作品タイトル不明
第155話 ニンジャ・ウォリアーズ
霧に包まれた不毛の荒野。
それが、ルシアの故郷の、いまの姿であった。
まさにぺんぺん草一本生えていない、という表現がふさわしい。
ぼくの隣に立つルシアは、いつものように、あまり表情が少ない。
でも、彼女の拳はかたく握られていた。
己の爪で掌の皮が破れて、血がにじみ出るほどに。
「ルシア」
ぼくは、右手でルシアの左手を握った。
気づくと、そうしていた。
見ていられなかったのだ。
「申し訳ありません。その……少々、戸惑いました」
「感傷は、あとにしよう」
「はい。いまは、任務を」
ぼくは心を鬼にして、ルシアの手を引き、歩き出す。
先導する兵士が、「こちらです」と霧のなかから突如現れた絶壁の一部を指差した。
「ここに、侵入路の入り口が?」
「いいえ、この壁を登った先で、現在、コートーブ・チームが牽制攻撃を仕掛けております。敵中を突破し、侵入路に辿りついてください」
コートーブ……高等部か、ああ、そういうことね。
しかも、高等部が時間稼ぎをしてくれているのか……。
ま、そういうことなら。
「サモン・グリフォン」
ぼくはライオンの下半身を持った鷲の使い魔を呼び出した。
その全長が五メートルを超える、おおきなモンスターだ。
その背によじのぼる。
ルシアはぼくの後ろに乗って、ぼくに抱きついてきた。
胸のふたつのやわらかいふくらみが、ぼくの背中で押しつぶされる。
ちょっと心臓が高鳴るけれど、つとめて無視。
グリフォンを駆って、空に舞い上がる。
霧が深いため、あまりスピードは出さないように命じて、旋回しながら高度を上げていく。
崖の上に出た。
風に乗って、激しい剣撃の音が聞こえてくる。
怒声、悲鳴、そして勝鬨の音。
この先で、誰かがモンスターと戦っている。
だが深い霧のせいで、それがどこか、よくわからない。
「グリフォンから降りましょう」
ルシアがいった。
「地上ならば、わたくしが道案内できると思います」
「森が消えても?」
「この土地であれば。この地の土であれば」
なるほど、彼女を信じてみよう。
ぼくはグリフォンに高度を下げさせる。
グリフォンは、切り立った崖の上に着地した。
グリフォンから降りて、ディポテーションでこの使い魔をMPに変換する。
ルシアが、地面の土を舐めた。
そんなので、なにかわかるのかなあ。
「こちらです」
左前方に向かって、迷いなく歩き出す。
あ、本当にわかるのか……。
さすがエルフ、ってところなのかな。
それとも王女だから?
特殊な訓練を受けていたから?
よくわからない。
ただ、ここに来てからずっと、ルシアの表情が暗い。
そりゃ、故郷がこんな風に様変わりしていたら、辛いか。
ぼくは慌てて彼女を追いながら、なにか声をかけるべきか迷った。
結局、声はかけられなかった。
彼女の表情が、これまでになく厳しかったからだ。
言葉を探しているうちに、横合いから、ほかのひとの声がかかった。
「カズ殿でござるな」
独特なござる口調の男性の声。
ぼくとルシアは立ち止まる。
霧のなかから出てきたのは、もちろん、忍者装束の青年だった。
「結城先輩。相変わらずですね」
「うむ。援軍、待ちかねていたでござるよ。カズ殿も元気そうで、なによりでござる。それで、その……ミアに渡したメモは……」
「先輩にいいたいこと、いっぱいあるんですけど、とりあえずガソリンの提供、ありがとうございました」
結城先輩は、もごもごといいわけするように呟いたあと、そっぽを向いて口笛を吹き始めた。
このひと、戦場で余裕があるなあ……。
「心配しなくても、恨んでませんよ。むしろ、先輩のおかげでぼくはこうして生きている。本心から、そう思っています」
「む、むう。そういってくださるのであれば、拙者としても……」
「あらあ、それ、どういうお話かしらー?」
結城先輩の背後で、女性の声。
なにものをも恐れぬ忍者が、びくりと身を震わせる。
現れたのは、結城先輩の先輩にして婚約者、啓子さんだ。
「な、なんでもないでござるよ! さあ、カズ殿、ルシア殿! さっそく参るでござる!」
「あらあらあらー、結城くんが慌てているわー。カズくん、あとでなにがあったか、教えてねー?」
啓子さんは、両手を青い血で染めて、にっこりとした。
ぼくはその迫力に、「はい」と答えた。
というか、答えるしかなかった。
結城先輩が、少しうらみがましい目でこちらを見ていたかもしれない。
でも、だって、ねえ。
ぼくだって、啓子さんには逆らえないよ……。
※
「現在、隠し侵入路の入り口付近に、数体の大型モンスターがたむろしているでござるよ」
「それ、侵入路がバレてるってことですか」
「その可能性もあるでござるが……」
ルシアが「おそらく違うでしょう」と手を挙げた。
「そのモンスターとは、クリムゾン・タートルでは」
「現地の兵士が、あれを見てそういっていたでござるな……。全長五メートル以上はあろう、巨大な亀でござる」
「では、問題ありません。もともとわが国は、クリムゾン・タートルの生息地に侵入路の出入り口をつくったのですから」
ルシアがいうには、クリムゾン・タートルは縄張り意識こそ強いものの、穏やかなモンスターで、およそ誰かの命令に従うということをよしとしないらしい。
ずっと昔に、エルフたちによって召喚され、勝手にかの地に根付いていたのだと。
近づかなければ危険なモンスターではないという。
「そんなモンスターがいるんですか」
「すべてをモンスターと呼称しているせいでわかりにくいですが、実質的には、あれは使い魔のような存在です。ただし、勝手にこの地のマナを気に入り、召喚者がいなくなったあとも居座っているわけですが……」
一応、儀式召喚の実験のようなもので呼ばれたらしい。
儀式召喚、か。
なるほど、そういうのもあるのか……。
「じゃあ、ルシアがいれば、クリムゾン・タートルもなんとかなる?」
「火魔法で潰せ、ということですか」
やべえ、いま天然で返されたわ。
啓子さんが、くすりと笑う。
「エルフの王族なら従える方法とかがあるのでは、という話ですよー」
「かの地に籠城していた王族であれば、そういった魔法を習得していた可能性はあります。ですが、わたくしは……」
ああ、そうか。
ルシアはそもそも普通の王族じゃないからな……。
幸い、ロウンの地底樹を操る方法は知っていたみたいだけど。
「そういうことであれば、拙者たちの出番でござるな!」
結城先輩が、胸を張った。
陽動作戦をかって出てくれるということか。
うーん、ルシアの攻撃魔法で潰そうと思えば潰せるんだろうけど、いまここでMPを消耗したくないし、それが一番かなあ。
「無理はしないでくださいね」
「無論でござる。われら一流の忍者にかかれば、鈍重なモンスターを相手の時間稼ぎなど容易いこと!」
「そうよー。結城くん、『ここは拙者に任せて先にいけ!』をやりたいって、前からずっといってたのよー」
ぼくは結城先輩をジト目で見た。
結城先輩は、「いやん」と腰をくねらせた。
「気持ち悪いです。あと、ミアみたいです」
「妹を馬鹿にすると許さないでござるよ!」
「そこで逆切れするんですか……」
あ、そうだ、とぼくはリュックサックから粘土のようなパックを取り出す。
プラスチック爆薬だ。
「ぼくたちの場合、ルシアの火魔法の方が便利ですし、そちらで使ってください」
「おお、助かるでござるよ」
忍者は、喜んでプラスチック爆薬を受け取った。
でもよく考えると、モンスターを相手にこんなもの効くのかなあ。
いや、設置のやりかた次第、とかあるのかも?
それは、さておき。
ぼくたち四人は、霧のかかった渓谷の入り口で立ち止まる。
この先に、クリムゾン・タートルの生息地、そして秘密の侵入路の入り口があるのだ。
「クリムゾン・タートルは口から炎を吐きます。ご注意を」
ルシアはそういって、四人全員にハイレジスト・ファイアをかけた。
わずかな時間しか保たないが、陽動して突破するだけなら、こちらの方がいいだろう
「拙者たちの三十秒後、突入するでござるよ」
そういって、結城先輩と啓子さんは渓谷のなかに駆け出す。
ほどなくして、野獣の咆哮が聞こえてきた。
轟、と風が唸る。
霧が吹き飛ばされる。
熱風が、ぼくたちのもとへ届いた。
これ、ブレスの余波か!
うわあ、ここまで届くのかよ。
先輩たち、だいじょうぶかな……。
いやまあ、あのふたりが負けるビジョンが想像できないけど。
なんせ非常識中の非常識なふたりだからなあ。
「三十秒、経ちました」
ルシアの言葉で、はっと我に返る。
「いこう」
ヘイストをかけ、地面を蹴る。
ぼくたちふたりは、まだ熱風吹きすさぶ渓谷に突入する。