作品タイトル不明
6 カミーユの復讐
4年前。
レリアーナに裏切られた私は、少しずつ心が削れていった。
いろいろと悩み込む日々。
やがて。
消えてしまいたい……とさえ思うようになった。
その歪んだままの心で、私は、メイベルを傷つけ続けた。
そうして、あの日。
レリアーナが、私を頼って戻ってきた。
その姿を見た瞬間──胸の奥が、ひどく揺れた。
粗末な衣服。疲れ切った顔。あの頃の華やかさは、もうどこにもない。
……ああ、やはり。
メイベルの言った通りだ。
そう思った瞬間、胸の奥に黒い感情が滲んだ。
レリアーナを……後悔させてやりたい。
私を選ばなかったことを。
本来なら手にしていたはずの幸福を、見せつけてやりたい、と。
……なんて、浅ましい。
分かっているのに、止められなかった。
私は親子に、できる限りのものを与えた。
望むものはすべて。買い物も、贅沢も、ニーナの誕生日パーティーの約束さえも。
全部、分かっていた。
これはただの自己満足だと。
レリアーナの娘、ニーナ。
父親は確か、どこかの子爵令息だったはずだ。
その幼い子が無邪気に、ぎゅっとしがみついてくる。
「パパ」
そう呼ばれた瞬間、胸に違和感が走った。
もしも、自分の子ならば。
「お父さま」と呼ばせたい。
……だからニーナが私を「パパ」と呼ぶのは構わない。
セバスは苦い顔で言った。
「奥様がどう思われるか……本当に宜しいのですか?」
いいに決まってる。
「メイベルは何も言わないさ」
私達の関係は主従なのだから
……それでも。
四年も共にいれば、少しずつメイベルへの情は生まれる。
そして同時に、レリアーナへのかつての激しい想いは、色褪せていた。
レリアーナは語った。
苦しい暮らしを。夫の薄情さを。
縋るような目で、私を見つめた。
けれど今はもう、かつての私とは違う。
そこにあるのは、愛ではない。
僅かな同情と、裏切り者への仕返しだった。
気づけば、比べていた。
メイベルとレリアーナ。
その在り方も、品格も──あまりにも違う。
胸が、締め付けられる。
……どうして、あの頃の私は、あんなにも盲目的に、レリアーナを愛していたのだろう。
妹も、メイベルも、彼女の本性に気づいていたのに。
愚かだったのは、私だけだった。
◇
ニーナの誕生日パーティの日。
メイベルは、妹の領地へ向かった。
『部屋にいると、気が滅入る』そんな理由で。
強く引き留めることは出来なかった。
私の我儘で彼女を不快にさせたのだから。
屋敷の前で、遠ざかる馬車を見送れば──胸の奥がざわついて、息が詰まった。
「直ぐにお戻りになりますよ」
セバスの声に、安堵した。
……そうだ。
メイベルは、きっとすぐ戻る。
私から離れることはない。
何も心配はない。
そう信じていた。
◇
パーティの最中、ローグ伯爵夫妻が現れた。
最近は投資に失敗したと聞く。
恰幅が良かった伯爵の体重も、半分に減ったようだ。
羽振りは、かなり悪そうに見えた。
そんな両親にレリアーナは泣きながら謝罪した。
「お父さま、お母さま、御免なさい」
伯爵は怒りを隠さなかった。
「どこまで恥知らずなんだ! カミーユ殿には本当に申し訳ない!」
……当然だ。
私は冷静だった。
「私は許します。だから伯爵も許してあげて欲しい」
「いや、しかし……」
戸惑う伯爵の横をすり抜け、レリアーナが抱きついてきた。
「カミーユ、私は本当に間違えていたわ」
私は、そっと引き離した。
「過去は忘れよう。和解を勧めたのはニーナの為だ。この子に罪は無いから」
ニーナが、不安そうにこちらを見上げていた。
嘘ではない……この子だけは、守られるべきだ。
伯爵もやがて娘を許した。
和解が成立したあとは、ただ時間だけがゆっくりと流れていった。
──その静寂を破ったのは、レリアーナだった。
「カミーユ、私達やり直せるかしら?」
笑いそうになった。
私は、そこまで軽い存在だったのか。
すべてを壊しておいて。
何もなかったかのように、元に戻れると本気で思っているのか。
「私には妻がいる。家族との和解が済んだら家に帰りなさい」
自分でも驚くほど、冷たい声だった。
レリアーナは、信じられないという顔で……私を見つめた。
「嘘よね? もう私を愛していないの?」
「愛していない。同情もしない。今日限り、君とは会う事も無いだろう」
「そんな……」
レリアーナの瞳には涙が浮かんだ。
私は……彼女を後悔させることに成功したのだ。
湧き上がる達成感と喜び。
しかし、愚かなことをした……とも思い始めていた。