軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

313.【sideソフィア】暗部

早いもので、《 黄昏の月虹(わたしたち) 》がストロメリア魔術学園に入学してから、もう一か月が経った。

最初は目まぐるしくて付いていくのに必死だったけれど、ようやく学園生活にも慣れてきたように思う。

講義の内容もだんだんと整理できてきて、魔術の仕組みも以前よりずっと理解できている。

今日の講義が全部終わって、机の上を片づけていると、

「うぅ~~~……」

隣から妙な唸り声が聞こえてきた。

そちらに目を向けると、キャロルが机に突っ伏しながら、ジッと何かを睨みつけている。

「キャロル?」

呼びかけても反応がない。

視線の先を辿ると、そこには、――女子生徒たちに囲まれているログの姿があった。

女子生徒たちは口々に質問を投げかけているけれど、どう見ても勉強のためというより、話しかける口実に使っているようにしか見えない。

それでもログは嫌な顔ひとつせず、落ち着いた声で答えていく。

昔の彼は自分の才能を鼻にかけているところがあった。

だけど、昨年の教導探索を経て随分と変わった。

素直で人当たりが良くなって、今では《夜天の銀兎》の先輩探索者たちにも可愛がられている。

私たちと一緒にいるとき以外だと、年上の人たちに囲まれていることが多かったから気づかなかったけど、こうして同年代の輪の中にいると、やっぱり大人びて見える。

……それにしても、いつも笑顔で明るいキャロルが、こんなに露骨に不機嫌そうな顔をするなんて珍しい。

まぁ、気になる相手が他の人たちと仲良くしているところを見れば、誰だって面白くないよね。

私だって、オルンさんとお姉ちゃんが楽しそうに話しているところを見て、胸がもやもやしたことがある。

だから、気持ちは、よくわかる。

「……気になるなら、キャロルもあの中に入ってくれば?」

軽く提案すると、キャロルはびくりと肩を揺らしてから、顔を真っ赤にして立ち上がった。

「べ、べつにいいよ! そんなことより、あんなのほっといて、もう行こっ!」

そう言って、私の手をぐいっと引っ張る。

慌てて荷物を抱えながら立ち上がると、キャロルは足早に講義室を出ていった。

――やっぱり、キャロルは自覚してないんだろうな。

けれど、その後ろ姿を見ていると、本人が思っている以上に答えは明らかに思えた。

学園を後にした私とキャロルは、街にあるダウニング商会の一室へとやってきた。

中に入ると、そこにはキャロルのお姉さんとお兄さん―― ルエリア(ルエラ) さんと フレデリック(フレッド) さん――がいた。

元々二人は、教団の幹部だった《博士》の下で半ば強制的に働かされていた教団関係者だった。

けれど《博士》の死とキャロルとの和解をきっかけに教団から離れ、今は《アムンツァース》の実働部隊の一員としてこの街を拠点にしている。

扉の開く音に気づいたルエラさんが、椅子から顔を上げて微笑む。

「二人とも、おかえり」

「ただいま~!」

キャロルは返事をしながら、勢い良くルエラさんに抱きついた。

突然のことにルエラさんは少し目を丸くしたけれど、すぐに「仕方ないわね」というような柔らかな表情になって、キャロルの頭を優しくなでていた。

その光景を眺めながら、私は自然と口元がほころぶ。

(こういうの、やっぱり家族って感じでいいな)

キャロルが離れたところで、ルエラさんの表情が真剣なものに変わった。

「キャロル、ソフィー、――決行日が五日後に決まったわ」

「っ! ついに!」

キャロルが勢いよく身を乗り出す。

私は頷きつつも、胸がそわそわと落ち着かない。

一応概要は聞いているけれど、正式決定となると重みが違う。

「改めて説明しておくわね」

ルエラさんはそう言いながら、一枚の資料を机に 置いた。

「《シクラメン教団》が管理していた人体実験施設の一つ。そこに、まだ生存者がいる可能性がある。そこで、《アムンツァース》実働部隊は五日後、その施設へ先行突入して、実験体の子どもたちを救出する」

ルエラさんが説明を終えたところで、フレッドさんが口を開いた。

「あまり、同行はおすすめできないね~。特にソフィーは」

「……どうして?」

「ソフィーにどんな過去があるかは知らないし、不幸に順位なんて付けるべきじゃないのもわかってる。でもね、――ソフィーには〝覚悟〟があるの?」

そう問いかけてくるフレッドさんは、いつもの間延びした口調ではなく、真剣な声音だった。

「世界には闇の部分がある。ソフィーが知らない世界が、ね」

教団に囚われていたキャロルたちが見てきたもの――それが、私には想像もつかない世界だということはわかってる。

その忠告をしっかりと受け止めたうえで、私は答えを返した。

「……覚悟はあるよ。この作戦を聞いた時から」

そう言った瞬間、自分の声が少し震えていることに気づいた。

でも、胸の奥にある想いは嘘じゃない。

「私、まだ全然強くないし、知らないことばっかりだけど……。それでも、誰かが苦しんでるなら、見ないふりはしたくない。前に、レグリフ領で――自分がどう在りたいかって、ちゃんと決めたから」

言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。

「夜を照らす月みたいに、暗い場所にも、ちゃんと光を届ける人になりたい。誰かが闇の中にいるなら、気づける人でいたい。そのために、怖くても――ちゃんと目を向けたい」

ここまで言って、私は小さく息をついた。

うまく言えた自信はない。

でも、これが今の私の全部だ。

ルエラさんは一度だけ瞬きをして、ぽつりと呟いた。

「……傲慢ね」

けれどその声音には、どこか柔らかさが混じっていた。

「……ま、土壇場で縮こまらないって覚悟がちゃんとあるなら良いんだけどね~」

フレッドさんが軽く肩をすくめて、いつもの調子に戻る。

張りつめていた空気が、ほんの少しだけほどけた。

「あ、そうだそうだ~。二人とも、号外はもう読んだ?」

その言葉に、私はきょとんと目を瞬かせた。

「号外?」

「読んでなーい……どんな内容?」

キャロルも首を傾げる。

「東の大迷宮が攻略されたらしいよ~」

「……えっ?」

思わず声が裏返った。

「もう……?」

キャロルも同じように驚いた表情をしている。

「そうなんだよね~。今年の初め時点で東は九十六層まで進んではいたけど、首脳会議で正式に〝攻略〟が各国共通の目標になったのが三か月前。……さすがに早すぎると思わな~い?」

「……でも東って、 南(ツトライル) と違って深層が無いタイプだったんでしょ? なら、可能性としては――」

「――低いわ」

私の言葉を遮るように、ルエラさんが静かに言った。

「去年、《アムンツァース》は東の有望な探索者を一掃したの。そこから短期間で無名の天才が五人も現れるなんて、常識で考えればあり得ない」

「しかもね~、攻略者の五人は、みんな十五とか十六歳なんだって~」

フレッドさんが続ける。

「名前も実績も残してない子どもたちが、いきなり世界トップクラスの偉業を成し遂げたってわけ」

ぞくり、と背筋が冷える。

「……そんなこと、普通は……」

「不可能でしょうね」

ルエラさんが淡々と断言する。

「だからこそ――ひとつの仮説が浮かんでる」

その言い回しに、私は息を飲む。

キャロルも不安そうに眉を寄せた。

「まさか……」

「その攻略者たちは、――《シクラメン教団》の 実験体(・・・) である可能性が高い」

「――っ!」

胸がどくりと脈打つ。

「もちろん、証拠はまだ無い。ただ、時期も年齢も、状況も……あまりに一致しすぎているのよ」