作品タイトル不明
第十八話:【王】のエンライトは指揮する
儀式魔術により、クッチャカッチャを石の中に閉じ込めた。
閉じ込めた先はただの石じゃない。
分子配列の結合を魔術的・物理的に強めたうえに守りの力を幾重にも重ねた。隙間がない完全牢獄。
龍脈の力まで利用して、個人ではありえない魔力により実現できた。
たとえ、古の竜であろうと十年は封印できる代物。
だが……。
「ぴゅいっぴゅ(もって八時間)」
それほどまでにクッチャカッチャは強い。倒すことなど初見で諦めた。
だが、なんとか時間稼ぎはできている。
その間に、策を練ろう。
ぴゅいっとクッチャカッチャを封印している石を丸のみする。
【収納】もある意味、異次元への封印であり時ごと止める最強の封印だが、奴はそれすらも超えてくる。
それも想定内、【収納】の効果も含めて八時間という計算だ。
時間を多く稼げるだけでなく、俺の腹の中にあれば何か異常があってもすぐにわかる。
……同時にリスクがなくはないが、ここに放置していくよりずっといい。
さて、戻ろう。
この八時間で運命が決まる。
◇
オルフェとシマヅの近くにいるはずのスライエローとテレパシーを行う。
「ぴゅいっぴゅっぴ(そちらはどんな状況だ)」
『ぴゅー、ぴゅいぴゅ、ぴゅぴゅ(はっ、これより詳細に説明します)」
スライムイエローの報告を受ける。
無事、クッチャカッチャの腹の中にいた連中は救出されたのちにレオナの配下が回収。
城内にいた肉人形は全滅して、大混乱が再び起きていた。
その混乱時にレオナが王族を引き連れて城内に凱旋を果したようだ。
そして、救出された中で比較的症状が軽いものにニコラの作った不完全な治療薬を飲ませ、クッチャカッチャの存在を伝え、城内が七罪教団に操られていたことを告げさせた。
それにより、肉人形たちが手引きをして引き入れた七罪教団たちを捕縛。
激しい抵抗があったらしいが、レオナが精鋭を率いたことと、イエロースラちゃん以外のスライムフォーが大活躍し、さらに後からシマヅが合流したことでうまく制圧できた。
現在は捕えたものを尋問と、クッチャカッチャに吸収されていたものの治療を行っている。
城内を掌握できたのは非常に大きい。
……ひとまず、これでこの国全体が敵になるという状態は防げた。
「……ぴゅい、ぴゅぴゅぴ(行動が速すぎる。あえて、レオナは出発前に言わなかったな)」
いくらなんでも、救出完了の報告を受けてから城の奪還までが短すぎる。
それこそ、俺たちが出発してすぐにでも出ないと間に合わないタイミングだ。
ここまでの筋書きは初めから行っていたのだろう。
俺たちに説明しなかったのは、情報漏洩を恐れて、あるいはその気配を悟らせないため。
さすがは【王】のエンライトと言ったところだ。
こちらの動きにより、手札は揃ったといえ、その手札で最善を尽くさなければ、あるいはその手札を使えるだけの下地を揃えてなければこうはならない。
下地を整えるのは、それこそ数か月前からの準備が必要だ。この事態を数か月前から読んでいたわけではないだろうが、こういう事態になったときに動けるような布石は打っていた。
派手な活躍はしていないが、救出戦でのMVPは彼女だろう。
「ぴゅー、ぴゅいぴゅ(状況はわかった。合流する)」
『ぴゅいっさ!』
さて、俺も次の方法を取らないといけないだろう。
◇
目的地を城内に変更。
そのとき、偽スラちゃんの一体から緊急連絡が入った。
『ぴゅいっ、ぴゅっぴゅいぴゅ(ボス、ご息女を発見しました)』
「ぴゅっ? ぴゅい、ぴゅうぴゅぴゅう(何? そうか、ならこちらに連れてこい。二体ほどそちらに回す。スラ文字の使用を許可する)」
『ぴゅいっさ!』
この偽スラちゃんには主要街道の監視をさせていた。
視界を共有する。夜空を飛行する【医術】のエンライト、ヘレン・エンライトの姿が見えた。偽スラちゃんに向かって手を振っている。
かなり、疲労の色が強い。
おそらく、それなりにここに来るまでに妨害を受け、馬車などの足を失って自力飛行で急いでいるのだろう。
ヘレンの場合、薬や治療魔術で疲れを癒せるがそれにも限界がある。
周囲の偽スラちゃん三体に声をかけ、彼女の足にする。三体ならヘレンを運べる。
これから、ヘレンの力が必要になる。体力と魔力は温存させておきたい。
……ちなみに、スラ文字だというのはスライムボディの色素を操って文字を描くことでの意思疎通。
割と最近になって、偽スラちゃんたちができるようになったこと。どうやら、俺の力が増せば増すほど、偽スラちゃんたちの変身精度が上がるようだ。
ヘレンが偽スラちゃんの体に浮かんだ文字で、俺が呼んでいることと偽スラちゃんたちが運ぶことを理解してくれた。
さあ、いよいよ五人の娘たちが揃う。
◇
城内に入る。
レオナが事前に俺のことを周知してくれたおかげで、トラブルなく中に入れ、彼女たちのいるところに案内してくれた。
俺は【創成】を使い、少年形態になりレオナたちのいるところに向かう。
これからのことを話すためには、この姿がちょうどいい。
そこは会議室だった。
扉を開けると、全員の視線が集まる。
ここにいるのは【魔術】【剣】【王】のエンライトに、この国の重鎮たちだった。
「待たせたな」
「お父さん、無事でよかったよ!」
「さすがは父上ね。あんな規格外相手に生きて帰るなんて」
オルフェとシマヅが俺の帰還を喜び、部屋の空気が柔らかくなる。
「奴が生まれたてで助かった。まだ、自分の手札を把握していないし、能力の最適化も未熟だったおかげでつけ込めた。それでも時間稼ぎだけで精一杯だったがな、奴は【ベヒーモスの牢獄】で封印し、ここにいる」
俺の胸に手を当てる。
「あれで封印して、しかも【収納】していたら出れないんじゃ」
「いや、どうやら時間をとめて状態変化をしないはずの【収納】の中で蠢き、【ベヒーモスの牢獄】を着実に壊している。このままだと、七時間三十分後に俺を食い破って出てくる」
端的に現状を伝える。
「そんな、【ベヒーモスの牢獄】を内側から破るなんて」
オルフェが驚愕と畏怖が籠った声を漏らす。
あれの術式を理解しているゆえに、そこから抜け出せるクッチャカッチャの強さを理解できてしまうのだ。
レオナが顎に手をあて、少し考えてから口を開く。
「……そういうことだね。パパでも封印が精一杯。正攻法じゃ倒せない。でも、パパが時間を稼いでくれたし、奴が現れる場所を選べる。それなら打てる手はいくらでもあるよ」
「そうだな。これは一つの手ではあるが、残りの七時間と三十分かけて、オルフェと俺で可能な限り強力な封印術式を作り、俺ごと封印する。【ベヒーモスの牢獄】、【収納】、オルフェの大結界。三重の牢獄なら、数十年は持つ」
「お父さん、それは論外。お父さんとお別れなんて二度と嫌だからね。やるにしても、【ベヒーモスの牢獄】ごと結界まで、お父さんごとする封印するなら断るよ」
「俺を挟むかどうかで、封印強度が三十倍は違うぞ」
【収納】なかでも奴は暴れているが、【収納】がなければもっと早く破られている。
「それでもだよ」
「ええ、私も父上ごと封印するというなら、全力で妨害するわ」
「【王】のエンライトもその路線は却下するよ。却下するには代替意見を出さないとね。父さんごと封印するのは論外にしても、いったん【ベヒーモスの牢獄】を吐き出して、それごと別の封印をして時間稼ぎして、その間にさらに強力な封印を作って、って次々封印を重ねていくのはありじゃない?」
実はその方法は俺も考えた。
だが、それができない理由がある。
「相手が力づくで、封印を破るタイプだったらよかったんだが、残念ながらクッチャカッチャは俺の術式を解析して、綻びを作ろうと中で試行錯誤している。……俺の【ベヒーモスの牢獄】を解くような知恵をつけた奴に、別の封印を試しても、そうそう効果がない。俺ごと封印しろと言ったのは、俺ならば奴の解析を妨害し、同時に術式を改変することができるからだ」
クッチャカッチャの恐ろしさは、吸収能力だけでなく、その学習能力。
「……そういうこと。なら、封印の重ね掛けは無理だね。でも、攻性の封印で力を削ぐことはできるよね?」
「そうだな。俺とオルフェなら、破られることを前提にしたダメージを与える攻性封印なら通用するものが作れる」
攻性封印であれば、【ベヒーモスの牢獄】とは毛色が大きく異なるため、奴の学習能力を踏まえても効果的なものを作れるだろう。
「その手を使うということは、奴を倒す前提で考えてるな」
「うん。七時間ちょっとじゃなくて、二日とかあるなら巫女姫の力を借りて、【暴食】の邪神を封印してた結界を再利用とか考えたんだけどね。あれは術式も糞もない超力任せだし……でも、その時間がない」
たしかに、それができれば有効だ。
この子は思考が柔軟だ。
「相手は時間が経つほどやばくなる敵だからここで倒すのがベストでもある。……というより、ここしか勝てるチャンスはない。お父さんの【ベヒーモスの牢獄】を破るのに消耗するだろうし、こっちが出てくる場所を選ぶ権利がある。それを活かせるのは今回だけ。勝算を確保するには、攻性封印だけじゃ足りない。それには、ニコラとヘレン姉さんが必要なんだけど」
「呼んだ?」
ニコラが部屋に入って来る。
かなり衰弱しているようだ。
彼女がげっぷする、息が魔力ポーション臭かった。おそらくオーバードーズぎりぎりまで魔力回復ポーションを飲んでいるせいだろう。
強力な依存症を持つ、クッチャカッチャの体液を飲まされ続けていた彼らにはニコラが作る治療薬が必須であり、あれは魔力を使う工程が挟まっている。ひどく繊細な操作が必要でニコラしか対応できない。
ヘレンがいないと完璧なものを作れない。完璧でないゆえに量が必要になる。患者の状態は深刻でヘレンが来るのを待っていられない。
それゆえに、そんな無茶が必要だった。
「よく来てくれたね。ニコラ、オルフェお姉ちゃんに渡した、対クッチャカッチャ用の毒薬、大量生産できない? あれ、オルフェお姉ちゃんの話だとすっごく効果があったみたいで完全体にも効くだろうから量がほしい」
ニコラが目を丸くする。
状況がまったくわかってないし、無理もないだろう。
だが、彼女は時間がないことに気付いて、何も聞かずに思考する。
「……具体的な量を知りたい。今の魔力量と材料だと父さんが作ってくれたお風呂一杯分が限界。それも、他のことを放棄して」
「だめだね、その三倍は欲しい」
「ヘレン姉の力がほしい。ニコラ一人じゃ、オバードーズ覚悟で魔力回復ポーション飲んでも、さっきのが限界。ヘレン姉が来てくれたら、なんとかなるかも」
「そうか、そのヘレンだが。あと二十秒でくるぞ」
みんなが、俺のほうを見る。
時間がないので、少々手荒い方法をしてもらおう。
窓に影が映った。
そして、ガラスが割れる音がして、何かが入り込んでくる。
三匹の偽スラちゃんに運ばれていたヘレンだ。
彼女は華麗に着地する。
ちなみに、三匹の偽スラちゃんは彼女の盾になり目を回していた。
「……よくわからないですけど、私の力が必要なのでしょう。急いでいるなら、すぐに作業に入りますわよ」
金色の髪、純白の翼、そして姉妹一の大きい胸をもった美少女。
【医術】のエンライト。ヘレン・エンライトが微笑む。
今ここに、数年ぶりに姉妹五人が揃った。
「いいタイミングだね。じゃあ、今から私の作戦を説明するよ。前もって言っておくね。一切の反論は受け付けない。私を信じて指示に従って。久しぶりにあれをしよっか」
レオナが、服の中に隠していたエンライトの証である首飾りを取り出す。
姉妹たちに託したそれぞれの分野において、俺が一人前だと認めた際に渡す首飾り。
エンライトたる証。
「私は大賢者より【王】を受け継ぎし者。名をレオナ・エンライト。……これより、”エンライト”の指揮をする!」
レオナが高らかに歌い上げた言葉は勇気の言葉にして祝詞。
エンライトの姉妹がこの言葉を紡ぐのは、自分だけでなく、大賢者マリン・エンライトの誇りすら賭けて、己のすべて、いやそれ以上をもって挑むときだけだ。
”エンライト”の指揮をするという言葉には二つの意味がある。
一つは、エンライトの名に恥じぬ指揮をすること。
もう一つは、【王】として他の姉妹たちの力を正しい方向に向けて不可能を可能にすること。
エンライトの姉妹それぞれでも飛びぬけた力を持つ。だが、その真価が発揮されるのは【王】のもとに一つになったとき。
その力、ここで振るってもらおう。