作品タイトル不明
第166話 テンタクル・ナイトの弱点
さて、ここに至って、ぼくたちは決断を下さなければならない。
ルシアのふたつ目のスキルだ。
現在、彼女のレベルは28で、スキルポイントは11。
一気にひとつのスキルにつぎ込めば、ランク4になる。
その新しいスキルで、ルシアの窮状を打破せねばならない。
前衛系に振るか、火属性以外の魔法を取るか……。
「いまルシアは、テンタクル・ナイトに近接戦闘を挑まれているんだよね。だったら、やっぱりボーン・ウィップを上手く扱えるようになる棍術スキルか?」
「ボーン・ウィップは、右手で握っていました」
ルシアは、手首から先がない己の右腕を見た。
ああ、武器を握っていたら、手首ごと切断されたのか。
となると、かなり状況が厳しいな。
「付与魔法を上げてリフレクション……はタイミングが命だけど、アリだな」
「しかしそれでは、カズと役割がかぶってしまいます」
「いまこの場を生き残らないと、どうせ共倒れだ。アクセルを使えるところまで伸ばせば、近接戦闘もできるようになるし……」
ルシアは首を振った。
「いまを生き延びて、さらに今後もより効率的に戦うための戦略がなければ、わたくしはこれからの戦いで足手まといとなるでしょう」
「そんなことは……」
「ニンジャと呼ばれるあの方々を見ていて、思ったのです。わたくし程度では、とうていあの領域にはたどり着けないと」
待ってくれ、違うんだ。
ニンジャ夫妻は特別なんだ。
あれをぼくたちの世界の基準だと思って欲しくない。
「ニンジャたちだけではありません。カズたちマレビトは、全員がレベルを上げることで、わたくしと同じちからを得ることができます。魔力解放も、トークンを集めれば取得可能です。であるなら……」
ルシアのすがりつくような視線を受け止める。
普段の彼女らしくない、うろたえた様子。
まるで捨て猫のように、打ちひしがれた姿。
ぼくは唐突に、彼女の心の底にある欲望を理解した。
誰かに必要とされたい、と望む強烈な衝動だ。
それは、彼女の生い立ちゆえ、ということもあるのだろう。
ぼくたちと出会うために生まれた『素子』のひとり。
そのなかでも、幼い頃はむしろ劣等生であったという
厳しい訓練を受ける日々。
しかし、報われるまでには長い時間を必要とする。
マレビトと接触することで覚醒する、そのときをじっと待ち続けていたがゆえの焦燥。
それらが入り混じって、切迫感となって、ぼくたちと出会ったあとも尾を引いている。
自分の存在価値のすべてがそこにあると、強迫観念レベルでそう感じてしまっている。
とはいえ、それをいますぐになんとかするわけにはいかなくて……。
「でも、ここで勝たないとダメなことは変わりない。いっそ、地魔法を取るか? 通路の足場は土だけど、隠し通路まで下がればコンクリートだから、ストーン・バインドが使える」
ルシアはまた、首を振った。
ぼくは燃えるような真紅の瞳を覗き込む。
少女は、まっすぐにぼくを見つめ返してきた。
ああ、そうか。
ぼくは理解する。
彼女はもう、決断しているのだ。
「じゃあ、なにを取る。教えて、ルシア」
「水魔法を」
「この場をしのげるのか、水魔法で」
なぜこれまで、ぼくたち主力組が誰も水魔法に見向きもしなかったか。
その理由は、単純だ。
水魔法は、水中や水上、あるいは敵が水棲でなければ有効になり辛い魔法が多いからである。
水中呼吸が可能となるアクア・ブレッシングなど、特定状況下において必須となるであろう魔法は多いのだが……。
そうした状況になってから考えてもいいだろう、とぼくたちは話し合っていた。
いま、この瞬間までは。
「わたくしの場合、すでに火魔法により、充分な火力があります。ブライト・シールドで左手に盾を呼び出せば、多少は命を守ることもできるでしょう。ですがそれでは、カズが呼ぶところのテンタクル・ナイトにはとうてい太刀打ちできません」
「でも、水魔法じゃ……」
と考えて、ふと思いついたものがある。
そうか、水魔法には、あれがあった。
触手って、つまり、剥き出しの肉だもんな……。
「ゲイザーか」
「はい」
ゲイザーは、水魔法のランク4に分類されている魔法だ。
地面を割って、間欠泉を噴き出させる。
水流の温度は摂氏百度以上。
ルシアは、これをテンタクル・ナイトに浴びせるつもりなのだ。
おそらくは自分自身も巻き込んで。
大火傷を負う覚悟でもって。
「テンタクル・ナイトは頑丈な鎧に身を包んでいますが、中身の肉は、触手の一本、一本を取ってみれば脆弱なのではないかと」
「戦ってみての感想か」
「パラディンが、触手を引きちぎっていました。それでもなお、多くの触手に拘束されていましたが……」
「数の暴力で来るから怖いけど、まとめて蒸し焼きにしてしまえばってことだね」
「火魔法より有効であると考えました」
実際のところ、近接戦闘中にファイア・ボールなんて使ったら、自分も爆発に巻き込まれてえらいことになる。
プロミネンス・スネークをぶつけるにはロックオンするための時間が必要だし、フレイム・カッターで狙いをつけるのも難しい。
逆にゲイザーのようなある意味で『弱い』範囲魔法なら、そしてその魔法が相手にとって致命的なものであるなら、こうした自爆攻撃は起死回生の一打となるかもしれない。
「わかった。ルシアを信じる。必ず生き残ってくれ」
「はい。カズも、ご無事で」
ぼくたちは互いにうなずきあう。
もう一度、キスを交わした。
戦いを再開する前に、いろいろなことを話し合う。
ルシアは、これから先のことを少し語った。
この国が再興しても、自分にはもう、王女として戻るつもりがないと。
「国のことは、姉たちが上手くやるでしょう。ですから、カズ。わたくしは、あなたがたについていきたいと考えています」
「ルシアがそれでいいなら、ぼくとしては嬉しい。えーと、一緒に暮らそう。責任は取ります」
「わたくしたちが肌を重ねたのは白い部屋だけですから、そこまで責任を感じる必要はないのですが……そうですね、カズの好意を嬉しく思います」
ロウンの地下神殿を制してしまえば、決戦はぼくたちの勝利だ。
モンスターたちは、聖都アカシャとハルーランの尖塔で主力を失った。
予言に示された破滅も、回避できた。
あと一息なのだ。
この部屋から出たあとの数十秒が、ぼくたちの運命を決める。
だからなのか、やけに未来のことを話した。
やがて、どちらからともなく立ち上がる。
うなずきあい、PCのもとへ。
ルシアは落ち着いて、水魔法のレベルを上げる。
最後にもう一度、キスをした。
ルシアがエンターキーを叩く。
ルシア:レベル28 火魔法9/水魔法0→4 スキルポイント11→1
※
ぼくは地底樹の間に戻る。
目の前には、起き上がろうとしているテンタクル・ナイト。
その兜は外れ、頭があるはずの部分では無数の触手が蠢いている。
その後ろには、未だ慌てた様子で波打つように揺れているゾラウスが三体。
たぶん、ぼくやパラディンたちに精神攻撃をかけているのだろうけど……。
それがまったく効果がないことに戸惑っているのか。
さて、ルシアが頑張ってくれることを信じて、ぼくはぼくでやるべきことをやろう。
彼女の信頼に応えなきゃ、男がすたる。
いまのうちだ。
ぼくは駆け出す。
まだ立ち上がれないでいるテンタクル・ナイトのそばを通って、ゾラウスのもとに走り寄る。
ぼくの右手には、いまだ炎の剣が握られている。
ゾラウスたちは距離を詰めたぼくに対して、威嚇するようにその身を揺らす。
ゾル状の身体が、鞭のようにしなってぼくを襲う。
「アクセル」
ぼくは再度、意識を加速させた。
周囲の音がくぐもり、敵味方の動きがスローモーションになり、全身に粘り気のある空気がまとわりつく。
こんなゆっくりとした敵が迫ってきても、怖くはない。
攻撃を紙一重でかわし、炎の剣を迫りくるゾラウスの身体に振り下ろす。
灼熱の炎が、スライム状生命体を焼く。
アクセルの効果が切れ、加速した意識は通常状態に戻る。
ゾラウスは、ガラスをひっかいたような声をあげてのけぞった。
半透明の体液が飛び散る。
背後で、金属の鎧が音を立てて迫る。
「アクセル」
残り少ないMPを振り絞り、ぼくは三度、意識を加速させる。
立ち上がったテンタクル・ナイトが迫ってきているのだ。
振り向きざま、炎の剣を振るう。
ぼくに迫ってきた無数の触手を、なぎ払う。
十数本、まとめて断ち切る。
そのままテンタクル・ナイトに踏み込んでいき、炎の剣をモンスターの頭部に突き刺す。
加速が終了した。
焼かれた触手の先端が黒い煙をたてている。
肉を焼く臭いが立ち込める。
テンタクル・ナイトはけたたましい悲鳴をあげ、よろめくようにあとずさる。
そこに、パラディンが踏み込んでいた。
パラディンの一体が、触手の拘束を強引に引きちぎり、ぼくの救援に来たのだ。
パラディンの斬撃が、無防備なテンタクル・ナイトを鎧ごと真っ二つにする。
断末魔の悲鳴とともに、青い血が周囲に飛び散った。
鎧のなかも触手でいっぱいだったのだが、そのなかでも核となる肉があったようで、パラディンはそれを一刀両断したのだ。
もう一体のパラディンも触手から脱出し、己を縛っていたテンタクル・ナイトと斬り合っていた。
こちらは不意をつけなかったから、そこそこ時間がかかりそうだ。
残るテンタクル・ナイトが、仲間を一撃で殺したパラディンに襲いかかるが……。
「そいつはいい、ゾラウスを殺せ!」
ぼくは、ゾラウスに向かって踏み込むパラディンと入れ替わるようにして、テンタクル・ナイトの前に出る。
無謀な賭けだが、しかし勝算は充分。
なにせ、ほんの数秒、足止めすればいいのだから……。
「アクセル」
意識を加速。
魔法の酷使で、激しい疲労を覚える。
MPは枯渇寸前だ。
しかも、頭がガンガンしてくる。
連続したアクセルの使用って、ひょっとして副作用とかあるのか?
だとしても、知ったことじゃない。
いまここで勝たなきゃ、なにもかもが台無しになる。
ぼくたちの明日は、勝利の先にしかない。
相手が斬撃を放つタイミングを見計らい……。
「リフレクション」
ジャストタイミングで攻撃をはじき、さらに踏み込んで炎の剣による斬撃を鎧の隙間に見舞う。
一撃を放ったら、すぐに離脱。
ここでアクセルの効果が切れる。
振り向けば、パラディンがゾラウスを切り刻んでいた。
断末魔のかなきり声と共に……。
ぼくは白い部屋へ。
※
レベルアップしたのは、ルシアだ。
これでレベル29か。
白い部屋では、ルシアが青い顔をしていた。
手首からの血が止まらない状態で戦っていたからだろう。
加えて全身びしょ濡れで、顔といわず四肢すべて、やけどで真っ赤になっている。
うわあ、ゲイザーで自爆攻撃したからか……。
聞けば、おかげでなんとかテンタクル・ナイトを一体は倒したそうだ。
水魔法は、思った以上に効果的だったとのこと。
残るルシア側のテンタクル・ナイトは、一体だけ。
パラディンが健在だから、もう、だいじょうぶだろう。
「あと少しです。カズ、決着をつけましょう」
「ああ。ルシア、くれぐれも無茶はするな」
もとの場所に戻る。
さて、一気に始末をつけてしまおう。
ルシア:レベル29 火魔法9/水魔法4 スキルポイント3
※
それからは、消化試合だった。
すべてのゾラウスとテンタクル・ナイトを倒すまでに、ぼくとルシアは、一度ずつレベルアップした。
それぞれレベル41とレベル30だ。
ぼくは付与魔法をランク8にした。
これでまた、いろいろ利便性が向上する。
特に一分足らずとはいえ対象の攻撃魔法の威力を増大させるパワー・スペルは、ルシアの魔力解放ほどではないにしろ、かなり有用といえるだろう。
ルシアは水魔法をランク5にした。
いますぐ役に立つ魔法はないが、しかしまあ、もはやこのまま水魔法を上げ続ける以外の選択肢はない。
和久:レベル41 付与魔法7→8/召喚魔法9 スキルポイント9→1
ルシア:レベル30 火魔法9/水魔法4→5 スキルポイント5→0