軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第14話 モブ、借り物競争で学園アイドルに「好きな人」として連れ去られる

「悠真、借り物競争、出んの?」

朝の教室。八時半。

プログラム表を片手に矢野が寄ってきた。

「出ない。じゃんけん勝った。今年は安全圏」

「マジかよ、勝ったのか」

「勝った。今年の運をそこで全部使った気もするけど」

「借り物競争、去年もイベントあったしな」

矢野がそう呟く。

「ああ。去年なんて、三年の先輩が『好きな人』引いて、二年のとこ走ってったし。あれもう告白だろ」

そのせいで、今年はみんな押し付け合いの罰ゲームみたいになってたぜ。

「あったあった。実況で読み上げられて、応援席どよめいてたな」

そのお題を引く可能性が低いとはいえ、絶対出たくなかったからな。

マジで今の立場だと洒落にならん。

それに、モブにはこういうイベントは不要だ。

この前の橘の親戚イベントは、マジでバグだ、バグ。

「あれ毎年やってんのかな……。お題に入れるほうも入れるほうだろ」

「今年もそういう枠だろ」

「枠って言うな。俺は出ないからいいけど」

矢野が妙な顔で俺を見た。

「フラグみたいだな?」

なんのフラグだ。

窓の外、グラウンドには各クラスのテントが並んでいる。

うちのB組のテントから少し離れたところに、D組のテントが見える。

D組。

つまり、橘のクラスだ。

視界の端に、明るい茶色の髪が見えた。

目があった。

こっちに手を振ってきた。

いつも通りの距離感。

いつも通りのテンションで、今日も体育祭に参加する気満々らしい。

なんでこいつは毎回、こっちの心臓の準備を待たずに現れるんだろうな。

昼休みが終わって午後の部。

ここまでは平和に終わった。

モブの本領を発揮して、誰にも見られず、誰にも期待されず、完璧に空気として終えた。

ただ、昼休みに矢野とテント裏で弁当広げてたら、橘が宮田と一緒に来たのは誤算だった。

橘は「一緒に食べよ!」って、もう座ってるし。

宮田の「……へえ?」って顔は見なかったことにする。

それはそうと、これから、『あの』借り物競争が始まる。

B組の応援席で、俺は隣の矢野とだらだらグラウンドを眺めていた。

「借り物競争スタート地点へ集合してください」

アナウンスが響いた瞬間、グラウンドの空気が明らかに変わった。

借り物競争。毎年のお祭り枠。

去年、先輩が「好きな人」引いたのもこの舞台。

今年は安全圏のはずだ。出ないんだから。

矢野がスマホを構えた。

「誰撮んの」

「誰か面白いことになるかな、って」

「趣味悪いな」

「行事の楽しみ方ってそうだろ?」

借り物競争が始まり、色々なものが持ってかれる。

生徒だったり、先生だったり、靴紐だったり。

実況も合わさって盛大な盛り上がりだ。

まだ『あのお題』は誰も引いてないらしい。

あるかも分からんけどな……。

そんな中に、明るい茶色の髪が見えた。

「——橘、出てるぞ」

矢野がスマホの画面から目を離さずに言った。

スタートラインに、橘が立っていた。

白い体操着に、ポニーテール。

隣の選手と何か喋って笑っている。

じゃんけん負けたのか?

いや、あいつなら自分からエントリーしててもおかしくないな。

「位置について」

審判のホイッスルが鳴った。

「よーい——ドン!」

六人が一斉に走り出した。

橘は速かった。

真っすぐ駆けて、お題の入った箱に一番乗りで手を突っ込んだ。

封筒を一枚引く。

お題を確認して、橘がすこし立ち止まり、首をちょっと傾けて笑った。

なぜか、嫌な予感がした。

橘がこっちを見た。

B組の応援席を。

俺のいる方を、真っすぐに。

紙をぐしゃっと片手に握って、こっちに向かって走り出した。

「え」

俺の声が漏れた。

橘はフィールドを横切って、応援席に向かってきている。

俺が座っている、ここに。

「おい、待——」

立ち上がる暇もなかった。

橘が応援席の前まで来て、俺の手首を掴んだ。

周りの目が凄いことになってるぞ、おい!!

「水野くん、一緒に来て!」

最初に路地裏を走らされた、あのときがフラッシュバックする。

またこの流れかよ!

「ちょ、待て、俺!?」

「私のお題! 来て!」

「お題って、おい——」

「いいから!」

こいつの「いいから!」が出たら、俺に拒否権はない。

掴まれた手首に力がこもっている。

そのまま応援席から、俺は引きずり出された。

気づいたら、俺の足はゴールに向かって走り出していた。

橘のお題が何なのかは知らない。

ただ、こいつが迷いなく俺を連れに来たってことは。

……いや、考えるな俺。考えるな。

そんな最悪パターンなんてあるわけがない!

ゴールラインが近づく。

白線の手前で、橘が俺の手首を掴んだまま、一気に駆け抜けた。

ゴール。

俺はその勢いのまま前につんのめって、なんとか転ばずに止まった。

いきなり走ったのもあって、息が切れている。

橘は息も切らさず、審判へ紙を渡す。

息を整えるので精一杯なのに、嫌な予感が止まらない。

スピーカーが一拍沈黙した。

審判が読み上げる。

『——はい、それでは二年生借り物競争、D組橘選手がゴールで借りてきたのは——』

溜めんな、早く言え。

いや、やっぱ言わなくて——。

『「好きな人」です!』

グラウンドが、一瞬だけ静まり返った。

次の瞬間、爆発した。

応援席から歓声と悲鳴と口笛が同時に上がった。

女子の「きゃー!」と男子の「うおおお!」が混ざって、全部こっちに叩きつけられてきた。

爆発した歓声のなか、俺の頭だけ一拍遅れた。

……は? こいつ、マジで「好きな人」引いたのか?

耳がおかしい。現実感がない。

なんで俺、体育祭で全校に晒されてんだよ!?

「おい、橘」

俺は橘に小声で、同時に、全力で抗議した。

「お前、なんで、よりによって、それ引いて、俺を——」

「え?」

橘がきょとんとした。

本当にきょとんとしてた。

心の底から「なんで聞いてるの?」の顔だった。

「だって、彼氏なんだから好きな人に決まってるじゃん!」

審判のマイクが、その声を拾った。

スピーカーから、橘の声がグラウンド中に流れた。

応援席が、さっきの倍の音量で沸いた。

悲鳴と歓声と笑いが全部混ざった音が、グラウンドを揺らす。

首の裏がカッと熱くなる。耳、顔、全部熱い。

「た、橘——!」

声、裏返ってる。

マイク、これ拾ってねえだろうな!?

応援席の笑いが、さらに一段上がった。

退場ゲートへ向かいながら、「違う」と言おうとした。

けど、そんな気力もなく。

退場ゲートを抜けた瞬間、矢野が待ち構えていた。

スマホを持ったまま、片眉を上げている。

「お前、今年の体育祭、優勝な」

「何の優勝だよ」

「全校放送部門」

「そんな部門ねえよ」

「あったら確定だろ」

矢野は本当にスマホを構えていた。

こいつマジで動画取ったのか?

「勝手に上げんなって言ったよな」

「俺はしねえ」

「——俺『は』?」

「あ、ほら、俺らのクラス、いま大変そうだぞ」

矢野が視線を俺の後ろに投げた。

振り返って、背筋が冷えた。

B組の応援席の方向。

そこで、クラスメイトたちが、全員、一斉にこっちを見ていた。

構えられたスマホの数がおかしい。

……嘘だろ。

「ちょ、お前ら、撮るなって!」

「撮ってねえよ! もう撮り終わった!」

正直すぎる返事が返ってきた。

「クラスLINE、もう祭りだぞ!」

別の誰かが続ける。

「マジ伝説じゃん」

「『好きな人』、『彼氏なんだから』、合わせ技で伝説級」

合わせ技で伝説級、ってどういうセンスだよ。

俺のスマホがポケットの中で震え始めた。

一回、二回、三回。通知が止まらない。

出すのが怖い。

矢野が俺の肩を叩いた。

「あっちのほうも、沸いてるらしいぞ」

「あっちのって」

「D組」

「クラス跨いでんじゃねえか!」

「そりゃそうだろ。この学校のやつ、みんなあの実況聞いてたからな」

完全に詰んだ。

前のときと違うのは、今度は俺が「引きずられてる」側じゃなく、なんか「名前を覚えられてる」側に回っていることだ。

去年までのモブ水野なんて、もうどこにもいない。

俺の静かな高校生活、これで二度目のド派手な爆散だ……。

グラウンドの騒ぎが少し落ち着きかけた頃。

橘がD組の応援席のほうから歩いてきた。

まだ頬は少し火照ったままで、額にうっすら汗。

それでも、いつもの笑顔は全く崩れていない。

「水野くん!」

「……なんでこっち来てんだ。お前D組だろ」

「だって会いたかったし」

……だから!

そういう事を平然と言うなよ!

周りの女子が「きゃー!」と反応する。

「ちょっとこっち行くぞ……!」

とっさに橘の手を掴んで応援席から離れる。

校舎の脇、日陰になっている壁際を目指す。

グラウンドの歓声が一段遠くなって、放送の音だけがくぐもって聞こえる。

橘は大人しくついてきた。

なんだ?

妙に大人しいな……。

「あの、水野くん」

「なんだよ」

こっちは周りの目から離れるのに集中してるんだが。

「……手」

手?

……あ!

「わ、悪い! とっさに掴んじまって……」

手をぱっと離す。

「ううん、大丈夫だよ?」

橘は少し不思議そうな顔をしてたが、いつものテンションに戻った。

……やべえ。右手がまだあったかい。

話題。話題を出せ。なんでもいい。

何か探して視線が泳いだ。

橘の顔は——今は見れない。

逸らした視線の先、風が吹いて、ポニーテールが揺れた。

「……今日、ポニーテールなんだな」

口が先に動いた。

言ってから、固まった。

何言ってんだ俺。話題を探した結果が髪型か。

「うん。体育祭だから、邪魔になるかなって」

「ああ、まあ、そりゃそうだよな」

声が裏返りかけた。自然に振る舞おうとして完全に失敗している。

「ねえ、似合う?」

橘がこっちを向いた。

聞き方は軽い。いつもの橘だ。

ただ、少し首を傾けて、こっちの答えを待っている。

「……悪くねえんじゃねえの」

橘がきょとんとして——

それから、小さく笑った。

「えへへ。よかった」

なんだ今の。

いつもの「でしょ!」でも「やったー!」でもなかった。

ちょっと目を細めて、小さく「よかった」って、それだけ。

いつもの全力より、よっぽどタチが悪い。

午後の部が終わって、片付けが始まる頃。

俺はようやく、ポケットのスマホを取り出した。

クラスLINEの通知が九十九プラスになっているのは見なかったことにした。

橘からも一件来ていた。

『今日、最高だったね。また明日ね、水野くん!』

……びっくりマークが一つ。

あいつのメッセージにしちゃ異常に控えめだ。普段は四つくらい平気で並べてくるくせに。

体育祭で疲れたのか。

たぶん、それだけだろ。

返す気力もなくて、既読だけつけた瞬間、もう一件きた。

『今度の日曜、うちに来るよね? お母さんも楽しみにしてるって!』

その約束、いつの間に確定してんだよ……。

グラウンドの向こうで、体育祭の片付けの音が、やけにはっきり聞こえた。