作品タイトル不明
第十一話:スライムはからくりに気付く
昨日は、オルフェが作ってくれた肉料理で盛り上がった。
レオナが率いる軍勢は、ここに緊急避難してきたため、あまり物資を持ち出せていない。
さらに、この場所を知られないようにしているため、物資の調達も思うようにいかず、食料事情が良くなかった。
だからこそ、俺が【収納】してきた大量の肉を使った宴会は彼らの空腹を満たすだけではなく、弱っていた心への栄養にもなった。
そして、今日は朝から街へ行く準備をしていた。
「レオナ、行ってくるね」
「ぴゅいっぴゅ!」
「お願いするね。オルフェお姉ちゃん、パ……スラちゃんさん」
俺とオルフェは早朝からここを出ることにした。
目的は物資の補給だ。
肉だけは余るほどあるが、それ以外にも必要なものが多い。
昨日のうちに偽スラちゃんたちを城に向けて放っており、偽スラちゃんたちが情報を集めるまですることがない。
だから、俺とオルフェが二人で物資の調達をする。
大量の物資を運ぶと、どうしたって目立つが俺には【収納】がある。
二人なら目立たないし、いざという時の戦闘力もある。
「オルフェねえ、ついでに買ってきてほしいものがある」
ニコラがメモをオルフェに手渡す。
「別にいいけど、いったい何に使うの?」
「開発している武器の材料。微妙に手持ちじゃ材料が足りない」
「わかった。でも、出回りにくい材料もあるし、売ってるかはわからないよ」
「ん。承知の上。それに、スラが一緒なら、そこに書いたものがなくても、代用品があるかまで見てくれる」
ニコラの用意したメモに目を通す。
ニコラが昨日のうちに【収納】から出してほしいと頼んできた品物とメモを見比べる。
何を作ろうとしているのかだいたいわかった。
……また、物騒なものを。これは戦略兵器と呼べる代物。
ニコラが想定しているのは、個人レベルの戦いではなく、戦争だ。
こんなものは使わずに済めばいいが、用意をしておくには越したことがない。
「ぴゅいっ!」
なので、任せておけと言っておく。
「オルフェお姉ちゃん、ニコラ、スラちゃんさんの言っていることがよくわかるよね」
「スラちゃんになってから長いしね」
「ん。だいたいニュアンスでわかる」
「ぴゅいっ!」
そのうちレオナも慣れるだろう。
姉妹の中でも、人の感情を見抜くのが得意なほうだ。
医術のエンライトであり、表情筋の動きや心音、体温の上昇、発汗、匂い。そう言ったサインを読み取るヘレンとは違い、レオナは言葉の選び方やニュアンスから真意を見抜く。
俺のぴゅいっの使い分け規則、声に乗せた感情の察知ぐらいはあっという間に理解するはずだ。
「がんばって覚えるよ。……それから、オルフェお姉ちゃん、ニコラ、昨日すごいことに気付いたんだ。世紀の大発見だよ」
急に真剣な顔になり、大げさな前振りをする。
もしかして、偽スラちゃんの偵察を待たずにこの状況を打開するすべを見つけたのか。
「教えてレオナ」
「そうやっていちいちもったいぶるのはレオナの悪いくせ」
オルフェとニコラもただならぬ気配を感じ取り、生唾を飲む。
「えっと、これはエンライトの姉妹以外には聞かせられないね。もっと近づいて」
オルフェとニコラがレオナの口元まで耳を近づける。
レオナの護衛たちは、少し離れて直立不動で見守っている。
さて、世紀の大発見とはなんだろう。
「……えっと、言うね。今ならパパのお嫁さんになれるんじゃない? だって、スライムになっちゃったら戸籍上の血縁関係が消えるし、パパに新しい戸籍を用意しちゃえば結婚できるようになる。驚いたよね。特に、大きくなったらお父さんのお嫁さんって言ってたオルフェお姉ちゃんとか嬉しいんじゃない?」
「なっ、何言ってるのかな!?」
「んっ!?」
「ぴゅいっ!?」
いったいレオナは何を言い出すんだ。
「だってさ、私だっていつか結婚しなきゃだけど、パパ以外の男と結婚って想像もしたくない。パパと結婚できるなら、パパと結婚したいって思ってるぐらいだし」
「ぴゅいっ、ぴゅいっぴゅ!」
オルフェとニコラが赤い顔で、俺を見る。
その目が真剣ぽくて怖い。
昔から二人ともファザコンだった。二人に大きくなったらお父さんのお嫁さんになるみたいなことを言われたことはあるが、あくまでそれは小さいとき特有のものだ。
「冗談だよ。オルフェお姉ちゃんも、ニコラも真に受けて変なの。パパに恋してたのシマヅお姉ちゃんだけって思ってたんだけどね。その反応だと……」
「そんなことないよ!」
「ん。父さんは父さん」
ほっと胸を撫でおろす。
この年で、本気でお父さんのお嫁になりたいと言われれば、うれしくはあるが不安のほうが勝る。
「もう、レオナのせいで出発前に余計な時間を使っちゃった。スラちゃん、急いで出発しよ」
「ぴゅいっ!」
オルフェが俺を抱きしめて、走り出す。
レオナにはあとでお仕置きをしないとな。今回の買い出しで、レオナの苦手な海藻類を買っておこう。
◇
街に入るとオルフェはフードをかぶってエルフの特徴である長い耳と美しい金髪を隠して商店を回る。
あんまり、一つの店で買いすぎると怪しまれるので複数の店で少しずつ購入する。
俺はクリアモードで不可視化している。
オルフェの足元にいて、オルフェが人通りがない道に入るたびに、荷物を【収納】していく。
順調に物資が購入できた。
物資を買うのに必要な資金はレオナのポケットマネーだ。
レオナは【王】のエンライトとしての責務を果たすために、根を張り巡らせ、情報を集めている。
その情報を使えば、金を稼ぐのは簡単だ。
レオナは知っている。政治を行う際に金がどれだけ重要なのかを。だから彼女は常日頃から、片手間に莫大な資金を運用して利益を上げている。
現状、国からの支援はない。王城から緊急避難してからは、すべての活動費や給金を個人でまかなっている。
個人で軍の維持費を支払えているのも、そういった事情がある。
あの子は姉妹たちのなかでも一番厳しい道を歩いている。
【王】の道は、いばらの道だ。
常に命を狙われる。日常が騙し合いで、人の醜さを何度も見せつけられ、誰も信じられず、人が常に集まってくるのに誰よりも孤独。
あの年で、こんな重責に耐えて、十全に己の役割を果たしていることは異常だ。
「ぴゅいっ……」
レオナを引き取った経緯を思い出す。
あの子が【王】の道を進むのは、彼女の出自、そして彼女の存在意義故だ。
レオナは目的のために完璧な【王】になろうとしている。
こうして、国を救っているのも言わば目的のために人脈を作り恩を売るためにすぎない。
こういうことを繰り返し、彼女は少しずつ地盤を整えている。
……そうでもしないと届かないほど、レオナが目指す場所は遠い。
「スラちゃん、これで必要なものは全部買い終わったね。そろそろ街をでようか」
「ぴゅいっ!」
オルフェの言葉で意識を引き戻される。
人気のない道で、最後の荷物を【収納】し終わった。
あとは街を出るだけだ。
◇
オルフェの胸に抱かれながら、城に侵入した偽スラちゃんたちの情報を確認する。
彼らの記憶を早送りで再生する。
【進化】を繰り返した結果、一度に二十体ほどの偽スラちゃんの記憶を二十倍速で再生できるようになった。
脳の処理速度は、大賢者マリン・エンライトだったときの十分の一ほどには戻っている。
「ぴゅいぴゅい(みんな、うまくやってくれている)」
偽スラちゃんたちは透明化して、それぞれが洗脳されたと思われる対象に張り付いている。
「ぴゅい……」
情報を集められたことは嬉しいが、事態の深刻さに頭を抱えたくなった。
完全に好き勝手やられている。
もはや、七罪教団はまったく自重していない。
洗脳した連中に次々に城内に幹部を引き入れさせて、城内の会議で指示をしている。
完全に城内が掌握されている。ここまで悪化しているとは。
一体の偽スラちゃんの記憶の中にとんでもない光景があった。
初日から大当たりを引いたようだ。
偽スラちゃんが見たのは、洗脳された権力者が、正常な権力者を呼び出して拘束し、七罪教団のもとへ連れて行くシーン。
城を出て、地下洞窟を通り、地下に隠された部屋へと足を踏み入れた。
そして、そこにはとぐろをまく巨大なピンク色の芋虫のような化け物がいて、連れてこられた権力者が丸呑みされた。
巨大なんて言葉じゃ生ぬるい。エンライトの屋敷以上のサイズだ。
数分後、そのピンクの芋虫が粘液まみれの権力者を吐き出す。
すると、そいつは洗脳された権力者や、七罪教団の連中と笑いあう。
洗脳されたのか?
いや、なにか違和感がある。
これは洗脳じゃない。
偽スラちゃんのセンサーは俺に劣る。情報量が少なく断言できないが、出てきたのが本人ではないと思える。姿形が同じで、同じ記憶を持つ何かだ。
もっと情報が欲しい。
この記憶を送ってきた偽スラちゃんにテレパシーを送る。
『ぴゅいっ。ぴゅいぴゅ。ぴゅいぴゅい(監視任務ご苦労。確かめたいことがある。巨大な芋虫、あれの体内に侵入してもらえないか?)』
あの巨大芋虫の体内に秘密が隠されている。
ならば、中に入って調べるまでだ。
『ぴゅいっさー!』
偽スラちゃんが了承の意志を送ってくる。
『ぴゅい、ぴゅいぴゅい(危険な任務だ。無事に乗り越えれば貴様はエリート部隊、スライムスリー、いや、スライムフォーの一員となる』
『ぴゅいっぴゅう!? ぴゅい、ぴゅい!(まさか、あのスライムスリーの一員に自分が!? 全力を尽くします!)』
俺の想像が正しければ、洗脳の数倍まずい能力を【傲慢】の邪神は持っている。
はやく真相を確かめて、レオナと対策を考える必要があるだろう。