軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

306 学園祭(5)

「全く……いくら何でも広すぎないかしら、この学園。イベントはどこもかしこも酷い混雑ですし……。わたくし、いい加減に疲れましたわ。ねぇグレッサさん」

「本当ですわね、アニスさん。王立学園生が交流を持つ価値のある人間など限られるでしょうに……あんなど庶民達まで受け入れる意味があるのかしら」

ぶつくさと文句を言いながら、いくつかの部活動の部室が点在する森林エリアを歩いているのは、目玉が飛び出るほど学費が高い事でお馴染みの、ルーンレリア総合上級学校に通うアニスとグレッサ他二人の女子だ。

彼女達は道すがら各部活動の様子を見てきたのだが、どこもかしこも人、人、人で、提供されているサンドイッチなどの軽食類も長蛇の列だった。

この広い学園を歩きまわり、腹は減っている。

だが金があるという以外に特に取り柄のない彼女らとしては、自らのアイデンティティに掛けて、庶民と同じ列に並んで飯を食う訳にはいかない。

「まぁ流石にこれほど人が集まったのは想定外だったのでは無いかしら。来年以降は改善されるでしょう。……ん?」

と、そんな風にぶつくさと文句を言いながら歩いていた彼女達は、目的の看板を発見した。

『淑女倶楽部 ねこ喫茶』

つぶらな瞳の可愛らしい猫のイラストが描かれた看板が指す矢印の方角に目をやると、鬱蒼とした森の中に真新しい立派なロッジが静かに佇んでいる。

その他の部活と違い、喧しい庶民達でごった返しているという様子もない。

学園入り口の受付で配布していたパンフレットによると、部の活動目的は『淑女の究極の一般教養を身につける事』との事で、看板にはケーキとお紅茶はいかが? などと書かれている。

「ありましたわ、淑女倶楽部。そのような部活動が王立学園に存在していたとは知りませんでしたが……混雑している様子は有りませんわね」

「ええ、なにせ名門貴族家のご令嬢も多い学園の淑女倶楽部ですからね。やはり庶民にはハードルが高いのでしょう。私達のように、幼少期から淑女としての作法を鍛えられてきた本物の淑女でなければね」

四人は淑女らしく楚々と歩いているが、内心歩き疲れてクタクタな足で森の中のロッジへと近づいた。

すると客の気配を感じてか、中から髪を縦に巻いた女生徒が出てきた。

服装は、アレンが猫カフェ企画とともに入れ知恵した、黒と白を基調としてフリルなどがやたらとあしらわれたゴシック調のドレスだ。

「淑女倶楽部へようこそ。私、当倶楽部で部長を務めますラーラ・フォン・リアンクールと申します。この学園は広いのでお疲れでしょう。今は空いていますから、ぜひお休みになっていって下さいな。ロイヤルクラウンのお紅茶にアドマンドのロールケーキをご用意してましてよ?」

それは王室御用達の茶葉に、王都の一流パティシエが開いている超高級店のケーキだ。

「まぁ素敵。さすがラーラ様、センスが素晴らしいですわね。ぜひ頂いていきますわ」

「本当に。そのお召し物も品があって素晴らしいですわね」

ララと四人は初対面だが、こうした社交辞令を交わすのは社交界のマナーである。

「ありがとうございます。このドレスは今日のお茶会のために特注であつらえましたのよ。ほほほ」

ララは本日の他校生とのお茶会の為に、せっせと貯めてきたアルバイト代を惜しげもなく投入している。

四人はララの後ろに続いてロッジへと入った。

すると玄関ドアの先はごく短い廊下になっており、その先にはもう一つドアがあった。

「狭くて申し訳ないのですが、皆様中にお入りになって、そちらのドアを閉めてくださる?」

四人はやや戸惑いながらも中に入り、最後の一人がドアを閉めた。

「ああ申し遅れました。この猫喫茶は猫を撫でながらお茶を楽しむという趣向でして……。猫が外に出ないように、インターロック……つまり二つのドアが同時に開かなくなっていますの。皆様猫は平気かしら?」

グレッサは内心でガッツポーズを決めた。

彼女は商家出身なのだが、大の猫好きである父親の影響で彼女も相当に詳しい。

共通の話題で盛り上がれば、王立学園生とコネクションが築けるかもしれない。

「まぁラーラ様も猫がお好きなのね! 私の家も父が猫好きで、世界中の珍しい猫を収集してますのよ。皆様も、うちへと遊びに来ておりますから猫は平気ですわよね?」

「勿論! 大好きですわ」

「ええ、私の家もグレッサの家ほどではありませんがキルニアンクイーンを二匹飼っております」

皆が猫好きと知ってラーラは笑顔になった。

「まぁ良かった。それでは入りますわね」

ラーラが内側のドアを開けて広々とした室内に入り、猫に詳しいグレッサが後に続く。

「ラーラ様は何の猫を飼っておられるかしら。近頃王国で人気のモヌエットやグラドール……いえ、逆に凛々しいサンバリアン――」

そんな事を言いながら一歩室内に入ったところで、グレッサは固まった。

いきなり目に入った部屋の奥で丸まっている極彩色の斑ら模様のそれが、どう見ても大きすぎたからだ。

その派手な色も相まって、尋常ではない存在感がある。

「私の友達……リギーネのプクとペケですわ」

「ッシギャーーー!!」

ラーラがそう紹介すると同時に、頭上の剥き出しの梁の上にいた一匹が爪を剥き出しにしながらグレッサに飛び掛かる。

そのリギーネを、ラーラは腰につってあった牧羊鞭で絡み取り、後方へと放り投げた。

「お 客(ぎゃぐ) さんおどろがすんでね! ……こほん、失礼。ペケは少々人見知りでして」

投げられたペケは空中でくるりと体勢を整えて着地し、グルルルと唸りながら敵意剥き出しで毛を逆立てている。

グレッサは腰が抜けたのか、その場にペタリと座り込んだ。

その音に呼応する様に、奥にいたプクものそりと起きた。

それは虎と見紛うほどの大きさと迫力だ。

一番後ろの女子は、すでに目に涙を浮かべながら、後ろ手で玄関のドアを開こうとしている。

だが内側のドアが開いているため、玄関ドアは開かない。

「あら、昼間は寝ている事が多いプクも起きましたわね。さぁ紅茶を入れますので、皆様淑女らしくこの子達を撫でながら語らいましょう」

『真実の愛』に巡り会うため――

ラーラがそう付け加えて扇で口元を隠しながらほほほと笑うと、腰を抜かしたグレッサを除く三人は一斉に踵を返し、玄関ドアへと殺到した。

……だが扉は開かなかった。

「本当に君はよく食べるな、ジェアナ。あの毒……じゃなかった、刺激的なパンケーキをペロリと食べて、俺のハンバーガーもほとんど食べて、まだ口直しをしようなどと……」

「あら、フォードもあの最後のコーヒーはちょっと頂けないって言ってたじゃない。確かにちょっと粉っぽかったわよね。あ、ここはロイヤルクラウンの紅茶にアドマンドのロールケーキを扱っているみたい。紅茶だけのつもりだったけど、ケーキもたべちゃおうかしら」

「……コーヒーがどうとかいう問題じゃ……まぁいい。アドマンドなら僕も食べるとするか」

「「ひぃぃいいいいいっ! お許し下さい~」」

いかにも高貴そうな男女二人組――ジェアナとフォードの二人がロッジへとやってきて、メニューを見ながら口直しの相談をしていると、涙で顔をぐちゃぐちゃにした女子四人組が逃げるようにロッジから出てきた。

その後ろから、学園生と思しき髪を縦に巻いた女子が慌てた様子で出てくる。

「まってけれー! せめで紅茶とケーキだげでも――」

だが四人組は脇目も振らずに脱兎の如く走り去っていった。

その様子を目を点にして見ていた二人組の存在に気がついて、ラーラは咳払いをした。

「こ、こほん。淑女倶楽部へようこそ。私、当倶楽部の部長を務めますラーラ・フォン・リアンクールと申します。その……当喫茶は猫を放しているのですが、どうやら先ほどの方達は苦手だったようで……失礼しましたわ。お二人は猫は大丈夫でしょうか」

ラーラが恐る恐るそう言うと、ジェアナは笑顔になり、そして少々顔を曇らせた。

「まぁ、あの二年Aクラスのメンバーですね。私、ジェアナ・ユニバースと申します。あの、私とっても皆様に憧れてて……お会いできて光栄です。……それで、申し訳ありません、私猫も大好きなのですが、犬を飼っていますので……もしかしたら臭いが猫ちゃん達を刺激してしまうかもしれません」

「こ、こんなめんこい子が憧れ?! そそそ、そんなこと気にせんでえって。本物の淑女だば犬も猫もウサギもクマも皆友達になるべさ!!」

「べさ? ……熊は違う気がするが……念のため確認するが、紳士も入場可能か?」

「当だり 前(め) のごど聞ぐなこいつぅ! さ、入っで入っで」

ラーラに背中を押されて、二人が中に入る。

玄関のドアが閉まるのを確認して、ラーラは内ドアに手をかけて小さく息を吐いた。

「あの……うちの猫は少しばかり大きいのですが……きちんと躾けているので驚かないでくださいます……?」

「ええ、もちろんです。うちのシェリー……飼っている犬も凄く大きいですがお利口さんなんですよ」

ジェアナの返答を聞いて、ラーラは思い切ってドアを開けた。

「ッシギャーーー!!」

室内にいる巨大なリギーネを見てフォードが体を硬直させる。

だがジェアナは、感嘆の声を上げて目を輝かせた。

「まぁ見てフォード、なんて立派な猫ちゃんなのかしら! それにあんな綺麗な毛並みの猫ちゃんは初めてだわ」

「ッシギャーーー!!」

ジェアナが近寄ろうとすると、ペケが毛を逆立てる。

「ペゲッ! ええ加減にせ! わりいな、この子達リギーネはすごし人見知りで……」

「っなっっ!! リギーネだと?! 下がれジェアナ! その猫は……リギーネは山猫の魔物だ!」

フォードが慌ててジェアナを制止する。

「魔物……? 凄いわラーラさん、魔猫を飼っている人なんて聞いた事もない! 私も撫でられるかしら……?」

だがジェアナはその目を一層輝かせた。

そんなジェアナを見てラーラは一瞬呆然とした。

だがすぐに目に涙をいっぱいに溜めながら、顔をくしゃくしゃに歪め、何度も大きく頷いた。

「もちろん! もちろん撫でられるともっ! ま、まずは紅茶だ! ほれ、ぼけっとしてねでおめはお湯沸がせ!」

ラーラはそう言って、ジェアナの手を取ってリギーネへと近づいていった。

「…………いや……僕客……」

フォードはぽつりとそう言いながら、訳もわからず魔道具のケトルを手に取った。