軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第158話 ロウンの地底神殿3

さて、それはさておき。

マナを貯める魔導具を破壊するにしても、その前にまずコボルド軍団を殲滅する必要がある。

うーん、四十体以上か。

「まとめて焼き払えると、楽かな。問題は、一緒にいる女性たちだけど……」

「死んでしまった方が、幸せなのかもしれません」

ルシアはぽつりと呟いた。

きっとそれは、彼女の本音なのだろう。

アリスがいれば、魔法ひとつで身体も心も回復させることができるかもしれない。

でもルシアの火魔法では、身体的な怪我しか治癒できない。

助けたあと、彼女たちが苦しむ様子を見るよりは……という気持ちもわからなくはなかった。

でも、この地下神殿のなかにいる女性ということは、ルシアの知り合いである可能性が高い。

ルシアは、多くの知り合いをその手で焼き払うことになってしまう。

「内部の情報は欲しいかな。ぼくとしては、捕まったひとたちから、少しでも情報を聞き出せると嬉しい」

インヴィジブル・スカウトの目で観察を続けながら、そう呟いた。

ぼくたちには、他人の心を慮るような余裕なんてない、という事情もある。

「あと、そうだ。彼女たちのなかにきみの姉妹がいれば……。『素体』として脱落したとしても、きみと同じように、白い部屋に行けるかもしれない。レベルアップ可能なら、後々の戦力になる」

それは、ただでさえ辛い目に合っている人々を、さらに過酷な戦いに追いやるということだ。

だがそれでも、使えるものはなんでも使ってみせよう。

はたしてルシアは、「なるほど、もっともなことです」とうなずいた。

「ですが、コボルドに逃げられては厄介です。どうなさいますか」

「キャンドル・デイズで眩惑して、一体ずつ潰していく。どうかな」

「可能ですが、それだけで全員を拘束できるとは思えません。何体かは逃がしてしまうでしょう」

キャンドル・デイズは空中に魔法のろうそくを呼び出し、それを見たものを眩惑させる魔法だ。

あらかじめ逃げ道をふさぐ方法は、ひとつ思いついている。

いくら数が多くとも、出口はしょせん……ええと、ぼくたちのいる通路を除いて三つか。

……結構あるな。

とはいえ、まあ。

ルシアに無差別爆撃させるよりは、いいだろう。

「逃げ道は、ぼくがすべて塞ぐ」

具体的な方法を伝えたところ、ルシアは少し考えたあと、「わかりました」と答えた。

「では、カズの提案の通りにやってみましょう」

「コボルドは弱いって話だから、使い魔は質より量で勝負する。それぞれの通路に風エレと地エレが一体ずつ立てば、充分かな」

ランク5のサモン・エレメンツなら、一体召喚して消費MPは25。いまのぼくなら、十体以上呼び出してもまだ余裕がある。

サモン・レギオンは今回みたいな場所ではあまりにも数が多すぎるから、これくらいがちょうどいい。

ぼくとルシアは、パラディンと共に音を立てないよう抜き足差し足で通路を歩きだす。

パラディンは、金属鎧を着ているにも関わらず、思ったよりずっと静かに歩いてくれた。

これもランク7相当の技量のひとつ、ということなんだろうか。

本人に聞いてみたいけど、いま無駄口をたたくわけにもいかない。

部屋の入り口の前に辿りつく。

ここまで近づくと、濃厚な男女の体液が入り混じった臭いが強くなってくる。

ぼくにとっては、幾度となく死の危険とともに嗅いだ臭いだ。

自然、身体が緊張してくる。

木箱の陰からそっと部屋のなかを覗き込む。

灯篭のような魔法的照明器具に照らされ、ぐったりした女たちの裸体が見えた。

思ったより栄養状態はいいみたいだけれど、なんの抵抗もなく、時折、呻き声をあげるだけで、コボルドたちのされるがままになっている。

部屋のなかはほかより気温が高いように思えた。

膨らんだ乳房が絶え間なく上下し、珠の汗が滴り落ちる。

やっぱりここからじゃ、女から離れたコボルドたちが集まる左奥になにがあるのかは、よくわからなかった。

でも、だったらわかる位置に移動するだけだ。

この部屋の出口は、ここのほか、奥と左右にひとつずつ。

ぼくはインヴィジブル・スカウトに命令し、奥の通路までを突破させる。

シー・インヴィジビリティがかかったぼくにしか見えない透明な使い魔は、堂々と広間を横切って、奥までたどり着いた。

木箱は、そちら側にも散乱していた。

その陰に身を寄せてもらう。

ぼくとインヴィジブル・スカウトの距離は、四十メートルもない。

「トランスポジション」

ぼくとインヴィジブル・スカウトは、互いの位置を入れ替えた。

ぼくの視界が変わる。

一瞬で、反対側の通路までテレポートしたのだ。

あまり使っていなかったけど、やっぱりこの魔法、使いどころさえわきまえれば便利だなあ。

なおこの通路の奥は、ルシアによれば一度折れ曲がったあと別の部屋に続いているそうだけど……物音を聞きつけて敵の援軍が来たら、そのときはそのときだ。

まあ、そっち側は静かだから、たぶんだいじょうぶだと思うけど……。

物陰で、アース・エレメンタルとウィンド・エレメンタルを呼び出す。

全身、岩でできた巨人と、風をまとった半透明の裸の女性だ。

まったくもってどうでもいい情報だが、ウィンド・エレメンタルはおっぱいがおおきい。

そういえば、初めてこいつを呼び出したときって、アリスに捨てられたとショックを受けた直後で……。

この胸もとのふくらみを見てアリスを思い出し、激しい嫌悪の情を抱いたんだよなあ。

いまとなっては、なにもかもなつかしい。

そんなことはどうでもいいんだ。

ぼくは一度、インヴィジブル・スカウトを呼び寄せ、次は横の通路に行くよう命じる。

トランスポジションで、位置交換。

アース・エレメンタルとウィンド・エレメンタルを配置。

最後に、その対面にワープして同じように二体を配置。

これでルシアの側以外の三方に、使い魔を二体ずつ配置完了。

なおこの間、コボルドたちは、まったくぼくらに気づいた様子がない。

で、そっと顔を出し、マナを貯める魔導具があるとおぼしき部屋の片隅を覗きこんでみれば……。

そこには、グロテスクな、まるで内臓がむき出しになったような肉塊がそこにあった。

その肉塊に、ひとりの少女が埋め込まれている。

肉塊が咀嚼するように蠢き、少女が苦悶の声をあげて身をよじる。

グロブスターの小型版みたいなやつだ。

マナヴィジョンで見れば、もうちょっとなにしているかわかるんだろうけど……。

まあ、いい。

作戦決行だ。

ぼくは、パラディンのそばで隠れるルシアに合図を出したあと、インヴィジブル・スカウトをフロアの中央に移動させ……。

インヴィジブル・スカウトが、両手をパン、と叩く。

突然の高い音に、すべてのコボルドが一斉に部屋の真ん中を見た。

そこに、ルシアが魔法を飛ばす。

「キャンドル・デイズ」

火魔法のランク4。

ゆらめく幻影の炎が、フロアの中央、高さ一メートルほどの場所に出現した。

それを見たコボルドたちが、動きを止める。

で、ぼくも思わず、それに魅入られるように……。

ってあぶない、あぶない、ぼくがひっかかってどうする。

戦闘を開始しないと!

パラディンが、動きを止めたコボルドの群れに飛び込んでいく。

女を囲んだまま棒立ちになっているこの小型モンスターの首を、次々と切り飛ばしていく。

青い血しぶきが宙を舞った。

一部のコボルドが喧噪に気づいてパラディンを見つけ、すぐにキーキーとなにか叫びながら、部屋から逃げようとする。

しかしすでに、どの通路にもアース・エレメンタルとウィンド・エレメンタルが立ちふさがっている。

部屋から飛び出そうとしたコボルドたちは、エレメンタルたちによって、片っ端から討ち取られていく。

四十体以上のモンスターといっても、所詮、オークと同等かそれ以下の相手だ。

パラディンがジェネラル・オーク相当、エレメンタルたちがエリート・オークより少し弱い程度と考えれば、その実力の差は明らか。

バラバラでは勝負になるはずがない。

コボルドのうち二体が、ルシアの方へ向かった。

ルシアは腰の鞘から黒い棒状の武器、ボーン・ウィップを抜き、手首をひねる。

鞭のようにしなり、数倍に伸長したそれが、コボルドたちを打ちすえた。

鞭に打たれたコボルドは、その場に倒れる。

ルシアは流れるような動作でもう一体の足にボーン・ウィップをからませ、こちらも転倒させる。

「フレイム・アロー」

九本の炎の矢が出現する。

転倒したコボルドたちに、燃え盛る矢弾が降りそそいだ。

二体とも、丸焼けになって息絶える。

半分近く、二十体弱ばかり部屋のコボルドを倒したところで、ぼくがレベルアップする。

白い部屋へ。

白い部屋には、ぼくとルシアのふたりだけだ。

そういえば、彼女とふたりきりになるのは初めてなんだなあ。

そもそも出会ったのが昨日の午後で、まだ丸一日しか行動を共にしていないから、当然のことではあるんだけど。

そのルシアは、浮かない表情だった。

うつむいてしまっている。

ぼくは肩をすくめ、隣の部屋の模様替えスイッチを押した。

白い部屋の隣の空間が、プールから広大な草原に変化する。

ルシアは、驚いて顔を上げた。

「広いところで、気分転換しようよ」

銀の髪の少女を誘い、草原に踏み出す。

太陽は南中の位置にあった。

やわらかい日差しが、ぼくたちに降り注ぐ。

自分でいっておいてなんだけど、ぽかぽかしていて、とても気持ちがいい。

ぼくは、草むらにごろんと横になった。

ルシアが、そっとぼくの隣に座る。

「話を聞いてくださいますか」

「うん」

「あそこにいた囚人の多くが、わたくしの知り合いでした」

予想されていたことだ。

だからこそ、彼女にまとめて焼き払って欲しくはなかった。

「そうか」

「わたくしと同じ、姉妹として生まれ、兵器として育てられた者たちがいました。王の側室のかたも。王族に仕えていた者たちも……」

「みんな、もともとここに住んでいたひとたち?」

「はい。そのはずです。少なくとも、この国が墜ちたとき、王族の女性は皆、もっとも堅牢なここに集められていたと聞きます」

なら、ほかの地から連れてこられた人がいるってわけじゃないのかな。

その点だけは、はっきりさせておきたかった。

ここに人間を集めている場合、それだけモンスターがここを重視してるってことになるから、厄介な相手がいる確率も高まるし。

「コボルドを倒したとき、彼らが犯していた者と目が合いました。わたくしの侍女として働いていた子で、わたくしより四つ、年下です。いつも明るく、好奇心旺盛な子でした。目がくるくると、よく動くんです。下級貴族の娘で、育ててくれた父と母に恩返しがしたい、といつもいっていました。……いまの彼女は、まるで感情をなくしたようにうつろな目をしていました」

「そうか」

「乳母がいました。わたくしの能力が期待ほど伸びていなかった幼少期、それでいいのだ、焦らずともよいと諭してくれたのは、彼女だけでした。厳しい訓練に泣いて帰るたび、彼女の胸で泣きました。当時のわたくしには逃げ場が必要で、彼女だけがただひとつ、わたくしに与えられた逃げ場だったのです。すべてが仕組まれたものだと知ったあとでも、彼女が与えてくれたやすらぎの尊さは色あせません。いつもやさしく頭を撫でてくれました。笑うと、並びのいい白い歯を見せてくれました。……いま、彼女の口のなかには、歯が一本もありませんでした。すべて折られたのでしょう。どんな暴力があったのか、わかりません。でも、彼女はわたしを見て、安心したように微笑んで……」

「うん」

ああ、ぼくはなんてつまらない相槌しか打てないのだろう。

こういうとき、もっとかけてあげる言葉があるはずではないか。

自分のボキャブラリーの欠如が嫌になる。

たぶん、アリスならもっとやさしい言葉をかけられるだろう。

たまきなら全力で元気づけるだろう。

ミアなら……全力で道化になってみせて、彼女を無理でも笑わせるだろうか。

「なにもいわなくて、構いません。ただ、聞いて欲しかったんです。……カズに負担をかけてしまって、申し訳ありません」

「それは、いいんだ」

ぼくは首を振った。

「ぼくはね。むしろ、きみに頼って貰えることが嬉しい。それだけは、本当だ」

ルシアが、寝転ぶぼくを見下ろす。

ぼくは両手を枕にして寝ころんだまま、ルシアの澄んだ赤い瞳を覗き込む。