軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3 離婚

──ニーナの誕生日パーティの日。

朝から屋敷は喧騒に包まれていた。

指示が飛び交い、靴音が絶えず響くその空間に、私の居場所はない。

私は忙しく立ち回るセバスを呼び止めた。

「部屋に閉じ籠っていると気が滅入るの。しばらく外で過ごすわ」

「外って……どこに行かれるのですか?」

「とりあえず、セシリーを訪ねるわ。赤ちゃんに会いたいの」

そう口にした時だった。

「メイベル! 何をしているんだ。部屋にいるように命じてあったはずだ」

夫の大きな声。

使用人たちの動きがぴたりと止まる。

……これは。

彼は意図している。

私を、皆の前で貶めるために。

これで私は完全に、レリアーナより下の存在として刻まれた。

……けれど、もういい。

一刻も早くここを離れたい。

「申し訳ありません。セバスに用があったので」

「メイドに言い付ければいいだろう」

私はただ静かに頭を下げる。

怒気を含んだ夫の視線が、肌に刺さる。

……ふふ。

思わず、心の中で笑ってしまった。

そんなにも、私の存在が不快なのかしら。

「パパ? この人だれ?」

ああ……また、この声。

「関係ない人だよ。ママの所で待っていなさい」

その一言で、すべてが終わる。

彼はニーナを抱き上げ、迷いなくレリアーナのもとへ向かっていった。

残された私は何事もなかったように、セバスへ向き直った。

「外出の件は、パーティが終わってから、彼に伝えてちょうだい」

すぐには返事が返ってこない。

セバスは何かを考えるように視線を落とした。

私は、無理に微笑みを作る。

「旦那様には余計な心配をかけたくないの。パーティを楽しんで欲しいのよ」

「……承知致しました」

ようやく頷いたその言葉に、安堵する。

――もっとも、カミーユが私のことを心配するはずもないけど。

義父母が戻れば、この侯爵家にはきっと嵐が吹き荒れる。

義父母は間違いなく、私を引き留めるだろう。

だから。

決心が鈍らないよう、私は今のうちに去るのだ。

屋敷を抜け出し、馬車へトランクを積み込ませていた、その時。

「奥様、申し訳ございません」

背後から届いた声。

――分かっている。セバスね。

そして、その謝罪の意味も。

ゆっくりと振り返ると、そこには正装に身を包んだ夫が立っていた。

その美しい姿に今更ながら、私は夫に相応しくないのだと思い知らされる。

きっとこの後、彼は指輪を掲げてレリアーナに求婚する。

そして、ニーナの“父親”になる。

それが、夫の望む形なのだから。

「何か御用ですか?」

「あ……メイベル。セシリーに会いに行くんだって?」

なぜか彼の声は、不安げに揺れている。

「ええ。この機会に思い切って会いに行こうと思います」

「そうか。私も近いうちに会いに行くと伝えて欲しい」

「分かりました」

それ以上、言葉を重ねることはしなかった。

私は真っ直ぐ、馬車へ乗り込む。

扉が閉まる、その刹那――

窓の外に映ったのは、レリアーナとニーナの姿。

――もう、聞きたくない。

あの声を……

「パパ!」

思わず耳を塞ぐ。

やがて、馬車はゆっくりと動き出した。

遠ざかっていく屋敷。

――さようなら。

あの場所に、お飾りの妻だった私はもういない。

神殿で、離縁証明書を二通受け取った。

一通はイベール侯爵家へ届けてもらうよう頼み、寄付金を差し出す。

これで、本当に終わった。

悩んでいたのが嘘みたいに、簡単なことだった。

……次は実家。

離婚の報告を避けることはできない。

気が重いまま馬車に揺られ、久しぶりの屋敷へ向かった。

1時間後。

予想通り。

私の離婚は、家族にとって許されるものではなかった。

「白い婚姻生活による離婚だと?」

居間に響いた父の怒声に、肩がびくりと震える。

長兄のキリウスも、冷たい目で私を見下ろした。

「最初から止めておくべきだったんですよ!」

「あの時、カミーユはまともな思考では無かった。もともとメイベルなど、彼の妹の友人という存在にしか過ぎなかった。愛されるはずもない」

胸が痛む。

分かっていた。

そんなこと、誰より私自身が分かっていた。

「カミーユはお前に出て行くよう指示したのか?」

父の問いに、私は小さく首を振る。

すると父は眉を吊り上げた。

「なら、なぜ早まったマネをした! 子連れのレリアーナなど愛人に据えて置けば済むことだ。早く戻りなさい!」

思わず体が震えた。

あの屋敷へ戻れと?

あの息苦しい場所へ?

「でも、もう離婚してしまったのですから……」

おずおずと母が口を挟む。

けれど父は、遮るように激しくテーブルを叩いた。

「メイベル、お前には尊厳がないのか! 負け犬のように実家に戻るなど、恥を知れ!」

私はきつく唇を噛む。

それでも。

「お父さま、戻っても、待っているのは監禁生活です。決心して逃げて来たんです。どうか分かって下さい」

必死に訴えた。

けれど母は俯いたままで。

父と兄は私を睨むだけだった。

何を言っても無駄。

「分かりました。戻ります」

「それでいい」

父は安堵したように息を吐き、兄は鼻を鳴らす。

「ふん、さっさと戻れ!」

私は静かに立ち上がる。

口の中は鉄の味がした。