軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

288.キョクトウへ

「……来たか」

転移部屋へとやってきたところで、俺たちに気づいたオリヴァーが口を開いた。

「遅くなって悪い。俺たちが最後だったか」

部屋の中には既に全員が揃っていた。

キョクトウへ向かうメンバーは、俺、《赤銅の晩霞》のフウカ、ハルトさん、カティーナさん、ヒューイさん、それからシオン、オリヴァー、ルーナ、テルシェさんの計九人だ。

それ以外に見送りとしてクリス、俺たちをキョクトウへ送ってくれるレインさんもこの場には居る。

「ううん、予定時間ピッタリだよ」

そう答えたのはシオンだった。

だけど、彼女にしては珍しく表情が硬い。

他のメンバーも多かれ少なかれ気張っているように見受けられる。

これから本格的に教団と事を構えることになるわけだし、気負ってしまうのも仕方ないか。

みんなの緊張が解れるようなことを言おうと口を開こうとしたところで、

「空気が重たい。みんな緊張しすぎ」

一人いつもと変わらないフウカがたこ焼きを食べている手を止めて声を発した。

……というか、朝っぱらからたこ焼きなんてよく手に入ったな。

「フウカは逆にいつも通り過ぎない?」

シオンが苦笑する。

フウカはたこ焼きに楊枝を刺しながら淡々と答えた。

「これだけのメンバーが揃ってるんだよ? 負ける気がしない。だから緊張する理由なんてないでしょ?」

そう言いながらフウカは、たこ焼きをシオンの方へグイっと突き出した。

「ほら、シオンにもあげる。緊張してるとお腹すくでしょ?」

「えっ、わ、私……?」

シオンが戸惑いながらも目をぱちくりさせる。

そんな彼女に構わず、フウカはさらにぐいっとたこ焼きを差し出す。

「いいから。あーん」

促され、シオンは小さく息を呑み、それから観念したように口を開けた。

「あ、あーん……」

フウカがたこ焼きをシオンの口へ運ぶ。

「……あ、熱っ、でも、おいしい」

もごもごしながらも、シオンがほころんだ笑顔を見せる。

その様子に、場の空気がふわりと和らぐ。

「ウチのお姫様は相変わらずだな……」

ハルトさんが呆れたような口調で感想をこぼした。

フウカがどこまで計算してやっているのか分からないが助かった。

キョクトウへ向かうメンバーは大丈夫と考えて、今もなお表情が暗いレインさんに声を掛ける。

「レインさん、今日は来てくれてありがとう」

「ううん。この前オルン君と約束したから。それに、これが罪滅ぼしになるなら、やらない理由は無いよ」

レインさんが笑みを浮かべるが、無理をしているのがはっきりとわかるものだった。

クランを抜けるときにレインさんに罪は無いと伝えているけど、やはり彼女の中の罪悪感はそう簡単に拭えるものではないか。

当事者である俺にはこれ以上の掛けられる言葉が……。

「――レイン」

彼女への言葉を探していると、静観していたテルシェさんが口を開いた。

「な、何、お姉ちゃん……」

レインさんが怯えたような表情をテルシェさんに向ける。

「私は貴女を赦していないわ」

テルシェさんの言葉に、場の空気が一瞬、凍りつく。

レインさんは悲しげに俯き、自分の服をぎゅっと握り締める。

俺も何か言わなきゃと口を開きかけたが、テルシェさんが続けた。

「けれど、私たちは姉妹だというのに、これまで一度もきちんと心の内を見せあった事は無いわよね。これまでの私は貴女に対して言葉が足らなかった気がする。貴女も私に話したいことがあるんじゃないの?」

声は冷たくも、どこか静かな決意を帯びていた。

「話したい……こと……」

小さく反芻するレインさん。

「ええ。……すぐには無理でも、いずれ、きちんと向き合うために」

テルシェさんはレインさんの目をまっすぐ見据えた。

「だから、レイン。……貴女は、ちゃんと生き続けなさい。私も、必ず戻るから」

柔らかい言葉ではなかった。

でもそこには、確かな想いが込められていた。

「……うん」

レインさんが震える声で答える。

潤んだ瞳を拭いながら、それでも精一杯、テルシェさんを見返していた。

二人は、まだ完全に和解できるわけじゃない。

けれど、互いに進むべき道を、確かに歩き出したのだと思う。

シオンがそんなやり取りをしているテルシェさんを眺めながら、嬉しそうに微笑んでいた。

「それじゃあレインさん、お願いできるかな?」

「うん。任せて! 流石にここからキョクトウまでとなると術式構築に時間がかかるから、一分くらい待ってもらえる? 術式構築が済んだら言うから」

そう言うレインさんはすっきりとした表情をしていて、《夜天の銀兎》の頼れるお姉さんが帰ってきたように感じた。

……それにしても、ヒティア公国からキョクトウまで転移させるための術式構築が一分程度で済むのか。

【 空間跳躍(スペースリープ) 】という魔術は、任意の場所まで転移できるものであるが、その移動距離は精々が百メートル程度となる。

《アムンツァース》や《シクラメン教団》はそれ以上の長距離転移をする術を持っているが、それも決まった場所から決まった場所までという制約があるし、転移先に転移阻害の結界があったら転移ができない。

しかし、レインさんが扱う【 空間跳躍(スペースリープ) 】には、それらの制約が一切無い。

「ついに始まるな」

レインさんの術式構築が完了するのを待っていると、クリスが口を開いた。

「うん。俺たちはしばらくキョクトウに滞在することになる。後のことは頼んだよ、クリス」

「あぁ。任せておけ。まずは手筈通り氣の情報を世界中に流す。大迷宮攻略が目的である以上、教団やギルドももみ消すことは無いだろう」

「迷宮攻略を望んでいるのは教団も同じだろうしね」

これまで探索者たちは身体強化を支援魔術で行ってきた。

そして迷宮における戦闘では、それを扱う付与術士のレベルがそのパーティの実力に直結するとされている。

迷宮攻略が 夢物語(・・・) であった今まではそれで問題なかったが、迷宮攻略に本気で取り組むのであれば、生命線である身体強化を他人に依存していてはダメだ。

身体強化程度は自前でできなければ話にならない。

そこで《アムンツァース》は噂という形で氣の操作の情報を世界中にバラまくつもりだ。

探索者が氣の操作を習得できれば、全体のレベルは格段に上がるだろう。

「それと、オルンの弟子たちについても心配するな。何かあったとしても俺が絶対に守ると約束する」

「クリスがそう言ってくれると心強いよ。基本的にはあの子たちの自由にさせてほしいけど、何かあったときはフォローしてくれると助かる」

「諸々任せておけ。オルンは自分のことに集中してくれ」

「わかった」

クリスとの会話が一段落着いたところで、

「――オルン君、転移の準備整ったよ」

レインさんの声とともに、床に魔法陣が浮かび上がった。

「わかった。みんな、準備はいいか?」

俺がキョクトウへと向かう面々に問いかけると、全員が力強く頷いた。

「ついに、か。ここまで長かったような短かったような……」

ハルトさんが感慨深そうに呟く。

「団長、感傷に浸るの早すぎでしょ」

「そうですよ。そういうのは、きちんと国を取り戻してからですよ」

カティーナさんとヒューイが、息の合ったようなタイミングでツッコミを入れる。

「ははっ、手厳しいな。だがまあ、それもそうだな」

ハルトさんは頭をかきながら苦笑した。

けれどその目は、どこか誇らしげだった。

彼の中には、すでに戦う覚悟が整っているのだろう。

「キョクトウ、楽しみですね」

ルーナの呟きにシオンが同意する。

「そうだね。祭りの期間中は出店がたくさんあるんでしょ? 調査ついでに案内してよ、フウカ」

「任せて。懐かしい味、たくさんあるはずだから」

フウカのブレない返答にルーナとシオンは苦笑する。

みんながそれぞれに決意を固めていると、

「――それじゃ、跳ばすよ!」

レインさんの声とともに、訪れる一瞬の浮遊感。

そして、その直後には目の前の景色が一変する。

――涅く重たい雨が降りしきり、人々の悲鳴がこだまする、異郷の地へと。