軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十話:スライムは邪神に挑む

クッチャカッチャを倒すための準備が整った。

俺とオルフェは儀式魔術を仕込むのに消費した魔力を補うために魔力回復ポーションを飲んでいる。

できることはすべてしたが、おそらくクッチャカッチャは外に出てくる。

……さらに言えばもう一つ懸念がある。

クッチャカッチャは、邪神でもある。

邪神はすべて、その名を冠する能力を持っていた。

【憤怒】【暴食】【嫉妬】【怠惰】【色欲】。

だが、やつは邪神としての能力を使っていない。対峙したからこそわかる。人を喰らい、その能力を得るのはスキルですらないただの体質。

奴はまだ邪神としての能力を隠している。

レオナもそのことを気にしており、ありとあらゆる状況をシミュレートしていたし仮説も立てていた。

戦場では想定外のことなんて星の数ほど起こる。それに対応してこそ一流の指揮官なのだ。

封印を警戒する状況が二時間ほど続いた。

封印解除見込みはあくまで推測にすぎない。それより遅くなることも、早まることもありえる。

「緊張するね」

「ん。来るなら早く来てほしい」

「戦いとはそういうものよ」

姉妹たちは仮設テントで暖かいお茶を飲みながら待っている。

今日は無理をしすぎて消耗しているので、たれスライム状態で少しでも体調を整える。

各地に派遣していた偽スラちゃんたちも、城と主要な街に数体を残して、他はこの周辺に待機させていた。彼らは貴重な戦力だ。

ヘレンがやってくる。

手には瓶詰めされた薬品。

「今になってようやく新しい薬ができましたわ。クッチャカッチャを溶かす薬を数倍強力にしたもの。あいにく、特別な材料を使うのでこれ一本以上はつくれませんでしたが、シマヅに預けておきますね。傷口に流し込めば、かなりの傷が与えられますわ」

「大事に使うわ。ヘレンねえさん、あれからもずっと研究していたの?」

「今できることはそれぐらいしかありませんでしたから」

うちの長女は頼りになる。一つでも多く武器が欲しかった。

姉妹全員がぎょっとした顔で、封印のあるほうを見る。

爆発的な魔力を感じ取ったからだ。……加えて俺は瘴気を感じ取っていた。

「ぴゅい(くるぞ)」

大地が揺れた。

俺たちは封印の地に向かって走り始めた。

地震が続いている。

轟音、おそらく石の封印が吹き飛んだ。次の瞬間、俺とオルフェの魔力が迸る。

攻性封印が発動したのだ。

石の封印から出たばかりのクッチャカッチャを捕らえた攻性封印が奴を侵食する。

暴れれば暴れるほど、強く縛り付け、暴れるものの力を内側に向けることで自らの力で傷ついていく檻。

だが、それも長くは続かない。クッチャカッチャは傷つきながら、力を失いながらも強引に振りほどき封印が破壊される。

その衝撃が次なる罠を発動させる。

強化ミスリル合金の密室内で、ニコラの爆弾がさく裂する。

衝撃の逃げ場がない密室では爆弾の威力は跳ね上がる。ましては【錬金】のエンライトが必殺の意志で作った爆弾。

本来は、一発で街一つを吹き飛ばすような代物。

通常の生物が喰らえば灰も残らない。

その爆発では、強化ミスリル合金と言えども無事にはすまない。天井が砕けて、その上にある対クッチャカッチャ溶液が流れ込む。すさまじい濁流だ。

奴の体組織を残らず破壊するための薬品。

オルフェの目が輝いている。風守りのエルフだけが持つ魔眼、【翡翠眼】。その力で透視をして中の様子を見ていた。

「……仕掛けた罠は全部うまく動いたよ。攻性封印は力を削いだし、爆弾は直撃であいつの結界と肉体の表面をこそぎ落した。それでも生きてたけど、薬品で溶けていってる。もう原型なんてどこにもないぐらい」

「ぴゅい(そうか)」

その報告を聞いても姉妹たちの顔に安堵も油断もない。

【邪神】のしつこさは良く知っている。

そして、ある意味予想通りの事態が起きた。

赤い肉の槍が地中奥深くから次々に伸びて、封印の穴を塞ぐミスリル天蓋を突き破った。

体を溶かされ、煙を出しながら、赤い人型の何かがはい出てくる。

レオナが叫ぶ。

「総員、飽和攻撃!」

いくつもの、大砲やバリスタが放たれ、魔術士たちの全力の魔術が降り注ぐ。

予め、決まっていたことだ。

封印を抜けられた場合、王国の戦力で徹底的に削る。

それらが終わったあと、翼を生やした偽スラちゃんが旋回して、爆弾を落とした。

俺の作品の一つ。すべてを焼き尽くす紅蓮の炎を巻き起こす爆弾。これは強力すぎて表に出してはいけない発明の一つ。

俺はそれをナパーム爆弾と名付けていた。

三千℃を超える温度を得て、数分間燃え続ける科学の火の火柱が視界を埋め尽くす。

その光景は美しくすらあった。

「……やっぱり、これだけやっても死んでくれないみたいだね」

オルフェの翡翠眼はクッチャカッチャを透視し続けている。

「良かったわ。私の見せ場がちゃんとあるもの」

シマヅが刀を引き抜く。

カネサダの教えを受けてニコラがあつらえた刀。

俺の技術と極東の秘伝が一つになる。世界でもっとも鋭利かつ美しい刀剣だ。

「ぴゅいっ!(殺せなくても削った!)」

奴の内側に秘めてた力の多くが消えているのを感じている。

奴を溶かす溶液も、超々高温の化学の炎も再生能力を持つ者の天敵。

それを病み上がりに一発をもらってから喰らえば、無事ではない。

「炎がおかしい。オルフェねえ、シマヅねえ、あいつがでてくる」

ニコラの忠告通り、魔力と瘴気を孕んだ風が吹きあれて、ナパームの炎がかき消される。

そこにいたのは、かろうじて人の形をした炭の塊というべき存在。

シマヅ、俺、オルフェが奴のほうに向かっていく。

背後からはレオナの指示で矢と魔術が降り注ぐ。

矢と魔術が見えない力場に阻まれた。

さらに、炭の塊は全身から無数の肉触手を出す。

俺たちのほうに来たものはシマヅがすべて切り落としたが、残りが兵士たちを貫き、うごめくと触手がぷっくりと膨らみ、兵士たちが干からびる。

「ぴゅいっ(食いやがった)」

炭の塊の表面がはがれ、ピンク色の肌が露わになり、膨らむ。

栄養を摂取して新たな細胞を作ったのだ。

「ふははははははははは、いやはや驚いた。この時代の人というのはここまで出来るのか。面白い、面白いぞ!」

ピンク色の塊はすでに人の形を取り戻し、哄笑する。

シマヅが跳びかかる。空中に力場を作り、蹴りあげることで空を走る。【空蹴り】。

「もう十分に楽しんだでしょう? 消えなさい」

一閃。

シマヅの刀が振りぬかれ、首が落ちる。

クッチャカッチャの中には、無数の剣士たちの記憶と技量があるが、シマヅほどの剣士はいなく、反応すらできなかった。

純粋な速さも規格外だ。

極東に戻り、神卸しをした際、シマヅは神の力を身に宿しすぎた。その結果、そちら側に変質している。普段は可能な限りその力を抑えているが、今は全開だ。

向こう側の力を引き出しているため、全身に光を纏っている。

シマヅは斬り落とした首をかかと落としで、封印の穴に叩き落す。じゅっと音が鳴る。

あの穴には対クッチャカッチャ薬品が残っている。

わざわざ、そこに落としたのは再生を防ぐため。

変形能力を持つものを相手にする場合、斬るだけでは意味がない。

さらにシマヅが空を蹴り追い打ちをしようとするが、無数の肉槍が彼女を襲う。

「剣士では勝てないよ。二本の腕で、数十の槍をどう防ぐ」

首から新たな顔を作り出したクッチャカッチャが笑う。

刀で数本を打ち払うが、手数が違いすぎて、追いつかない。

シマヅを肉槍が捉えたと思った瞬間、シマヅが消えた。

「簡単よ。百倍速く動けばいいわ」

さらなる超加速をもって、認識から消える。そこからの連続斬撃。早すぎてキツネ色の残像しか見えない。

クッチャカッチャがばらばらになり、シマヅによって肉片がすべて薬品の池へと蹴り飛ばされる。

「シマヅ姉さん、すごすぎるよ。私たちの出番がないね」

「ぴゅい(ここまでとは)」

シマヅは思ったより向こう側にいっているらしい。強いのは喜ばしいが心配でもある。あとでヘレンに診察してもらおう。

……苦戦すると思ってはいたが、このままいけば楽に倒せる。

大きな地震が起きた。

遥か後方、俺たちを支援する兵たちが配置されているところが震源地。そして、それは来た。

ピンク色の屋敷ほどもある巨大なミミズ。

クッチャカッチャの吸収体が現れ、そこにいた兵たちを食い荒らしてこちらにやってくる。

オルフェと俺が魔術で迎撃するが、あの巨体を止めるには及ばない。

そして、そいつは薬品の溜まった大穴の近くに、ぎりぎり落ちずに残っていたクッチャカッチャの肉を喰らい、変形した。

そう、クッチャカッチャの完全体へ。

……吸収体は一体じゃなかったのか。

二体目が出た以上、三体目があっても驚きはしない。

「ははは、楽しい、楽しいぞ。遊びがいがある。ふむ、本気で遊んでもいいかもしれぬな。貴様らはさきほどから、私のことを心のなかでクッチャカッチャと呼んでいるが、それは古い名だ。邪神になる前のな」

「おしゃべりをする余裕があるのかしら?」

シマヅが死角から首筋を狙って剣を振るった。

「もちろんだ」

その剣を、クッチャカッチャの肉を硬質化した剣が受ける。

そして、打ち合いが始まる。

「いい剣だ。数百年生きてきてこれほどまでに鋭く、無駄のない剣は見たことがない。美しいよ。……でも、もう覚えた」

その言葉は嘘じゃない。

クッチャカッチャの振るう剣はシマヅと同じ剣。見よう見まねじゃない完全に物にしている。

同じ技量同士では互角に思えるが、互角であればクッチャカッチャが圧倒的に有利だ。なにせ、クッチャカッチャは再生能力があり、負傷を気にしないでいい。常に相打ちを狙える。

一方シマヅは、傷を負うわけにはいかない。

ゆえに、少しずつ押され始める。

だから、手助けをする。

「ぴゅいぴゅいっぴゅ!(スラアタック)!」

いくつもの筋力増強スキルと、【角突撃】を組み合わせた超高速体当たりで、不意を打つ。

この体で剣術は使えなくても見えてはいる。シマヅとの打ち合いの中、絶対に躱せないタイミングで脇腹をぶち抜いた。

バランスを崩したクッチャカッチャに、オルフェが追撃の魔術を放ち、レオナの指示で兵や魔術士たちも攻撃を加える。

今のはかなりのダメージになったはずだ。奴の肉体の何割かを蒸発させた。

クッチャカッチャは再生しながら笑ってみせた。

「反則じゃないか? 数の力に頼るのは」

「ぴゅいっぴゅ!」

「それはそうだが、ふむ。なら、こちらもそうしよう」

クッチャカッチャの腕が溶ける。

溶けた腕は水たまりを作り、次々と兵士や魔術士が現れる。

それらは、今ここにいる兵士や魔術士全員のコピー。

吸収していないシマヅの技を奪い、同じく吸収していない兵士たちのコピーを作り出すなんてどういうことだ?

「君と違い、サービス精神旺盛だから教えてあげよう。クッチャカッチャは古い名と言っただろう。今の名は【傲慢】の邪神ルシファー。その能力は【傲慢】。前提条件を無視する力だ。だから、吸収しないと使えないという条件を無視した。僕は傲慢だからね。ルールなんて守らない。さて、唯一の利である数の差を失ってどう挑む? コピー兵たちはこのまま王都に進軍させよう。このままでは君たちの国が亡びるぞ! 君たちのお守りなしで、コピー兵を止めれるかな? 君たちがお守りをするなら、いったい誰が僕を止めるのだろう? さあ、どんな決断をする?」

前提条件無視。

一見地味に見えるがひどく強力な能力だ。

奴が使えば、見るだけで俺たちの能力や技術を習得し、さらにはこちらの戦力をまるまる使える。

……ただ、完全に前提条件を無視できるわけじゃないようだ。

もしそうであるなら、シマヅの複製を作っているはずだ。それも複数。

それに、俺は技能すらコピーされていない。

ある程度以上の強さのものは複製できない可能性があるし、技能のコピーも限界がある。

「ぴゅー、ぴゅいっぴゅ(勝つさ、知恵と勇気で)」

コピーされた兵たちが動き始めた。

同じ戦力同士のぶつかり合いであれば、コピー側のほうが有利だ。恐怖を感じず、損耗も気にしない。

もし、国を守ることを優先するならシマヅにあいつの足止めを頼み、まずはコピーされた兵士たちを掃討しないといけない。

だが、そうはしない。

当初の予定通り、俺、シマヅ、オルフェ、ニコラ、ヘレンは奴に集中する。

「パパ、そっちは任せるよ。こっちは私が勝つから。……同じ戦力での戦争、負ける気がしないね」

【王】のエンライト、レオナがいる。

大部隊同士の戦いで求められるのは、兵の質ではなく指揮官の采配。

よりにもよって、クッチャカッチャはエンライトの姉妹と俺を除いたこちらの部隊を丸コピーした。レオナが負けるはずがない。

だから、俺たちはこいつを倒すことに集中できる。

さあ、この戦いを終わらせよう。