作品タイトル不明
第238話 亡霊王との戦い2
亡霊王ディアスネグスは、ぼくたちが手下との戦いに集中している隙を突いて、地面から攻撃をしかけてきた。
おかげでぼくは左腕を失った。
ペヌーザも左足を奪い取られている。
あの骨の手に少し触れられただけで、これか。
さすが、四天王だけはある。
そしてそんなやつが、油断もせず、正々堂々と戦う気すらなく、ぼくたち相手に全力で奇襲をしてきている。
いまそばにいる味方は、傷ついたペヌーザだけだ。
残りは全員、スケルトン部隊の掃討にいっている。
状況は最悪といっていい。
「滅びよ、召喚術師」
ディアスネグスが、霧がかった骨の手を伸ばしてくる。
さっきは、こいつの指の先端が触れただけで腕一本を持っていかれた。
まともに食らえば、死は確実だ。
「トランスポジション」
ぼくはとっさに、自分とシャ・ラウの位置を入れ替えた。
うまく向こうが気づいていてくれれば、これで……。
赤い建物の屋根にワープしたぼくは、すぐさまグラウンドを振り返る。
はたして。
幻狼王の雷撃が、その傍らに立つルシアの炎が、ディアスネグスの霧の手に衝突し爆発を起こすところだった。
シャ・ラウもルシアも、ぼくの次の一手をきっちり理解していたのだ。
それは、互いの信頼だ。
この数日、ともに厳しい戦いを潜り抜けてきたからこそわかる、阿吽の呼吸。
その攻撃は、ダメージこそないもののディアスネグスの手をわずかに押し返し……。
亡霊王の身が、ほんの一瞬、硬直する。
そこに天使の翼持つペヌーザが身体ごとぶつかっていく。
「バリア・ブレイク」
彼女の切り札たる魔法が炸裂する。
青白く耀くなにかが亡霊王の周囲で四散した。
彼を包む多重対魔法バリアを、まとめて消し飛ばしたのだ。
「いまだ!」
思わず、叫んでいた。
これで魔法が通じると。
天亀ナハンとカヤのタイミングを合わせた白いビームが亡霊王に着弾、その霧の身体をうち貫く。
「これで、どーだっ! パパをいじめるなーっ」
上空から周囲を観察していたカヤたちには、グラウンドの出来事もよく見えていたのだろう。
ナイス援護だ、わが娘よ。
ちなみにスケルトンたちは、いまアリスが掃討しているはず……。
と思ったところで、白い部屋に。
※
白い部屋に来たところで、ぼくは血がぴゅーぴゅー吹き出る腕を抱えて片膝をつく。
あ……なんだか気が抜けたらめちゃくちゃ痛くなってきたぞ……。
っていうか気が遠くなってきたぞ……。
「か、カズさん! いま治療します!」
あわてて駆け寄ってきたアリスが、魔法で腕を生やしてくれる。
ふー、いやあ、いまのはヤバかった。
「いったいなにがあったのよ、カズくん」
「カズさん、だ、だいじょうぶなの?」
こっちにいなかった志木さんとたまきは、大慌てで顔を青くしている。
無理もない。
ほんの少し前、ここに来たときは楽勝ムードだったのだから。
じつに、わずか三十秒にも満たない間の出来事である。
完全にぼくの油断だった。
いや、でも地面から来るなんて……しかも四天王が、そこまでしてくるなんて……。
「なるほど、ね。相手もなりふり構っていられないほど追い詰められている、ということかしら」
話を聞いた志木さんは、そういってため息をつく。
ああ、そういう考え方もあるか……。
「向こうからすれば、カズくん。あなたたちは四天王を二体、倒してみせたおそるべき部隊よ。特にカズくんは、自分と使い魔だけであのザガーラズィナーにガチンコ勝負を挑み、勝ってみせたほどの猛者なのだから」
「それは、いろいろ条件が整ったうえで最適の戦術に特化したからで……」
「それでも、わたしたちほかのマレビトから見ても、あなたの戦果は突出している。あまりにも、強すぎる」
外から見れば、そうなるのだろうか。
うーん、まあ、なるのかなあ。
実際は、こうして奇襲でぼろぼろにされる程度の実力なんだけども。
「パパ、だいじょうぶ?」
「もう傷は癒えたからね。この部屋を出たらまた大怪我なわけだけど……アリス、治療に来るのは、戦いが終わったあとでいい」
「そんな……。すごい血が出てます、すぐに治さないと」
ぼくは首を振る。
「それじゃディアスネグスを相手に隙をつくってしまうよ。ここは一気に相手を叩くべきだ」
「そうかしら。わたしはそう思わないわ」
志木さんが、強い口調で反論してきた。
えー、やせ我慢の得意なきみがいうの?
「ずいぶん不服なようだけど、カズくん。あなたが死にそうな状態で、みんなが安心して戦えると思っているの?」
「それは……っ」
ちらり、と皆を見る。
アリスやたまき、ルシアはいうに及ばず、カヤも不安そうにぼくを見上げていた。
もう完全に治療されたというのに、まだ左肩の傷口のあたりをちらちら見ている。
「あなたは司令塔でしょう。失血して傷が痛む状態で、まともな判断ができると思う?」
「腹が立つけど、きみのいう通りだ」
ぼくは肩を落として全面降伏した。
カヤが「パパ、しりに、しかれてます!」と余計なことをいう。
もうなんとでもいえ。
「わかった。アリス、雑魚は放っておいていいから、すぐぼくの治療に来てくれ」
「わかりました! ライトニング・ムーヴですぐいきます!」
「あー、でも、残りの敵はどれかな。あと二体くらいだよね。ゴッドブレイカーとハイメイジ、どっちが生き残っている?」
魔法使い型の骨が生き残っているなら、ぼくの治療の前にそっちを潰した方がいいかもしれない。
魔法を使うやつらは、ときにこちらが思っても見ないような動きで計算を狂わせてくる。
「残りはゴッドブレイカーが二体だけです。メイジから潰しました」
「いい判断だよ。助かる。じゃあそいつらは放っておいていい」
「はいっ!」
ぼくの助けにいけるとあって、アリスはがぜん、嬉しそうな表情になる。
なんともはや、ここまで慕われているというのは嬉しいことだ。
その盲信みたいなもののせいで、判断を誤らないで欲しいけど……。
ぼくがもう少し、己の身を守ることに専念すればいいだけのことか。
責任重大、だよな。
こちらの心情をどれだけ読み取ったのか、ルシアが少しだけ微笑む。
「カズ。あなたが元気でいるからこそ、わたしたちはどこまでも戦えるのです。あなたがいるから、皆がまとまれるのです。そのことをよくよくわきまえるよう」
「うん、反省します」
「とはいえ、どれだけ注意を払っても、今回のような不意打ちを防ぐことは困難でしょう。常にカズの近くに予備戦力を配置しておくことが重要ですね」
今回も、ペヌーザの献身に助けられた。
彼女が身を呈してぼくを守ってくれなければ、地面からの攻撃によってぼくは一撃で死んでいただろう。
四天王の真正面に立つとは、そういうことだ。
「たしかに、シュトラスも召喚しておくべきだったかもしれない」
「鎧騎士は、今回の戦いには役に立たないと考えてしまいましたね」
「まあ、無理もないわ。カズくんのMPにも限りがあるんだし」
志木さんのいう通り、懸念はぼくのMPだ。
現在、幻狼王シャ・ラウ、天亀ナハン、神翼使徒ペヌーザの三体を使い魔強化6、使い魔維持魔力減少3で召喚している。
一体につき、ぼくのMPは91削られる。
戦闘開始時、ぼくはレベル60だったから、最大MPは600。
使い魔の維持にその半分近くを使ってしまっているわけで……。
「切り札である使い魔覚醒で91を消費して、使い魔同調で182を使う。これで実質的に前衛のランク11の戦力かつぼくの魔法を使えるようになるわけで……」
「ザガーラズィナーのときは、そのコンボで勝ったっていってたわね」
「あのときは、限界のランク11.5まで引き上げたけどね。それでもギリギリだった。ディアスネグスがザガーラズィナーより接近戦に弱いかどうかは、まだわからない」
亡霊王は魔術師っぽい感じではあったけど、だったら近接戦闘ができないかといわれれば……。
たぶん、そんなことはない。
少なくとも、さっきぼくが一瞬で殺されかけた程度には戦えるわけだ。
「あのときと違うのは、アリスとルシア、それにカヤがいることだ。みんなの援護があれば、互角に持ち込めるかもしれない」
「希望的観測だけど、それにすがるしかなさそうね」
「あの手に触れられるだけでこっちの腕がもぎとられたし、これっぽっちも油断はできないけどね」
ペヌーザは霧の身体に全身を突っ込ませて魔法を使っていたけど、無事みたいだった。
たぶんあれは、手で触れた部分を破壊する魔法、みたいなのがかかっていたのだろう。
ミアならきっと、なんとかフィンガーっていうに違いない。
「大切なのは、相手に時間を与えないことだと思う。襲ってきたときみたいに地面に潜って逃げる恐れもある。あいつはどうも、四天王の誇りとかそういうのいっさいないタイプみたいだから」
「ザガーラズィナーは、そのあたり律儀だったんですっけ」
「なにせ、骨の髄まで戦闘狂だったからね……」
植物の王アガ・スーのときは、相手が最初から狂っていた。
暴走状態にあって、逃げるという選択肢を選ぶことすらできなかったのだろう。
亡霊王ディアスネグスは、違う。
やつにあるのは、ただ勝つことだけだ。
いままでの四天王とは、そこが決定的に異なる。
「なんとか、やつを宙に浮かせられないかな……」
「セレニティを使うんですね」
アリスがいった。
ぼくたちが検討していた、対亡霊王シフトのひとつである。
治療魔法ランク8には、セレニティという結界魔法があるのだ。
セレニティの結界は一辺が二十メートルほどの、方形の空間を包み込む。
結界内部では、不浄なもの、つまりアンデッドのちからを弱める。
ついでに結界の出入りができなくなる。
内部にアンデッドを閉じ込めれば、弱体化させられるうえ、出ることすらできなくなるのだ。
ただしこれを張るためには、その空間がすべてひらけている必要がある。
やつが地面に足をついて戦っている限り、結界内部にやつを納めることは不可能なのだ。
もし部分的に身体の一部だけ閉じ込めても、その場合はすぐ逃げられてしまう。
「そういうことなら!」
カヤが、しゅぱっと勢いよく手をあげた。
「おまかせ、ください!」
「あー、そうか。グラビティとかリヴァース・グラビティで……」
「はい! いっしゅんなら、いけます!」
相手の足が地面を離れたその一瞬で、アリスがセレニティを展開して……。
よし、なんとかいける気がしてきたぞ。