作品タイトル不明
314.【sideソフィア】実験施設
五日後。
まだ朝の空気がひんやりと肌に残る時間、私とログとキャロルは《アムンツァース》の集合地点に姿を見せた。
そこにはすでに、三十人近い実働部隊のメンバーたちが集まっていた。
「……すごい……」
思わず息を呑んだ。
全員が鍛え上げられた身体つきをしていて、普段迷宮で見かける探索者とは明らかに違う経験の重みが、立っているだけで伝わってくる。
「ここまで揃うと、圧が違うな……」
ログも小声で呟いている。視線は真っすぐだけど、その指先はわずかに強張っていた。
その横で――キャロルだけは、「心強いね~」といつも通りの調子だった。
(……さすがキャロル)
すると、私たちに気づいたルエラさんが歩み寄ってきた。
「来たわね、三人とも」
淡々としているけれど、その目はいつもより鋭い。
仕事に入る表情――そう思った。
「思ってたより、人数多いな」
ログが周囲を見渡しながら言う。
「教団施設の入口は複数あるの。どのルートからでも侵入できるよう、こちらも班を分けるわ。貴方たちは私たちと同じ班」
「僕たちとルエラ、それとフレッドの五人で、ってことか……?」
ログが確認すると、ルエラさんは首を横に振る。
「いいえ。あと二人いるわ。あそこ」
ルエラさんが顎で示した先に居たのは、大きなとんがり帽子を被っている女性と、背の高い男性だった。
「え、あの人たちって……」
「師匠が元々所属していた、元《 黄金の曙光(勇者パーティ) 》の……!」
私とログは、思わず同時に驚きの声を漏らしてしまった。
二人もこちらに気づくと、ゆっくり近づいてくる。
背の高い男性――デリックさんが私たちを見下ろしながら口を開く。
「……コイツらが、オルンの弟子か? まだガキじゃねぇか」
「もしかして、子どものお守りもしないといけないの?」
とんがり帽子を被った女性――アネリさんがため息交じりに呟く。
「子どもじゃないです。僕たちはもう成人してますので」
ログがむっとした顔で言い返す。
そんなログを見る二人の視線は、どこか値踏みをしているように感じた。
「成人済みって言ったって、ガキには変わりねぇじゃねぇか。お前ら、本当に同行するつもりなのか?」
デリックさんはゆっくりと息を吐いてから、低い声で続けた。
「今回はただの調査じゃねぇ。相手が相手な以上――下手すりゃ、迷宮より危険なんだぞ」
その言葉は挑発というより、警告だった。
「か、覚悟の上です……!」
私は一歩前に出て、目を逸らさずに自分の気持ちを言葉にする。
それを見て、アネリさんは目をわずかに細めた。
「ふ~ん。ま、足手纏いになられても困るから、戦いになったら私たちの陰に隠れてなさい。探索者の先輩として守ってあげるから」
「あはは~。相変わらず、二人とも誤解を生む言い方しかできませんね~」
私たちのやり取りを静観していたフレッドさんが間延びした声を発した。
「何よ、喧嘩売ってんの?」
アネリさんが眉を吊り上げ、デリックさんも険しい視線を向ける。
だけどフレッドさんはまったく動じず、にこにこと二人を見ていた。
「いやいや~、喧嘩なんて売ってませんよ~。ただアネリさんもデリックさんも 言いたいことが三人に伝わってなさそうなので~、僕が翻訳しようと思っているだけです」
「は?」「んだと?」
二人の声がぴたりと揃っていた。
フレッドさんはひらひらと手を振りながら、のんびり続けた。
「二人は、『困ったら絶対助けるから遠慮なく頼ってくれ』って、言いたかったんですよ~」
「……はぁ!? そ、そんなこと……」
アネリさんが頬をわずかに染め、慌てて帽子のつばを深く下げる。
「違ぇよ! 勝手に解釈すんな!」
デリックさんはそっぽを向いて腕を組んだが、耳がほんのり赤い。
「え~、じゃあ二人は、ログたちがピンチになっても助けてくれないんですか~?」
「ンなこと言ってねぇだろ!」
「そうよ! この子たちに何かあったらオルンとルーナになんて言われるか――そう! あの二人から文句を言われたくないから、仕方なく助けてあげるってだけよ!」
「だな。オルンもルーナも説教が長くてウゼェからな」
……理由はめちゃくちゃだけど、その必死さがなんだか可愛い。
「へぇ~、なるほどなるほど~。つまり二人とも、全力で助ける気満々ってことですね~」
フレッドさんがにこにこしながら追い打ちをかける。
「「…………」」
二人は否定しないで、どこか視線をそらしている。
私はそんな二人を見て、ほっと息をついた。
言い方はともかく、悪い人たちではなさそう。
隣のログも、さっきまでのむっとした表情を少しゆるめた。
「――全員揃っているな」
声のした方を向くと、《アムンツァース》実働部隊の総指揮官――屈強な体格の男性が、ゆっくりと前に出ていた。
さっきまでの和やかな掛け合いが嘘みたいに、場の空気が一変した。
私もハッとして背筋を伸ばす。
「これより作戦の最終確認に移る」
指揮官の声は落ち着いていて、けれど鋼のような重さを持っていた。
「標的は《シクラメン教団》の実験施設。内部構造の全容は不明だが、確認されている出入口は全部で五つ。各班はそれぞれのルートから同時に突入し、生存者の確保と脅威排除を行う」
周囲の探索者たちが真剣な面持ちで頷く。
私たちの班の近くでも、デリックさんが腕を組み、アネリさんが眉一つ動かさず指揮官の言葉を聞いていた。
その姿に、私は改めて本物の探索者の迫力を感じ、胸が熱くなる。
(……私も、足を引っ張らないようにしないと)
指揮官は続ける。
「班の再確認だ。第一班は――」
順に名前が読み上げられていき、やがて私たちの番が来た。
「最後に第五班。リーダーはルエリア。メンバーが、フレデリック、アネリ、デリック、そして――ソフィア、ローガン、キャロライン。以上七名」
名前を呼ばれ、思わず背筋がピンと伸びる。
キャロルが拳を握りしめ、真剣な眼差しで呟く。
「ようやく、みんなを助けに行ける……!」
その横顔に迷いはなく、強い決意が宿っていた。
私とログがヒティア公国に来た理由は、学園で魔術の知識を深めて、さらに成長するため。
だけど、キャロルの目的は違う。
彼女の目的は最初から――教団に囚われてる子どもたちを、一人でも多く助け出すことだった。
そのためにキャロルは教団の情報が一番集まるここに来た。
……キャロルがそこまで強く願う理由を、私はヒティア公国に来て、初めて知った。
キャロルは幼少期に教団に攫われて、ひどい目に遭ってきた。
紆余曲折あってキャロルたちは教団の魔の手から逃れることができたけど、未だに教団に苦しめられている子はたくさん居る。
『そんなみんなを助けたい』とキャロルは言ってた。
その想いには私も同意する。
彼女と温度感は違うかもしれないけど、闇の中で苦しんでいる人を助けたいという気持ちは私ももってるから。
「――以上をもって、最終確認を終了する。各班、転移準備に入れ!」
号令とともに、みんなが一斉に動き始めた。
各々が装備を整え、転移陣が刻まれている部屋へ向けて足を進める。
緊張と高揚が、胸の奥で渦を巻く。
「さ、行くわよ」
ルエラさんが優しく、だけどきっぱりと声をかけた。
私たちは、その背中を追って歩き出した。
◇
――薄暗い施設に踏み込んだ瞬間、鼻を刺す臭いが押し寄せてきた。
(……これ、血の臭い? それに、薬品の臭い も……)
思わず喉の奥がきゅっと縮む。
壁には何かを固定していた金具の跡があって、床には乾いた黒い染みが広がっていた。
魔導器具の残骸が散らばっていて、それが何に使われていたのか――想像したくないのに、頭の中で勝手に情景が浮かんでしまう。
(……気持ち悪い……胸がざわざわする……)
理解が追いつかないのに、心だけが削られていくような感覚。
足元がふらついたところで、すぐ隣のキャロルの肩が小さく震えていることに気づいた。
「キャロル、大丈夫……?」
「だいじょうぶ。……あたしは、見慣れてるから」
そう言う声は強がっているのが分かるほどに小さくて、それでも前を見ようとしている。
(……私が、支えなきゃ)
そう思った瞬間だった。
「……誰か、いる!」
ログの声で前方に視線を向ける。
――少女だ。
年齢は私たちよりも幼かった。
急いで彼女の元へ駆け寄る。
「大丈夫っ!? 私たちは――」
「――安易に近づいちゃダメっ!!」
背後からルエラさんの鋭い声がした。
その瞬間、ぞわりと背筋が逆立つ。
反射的に横へ跳ぶと、私のいた場所を〝何か〟が高速で通り過ぎた。
風を切る音と、金属を削るような甲高い音。
目を向けると――それは少女の手だった。
いや、違う。
それは――手の形をした 獣の爪(・・・) 。
ありえない長さの爪。
黒く変色した腕。
魔力が濁流のように渦巻いている。
もしかして、これが話に聞いていた魔人……?
「……っ!」
少女の瞳は深い闇に塗りつぶされていて、理性の気配がない。
「やめて――!」
私の声など届かず、少女が苦しげに身体を震わせながら、獣のようにこちらへ襲いかかってきた。
「ソフィー!」
ログが構えながら叫ぶ。
しかし、飛び込んでくるのは小さな身体、小さな手、小さな叫び。
(こんな子を攻撃するなんて……!)
術式がうまく構築できない。
胸の奥で何かが拒絶する。
そんな私を見て、アネリさんが自身の周りに大量の魔法陣を展開した。
そのまま攻撃魔術を放とうとしたところで、
「ここは僕に任せて」
フレッドさんがアネリさんを制して、私たちの前に出た。
「――【 能力下降(ステータスダウン) 】」
フレッドさんが発動したデバフによって、少女の動きが鈍くなる。
「大丈夫。今は安心して眠って。――【 睡眠導入(インダクションスリープ) 】」
その声は、普段の間延びしたものではなく、慈しむような優しい声だった。
フレッドさんの魔術によって穏やかな寝息を立て眠っていた。
それからフレッドさんが私たちへと振り返る と、冷たい目を向けてくる。
「……ソフィー、ログ、これが現実だよ。君たちの覚悟じゃ――」
フレッドさんが続けようとしたその瞬間だった。
ピーンと耳を刺す警報音が、施設中に響き渡った。
「な、何っ!?」
「警報、か……?」
足元がわずかに揺れ、薄暗い床の亀裂から〝黒い霧〟がモクモクと立ち昇ってくる。
(……これ、魔獣が死んだときの、あの霧に似てる……?)
私がいつも迷宮で見ている光景と、今目の前で起きている現象が重なり、胸がざわりと波立った。
だが、今回は逆だった。
霧は消えるのではなく、――形を得ようとしている。
「まずい! 臨戦態勢! その子を護りながら迎撃を!」
ルエラさんの声が響いた。
黒い霧は、やがて魔獣の輪郭へと変貌していく。
四足の獣。
複眼の触手。
武器を手にしている亜人。
数は一体ではない。
二体、三体と次々に形を取っていく。
「ここは迷宮じゃねぇってのに」
「無駄口叩いてないで、殲滅するわよ、デリック!」
言葉と同時に、アネリさんが放った水の槍が魔獣を黒い霧に変えた。
デリックさんも大盾を前に突き出して一歩踏み込む。
私たちと魔獣との戦いが始まった。