作品タイトル不明
第20話 モブ、学園アイドルの突撃が日常化した「慣れ」の中で、一人の部屋の静けさに寂しさを覚える
朝の教室。
机に突っ伏して寝息を立ててるやつや、友達と駄弁ってるやつがいる。
いつも通りの教室。
その喧騒の中、俺は鞄を机の横に引っ掛けて、席に着いた。
「おう」
「はよ」
隣の矢野は、今日もパンを食っていた。
あの月曜の朝──橘に教室で名前を叫ばれて、俺の学園生活が終わったと思った月曜の朝から、一週間が経った。
先週は地獄だった。
色々な人に詰められ、そんな中でもあいつは空気を読まずに突撃してくるし……。
けれど、そんな光景を続けていると周りも慣れるらしい。
先週の金曜にはもういつも通り?の光景として周りも慣れたようだ。
……多分そうだよな?
「水野、お前今朝の顔、ちょっとマシになったな」
前から藤川が近づいてきた。
俺の机の端に、手をついて覗き込んでくる。
「放っとけ」
「いやいや、褒めてるんだよ。先週はガチでこの世を終わらせた顔してたから」
「……うるさい」
中村さんが近くの席から、こっちを見もせずに口を挟んできた。
「藤川、あんた水野くんにからむの好きすぎじゃない?」
「人聞き悪いな。こっちは純粋に気にかけてるだけだ」
「ふーん」
「まぁ色々大変だろうけど、頑張れよ! ネタがあったら提供してくれ」
「するか!」
藤川は笑いながら、俺の机を一回叩いて、前の方へ戻っていく。
ネタってなんだよネタって……。
「悠真、お前どっち派?」
矢野がパンを食い終わって手持ち無沙汰になったらしい。
話を振ってくる。
っていうか、お前いつも言葉が足りないんだよ。
「どっち派って、何が?」
「期末の話。数学と英語、どっちが地獄か」
あ、そういえば、そんな時期だった。
「……どっちもだろ」
「でた。逃げ」
「逃げじゃねえよ、両方地獄なら両方地獄って言うしかないだろ」
「水野くんこういうとこ真面目~」
中村さんがけらけら笑った。
チャイムが鳴って、担任が前方から入ってくる。
「はい、ホームルーム始めるぞ。連絡事項が二つある」
教壇から、担任がいつもの眠そうな声で切り出した。
「一つ目。期末テスト、二週間後な」
教室中でため息が聞こえる。
「二つ目。期末が終わったら、学年レクでプールやるぞ」
女子グループの方から「えー」「まじ」という短い声が上がった。
男子は「おっしゃ!」と喜んでるやつもいる。
プール、か。
まあ、まずは期末だな……。
◇
昼休み。
屋上のフェンス際。
俺、矢野、橘、宮田の四人で昼飯を食べる。
あの時から、四人で集まって屋上で食べる、がなんとなく定着した。
「悠真くーん、お弁当何入ってる?」
「……卵焼き」
「見せて」
「見せるほどのもんじゃない」
「えー、覗いちゃお!」
橘が無理やり俺の弁当箱を覗き込んでくる。
先週の俺なら、焦っていた距離だ。
もう焦ることもないくらい慣れ……るわけない!
っていうかいつも近いんだよ!!
橘に卵焼きがさらわれ、食される。
「うーん、悠真くんちの卵焼き、甘くておいしいね!」
「そうかよ」
「私、甘い方が好き!」
「知ってる」
隣で矢野が、ポテチの袋を開けた。
開けた瞬間、宮田が当然のように手を伸ばして、三枚持っていく。
「おい」
「はい、紗月」
「わーい、ありがと玲奈!」
宮田は涼しい顔で、もう一度袋に手を伸ばした。
「矢野、もう一枚ちょうだい」
「なんで俺のなんだよ」
「開けたあんたが悪い」
矢野はため息をついて、ポテチを食い始めた。
ざまぁ。お前も苦しめ。
「ねえ、期末ってそろそろだよね?」
弁当の唐揚げを箸で突きながら、橘が言った。
「朝、担任が言ってたな」
「私、数学やばいかも」
「あんた毎回言ってるよ、それ」
宮田があきれた顔をして返した。
「今回のは本気でやばいの!」
「毎回、今回のは本気って言ってるじゃん」
「玲奈うるさいよ~」
橘は頬を膨らませて、唐揚げをほおばった。
「まあ頑張れよ」
矢野がポテチをもう一枚口に入れて、返す。
「矢野くん冷たい~。 あ、そうだ! みんなで勉強しない?」
「勉強?」
これ巻き込まれるパターン来たな。
「そう! みんなで教えあえば一石二鳥じゃん!」
「ちなみに、みんなって……」
「ここにいるみんな!」
ですよねー。
わかってた。
「いいんじゃない?」
「まぁ一人でやるとさぼりがちだしな」
宮田と矢野がうなずく。
「悠真くん、どうかな?」
橘が上目遣いで聞いてくる。
だから、そういう聞き方やめろよ……選択肢ねぇだろ。
「はぁ……わかったよ」
「やったー!」
橘が笑顔ではしゃぐ。
何がそんなにうれしいのか……。
「じゃあ、また連絡するね!」
「はいはい……」
矢野と宮田がニヤニヤしてこっちをみてる。
「なんだよ?」
「いーや、なんでも?」
「そうそう、あたしたちは気にしないで」
くっそ……。コイツら楽しんでんな。
そのあと、とりとめのない話もしながら弁当をつつき、時にはおかずを取られ無事に食べ終わった。
そのタイミングで予鈴のチャイムがなった。
「そろそろ戻ろっか」
宮田が立ち上がった。
「うん。悠真くん、また後でね~」
橘が手をひらひらさせながら、宮田の後に続いて屋上からいなくなった。
一気に静かになる。
平穏が訪れた。
けどもの寂しさを覚えるのは……気のせいだな、きっと。
矢野がフェンスにもたれて、残りのポテチの袋を見て、一言。
「悠真、勉強会がんばれよ」
「お前も勉強すんだよ」
◇
放課後。
帰りの支度をしていると、廊下から聞き慣れた声が飛んできた。
「悠真くーん、帰ろー!」
教室の入り口から橘が顔を出す。
その隣で宮田が片手をあげてる。
昼休みだけじゃない。
放課後も、これが普通になってしまった。
……しかたないだろ。
あれ以来、毎日橘が突撃してくるんだから。
矢野はとっくに鞄を肩にかけて、半目でこっちを見ていた。
お前まで巻き込まれた側のはずなのに、なんでその顔ができるんだよ。
昇降口を抜けると、四人で並んで歩き出した。
「期末終わったらすぐプールだね!」
橘が上機嫌で、隣を歩く宮田の腕をつついた。
「紗月、順番逆でしょ。まず期末」
「えー、勉強会やるから大丈夫!」
「誰の計算なの、それ」
宮田のツッコミは流れるように速い。
橘の慣れてるな……。
「悠真くーん、水着、一緒に選ぼ?」
「選ばねえよ」
「なんで~」
「なんで一緒に選ぶ前提なんだよ」
後ろから、矢野がポテチの袋をガサガサ鳴らして口を挟んできた。
「悠真、お前こういう時だけちゃんと断るよな」
「こういう時こそ断るんだよ」
「それ逆じゃね? 彼氏なら乗れよ」
「お前の言う『彼氏』の基準がもうバグってんだよ」
「バグってんのはあんたの方でしょ」
宮田まで乗ってきた。
「水野、あんたさ、一応彼氏の自覚ある?」
「ある。最低限な」
「最低限じゃ困るんだけど。ねえ、紗月」
「玲奈、別にいいよー。悠真くんは悠真くんなんだから」
橘がのんびり言った。
その何気ない「悠真くん」が、もう今日何回目か、数えるのも諦めた。
こいつは名前で呼ぶことに一切の抵抗がない。
俺は未だに「橘」だ。
……あいつが先に変えただけだ。
別に、気にしてない。
「ねえ、悠真くんは泳げるの?」
「人並みにはな」
「じゃあ溺れたら助けてくれる?」
「溺れるなよ、まず」
「ほら玲奈、優しい!」
「溺れんなって言われただけじゃん、それ」
駅前の交差点で、信号が赤になる。
「あ、あたしたちこっちだから」
宮田が反対方向を指した。
「悠真くん、また明日ね! LINEするから!」
橘が大きく手を振って、宮田と並んで反対側の道へ歩いていく。
その後ろ姿を見送りながら、矢野が横からぼそっと言った。
「お前、あの『悠真くん』、そろそろ慣れろよ」
「慣れてるよ」
「耳赤いぞ」
「……気のせいだろ」
信号が青になった。
矢野はそれ以上何も言わず、ポテチの袋を丸めてポケットに突っ込むと、いつもの角で「じゃな」と片手を上げて別れた。
一人になった帰り道は、急に静かになる。
◇
玄関のドアを開けて、靴を脱ぐ。
「ただいま」
返事はない。誰もまだ帰っていない時間だ。
キッチンに寄って、冷蔵庫を開ける。
麦茶のボトルと、母さんが買ってきたであろう謎のゼリーが、奥の方で転がっていた。
麦茶を一杯、立ったまま飲んで、コップをシンクに置く。
……静かだ。
屋上でも帰り道でも、あんなに騒がしかったのに。
冷蔵庫のドアを閉めて、自分の部屋へ歩いていく。
ドアを閉める。
……慣れてた、はずなんだけどな。こっちに。