作品タイトル不明
第156話 ロウンの地底神殿1
すりばち状の広場になっている空間で、赤い巨大なモンスターが四体、暴れている。
全長五メートル以上もある亀型モンスター、クリムゾン・タートルだ。
大亀の間を縫うように、ふたりの忍者がちょこまかと走っていた。
時折、クリムゾン・タートルの甲羅のあちこちで、爆発が起こる。
ひょっとして爆弾を設置しているのか?
でも、巨大な亀にはあんまり効いていない様子だ。
それでも、爆発の衝撃はクリムゾン・タートルを怒らせるに充分であるようで、ふたりの忍者は大亀たちに執拗に追いかけられている。
いまがチャンス。
いや、そうじゃなくても、やるしかない。
「入り口の場所は」
「広場の反対側です」
乱戦のなかを突っ切らなきゃいけないというこの状況。
最短の時間で突破するには……。
ぼくは意を決して、使い魔を召喚する。
幻狼王シャ・ラウだ。
ルシアとともに、大狼の背に素早く飛び乗る。
ふさふさの毛に掴まる。
ちなみに、もふもふだった。
ああ、こりゃミアが癒されるのもわかるわ……。
こんなときでなきゃ、顔をうずめたくなる。
「一気に突っ切ってくれ」
『任された』
幻狼王は、雷となって駆けた。
ぼくとルシアは、その背に懸命にしがみつく。
まずい、振り落とされ……。
る直前、幻狼王は急停止した。
ぼくとルシアの身体が前のめりにひっくり返る。
危うくすっ飛んでいきそうになったルシアの手を、必死で掴んだ。
ふたり、抱き合う。
そのまま、大狼の背から転がり落ちた。
ルシアの胸もとに顔を埋めてしまったけど、これはあとで謝罪するとして……。
背中から、地面に叩きつけられる。
激しい衝撃に、ぼくは低く呻く。
あー痛い、一瞬、視界が真っ暗になったよ……。
「ルシア、だいじょうぶか」
「はい、カズのおかげで」
このまま、彼女のぬくもりに包まれたままでいたいという邪で邪悪な欲望を振り捨て、立ち上がる。
ルシアに手を貸し、彼女も起き上がらせる。
振り返れば、クリムゾン・タートルのうち二体が、中央突破を図ったこちらをちらりと見ているが……。
「こっちでござるよ!」
「ほらほらー、余所見していると爆破ですよー」
忍者ふたりが素早くそいつらに攻撃をしかけ、また注意を引き戻す。
よし、いまのうちだ。
正面の、一見ただの岩壁とおぼしきあたりに向きなおる。
「ルシア、どこが入り口か、わかるか」
「少々、お待ちを」
ルシアは壁面に右手を添え、目を閉じてぶつぶつと呟いた。
ぼくたちの少し左の壁面が、ぼうっと青い輝きを放つ。
あそこか……。
「指輪を」
「ああ、ちゃんとはめてる」
この秘密の抜け道を通るためには絶対に必要だという、指輪。
改めてそれを左手にはめていることを確認し、うなずきあう。
シャ・ラウをディポテーションで送還し……。
ぼくとルシアは、手をつないで青い輝きに触れた。
壁面に、吸い込まれる。
くらり、とおなじみテレポートの感覚があった。
一瞬、意識が、途絶える。
戦場の音が消える。
次の瞬間には、目の前の光景が変化していた。
※
ぼくたちふたりは、薄暗い石造りの部屋のなかに立っていた。
どこからか、水滴の落ちる音が聞こえてくる。
静謐な雰囲気だ。
「ここが……地下神殿への侵入路、か」
「そのようですね」
壁面の苔が、黄色い明滅を繰り返している。
その明かりのおかげで、足もとまで見えた。
長年、放置されていたはずなのに、埃ひとつ落ちていない。
部屋の反対側に、青いぼんやりとした輝きの壁面。
ここから外に出られるのだろう。
出ないけど。
忍者夫妻は、うまく逃げてくれただろうか。
聡い彼らのことだから、なんとかしてくれると期待しよう。
部屋の出口は、ひとつ。
横幅二メートルくらいの通路が、まっすぐ奥に続いている。
「あまり時間はない。行こうか」
「はい、参りましょう。ついてきてください」
ここの構造に詳しいはずのルシアが先頭に立って、歩き出す。
ぼくは時折、後ろを振り返りつつ、彼女を追いかけた。
※
かたちよく揺れるルシアのお尻を見て歩きながら、ぼくは彼女に、この国のことを訊ねた。
彼女は、この国のことをあまり思い出したくないかもしれない。
それでも、ぼくは彼女を産んだ国について知りたかった。
「かつて、この国はア・ウル・ナアヴと呼ばれていました。わたくしたちの言葉で、神樹の民の森、という意味です」
「神樹、というのがロウンの地底樹のこと?」
「はい」
地底樹と世界樹……。
ミアなら容赦なく「木がかぶっていて実は余計。野暮天」とかいいそうだ。
そこをツッコんじゃダメだろうか。
彼女にとっては神聖な施設なんだから、黙っておこう。
ルシアはそんなことで怒らないかもしれないけど。
「ガル・ヤースの心臓を見ましたね」
「ああ。すごいでかいルビーだった」
「わたくしたちは、あれを神像石、と呼んでおりました。世界樹にも、この地の地底樹にも、あれが埋め込まれています。いえ、樹が呑みこんだ、といった方が正しいでしょうか。対してガル・ヤースでは、神像石がそのまま、象徴として崇められることになったといいます」
ああ、つまり神像石というあのルビーのことを、神話では杭、といっていたわけか。
で、その杭は全部同じもので、世界樹もロウンの地底樹も、神像石がその心臓になっていると。
結構、重要な情報って気がするんだけど……。
なんで教えてくれないかなあ。
いや、彼女たちにとっては常識だったのか。
薄々わかっていたことだけれど、この世界のひとたちは、ぼくたちとは根本的な部分で常識が違う。
本来は、こっちからいちいち、ツッコむべきなんだろう。
今度、白い部屋でそうした方がいいかもしれない。
ルシアはうざったがるかもしれないけど、ここは彼女からいろいろ聞き出したいところだ。
どうせここでの戦闘で、白い部屋には何度か行くだろうし、ちょうどいい。
「ア・ウル・ナアヴは、エルフの国でした。森に住む民、森の木々を束ねるものアルヴァナに仕える民は数あれど、エルフは古よりの知識をいまに伝える民として、大陸でも一目置かれておりました」
アルヴァナっていうのは、前にも聞いた、エルフや森に生きる人々の神さまだ。
ルシアの国の王家に神託を与えて、ルシアという兵器をつくらせた。
ぼくたちがこの世界に来ることを知っていたと思われる存在のひとりである。
ちなみに過去の問答よると、この世界のエルフはさほど長命じゃないらしい。
現に、ルシアはぼくと同い年だ。
むしろ、リーンさんたち光の民がたいへんに長い命を持つという。
「二十年ほど前のことです。ア・ウル・ナアヴの当時の王は、モンスターとの戦いで疲弊する各国を見て、好機だと考えました。驕り高ぶった国民は、モンスターに滅ぼされた国の難民たちによって悪化した治安をすべて、他所の怠惰の証と断じたといいます」
あ、それすごくわかる……。
他国から貧乏なひとが逃げてきて、都市の生活レベルが下がる。
現代でもよくあることだ。
でも、モンスターが相手じゃ、難民も仕方ないんではなかろうか。
あ、いや、そうか。
モンスターの軍が急に強くなったのって、そう昔じゃないんだっけ?
ええと……そう、たしか五年前だ。
そのあたりで、急にモンスターが組織的行動を取るようになったんだ。
それまでは、あまりおおきな集団にならず、ばらばらに動いていたものたちが、大規模な軍隊をつくった。
一般的に情報の伝達が遅いこの大陸の文明レベルで考えれば、それはつい最近のちょっとした変化、という程度にしか感じられないのかもしれない。
もちろん、光の民みたいにテレポートと使い魔で密な連絡を取り合うことができるシステムが確立した民は、危機感を募らせていたのかもしれないけれど……。
きっと、ア・ウル・ナアヴという名のこの国は、そうじゃなかった。
「豊かな国だったの?」
「豊かな森でした。そこに生きる智恵は、長い歴史のなかで洗練された知識が教えてくれました。その基盤をもとに、多くの奴隷を用いた強固な支配体制が確立されておりました」
なるほど、奴隷とかもいたのか。
モンスターとの戦いで国が滅んだりしていたから、奴隷には困らなかったんだろう。
で、なまじ豊かだったせいで、周囲をよく観察できなかった?
凄惨な戦争を、悲惨な難民たちを見ても、実感がなかったのか。
完全に対岸の火事だと思っていた。
実は人類すべてが滅亡の瀬戸際だと、彼らは気づいていなかった。
自分たちすら危ういのだという現実を見ることができなかった。
その無知、無能を、彼らは己の命であがなうことになった。
「神話時代の高度な知識は、ア・ウル・ナアヴに洗練された文化と高い軍事力を与えていました。大陸でも有数の軍事国家です。しかし彼らは、滅多に外征を行いませんでした。己の森が、故郷が、外のいかなる地よりも素晴らしい家であると知っていたのです」
このへんは、ファンタジーっぽいこの世界らしい話だ。
ちょっとぼくたちの世界にあてはめることができない。
「でも、待って。じゃあなんで、彼らはさらなる軍事力を求めたんだろう」
「森の豊かさが失われつつあったからです。神像石のちからをもってしても、増え続ける難民は、いずれ森が吸収できる限度を超えるという計算結果が出たのです」
「難民を追い出すとか、そういう方法はとらなかったの?」
「国の富裕層にとって、難民の奴隷を用いた産業は、金の成る大樹でありました」
あ、金の成る木って言葉、この世界にもあるんだ。
いや、ルシアの国だからあった、ってことかもしれない。
適当に翻訳されたのかもしれないけど。
「ですので……愚かな王は、モンスターを排除し、人類国家のすべてに君臨することで、森に平和を取り戻そうとしたのです」