軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第32話 モブ、学園アイドルに「これ、好きでしょ?」と好みを当てられる

文化祭前日。授業がない準備最終日。

今日は追い込みだ。

朝もいつもより早い。

弁当を作る時間もなく慌ただしく家を出る。

学校に着いたら、雰囲気がいつもと違った。

昇降口の前で誰かがペンキ缶を運んでいる。

校門ではゲートの骨組みにベニヤが打ち付けられていて、朝から作業をしている。

一旦教室に入り、荷物だけ置いていく。

クラスの準備も佳境みたいで、矢野も来ていたが死にそうな顔をしていた。

装飾班はいつもの空き教室。

教室に入るとすでにメンバーが集まっていた。

長谷川がスマホの割り振り表を見ながら声をかける。

「今日で全部仕上げるぞ。水野と柊、まず垂れ幕を設置してくれ。そのあと全部の階の飾りの確認と微調整。俺と沖は校門ゲートの最終仕上げ」

俺はうなずいた。

「了解」

「はい」

柊がうなずいた。沖も黙ってうなずく。

「午後は全員で装飾規定のチェック巡回入るから、それまでに設置系は終わらせたい。じゃあ各自頼むぞ」

長谷川が軽く手を上げて、沖を連れて校門の方に歩いていった。

ポケットのスマホが震えた。

『今日がんばろうね!! メイド喫茶のリハーサルやるの!!』

橘だ。ビックリマーク二つ。

『ああ……まぁがんばれ』

返して、ポケットにしまった。

……なんか足りない気がするが、気のせいだ。きっと。

空き教室から垂れ幕を運び出した。

思った以上にデカい。

丸めてあっても二人がかりだ。

柊と二人で持って、渡り廊下を通って本館に入る。

屋上に上がった。

「まずは上で仮留めするか。そのあと柊は下で位置見てくれ」

「わかりました」

フェンス越しに二人で垂れ幕の上端を支える。

柵のパイプに紐を通して巻きつけるだけだが、風が吹くたびに持っていかれそうになる。

二人掛かりでなんとか結び終えた。

「よし。柊、下行ってくれ」

「はい」

柊が階段を降りていった。

垂れ幕を壁沿いに下ろす。

巻いた布がゆっくりほどけながら落ちていく。

下から柊の声が飛んできた。

「先輩、右がちょっと下がってます」

声が小さい。四階ぶんの距離があるからな……。

「こっちか!」

声を張った。屋上から叫ぶのは思った以上に恥ずかしい。

「もう少し……はい、そこです!」

柊も声を張っている。これ声響くな……。

紐を結び直して、フェンスから身を乗り出して下を見る。

……まだ斜めだな。

柊が両手で×を作っているのが見えた。

「……もう一回か」

結び目をほどく。三回目でようやく真っ直ぐになった。

柊が下で端を引っ張って、壁にテープで仮留めしている。風で煽られないようにだろう。

俺も下に行き、出来具合を確認する。

柊と二人で見上げる。

「大丈夫そうだな?」

「はい、綺麗にできました」

そこから各階を回った。

二階、三階、四階——先週までに張ったガーランドや飾りを端から端まで確認して、剥がれかけたテープを貼り直し、外れかけた飾りを付け直していく。

地味だけど、量が多い。

柊と手分けして、フロアの両端から同時に進めた。

廊下の真ん中あたりですれ違うたびに、足を止めずに状況を伝え合う。

「こっちは確認終わりました。先輩の方は?」

「こっちもだ。次行くぞ」

「……はい」

すれ違いざま、背後で柊が少しだけ立ち止まった気配がしたが、すぐに足音がついてきた。

互いに余計な気を遣わず、淡々と作業を進められるのが楽だ。

三階を回っているとき、D組の前を通った。

扉は閉まっている。中から、聞き慣れた橘の声が聞こえた。

——今頃準備してんのか。

足が止まって、扉に目が行きかけた。

……いやいや、何考えてんだ俺。

小さく頭を振り、早足で次の飾りへと向かった。

各階の確認がひと通り終わった。

ちょうど昼の時間だ。

「そろそろ昼にするか。キリもいいしな」

「はい。ではまた後で合流します。ここにくればいいですか?」

「そうだな。そうするか」

「わかりました」

柊はそう言って、階段を降りていった。

ポケットのスマホが震えた。

『どこにいる?? お昼一緒に食べよ!!』

橘だ。

『四階』

今日は購買で買うつもりだったから弁当ないぞ、と打とうとしたが、返事のほうが早かった。

『わかった! 行く!!』

ため息をつき、スマホをしまう。

しばらくして、階段から橘が駆け上がってきた。

「悠真くーん!」

「なんで走ってくんだよ。息切れてるぞ」

「だって早くこないとお昼終わっちゃうじゃん!」

「早すぎんだよ。俺弁当もってないぞ」

今日は買うつもりだったしな……。

「えー! まぁいっか。せっかくだし屋上行こうよ!」

「弁当ないって——」

「ふふふー、それはお楽しみ」

橘がにかっと笑う。

こいつはいつも楽しそうだよな……。

どうせ何言っても聞かないのは目に見えているので、おとなしく屋上に来た。

さっき張った垂れ幕が少し見えてる。

「あ、垂れ幕。悠真くんやったの?」

「係だしな」

「すごーい!」

何がすごいんだ。

「あ、そうそう。お楽しみはこれです!」

じゃーんという掛け声が聞こえそうな雰囲気で差し出されたのは、ラップに包んだおにぎりだった。

「今日はツナマヨと、昆布!」

「……さんきゅ」

受け取って、フェンス沿いに並んで座った。ラップを剥がして一口かじる。

「どう?」

「……普通にうまい」

「やったー!」

橘がおにぎりを頬張りながら、嬉しそうにスマホを取り出した。

「ねえねえ、メイド喫茶の看板、さっき完成したんだよ!」

画面を見せてきた。

手描きのメニューボードの写真だ。

「ちゃんとしてんじゃん」

「でしょ! 玲奈と二人で描いたの!」

嬉しそうに笑う。

リハどうだった、と聞こうとした。やめた。

聞いたら長くなる。それだけだ。

橘がふとスマホの時間を見た。

「あ、もう戻らないと。リハの続きがあるの」

立ち上がって、スカートの裾をぱたぱたと払う。

「悠真くん、午後もがんばってね!」

「おう……お前もがんばれよ」

「ありがとう!!」

橘が屋上の扉を開けて、階段を駆け下りていった。足音がすぐに遠くなる。

一人になった。

風が抜けた。朝に結んだ垂れ幕が、フェンスの向こうで揺れている。

おにぎりの残りをかじった。

……うまいな。

長谷川たちの校門が長引いていたので、午後はまず俺と柊でチェック巡回に入った。

その後、装飾班全員で最終チェックをしていたが、気が付いたら窓の外がオレンジ色になっていた。

「よし、一年は下校時間だ。柊、沖、今日はお疲れ。上がっていいぞ」

長谷川の言葉に、柊と沖が「お疲れさまでした」と頭を下げる。

二人が並んで階段を降りていくのを見送った。

その後、俺と長谷川は全部の階をもう一周した。

問題なしだな。

「よし、こっちも終わりだな。水野、お疲れ。明日よろしく」

「ああ、長谷川もお疲れ」

長谷川が手を振って階段を降りていった。

一人になって、なんとなく周りを見渡す。

A組の端からE組の向こうまで、ガーランドと飾りが続いている。

誰もいない廊下に、紙花の色だけがやたら明るい。

いつも素通りしていた廊下が、別の場所みたいだ。

「お疲れさま!」

いつもの声がした。

振り向いたら、橘が手にペットボトルを二本持って立っていた。

「はい、差し入れ!」

ペットボトルを受け取る。麦茶だ。

「これ、好きでしょ?」

「……なんでわかんだよ」

「え? だって悠真くん、海の時もお祭りの時もこれ買ってたから」

そういって橘はにやっと笑う。

「当たったでしょ?」

やめろ。その顔やめろ。

麦茶のキャップを開けた。一口飲んだ。

「……まぁ当たってるけどな」

橘がもう一本のキャップを開けて、隣に並んだ。

壁にもたれて、飾り付けされた廊下を見ている。

「明日だね」

「ああ」

風が廊下を抜けた。ガーランドが揺れる。

「……メイド喫茶、来てくれるんでしょ?」

「……行くとは言ってないぞ」

「言ってないけど、来るでしょ? 来なかったら怒るからね?」

うるせぇ。

まぁ……どうせ行くことになるんだろうな。

橘が隣で麦茶を飲んでいる。

二人で壁にもたれたまま、飾り付けされた廊下を見ている。

蛍光灯の明かりで紙花が揺れていた。窓の外はもう暗い。

——朝からずっと同じ建物にいたのに、会ったのは昼と、今だけだ。

「……帰るか」

「うん」

麦茶を持って、並んで階段を降りた。