作品タイトル不明
第165話 地底樹の間の戦い
ゾラウスと黒鎧は、地底樹の間に躍り込んだぼくたちにすぐ気づいた。
ルシアの通路の側に注目していた彼らが、一斉にこちらへ振り向く。
スライムじみたモンスターは、その身をくねらせ、ぼくとパラディンの方に向かってなにやら波打つような仕草をした。
たぶん、精神攻撃だろう。
アイソレーションのかかったぼくたちには、もちろん無力だ。
得意の精神攻撃が効かないと悟ったゾラウスが、ガラスを引っ掻いたような不快な音をたてる。
怒っているのか、それとも黒鎧に指示を下したのか。
三体の黒鎧が、こちらに駆けてくる。
ぼくはパラディン二体に黒鎧を迎撃させる。
こちらの方が数では不利だが……。
「ディフレクション・スペル。ヘイスト」
ぼくと二体のパラディンの身体が、赤く輝く。
パラディンは、重装備をものともせず、機敏な動きで黒鎧の攻撃を受け、あるいはかわし、斬撃を叩きこむ。
そう、パラディンたちには、ぼくの付与魔法がついている。
すでにキーン・ウェポン、フィジカル・アップ、マイティ・アームといった基本セットはかかっていた。
黒鎧は動きからして、パラディンより技量が下。
その上でぼくの魔法による底上げがあるなら、多少の数的な不利は、充分に補える。
はず、だった。
黒鎧のうち二体が、その全身を爆発させる。
いや、一瞬で膨らんだ……?
違う、そうじゃない。
ぼくは、その光景を見て戦慄する。
黒鎧は、その身体中から肉芽のようなロープのような、そんなものをぶわっと吹き出したからだ。
触手群。
そんな言葉が、まっ先に脳裏をよぎった。
黒鎧から飛び出た無数の触手が、パラディンの全身に巻きつく。
黒鎧一体につき、パラディン一体を拘束してみせる。
あまりに予想外の攻撃に、パラディンたちは不意を衝かれ、敵の攻撃をまともに食らってしまった。
そして、敵の黒鎧は三体、いるわけで……。
前衛がいなくなったことで一体浮いた黒鎧が、こちらに迫ってくる。
あっという間に距離を詰められてしまう。
まずい。
一気に踏み込んできた黒鎧が、その剣を振り上げる。
ぼくはとっさに、切り札ともいうべき魔法を使う。
「アクセル」
付与魔法のランク7、アクセルは、意識を加速させる魔法だ。
身体の運動性能を向上させるヘイストとは、ちょうど対になっている。
ただしこのアクセルは自分にしか使えないし、効果時間はランクひとつにつきわずかコンマ五秒からコンマ七秒半。
いまのぼくの場合、三秒半から五秒ちょっとにすぎない。
しかし、その四、五秒が、ぼくの体感では三十秒近くまで加速される。
黒鎧の動きがスローモーションのように見えた。
敵の動作が、じれったくなるほどに遅い。
だが同時に、ぼくの周囲の空気が、粘り気をもって張りつくのもわかる。
ぼく自身の動きも、あまりにものろい。
それでも、熟練の騎士の動きをよく観察できるのはおおきかった。
ぼくには格闘戦のスキルなんてないけど、タイミングさえ掴めればこっちのものだ。
うまく引きつけて……。
「リフレクション」
目の前に、虹色で扇状の薄幕が出現する。
黒鎧の斬撃が薄幕に衝突し、跳ね返る。
内部に無数の触手を宿したモンスターは、己の繰り出した衝撃をまともに浴びて、おおきくその身をよろけさせる。
いまだ。
ぼくはルシアから受け取った、とっておきを取り出す。
それはモンスターからドロップした赤い宝石で……。
だが、ただのトークンではない。
これには、ぼくとルシアの魔法が込められている。
付与魔法のランク6、チャージ・スペル。
これは、トークンのようなマナの塊に魔法を込め、任意の時点まで保全できる魔法だ。
非常に便利なように思えるが、いくつも弱点がある。
第一に、チャージ・スペルで込められる魔法は三つまでなこと。
たとえば三つのトークンにそれぞれヒールを込めたとすると、どれかを使ってしまわなければ四回目のチャージ・スペルは使えない。
第二に、遠距離投射型の魔法を込めた場合、その場で効果が現れてしまうということ。
つまりファイア・ボールを込めた場合、解放時、目の前で爆発を起こしてしまう。
一番有用と思われるルシアの攻撃魔法は、ほとんどチャージ・スペルに使えない。
これはフレイム・カッターなどの魔法でも同様だ。
だから戦闘の役に立てるためには、ひと工夫する必要がある。
今回、ぼくが選んだ魔法は……。
「リベレーション」
ゆっくりと時間が進むなか、解放のコマンドワードを唱える。
ぼくの右手のなかで、赤い宝石が輝く。
炎の剣が、掌のなかに出現した。
そう、火魔法ランク2のフレイム・ソード。
普段なら、剣の扱いにまったくのど素人なぼくがこんなものを使っても、なんの役にも立たない。
でも、いまのように意識加速状態なら、話は異なる。
ぼくはまっすぐに、炎の剣を突き出す。
狙いは赤い双眸が光る、兜の隙間。
これだけ周囲の景色が減速していれば……。
一撃は見事、黒鎧の頭部に突き刺さる。
加速状態が終了する。
世界が、急に勢いよく動きだす。
黒鎧が、かなきり声をあげて仰向けに倒れる。
その衝撃で、全身を包む鎧が床に沈み……。
鎧の隙間から、無数の触手が噴き出してくる。
かぶとが外れ、なかで蠢く触手の群れが見える。
そこでようやく、理解した。
こいつは、全身が触手でできているんだ。
いわば、触手人間。
そいつが、鎧を着て戦っていた。
命名するなら、テンタクル・ナイトといったところか。
おぞましい生物だけど、もうなんか感覚的には慣れてきた気がする……。
もちろん目の前で殺し合いをしている以上、恐怖感はある。
こんなやつに殺されるなんて、ぞっとしない。
ぼくの一撃は致命傷でもなんでもなかったようで、テンタクル・ナイトはかぶとを放り出したまま立ち上がろうとする。
ああもう、おとなしく寝ててくれよ!
と……。
ぼくは次の瞬間、白い部屋にいる。
あ、あれ? ルシアが誰か倒したのか?
でもレベルアップの音はしなかったし……。
※
いや、違った。
白い部屋のなかで、ルシアは右腕を押さえて床にぺたんと座り込んでいる。
自分に回復魔法を使っている。
よく見れば、右手の手首から先がなかった。
ぞっとした。
モンスターに切断されたのだ。
「不覚を取りました」
茫然としていると、ルシアが顔をあげる。
いつもとは違う、辛そうな表情。
けして痛みのせいだけではないのだろう。
そうか、彼女はレベルアップを停止していた。
自身が持つ特殊能力、レベルアップ抑制。
このちからを、ここで解放したのか。
「一体は倒したのですが、残る二体の黒鎧が……。一体が、触手を生やしパラディンを押さえつけたのです。その間に、もう一体がわたくしのもとに迫り……」
「接近戦を強いられたか。テンタクル・ナイト相手に一対一は、さすがに……厳しいよな」
「はい。レベルアップして状況を打開するしかない、と判断しました」
その判断は正しい。
ぼくだって、アクセルがなければあんな化け物相手に一騎討ちは不可能だ。
アクセルがあっても厳しいんだけど。
さっきは不意討ちでなんとかなったけど、このままチャンバラして勝てる気はしない。
手合わせした感じだけど、テンタクル・ナイトは、中身が触手のくせにランク6の戦士程度には実力がある。
戦力がインフレしているからちょっと実感がないけど、一日目にはおそろしく強く感じられたエリート・オークが、たぶんランク4相当なのであるから……。
いやはや、怖い怖い。
エリート・オークが束になっても敵わない前衛に、剣の心得なんてゼロのぼくが敵うはずもない。
訓練を積んだルシアなら、まだ抵抗する余地もあるかもしれないけど、それでも正面から立ち向かうのは無謀過ぎるだろう。
さて、そうなると……。
「どのスキルを取る?」
フレイム・ヒールのおかげで血が止まり、ようやくひと心地ついたのか、ルシアは立ちあがろうとして……よろける。
ぼくは彼女の肩を押さえ、自分も腰を下ろす。
彼女の足もとには血だまりができていて、ぼくの服も血だらけになったけど……ま、もともと戦闘の連続で薄汚れていたし。
ルシアの顔を見る。
いつも通りあまり表情がないのだけれど、なんか、少し不安そうに目線が挙動不審気味だった。
あ……弱気になってる。
「ぼくも正直、あの触手には焦ったよ。お互い、生き残ろう」
「はい、でも……」
「ぼくのミスだ。作戦が甘かった。ごめん」
ぼくはルシアを抱きしめた。
少女は一瞬、びくっとなって、そのあとすぐちからを抜く。
ええい……こうなったら、とことんやってやる。
ルシアの唇を奪う。
少女はルビーの瞳をおおきく見開き、それからすがりつくように舌をからめてくる。
ぼくたちは、夢中になって互いの口膣をむさぼった。
さっきは、彼女にぼくが助けられた。
今度は、気が弱くなった彼女をぼくが助ける番だ。
心で負けていては、勝てる戦いも勝てなくなる。
「カズ、お願いがあります。わたくしの心に巣食う恐怖を……忘れさせてください」
ぼくはうなずいた。