作品タイトル不明
8 見つけたメイベル
カロライン伯爵家に到着すると、驚いたセシリーが私を出迎えた。
「お兄様、どうなさったの? まさかメイベルが戻らなかったの?」
「ここに居ないのか?」
では、メイベルはどこへ行ったというのだ。
「レリアーナは追い出したのでしょうね?」
「もちろんだ。どうしてメイベルは、急に離婚をしたんだろう」
するとセシリーは、冷えた表情のまま一枚の紙を差し出してきた。
そこには──
〈奥様、カミーユを返してください。今でも彼の心を占めているのは私だけです〉
「レリアーナのせいに決まってるでしょう!」
レリアーナ……!
なんてふざけた真似を。
「これは間違っている!」
思わず声を荒げる。
だが、セシリーは厳しい眼差しを崩さなかった。
「いいえ、こう思わせるほど、お兄様はレリアーナに尽くしたのです。メイベルを蔑ろにして!」
「違うんだ! ただ仕返しをしてやりたかっただけなんだ! 私を捨てたことを後悔させたかった。馬鹿なことをしたのは分かってる。彼女はもう追い出した」
「それならそうと、メイベルに説明しておけば良かったじゃないの」
「いや……分かってくれていると思っていた」
そう言いつつ、自分でも情けなくなる。私は、ずっとメイベルの優しさに甘えていた。
「お兄様はいつだって思い込むだけで、人の心になど無頓着。思いやりが足りないのです」
その通りだ。
妹に何も言い返せなかった。
だが今は、一刻も早くメイベルを探さなければ。
見つけて、謝って。
もう一度やり直したいと伝えよう。
きっと彼女は、笑顔で受け入れてくれるはずだ。
私は愚かにも、まだそんな希望を抱いていた。
──だが。
それから、どれだけ探してもメイベルは見つからなかった。
戻った馭者の話を聞き、私は王都へ向かった。
駅でも聞き込みをし、汽車にも乗った。
何日も、何度も。
けれど彼女の足取りは途切れていた。
まるで神隠しに遭ったように。
他国へ行ってしまったのか。
それとも──まさか命を……。
嫌な予感が喉を締めつけた。
どうか無事でいてくれ、どんな償いでもするから。
メイベルの実家は、驚くほどあっさり捜索を打ち切った。
どうしてだ。
なぜ、諦められる。
私には出来なかった。
誰もが「もう忘れろ」と言った。
だが諦めきれなかった。
三年間。
私は彼女を探し続けていた。
──メイベル。
思い浮かべるたび、息が苦しくなる。
そして、
ようやく掴んだ情報。
彼女が、国境の町ハーレルで暮らしている。
その情報はかつて、情報屋から報告されていた。
食堂の、店の主人と女将の証言。
『侯爵夫人? 見なかったね。粟色の髪の女ねぇ。確か、頭のおかしい女性が、男と来てたっけ?』
『ああ、あの異常な女か。確かに粟色の髪の、美人だった気がする』
──私は否定した。
違う。
メイベルが、そんな風に言われるはずがない、と。
彼女はいつだって凛としていた。
落ち着いて、優しくて、気高い人だ。
男と一緒なはずもない。
だから私は、別人だと決めつけた。
しかし、その女性がメイベルに間違いないと、再び報告があった。
彼女は気の病で、医療施設で治療を受けていると。
──半信半疑でハーレルを訪れた日。
私は、ようやく彼女を見つけた。
医療施設の広い庭先だった。
メイベルは、シーツを干していた。
質素な服に、白いエプロン。
風に揺れる 粟(あわ) 色の髪。
その姿に、胸が潰れそうになった。
少し痩せたように見える。
あの日の惨めなレリアーナと重なった。
──どうして。
どうして、彼女がこんな場所で。
「メイベル!」
声が震えた。
彼女はゆっくり振り返り、私を見る。
その瞬間。
彼女の顔が、怯えたように曇った。
「カミーユ? どうして貴方が……?」
その目に浮かんだ恐怖に、胸が抉られる。
それでも彼女へ駆け寄った。
もう二度と離したくなかった。
細い手を掴み、私は必死だった。
「やっと見つけた。済まなかったメイベル。迎えに来たよ。一緒に帰ろう」
だが彼女は、激しく抵抗した。
まるで私に触れられることすら嫌だと言うように。
「今更なんなんですか? 止めてください」
「メイベル?」
「とっくに離婚して、もう私達は他人です。離れて下さい!」
違う。
これは彼女の本心じゃない。
そうか! きっと病のせいだ。
心が傷付き過ぎて、昔の私みたいに、何も受け入れられなくなっているだけだ。
だから私は、縋るように言った。
「大丈夫だ。君の病は、今度は私が治す。きっと幸せにする」
けれどメイベルは、怯え切った顔で首を振る。
そして叫んだ。
「ルノー! 早く来て、ルノー! 助けて!」
メイベルの声に、建物の扉があわただしく開き。
白衣の男性が現れた。