軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

312 アルの修行(2)

翌朝――。

夜明けとともに出発したアルとルルーシュの二人は、ロブレスから南に伸びる田舎道から森へと続く小道に入った。

すると早速、茂みの中から下半身だけ縞模様の魔物、リニューが二頭飛び出し、二人に向かって勢いよく突進してくる。

「な……こんな里に近い場所で!?」

アルは瞬時に身構えたが、ルルーシュはその動きを手を挙げて制した。

慌てることなく十分に引きつけてから、冷静に杖を振る。

ルルーシュの杖よりほとばしる氷魔法により、リニュー二頭は動きを止め、あっさりとその場に倒れた。

アルはその動きを見て舌を巻いた。

「流石の落ち着きですね、ルルーシュさん。探索者って訳でもないのに、実戦経験も随分と豊富そうだ」

魔法士の主戦場は中距離から長距離戦だ。

当然ながら距離が近い方が威力は出るし、命中率も上がるのだが、魔法の構築に手間取って距離を詰められれば致命傷を負う。

もちろん躱されたり、削りきれなかったりのリスクも増す。

動きの速い魔物を相手にするときなどは、練度の低い者ほど焦るので、より遠くから無駄に高威力な魔法を放ちがちなのだ。

たった一度の戦闘ではあるが、ルルーシュの十分な引き付けと、その後の落ち着き払った滑らかな魔法構築には、その確かな実力と経験が凝縮していると言えるだろう。

「ありがとう。例の任務では動かない卵を凍らせてただけだものね。ふふっ、みんなまず私の魔法の威力を褒めるけど、アル君はそこなんだ?」

「あ、いえ、魔法もすごかったです、すみません」

アルがばつが悪そうに頬を掻くとルルーシュは苦笑した。

「文句を言ってる訳じゃない。むしろ逆かな。ま、氷の魔法士は貴重だからか、しょっちゅう騎士団とか探索者協会からお呼びがかかるから、実戦経験もそれなりにはあるよ。全く、私の事を暇人だとでも思ってるのかな」

ルルーシュはそう言って大袈裟に頬を膨らませてみせた。

アルは苦笑しつつも素直に尊敬の眼差しをルルーシュへと向けた。

「皆に必要とされてるんですね、ルルーシュさん。尊敬します。やっぱりミランダさんの言っていた通り森が荒れているみたいなので、油断なく進みましょう」

そのままアルの先導で、小道を奥へ奥へと進んでいく。

やがて道と呼べるものは無くなり、鬱蒼と茂る密林になった。

「……私が前を歩こうか?」

アルは左腕の義手に持ったナタを使って、不器用な動きで藪を払っている。

右手はいつでも腰に差した杖を引き抜けるように空けてあるようだ。

「気にしないでください、今回は 義手(こいつ) の訓練も兼ねているので。あ、そこぬかるんでいるので足元に気をつけてくださいね」

「……そんなに荒っぽく扱って平気なの、その義手」

アルは飛び出した枝をナタで叩き折りながら頷いた。

「多分大丈夫です。細かい動きはまだ難しいですが、頑丈は頑丈に作ってあるから、ガシガシ使ってデータを取ってって言われているので」

「データ?」

「ええ、こいつを作ってくれた友達の魔道具士が、新しい技術を試したいみたいで。何でも、流す魔力を細かく制御する事で、義手を自在に動かす技術みたいです」

アルが義手を不器用にカクカクと動かしながら、まだ自在には程遠いですけどね、と微笑む。

「……何だか凄い話を聞いたような気もするけど……じゃあつゆ払いは任せるよ。その代わり魔物の対処は基本こっちで引き受けるね。……正直に言うと、ナタなんて使った事ないから助かるよ」

ルルーシュが悪戯っぽく片目を瞑ると、アルは微笑んで再び歩き出した。

「見えましたよ、ルルーシュさん。あの開けている所が今日の目的地です」

アルが指差す方を見上げると、薄暗かった密林が開け、光が差し込んでいるのが見えた。

「はぁ~、流石に疲れた。凄いペースで進んだね」

ルルーシュが安堵の息を吐くと、アルは意外そうな顔をした。

「ペース、そんなに速かったですか? すみません、気が付かなくって。何度か戦闘になりましたが、まだ魔力には十分余裕がありそうに見えたので……」

ルルーシュはアルのその感覚に苦笑した。

「まぁね、魔力には問題ないよ。先導して貰っておいて情けないけど、筋力と身体強化魔法にはそれほど自信がないから、流石にこのペースはちょっと疲れたかな。……それにしても、魔法士が前衛も付けずにこんなペースで山を登るだなんて、流石は天下の王立学園生だ」

アルは申し訳なさそうに頭を掻いた。

「言われてみればそうですよね。特に俺達の代は、入学直後から徹底的に脚力を鍛えているので」

ルルーシュは頷いた。

「坂道部とやらの話も聞いてるよ。正直、魔法士は体外魔法に集中した方がいいと考えていたけど……君を見てたら少し考えが変わったかも。自分一人でどこへでも行けるのは大きいね。……へぇ、これが目的の滝かぁ。神秘的だね」

密林の中、いきなり森が開け眼前に現れたのは、なだらかな階段状の岩壁に静々と水を湛える美しい滝だった。

「綺麗ですよね。リプウプウ・ニャップの滝っていう名前らしいです」

アルがそういうと、ルルーシュはふむと顎に手をやった。

「リプウプウ・ニャップ……古代語で『溢れ落ちる恵み』という意味だね。中々興味深い名前だ」

ぽつりとそう言ったルルーシュに、アルは目をしばたいた。

「……この滝って、そんな意味だったんですか……。全然知りませんでした」

「ふふっ。おそらくワンタル文明の言語だよ。リプウプウは、溢れるほど量がたくさんな事、ニャップは恵みだね。祖父が色んな時代や場所の魔法に関する研究資料を集めるのが趣味でね。その影響で古代言語には結構詳しいよ?」

ルルーシュは『まぁ魔法関連以外の勉強は全くできないけど』と付け加えて笑った。

「ワンタル文明は習った覚えがあります。西ルーン山脈一帯で大昔に栄えていたとされる文明ですね」

ルルーシュは頷いた。

「そう、大型魔獣のるつぼと言われ、今でも立入禁止区域が多く残る西ルーン山脈。全長二千キロメートルにも及ぶ長大な山脈の周辺で、森の豊富な恵みを得て発展していったとされる古代文明だね」

アルはなるほどと頷いた。

「……そういえばあの時もヒュージボアに……」

「ヒュージボア?」

「以前、ここに来た時ヒュージボアに襲われたんです。その時にココが……魔物の生態に詳しい友達が言っていました。『ニャップの森は西ルーン山脈の東端だから、はぐれが出るのは仕方がない』とか何とか」

ルルーシュは苦笑しながら荷物を下ろした。ロブレスの探索者協会で借用したキャンプ道具などだ。

「……こんな所までヒュージボアが? それは災難だったね。いや、災難なのはそのヒュージボアか。こんな所でそんなメンバーに遭遇するなんて」

「それは言えてますね。さて、まずは飯の準備をしちゃいましょう。ここに来たらいつも魚を捕るんです。これがめちゃくちゃ美味しくて」

そう言ってアルは、手際よく漁の準備を始めた。

以前、リアドから教わった水魔法を応用した手法だが、一人でも漁が可能なように籠の代わりに専用の魚網を使っている。

アルが滝壺に溜まっている水を魔法でかき回すと、あっという間に魚が逃げ道に設置した網へと飛び込んでいった。

「おー、いるいる。ほら、この青いのが魔物化した魚ですよ、ルルーシュさん。ここで食うこいつが、めちゃくちゃ美味くって……」

ルルーシュは首を傾げた。

「魔魚は知ってるけど……ここでは毎回捕れるの?」

「はいっ! こいつをシンプルに塩焼きにして食うのが最高なんです。遠火でじっくり焼いた方が美味いので、すぐに火の準備をしますね! あ、その辺で薪を集めてもらってもいいですか?」

ルルーシュが薪を集めながらぽつりと呟く。

「……魔魚がそれほど頻繁に同じ場所で捕れる事は無いはずだけど……」

「ん? 何か言いました?」

「いや、何でもないよ」

………… リプウプウ(溢れ落ちる) ・ ニャップ(恵み) 、ねぇ。

その言葉に古代の人達がどんな意味を込めたのかは分からない。

だが、もしアルに滝での修行を薦めたという彼が、遠い過去も遥かなる未来も何もかもを見通していたとすれば――

ルルーシュは、その馬鹿げた妄想を首を振って打ち消し、楽しそうに薪を組んでいるアルの横顔を忍び見た。

その瞳は、相変わらず燃えるような光を湛えている。

……やっぱり凄くワクワクするよ、アル君。君のそばにいるとね。