軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2 決意

翌日、カミーユは商人たちを屋敷へ呼び寄せた。

――レリアーナとニーナのために、ドレスや装飾品を揃えるのだと。

報告に来たセバスの言葉を、私は静かに聞き流す。

「若旦那様が『好きなだけ選びなさい』と伝えると、あの方は喜んで、高級な品々を思う存分に買い求められました」

「そう。……いちいち報告に来なくてもいいわよ」

わざと冷たく言い放つと、セバスは困ったように「しかし……」と口ごもり、深く頭を下げた。

彼の言いたいことは分かる。

私に対して、そのような夫からの気遣いは、一度もないのだから。

「本来であれば、彼女がここの女主人になっていたのですもの。その程度は安い買い物だわ」

そう口にしたものの、気持ちは追いついてこない。

私が贈り物を受け取る時は、いつも義母からだった。

夫とは違い、義父母は私を大切にしてくださる。

――そのお二人は今、遠方へ。

嫁いだセシリーの出産祝いのために。

もしここにいらしたなら、レリアーナなど門前払いだったはずだ。

……いいえ。

だからこそ、彼女はこの時期を選んだのかもしれない。

義父母のいない、この隙を狙って。

尽きる事のない、カミーユの愛情を信じて。

――その夜。

珍しく、カミーユが私の部屋を訪れた。

けれど彼は、何も言わない。

黙ってソファーに腰を落とす。

こういう場合は空気を読んで、私から声を掛けなければならない。

「どうされました? 何かお手伝い致しましょうか?」

「いいや……実は、先週ニーナの誕生日だったらしいのだが、お金が無くて何もしてやれなかったそうだ」

「それはお気の毒ですね。それはそうと、彼女は離婚したのですか?」

「先月別れたそうだ。その前から夫婦仲は破綻していたらしい」

そう言って、カミーユはわずかに笑みを浮かべた。

「だからニーナの誕生日パーティーを開こうと思う。ローグ伯爵夫妻も招いて盛大にね。あの愛らしいニーナを見れば、きっとローグ伯爵夫妻も、レリアーナの過去を許し、和解するだろう」

……なるほど。

すべては、レリアーナのため。

「そうですね。早急に行わないとお母様たちが戻ってきますよ?」

カミーユの顔色が変わる。

やはり、同じことを考えていたのね。

──義父母はレリアーナ親子を歓迎しないと。

「明後日にパーティを行う。君は顔を出さないで欲しい」

そうね、あの親子が悲しむものね。

「承知致しました。このような話はセバスを通してお願いします」

「ああ、今後はそうしよう」

それで会話は終わった。

皮肉なものだ。

こんなにも長く、夫と話したのは初めてかもしれない。

しかも話題は、意図して避け続けてきたレリアーナのこと。

……では、この四年間は、一体何だったのか。

レリアーナと再会した瞬間。

彼はまるで別人のように、生気を取り戻していた。

愛の力とは、なんと残酷で、そして尊いものなのだろう。

窓から差し込むやわらかな日差し。

その光の下から、楽しげな声が聞こえてくる。

「パパ、抱っこして!」

――無邪気に弾む、子どもの声。

本を読むのを止めて、窓辺に近づいた。

視線を落とせば、庭先でじゃれ合う二人の姿が見える。

ニーナは、カミーユの子ではない。

それなのに――

夫の瞳には、深い愛情が宿っていた。

……ああ。

胸が締めつけられる。

その光景は、私がずっと――ずっと、憧れていたものだから。

カミーユはイベール侯爵家の嫡男。

本来なら、この屋敷にも、次代を担う子どもの笑い声が響いていたはず。

――でも、私が妻である限り、そんな日は来ない。

義妹のセシリーは、すでに第一子を授かり、幸せのただ中にいるというのに。

私は、ここにいないセシリーへと、語りかける。

「ねえセシリー、私だって幸せになりたいわ。我が子を、この手に抱いてみたい。それって、望んではいけない事かしら? 貴女の願いで私はこの4年間をカミーユに捧げた。でも、もういいよね?」

返事など、あるはずもない。

部屋には、ただ静寂だけが残り、

庭園では──

「パパ、パパ」

何度も何度も、夫に呼びかけるニーナの声だけが、やけに鮮明に響いていた。

耳を塞ぐと、窓越しに、レリアーナと目が合った気がした。

次の瞬間、彼女はするりとカミーユに身を寄せる。

そして夫は微笑んで、その肩を抱き寄せた。

……辛い。

胸の奥に、じわじわと満ちていく敗北感。

窓辺から静かに離れ、部屋を見渡す。

見慣れたはずのこの場所が、他人のもののように感じられた。

──同時に。

目の端に、扉の下に差し込まれた紙が映った。

拾い上げると、そこに書かれていた。

<奥様、カミーユを返してください。今でも彼の心を占めているのは私だけです>

卑怯にも、差出人の名は無い。

きつく紙を握りしめる。

次の瞬間、ふっと、力が抜けた。

……もういい、終わりにしよう。

夫の愛する人は戻って来た。

今が、決意の時だ。

どんなに愛しても、一方通行では届かない。

私はゆっくりと、身の回りの整理に手をつけた。