作品タイトル不明
7 後悔の始まり
私がレリアーナを拒絶すると、会場には不穏な空気が漂った。
それを感じ取ったのだろう。
小さな声が、私を呼ぶ。
「パパ?」
……ニーナ。
「私はパパではない」
ニーナの頭を撫でて──これで終わりだ。
歪な家族ごっこは、もう続けるべきではない。
なのに、レリアーナはまだ私に希望を抱いていた。
「カミーユ、ニーナも貴方を慕っているわ。私達、本当に終わりなの?」
「君が裏切った時点で、私達は終わっている」
「お願いよ! 許して……」
「私は君達に同情しただけだ」
「カミーユ……愛しているの……」
泣き崩れるレリアーナ。
彼女は私よりも恋人を選んだ。私への愛などあるはずもない。
今は贅沢な暮らしを望んでいるだけなのだ。
やがてローグ伯爵家の者たちは屋敷を後にした。
すべてが終わり、長年抱えていた重荷を下ろした気分だった。
……もっとも。
レリアーナは、購入させた品々をしっかりと抱えて帰っていった。
そのしたたかさに、もはや苦笑すら忘れるほどだ。
レリアーナ。
あの高価な品々を見るたび、己の過ちを後悔するがいい。
メイベルの横顔が、脳裏に浮かんだ。
戻ってきた時、妻にはもっと相応しいものを贈ろう。
——私の想いが伝わるものを。
屋敷は静寂に包まれる。
ようやく訪れたはずの静けさが、なぜか寂しい。
メイベルならこんな時、何も言わず、ただ静かに寄り添ってくれただろう。
早く会いたいと、心から思った。
◇
両親が屋敷に戻ってきた。
居間には、穏やかな時間が流れていた。土産話に耳を傾けながら、私はぼんやりと思う。こんな日常が、これからも続けばいい――と。
あとは、妻が帰ってくるだけだった。
屋敷に子どもの声が響けば、きっと賑やかになるだろう。両親も孫ができれば、どれほど喜ぶか分からない。
……そのためにも、
夫婦の在り方を、もう一度きちんと話し合おう。
──そう思っていた。
だが、その願いは、無残にも打ち砕かれる。
メイベルの兄、キリウスが我が家を訪れたのだ。
「メイベルとの離婚はどうなりましたか? 連絡が無いので心配で」
挨拶もそこそこに彼は私に尋ねた。
「離婚などしていない。メイベルはセシリーに会いに行ったんだ」
するとキリウスは首を振って「アイツ、どういうつもりだ」と呟いた。
そして知った。メイベルに離婚されたことを。
神殿から封書は届いていたが、どうせ寄付の要求だと思い放置していた。
──白い結婚による破綻。
「うそだ……」
視界がぐらりと揺れる。
隣では母が顔色を失い、そのまま崩れ落ちた。慌てて使用人たちが駆け寄る。
私は……一歩も、動けなかった。
そして思い出す。
初夜に、私は彼女に言ったのだ。
『いつでも離婚してくれて構わない』と。
メイベル……。
いつから、決断していた?
どうして、相談してくれなかったんだ……こんな、大切なことを。
「一体、留守中に何があったのだ。セバス、報告しろ!」
報告を聞き終えた父の視線が、まっすぐに私を射抜いた。
「メイベルは素晴らしい嫁だった。だからいつかお前も受け入れて、良い夫婦になると信じていたのだが。まさかレリアーナを優遇して、メイベルを軟禁するなど、お前は何を考えていたんだ!」
胸が、ずきりと痛む。
分かっている。あれが愚かだったことくらい。
それでも――言い訳が、喉元までせり上がってきた。
「軟禁などと……メイベルには部屋で待機してもらっただけです。レリアーナには後悔させたかった。それだけなんです」
「後悔させるなら、門前で追い払えばよかっただろう! 招き入れた時点でお前は、あの裏切者に未練があったのだ!」
──未練?
「ち、違います。レリアーナを後悔させて、追い出せばそれで……」
「それでこの結果なのか。馬鹿者め! ああ、メイベルには申し訳ない。どう償えばいいのか」
父の声は、怒りよりも――深い失望に満ちていた。
胸にじくじくと、鈍い痛みが広がる。
……私はまた、間違えたのか。
いや、最初からずっと、間違い続けていたのかもしれない。
「話し合えば、メイベルはきっと分かってくれます」
「何を話し合うと言うのだ。メイベルはお前に、もう愛想が尽きたに違いない」
父は頭を抱え、深くため息をついた。
……本当に、私は。
どうしようもない男だ。
嫡男としての責任も、夫としての在り方も、何一つまともに果たせていない。
悩みばかり抱えて、肝心なところで誤る。
それでも――
「セシリーの所に行ってきます。メイベルを連れ戻します」
きっと、メイベルは分かってくれる。
……今までだって、そうだった。
どんな時も、彼女は微笑んで受け止めてくれた。
レリアーナに未練などなかった。
誤解を解けば――許してくれるはずだ。
震える手で身支度を整え、私は逃げるように屋敷を飛び出した。
転がり込むように馬車へ乗り込み、強く扉を閉める。
早く、早く──
メイベルの元へ急がなくては。