軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

311 アルの修行(1)

王都でも一、二の塾生数を誇る魔法士育成の専門塾、シンプレックス魔法塾。

そこで副塾頭を務めている『氷の妖精』ルルーシュ・シンプレックスは、出張先からの帰途の列車へと乗り込み小さくため息をついた。

その名門魔法塾は、アレンの立ち上げた体外魔法研究部の影響もあり、優秀な王立学園生が塾生に集まらなくなったことで、明らかにかつての勢いを失っていた。

この状況に何とかテコ入れするために、塾頭のサイモンは各地で神童だの天才だのと噂になっている全国の有望株を積極的にスカウトして、塾の特待生として迎え入れようと躍起になっている。

そのサイモンの指示を受け、ルルーシュは時折こうしてスカウトの為の地方出張に出掛けている。

だが……元来が研究者タイプのルルーシュは、はっきり言って塾の経営状況になど関心はない。

さらに彼女は、例えば昨年王立学園を首席で卒業したプリマ・テスティなど、あの学園に通う珠玉の才能達を小さな頃から塾で見てきたのだ。

そんなルルーシュが見て『これは』と思うほどの人材など、そうそう地方で埋もれているはずがない。

今回もまた、己は天才に違いないと勘違いしている凡才の山を審査して、さらにその凡才を天才だと信じ込んでいる周囲の大人たちに一応愛想笑いを浮かべ、予想通り徒労に終わった出張を終えた。

そうして王都とダイヤルマック地方を繋ぐ直通魔導列車に乗り込み、ため息をついたのが今だ。

「ん……? あれは……」

と、そこで特徴的な水色の髪の少年がホームを歩いている姿が目に入った。

発車時刻は迫っているが、ルルーシュは迷わず立ち上がり、列車を飛び降りる。

雑踏に消えそうになっている少年を慌てて追いかけながら、何と声をかけようかとルルーシュは少しだけ迷った。

あの輸送任務の途中聞かされた、彼の死んだ父への真っ直ぐな誓い。

そして、その後彼に待ち受けていたあまりにも残酷な運命を知る自分が、一体何と――

そんな迷いもあったが、ルルーシュは歩くスピードを緩めず、少年と距離を詰めていく。

あまり他人に興味を持つ事のない自分が、一目見て『これは』と思わされた、特大の原石。……今はもう割れてしまったが……。

ルルーシュが気配を隠さずに追いかけていくと、その水色の髪が特徴的な目当ての少年……アルドーレ・エングレーバーは五メートルほどまで近づいた所で振り返った。

「あれ、ルルーシュさん? こんな所で何してるんですか? お久しぶりです」

不思議そうに首を傾げつつも笑顔を見せる少年を見て、ルルーシュはひっそりと安堵の息を吐いた。

その表情に、想像していたような刺々しさが皆無だったからだ。

自分が彼の立場なら……恐らく運命を恨み、世を拗ねたもっと荒んだ顔つきになっていたに違いない。

だがアルの顔つきは、あの日と全く変わらない。

輸送任務の途中に、嵐を避けて陸で小休止したあの夜。

亡き父に誇りに思ってもらえるような、世界一の魔法士になると夢を語っていた、あの日の真っ直ぐな瞳のままだ。

その事が逆にルルーシュの胸を少しだけ締め付けた。

「…………久しぶりだね、アル君。私は……野暮用でちょっとね。それ、義手?」

「はい。学校の元クラスメイトが作ってくれたんです。まだ試作品で、戦闘には使えませんが日常生活は随分楽になりました」

アルはそう言って左腕に着けた義手をグーパーと開いてみせた。

「それは良かったね。ところで君こそ、こんな所で一人で何をしてるの?」

ルルーシュに問い返され、アルはあっけらかんとした様子で答えた。

「えーっと、修行の一環で少し足を伸ばしました。世界一の魔法士になる夢を諦めないために」

「そう……」

ルルーシュは言葉を続けようが無かった。

かつて語ったその壮大な夢が、片腕を失った今、どれほど深い谷に隔てられているかを本人が分からない筈はない。

ましてや、幼い時から鍛え上げてきた氷の性質変化という翼をも失った今、それは誰が聞いても不可能な夢物語に聞こえるだろう。

二の句を継げずにいるルルーシュを見て、アルは苦笑して付け加えた。

「……俺の帰りを待ってる奴がいるんです。俺を信じて……待っている奴らが」

普通に考えれば、気休めでも周りはそういうしかないだろう。

だがそうはっきりと口にしたアルには、迷いや疑いなどどこにもない。

「だから俺は、結果を出さなくちゃならない。遅くとも秋の林間学校までに、 彼ら(・・) に並び立つに足ると誰もが思うだけの。……必ず間に合わす」

その瞳は、ただただ燃えるような衝動に駆られているように、ルルーシュには見えた。

「……君は本当に、私の心を惹きつけるね。……その修行とやらについて行ってもいい? 邪魔はしないからさ」

「えぇ? それは別に構いませんが……」

「初めて出会った時からそう。……君からは、予感がするんだ。何か新しい未来へと続く扉がすぐそこにあって、今にも押し開きそうな……そんな予感が――」

そう言ったルルーシュは、戸惑うアルに向かって笑顔を見せた。

二人が乗合馬車で向かったのはダイヤルマック地方の地方都市、ロブレスだ。

近くの密林や草原には資源が豊富で、中堅どころを中心に、多くの探索者がこの都市を拠点に活動している。

アルは、昨年の夏にアレン、ココ、リアドと共に訪れたこの街にその後何度か足を運んでいた。

乗合馬車を降りたルルーシュが、興味深そうにきょろきょろと街を見渡す。

「本当に、何の変哲もない地方都市って感じだね。わざわざこんな場所まで来なくても、もっと他にいくらでも修行に適した場所があると思うけど……」

アルは首を振った。

「ここは王都から比較的近い割に自然豊かですし、来るたびに新しい気づきがある。特に夏は魔物も豊富で、鍛錬にちょうどいいですしね。さて、まずは探索者協会に立ち寄らないと……」

道々、乗合馬車でルルーシュが聞いた所によると、以前アルはこの街の近くにアレン・ロヴェーヌ等と探索に来た事があるらしい。

街の南に広がるニャップの森は、春から夏に掛けて特に手強い魔物が増えリスクの高まる地域だが、手に入る素材の価値としてはそれに釣り合うほどではない。

つまり金を稼ぐにはコスパが悪いので探索者にはあまり人気がない。

その分あまり人の手が入っておらず、豊かな自然が残されている。

ちなみにアルはその四人での探索時に、アレン・ロヴェーヌから『水の魔法士が絶対に避けては通れない精神の鍛錬』をする方法を聞いたそうだ。

その内容も先程馬車で聞いたが、ルルーシュには全くもって意味不明で、苦笑するより他なかった。

「……わざわざ探索者協会に寄る意味あるの?」

「ええ。以前来た際に、尊敬する先輩に教えてもらったんです。まずは協会に立ち寄って、危険な魔物の出没情報がないかなどの情報収集をするのがセオリーだって」

アルは真面目な顔でそう言って、探索者協会へと足を向けた。

「……何だか……独特の臭いだね……」

アルについて探索者協会の戸を潜ったルルーシュは、鼻をひくひくと動かした。

「探索者協会は初めてですか?」

アルが苦笑しながら問う。

討伐した魔物の返り血や、採取した素材の臭いなどが染み付いた装備に身を包んだ探索者がひしめく協会支部は、どこもその土地の個性あふれる臭いが充満している。

「王都の協会本部には何度か行ったことがあるけど、支部は初めてかな」

そう言って、興味深そうに周囲を見渡しているルルーシュに、アルが苦笑いを漏らす。

「おやまあ、アル君! また来てくれたのかい?」

カウンターに近づくと、受付から声が掛かった。

声をかけたのは、いつかアレン達と訪れた時にも受付に座っていた、小太りのおばちゃんだ。

「こんにちは、ミランダさん。またお世話になります」

アルがカウンターに近づいて挨拶すると、受付のおばちゃんことミランダはぶんぶんと大袈裟に手を振った。

「やだよお世話だなんて、いつも助けてもらってるのはこっちなのに。アル君ならいつ来てもらっても大歓迎さ。……もしかして、今日も南の森かい?」

ミランダの表情が僅かに曇るのを見て、アルは怪訝そうに尋ねた。

「ええ、その予定ですが……何か変わった事でも?」

ミランダは難しい顔で腕を組んだ。

「それがねぇ……この時期の南の森は、いつも危険度が増すんだけど、今年は特に魔物の色が濃いみたいでねぇ」

ベテランの受付ミランダはそう言ってため息をついた。

詳しく聞くと、内容は次のような話だった。

毎年夏にかけてリスクが高まるニャップの森ではあるが、今年はなぜか輪をかけて魔物の密度が濃く、また気性も荒れているという報告が春の中頃からちらほらあったそうだ。

ロブレス支部としても、念のため目的のあるベテラン探索者以外は森に近づかないようお触れを出して対策をしていたが、ここにきて問題が徐々に大きくなっている。

本来西の草原には居ないはずの、はぐれのケスケスやリニュー、カイチョウアゲハなど討伐難度の高い魔物が南の森からしょっちゅう西の草原にまで溢れてくるようになったそうだ。

西の草原は本来は比較的リスクが低いとされている地域で、まだ初心者の探索者や、戦闘能力の低い者達が薬草採取などをしている。

そうした者達にとって、こうした分布域の乱れは生死に直結する大きな脅威となる。

これまでは何とか支部で討伐依頼を出して対処し、大きな事故は避けてきた。

だがロブレス支部は、戦闘能力の高い探索者をそれほど多く抱えてはいないため、そうした者達への負荷は高まるばかりだ。

一応、騎士団には魔物の間引きも含め調査依頼を出してあるが、近頃は国全体、いや、他国も含め大陸規模で魔物災害が頻発している。ヒューゴ率いる魔物対応のスペシャリストである第一軍団は対応にてんてこ舞いのようだ。

その他の軍団も魔物の対処にあたる事もあるが、他国との緊張の高まりもありそれほど余裕はない。

現状、まだ大きな問題にはなっていないロブレスのような街に、予防的に王国騎士が派遣されてくる可能性は低いだろう。

当然ながら王都や地方の大支部に所属する上級探索者達も、需給に応じて引っ張りだこの状況にある。

「でもねぇ。支部長が、これはやっぱりちょっとおかしいって言ってね。この支部の腕に覚えがある探索者達を数人集めて、三日程前から調査に入ってるところさ」

そろそろ一度帰るはずなんだけどねぇと言って、ミランダは暮れゆく窓の外を睨んだ。

「あの、俺に何かできる事はありますか?」

アルがそのように打診すると、ミランダは迷いを見せた。

「そりゃ森の様子をそれとなく見てきて教えてくれるだけでも十分ありがたいけど……」

そう言って、アルの斜め後方に立つルルーシュを見る。

「もちろんアル君の実力は承知してるし、探索者の活動は全て自己責任とはいえ……流石に単独で今の南の森に入るのはお勧めしない、と言わなきゃいけないところだけど……」

ミランダに見られ、ルルーシュは一つ首肯してアルをいきなり後ろから抱きしめた。

「ルルーシュさん?!」

「安心していいよ。今度は何があってもアル君の側を離れないから」

ルルーシュがそう宣言すると、ミランダは目を見開いた。

「あんたが王都のルルーシュ・シンプレックスかい?あの『氷の妖精』が一緒なら安心だね」

「……私の事を知ってるの?」

ルルーシュが不思議そうに首を傾げる。もちろんこの街に来たのは初めてだし、探索者という訳でもない。

「そりゃ長い事探索者協会で受付をやってると、この国の実力者の話は嫌でも耳に入ってくるさ。……もちろん、2人が参加したあのヘルロウキャストの卵の凍却依頼の顛末も耳に入ってるしね」

ミランダが当たり前のようにそう答えると、隣のカウンターで話を聞いていた、まだ幾分若い受付の女は肩をすくめた。

「まぁ中でもミランダさんの情報網の広さが異常なんだけどね。あの支部長も唸るほどの、ほとんど生き字引きさ」

「へえ~凄いんですね、ミランダさん!」

アルが尊敬の眼差しをミランダに向けると、ミランダは手を振った。

「それはちょっと大袈裟だよ。……でもまぁ、良かったよ。あれ以来、いつもアル君は一人だったからねぇ。それぞれに事情はあるんだろうけど……こうしてそばに付いていてくれる人が出てきて」

何をどう勘違いしたのか、ミランダはそう言って涙ぐんだ。