作品タイトル不明
第11話 モブ、四人の勉強会で気づいたら二人にされる
「お前さ、いい加減断り方覚えろよ」
矢野がドリンクバーのメロンソーダを啜りながら言った。
日曜日。駅前のファミレス。
ボックス席に四人。俺と矢野が片側、向かいに橘と宮田。
テーブルの上には教科書とノートが広がっている。
中間テストまであと五日。
「断ったんだよ。三回は断った」
「三回で折れてんじゃん」
「四回目に橘が教室まで来たんだよ」
「で、勝手に日時決められて終わったと」
「なんで知ってんだ」
「パターンだろ」
言い返せない。
事の発端は一週間前だ。
LINEで二回、廊下で一回、勉強会の誘いを断った。
それでも諦めない橘が、三日前の昼休みにとうとうこっちのクラスまで来た。
「中間テスト、みんなで勉強しよう! 場所はファミレス! メンバーは私と水野くんと矢野くんと玲奈ね!」
「一人でやるからいい」
「えー、一人より四人のほうが効率いいじゃん!」
「根拠は」
「なんとなく!」
「根拠ゼロじゃねえか」
「細かいことは気にしない! 日曜の十一時ね! 楽しみにしてる!」
——で、今ここにいる。
学校の外でこの四人が揃うの、考えたら初めてだ。
モブの俺、悪友の矢野、学園のアイドル、その親友。
一ヶ月前なら絶対にありえなかった組み合わせが、偽彼氏の延長で成立してしまっている。
ちょっと前にあいつの家でケーキ焼いて、今度は四人で勉強会。
なんで俺、どんどん巻き込まれ方が深くなってんだ。
矢野は勉強じゃなくドリンクバー目当てで来ている。
宮田は面倒くさそうな顔で来たくせに、問題集を二冊持参で本気だ。
「はい、じゃあ始めよう!」
橘がパンと手を叩いた。隣のテーブルの客がこっちを見た。
「まず数学ね! 水野くん、ここがわかんないの」
橘がノートを差し出してきた。
字が丸い。
ページの端に「ぜったい80点!」と書いてあるのが見えた。
「ここは公式に代入するだけだ。教科書の七十二ページ」
「あ、付箋貼ってある! ここ?」
「そう。xに値を入れて——」
「あ、わかった! こう?」
橘がシャーペンを走らせる。
式は合ってる。計算も合ってる。
「できた!」
橘がノートをこっちに向けて見せた。
一問解いただけで満面の笑みを浮かべるな。
「合ってる」
「やった! 水野くんの教え方すっごくわかりやすい!」
教科書に書いてあること言っただけなんだが。
向かいで宮田は英語の問題集を淡々と進めている。
矢野はスマホをいじっている。
「矢野、勉強は」
「してる。英単語アプリ」
「嘘つけ。ガチャ回してるだろ」
「日課」
「今やることか」
「限定ガチャの更新は待ってくれねえの」
ダメだこいつ。
「あんた、それ勉強じゃなくてドリンクバーがメインでしょ」
宮田が矢野にツッコんだ。
「ドリンクバー二百九十円で四杯。一杯あたり七十二・五円。コスパ最強」
「計算だけは速いね」
「テストもこの速さならな」
矢野と宮田のやり取りを聞きながら、ふと思う。
この四人でいるの、思ったより成立してないか。
どう考えてもバグった組み合わせなのに、意外と普通に回っている。
偽彼氏の口実がなくなったら、この四人で集まる理由もなくなるんだろうな。
余計なことを考えるな。テスト勉強しろ。
一時間が経った。
橘は数学を四ページ進めた。
三問に一回のペースで俺に質問してきたが、解説すると次は自力で解けるあたり、頭は悪くない。
宮田は英語の問題集を半分以上終わらせている。普通に優秀だ。
矢野はメロンソーダが四杯目に突入した。こいつマジで勉強しないな……。
と、矢野がスマホを確認して立ち上がった。
「俺、そろそろ行くわ」
「え、もう?」
「塗料届いてた。受け取り今日まで」
矢野は趣味のことになると判断が速い。
「結局一問も解いてないだろお前」
「元は取った」
「それ成果に入れるな」
悪びれもしない顔で鞄を掴んだ。
と——宮田が問題集を閉じた。
「あたしも出る。古着屋のセール今日までだった」
橘が顔を上げた。
「え、玲奈も?」
「終わる前に行きたいんだよね」
「そっか……」
「紗月は数学まだでしょ。残って続けなよ」
「うん、まだ半分あるし……」
宮田が立ち上がる。
「じゃ、頑張れよ」
矢野が俺の肩をぽんと叩いた。
なんか妙にニヤけた声だった。
……なんだその顔。
矢野と宮田が並んでレジの方へ歩いていった。
テーブルに残ったのは、俺と橘。
二人きり。
ちょっと待て。
さっきまで四人だったのに、どうして急に二人になった。
矢野も宮田も、同じタイミングで出ていった。偶然か?
偶然……だよな?
「水野くん、次ここ教えて!」
橘は二人きりになったことなんか気にしちゃいない。
少なくとも、そう見える。
ノートをこっちに寄せてきた。
しかも。
さっきまで向かいの席だったのに、矢野が空けた隣にいつの間にか移動している。
なんでだよ。
「ここの因数分解がわかんなくて」
「あ、ああ……」
隣で肘が触れそうな距離で、橘が教科書を覗き込んでいる。
シャンプーの匂いがする。
集中しろ。数学だ。因数分解だ。
「まず共通因数を括り出して——」
「うん」
橘が頷く。髪が揺れる。
視界の端にちらつく。
「で、残りを展開すると——」
「あ、わかった!」
橘がぱっと顔を上げた。
近い! 顔が近い!
「どうしたの?」
「な、何でもない。……続き解いてみろ」
「うん!」
橘がノートに向かう。
俺は自分の問題集に目を落とした。
問題集のページが全然進んでいない。さっきから同じ行を三回読んでる。
四人のときは普通だった。少なくとも、処理できた。
矢野がボケて、宮田がツッコんで、その間に俺と橘の距離が中和される。
あいつらがいるだけで、変な空気にならずに済んでいた。
それが今、いない。
橘がシャーペンでノートをコツコツ叩いている。
その音がやけに大きく聞こえる。
二人の間を埋めてくれるやつが、一人もいない。
ファミレスで隣同士で勉強してるだけだ。
偽彼氏なんだからこれくらい口実の範囲内だろ。
テスト勉強。真っ当な理由。やましいことは何もない。
なのに、心臓がうるさい。
「水野くん」
「何」
「今日来てくれてありがとう」
橘がシャーペンを止めて、こっちを見た。
「一人だとすぐ飽きちゃうから。水野くんがいると頑張れるんだよね」
それを、その距離で、その顔で言うな。
「……テスト前なんだから当然だろ」
「えへへ」
橘が笑った。
——反則だろ、その顔。
数学に集中しろ。共通因数を括り出す。共通するものを見つけ出す。
俺と橘の共通因数は「偽彼氏」で——
やめろ。数学を数学として解け。
◇
気づけば、窓の外が暗くなりかけていた。
橘の数学は意外と進んだ。
教えるたびに「すごい!」「わかりやすい!」を連発するのは勘弁してほしかったが、嫌じゃなかった。
「もう五時だ。そろそろ出るか」
「あ、ほんとだ!」
会計を済ませて外に出た。
夕方の風がちょっと冷たい。
「じゃあ私こっちだから! また明日ね、水野くん!」
「おう」
「次の勉強会もよろしくね!」
「次もあんのかよ」
「だって水野くんの教え方わかりやすいもん!」
橘が手を振って、駅の方に走っていった。
……静かだ。
四人のときより二人のときのほうが、なんか——いや、なんでもない。なんでもないぞ。
一人になった瞬間、スマホが震えた。
矢野からのLINE。
『どうだった?』
こいつ。
『何が』
『勉強。捗った?』
『お前と宮田、示し合わせただろ』
既読がついた。数秒の沈黙。
返ってきたのはスタンプ一つ。
ニヤニヤ笑いの猫。
やっぱりか。
こいつら、いつの間にそんな連携を覚えやがった。
殺意を込めて猫のスタンプに既読をつけた——が、否定できる材料が何一つない自分にも腹が立つ。