軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話 モブ、「お前どうなんだよ」に答えられなくなる

いつからか、装飾班の作業がある日は橘がおにぎりを持ってくるようになった。

俺は代わりにおかずをひとつ、タッパーに入れて渡す。余っただけだ。

最近、甘いおかずが増えた気がするけど気のせいだ。気のせい。

昼休み。屋上。

橘がいつものように弁当箱の横におにぎりを二つ並べた。

「今日は昆布だよ!」

俺はカバンからタッパーを出して、橘の前に置いた。さつまいもの甘煮。

「わ、これ好き! ありがとう!」

「冷蔵庫にあっただけだ」

橘がさっそく一切れつまんだ。

「おいしい! 悠真くん料理上手だよね。ねえ、レシピ教えて?」

「砂糖と醤油で煮るだけだろ」

「……なんかすっかり定着してるんだけど」

宮田がおにぎりを噛みながら、こっちを見た。

「え? 何が?」

橘がきょとんとした。

宮田が矢野を見た。

矢野は肩をすくめた。

「……で、何持ってきたんだ」

矢野がタッパーを覗き込んできた。

「さつまいも」

「この前もそれ系じゃなかった? かぼちゃとか」

「……安かったんだよ」

「ふーん」

何か言いたげだなおい。

橘がおにぎりをこっちに押してきた。

「はい、悠真くんの! ちゃんと取って」

「……さんきゅー」

受け取る。ラップを剥がすと昆布の匂いがした。

一口かじる。塩加減がちょうどいい。前に「ちょっと薄い」と言ったら、次から調整されていた。

……なんでそこだけ学習能力が高いんだよ。

「あ、そうだ!」

橘が箸を止めて声を上げた。

「今日ね、放課後に衣装合わせなの!」

「……おう」

「ついに本物のメイド服着るんだよ! 白いエプロンのやつ! 似合うかなぁ」

——メイド服。白いエプロン。橘が。

想像するな。

「すっごい楽しみ! ね、悠真くん、本番楽しみにしてて!」

「……まだ行くとは」

「もう、悠真くんいっつもそれ!」

橘が頬を膨らませた。

視線を感じる。宮田と矢野、両方。

……頼むから何も言うな。

放課後。三階の廊下。

今週から装飾班の作業場所が変わった。制作部屋じゃなくて、本館の廊下に実際に飾り付けていく。文化祭まであと数日だ。

「水野、柊、三階の飾り付けとガーランド頼む。俺と沖は一階のゲートやるから」

長谷川が振り分けた。

「了解」

「はい」

柊がうなずいた。

制作部屋から飾りとガーランドの入った段ボールを運び出して、用具室で脚立を借りて、三階まで上がる。ガーランドの束は一度に持ちきれなくて、残りは制作部屋に置いてきた。

「先輩、どのあたりに付けますか」

「A組の方からだな」

西階段側のA組の前に脚立を立てた。俺が脚立に登る。柊が下から飾りとテープを手渡してくる。受け取って、壁の高いところに一枚ずつ貼っていく。

「先輩、次これです」

受け取って、また貼った。

何枚か貼って、A組の前の壁に色がついた。脚立を移動して、B組の前。同じ手順で飾りを受け取って、貼る。

「いい感じだな」

「はい」

次はガーランド。紙花を紐でつないだやつを、廊下の天井近くに渡す。

俺が脚立の上で画鋲を刺して、柊が下で紐の張りを調整する。脚立を移動しながら何本か張っていく。

手持ちのガーランドがなくなった。

「先輩、ガーランド足りないので制作部屋から持ってきます」

「ああ」

柊が階段を降りていった。

一人になった隙に、スマホを開いた。

橘からLINEが来ていた。

『衣装合わせ始まった!! すっごいかわいいの!!』

……自分で自分のことかわいいって言うなよ。

いや、衣装のことだろ。たぶん。

『どんなの』

聞いてしまった。聞くなよ俺。

『ひ・み・つ!! 本番のお楽しみ!!』

じゃあなんで報告してきたんだよ。

スマホをポケットにしまった。

「先輩、持ってきました」

柊がガーランドの束を抱えて戻ってきた。

「ああ、ありがと」

B組からC組の方へ脚立を移動させて、続きを張る。

紙花の赤と黄色が、いつも素通りする廊下を変えていく。

C組の前あたりまでガーランドが張れた。脚立を降りて、飾った場所を見てみる。

A組からここまで、飾りとガーランドが並んでいる。

「……悪くないな」

「……はい」

柊と並んで少し眺めていたら、後ろから声がした。

「がんばってねー!」

橘だ。

またこっち来んのか……と思って振り向いたら、手を振ってそのまま階段の方に歩いていった。宮田の姿も見えた。

あれ……なんかいつもと違うな。

なんでだ?

「……大丈夫ですか?」

少し考え込んでたらしい。

柊から心配そうな声が聞こえた。

「あ、悪い。ちょっと考え事してた」

……まあ、いいか。

「続き、やるか」

「はい」

しばらく作業を続けていたら、ポケットのスマホが震えた。

装飾班のグループLINEだ。

『今日はここまでー お疲れ!』

長谷川からだった。

とりあえず今日は終了か……。

「あとは片付けだけだし、柊は先帰っていいぞ」

「え、でも――」

「すぐ終わるから。いいから帰っとけ」

「……わかりました。先輩、お疲れさまでした」

「お疲れ」

柊が小さく頭を下げて、先に帰っていった。

さっさと片付けて帰るか……。

昇降口で靴を履き替えて、外に出る。

九月も下旬になると、六時にはもう薄暗い。

校門を出て、並木道を歩き始めた。

「お前も終わったのか」

後ろから声がした。

矢野だった。ダルそうにカバンを肩にかけている。

「おう。焼きそばは?」

「鉄板が二台あって場所取り合い。ソースの量もわかんねえし」

「大変だな」

「お前もだろ」

自然に並んで歩く。

しばらくは準備の話をした。校門ゲートの骨組みがでかすぎるとか、ペンキが足りないとか。

いつもの矢野だった。

駅前の信号で止まる。

「なあ、悠真」

「何」

「橘のこと」

矢野が前を向いたまま言った。

「お前、どうなんだよ」

ただの偽彼氏だろ——

その一言が、出てこない。

四月からずっと、そう言ってきたのに。

あいつは学園のアイドルで、俺はモブで——

信号が青に変わった。

矢野はそれ以上何も言わなかった。ポケットに手を突っ込んで、歩き出した。

少し遅れて、俺もそのあとに続く。

いつもの角で、矢野が片手を上げた。

「じゃあな」

「……おう」

矢野の背中が角を曲がっていった。

返事をしなかったのに、矢野は何も聞いてこなかった。

住宅街の街灯が、ぽつぽつと点き始めている。

……どうすりゃいいんだよ。

なぜか、矢野の一言が頭から離れなかった。