつもの角に着いた。
「じゃあね、悠真くん! 明日もおにぎり持ってくからね!」
「……ああ」
橘が手を振って、坂の方に歩いていった。
俺は反対側に歩き出した。
◇
部屋に戻って、制服を脱いだ。スマホを充電器に刺す。
橘からLINEが来た。
『明日のおにぎり鮭ね!! 楽しみにしてて!!』
返信を打った。
『さんきゅ』
送信。
充電器のランプが点滅している。
……まあ、こんなもんだろ。
◇
ベッドに寝転がって、玲奈にLINEを打った。
『悠真くんが最近ちょっと変』
でも、何が変なのかうまく続きが書けなくて、文字を消したり打ったりを繰り返す。
結局、『気のせいかも!』で送った。
玲奈からは『ふーん』ってスタンプ付きで返ってきた。
気のせいだと思う。たぶん。
——でも、あの「別に」。
いつものそっけない「別に」と、なんか違った気がする。
明日のおにぎり、鮭にしよう。悠真くんが選んでくれたし。