作品タイトル不明
第三話:スライムは帰還する
馬車での旅は続いていた。
そろそろアッシュポートにたどり着く。
港街であるアッシュポートへ向かう街道は海沿いにあり、潮の匂いがする。
馬車内では、金属音が響いていた。
「ニコラ、完全にばらばらにしちゃったんだね」
「ん、海水と水圧でだめになってるパーツがある。どっちみちオーバーホールが必要だったし、この機会に一から設計を見直す」
ニコラはゴーレム馬車の操縦を自動操縦に切り替え、馬車内でゲオルギウスの改修作業を行っていた。
「でも、そうするなら一から作り直すのと手間はかわらないのじゃないかしら?」
「それは違う。いくつかの基幹部品は年単位の時間がかかる。そっちは、そのまま流用する。……すごいのができる。数か月前のニコラじゃ絶対につくれないようなの」
両腕と四つの機械腕がせわしくなく動いている。
ときおり、設計図を覗き見ているが、今までのニコラなら思いつかなかった大胆なアイディアが盛り込まれている。
この旅で大きく成長している証拠だ。
「ニコラ、参考までにスペック聞かせてよ」
錬金術そのものには興味がないが、その性能と何ができるかには興味があるレオナが問いかける。
【王】のエンライトとしては、手持ちの戦力を把握しておきたいのだろう。
「……ん。ちょっと待って」
ニコラが設計図を見ながら、改修を終わらせたゲオルギウスのスペックを計算する。
「もし、スラかシマヅねえが使うという前提なら」
前置きをしてから、淡々と新ゲオルギウスの性能をニコラが話す。
「それ、一国を滅ぼせる戦闘力だね」
「もともと、竜殺しの武器として開発した。上位の竜は一国を滅ぼせる。なら、ゲオルギウスもそれができるのは当然」
何を今更と、呆れながらニコラが応えた。
ちなみに、当然だがこれも表に出さなかった発明の一つだ。
ニコラもむやみやたらに使ったりはしないだろう。
「わかった。ありがと、作業に戻っていいよ。そろそろアッシュポートか。オルフェお姉ちゃんたちの屋敷、気になるね」
「ぴゅいっぴゅ(期待していいよ)」
ヘレンとレオナの二人は、アッシュポートの屋敷は初めてだが、きっと屋敷を気に入ってくれるだろう。
◇
それから、夕方ごろにはアッシュポートの屋敷に戻ってこれた。
……馬車が戻ってくるなり、門番連中が慌ただしく各所に連絡を飛ばしていた。
よくも悪くも、エンライトの姉妹たちは無視できる存在じゃない。その動向を気にしているものたちがいる。
一年足らずで、【暴食】【嫉妬】【怠惰】【色欲】【傲慢】の邪神を倒してしまったのだから。
邪神を倒したのは英雄的行動だ。だが、こうも言える。邪神をも上回る戦力であると。
幸い、排斥行動には移っていないが、ありとあらゆる国や勢力がエンライトの姉妹たちの力を求めている。
……本当に、レオナのいうように国を作ってしまうのが一番いい気がしてきた。
馬車は走り続け、屋敷へとたどり着く。
「へえ、立派なお屋敷だね。よく、こんなの借りれたね」
「ええ、私も驚きましたわ。屋敷を出たとき、それほど手持ちなんてなかったでしょうに」
「運が良かったの。人形遣いって呼ばれる魔術士の屋敷でね。いろいろと仕掛けがあったおかげで、普通の人じゃ住めなくて、すごく安く借りれたんだ」
「ん。あのときは大変だった。でも、いっぱい勉強になったし、この屋敷の人形たちは、とっても貴重な資料。ここを借りれて良かった」
そういえば、そんなこともあった。
懐かしい。
「四人とも、話はあとにしましょう。早くしないと日が暮れて、夕食の材料を買いに行く時間がなくなるわ」
「そうだね。せっかく、みんなが揃ったんだから今日はご馳走を作ろうって決めたんだ。あっ、ヘレン姉さん、レオナ。部屋は好きなの選んでね。使ってない部屋がたくさんあるから」
屋敷に入ると、人形遣いの遺産である家政婦人形たちが頭を下げて出迎える。
彼らのおかげで屋敷の中は清潔に保たれているのだろう。
◇
オルフェとシマヅと一緒に夕食の買い出しに出かける。
ニコラはゲオルギウスの改修作業で忙しく、レオナとヘレンはどの部屋を使うのかを見繕っているし、見繕ったあとはいろいろと住むために必要な準備がある。
「相変わらず、この市場は賑やかで品物豊富ね」
「腕の振るい甲斐があるよね」
この二人が買い出しに出てきたのは、手が空いているだけではなく、料理ができるからだ。
残念ながら、他の三人は料理が得意ではない。
ニコラは作れないわけじゃないが、あの子に任せると味と見た目を度外視して、必要な栄養素の摂取と各種効能に特化した料理を作ってしまう。
「あっ、珍しい。美味しそうな牛肉が売ってるね」
「いいわね。今日のメインはあれにしましょう」
牛というのは、育てるのに手間がかかるし、必要な飼料が多く、食用に育てられることは少ない。
たいてい肉が売られるのは乳を取れなくなった牛や、農作業に使われた牛など、年老いて酷使されたのを適当に血抜きして、まずいし固い肉ばかり。
だけど、ここに並んでいるのは若い雌牛というもっとも食べてうまい肉。鮮やかな肉色と質感でわかる。
しかも、精肉知識に長けたものの仕事で、きっちりと熟成されていて今が食べごろ。
値段は豚肉の七倍ほどするが、その価値がある。どこかの貴族が金に困って売り出したのだろうか?
そんなことは考えるだけ無駄か。美味しいものが手に入る。それだけで十分。
昔から牛肉は大好物だ。
オルフェが金を渡して、モモ肉のいいところとサーロインを購入する。
「たまには贅沢しないとね。シマヅ姉さん、サーロインは私が使うね」
「なら、私はモモ肉を使うわ」
これは二人の得意料理を楽しめそうだ。
思わず、ぴゅいっと口笛を吹いてしまう。
「ねえ、スラちゃん。前から思ってたんだけど、久しぶりにお父さんの料理食べたいなって」
「ええ、スラさん。父上の料理、きっとみんな喜ぶはずよ」
「ぴゅいっ!?」
屋敷の中以外では、父と呼ぶのは禁止するルール。
だけど、こういうふうにあくまで父親の料理を食べたいというのであればセーフ。
……前までは、料理ができるほど器用じゃなかったが、今の触手の精度ならできる。
ただ、俺としてはそこまでできることは隠したい気持ちがある。
オルフェとシマヅの顔を見る。にこにこと笑っていた。
……もうあがいたところで無駄か。
なにせ、できると確信があるからこそ、二人はこんなことを言いだしたのだから。
しょうがない。久しぶりに、父の手料理というものを作ろう。娘たちが喜ぶのだから頑張る意味がある。
俺は体に文字を浮かべる。
それは、男料理に必要な材料だ。
◇
屋敷に戻ると、居間でレオナが手紙を書いていた。
手紙の送り先は、巫女姫エレシアだ。
誕生パーティに招いてほしいという内容。ただ、送り先が送り先だけに、細心の注意が必要だ。
エンライトの名があれば届くだろうが、届くまでにさまざまな相手による検閲がある。
エンライトの姉妹が次期国王と目される人物に手紙を送るというのはそれだけで様々な勢力に邪推をされることになるし、内容によっては青ざめる連中もいる。
まあ、そういうのもありではあるのだが。
エンライトの姉妹が、エレシアに与すると表明すれば、下手に手を出せなくなる。
しかし、それが火種になることもありえる。
そのあたりのバランス感覚は重要で、レオナ以外には任せられない仕事だ。
そんなレオナを後目に居間を通り抜けて、厨房に入る。
三時間ほどはかかる料理だ。
今から始めないと夕食に間に合わない。
俺が作るのは、生前の大好物であり、俺にしか作れない、エンライトにおける父の味というものだ。
◇
夕食が始まった。
姉妹が全員揃っての食卓。感慨深いものがある。
ご馳走が並び、美味しそうな匂いがする。
「美味しそう。オルフェねえ、シマヅねえ、今日は気合入ってる」
ニコラの口元には少しよだれが垂れている。
「せっかく、新しい屋敷に姉妹全員が揃ったんだもん。今日はその記念だよ」
「ええ、それにいい材料が仕入れられたのも大きいわね」
「早く食べようよ。せっかくのオルフェお姉ちゃんとシマヅお姉ちゃんの料理が冷めちゃう」
「ええ、いただきましょう」
「ぴゅいっ!」
姉妹全員が、食前の祈りを捧げ、料理に手を付け始めた。
食卓に並んでいるのは、旬の野菜をふんだんに使い、オルフェの特製ドレッシングがかけられたサラダ。
手作りコーンポタージュ。
パンは自家製酵母を使ったふわふわで、他では食べられない柔らかさと仄かな甘みを楽しめる。
シマヅが作った野菜の煮物も、ほっとする味で嬉しくなる。
そして、メインは二種。
「オルフェお姉ちゃんのミートパイ。いつ食べても絶品だよ」
「そうですわね。贅沢な食事を振舞われることが多いですが、ここまでリッチな味わいの料理は出されたことがないですわ」
【王】と【医術】のエンライト、さまざまな国から最上級の歓待を受け、舌が肥えている二人が大絶賛したミートパイ。
俺も食べてみる。
パイにかぶりつくと、中からとろっとしたデミグラスソースと肉汁があふれ出す。
脂身が多いサーロインのこま切れとマッシュルームを、デミグラスソースで煮込み、さくさくのパイ生地で包み焼いたパイ。
いくつもの野菜の甘みで多層的な味わいのデミグラスソースに、溶け出た牛脂と肉汁の旨味が混ざり合う。
それをサクサクのパイ生地が受け止める。
肉と一緒にいれたマッシュルームがいい仕事をしている。歯ごたえがいいし、肉との相性が抜群だ。
ミートパイはオルフェの得意料理だった。
「いいお肉じゃないと美味しくないから、たまにしか作れないんだけどね」
「ん。でも、最高。シマヅねえの料理も好き」
「シマヅ姉さんのモモ肉のタタキ、極東料理じゃ一番好きかも」
「そう? 喜んでもらえてうれしいわ」
シマヅが作ったのは、モモ肉の塊を炭で炙り表面をしっかり焼き、中はじんわりと火を通すことで火が通った生という状態を作り出した料理。
火を通しているから旨味は活性化しているのに、瑞々しくしっとりした食感が楽しめる。
これを薄くカットして、たっぷりの薬味とスライスニンニク、甘酸っぱいタレをかけて食べるのだが、肉なのにあっさりしていていくらでも食べれそう。
極東料理の一種で、もともとは魚の料理法だが、いい牛肉にはこれがあう。
「こちらもいいですわね。食べすぎて太ってしまいそうですわ」
「私たち、頭脳労働組は気をつけないとすぐだからね」
ヘレンはともかくレオナにはもう少し太ってほしいと思う。
それにしても、本当に今日のご飯は美味しい。
もぐもぐ、もぐもぐ、オルフェもシマヅもきっといいお嫁さんになる。
……俺が認めた男にしかやらないが。
姉妹たちはいつも以上に食べるペースが速く、ご馳走の山が消えていく。
「ふう、お腹いっぱい。そろそろ、工房に戻る」
「ニコラ、そんなこと言っていいの? 今日はお父さんも料理を作ってくれたのに」
「へえ、そうなの? オルフェお姉ちゃん、言ってよ。そしたら、もうちょっと食べる量減らしたのに。もうお腹いっぱいだよ」
「その心配はないわ。父上が作ってくれたのはあれだもの。お腹いっぱいでも入ってしまうわ」
「ああ、あれですか。それなら、この後でも食べてしまえそうですわね」
屋敷の中なので、姉妹たちはふつうに父と呼んでいる。
なので、俺も堂々と父の威厳を見せつけられる。
男の手料理、楽しんでもらおうじゃないか。
厨房の奥から、傷まないように冷やしていた特製料理を偽スラちゃんたちが運んでくる。
それは、生クリームたっぷりで、季節のフルーツが綺麗に盛り付けられたショートケーキのホール。
「うわああああ、すっごく美味しそう」
「ん。父さんのケーキは世界一」
「この香りは反則ね。特殊なハーブを使っているのかしら」
「ねえねえ、パパ、早く切り分けてよ」
「ふわふわでしっとりしたケーキ、世界中、どこを探しても見つかりませんでしたわ」
どや顔をしながら、触手を駆使してケーキを切り分ける。
少しでも大きさが違うと喧嘩になる。だから、完璧に同サイズに切り分ける技量を身に着けた。
それぞれの皿にケーキを盛り付けると、姉妹たちはすぐに飛びついた。
いつもは上品に食べるレオナやシマヅも口にクリームをつけている。
「やっぱり、お父さんのケーキは最高だね」
「ん。父の味」
「父上、ありがとう。美味しかったわ」
「このケーキ、売りだしたらすごいことになりそう」
「それはやめましょう。私たちの分がなくなりますわ」
「ぴゅっへん(えっへん)」
父の偉大さを見せつけられたようだ。
たまには、男料理も悪くない。
理想のケーキの秘密は一つ一つの工程をすべて計算で導き出していること。材料の配分、砂糖の量、生クリームに含ませる空気の量、生地の焼成時間、そういったものを材料を【解析】し、結果を演算しながら、べストを導き出し、そのベストを実現する。
もちろん、調理法だけでなく材料も吟味している。
バニルビーズという香草を乾燥させたものを生クリームに加えていた。
独特の豊かで蠱惑的な甘い香りと風味。その成分を俺はバニラ成分と名付けた。この香りを出す植物は自然界に存在しなかったので、品種改良と遺伝子操作で、人工的に作りあげた。
もう一つは、理想のふんわりしっとりした食感を実現するために、生地に空気を大量に含ませつつ適度な水分を保持するための特殊パウダーをケーキのためだけに開発し使っていること。
この二つがなければ父のケーキは完成しない。
俺の持論だが、料理は科学であり錬金術。調理手順一つ一つに科学的な根拠があり、考察が必要。
最高のものを作るには最高の材料が必要であり、ときには必要な材料を作るところから始めないといけない。
美味しいものを作るには、ありとあらゆる手を使う。
このケーキはすべてが計算で積み上げられた、まごうことなく男の料理であり、父の味だ。
ここまでやるからこそ、愛しい娘たちが夢中になって食べてくれるし、父の尊厳が保てる。
「お父さん、また作ってね」
「ぴゅいっ!(任せとけ!)」
娘たちが望むなら、また男料理を作ろう。
今回の調理で確信したが、俺の触手の器用さは全盛期に匹敵する。
もはや、作れない料理はないだろう。
娘たちが次々と、あーんしてくれるのを堪能しながら、次回作に向けて構想を練り始めた。