軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

307 学園祭(6)

帆船部主催のアスレチックを、多くのギャラリーが興味深そうに見上げている。

無数の好奇な視線を気にも留めずに、到底不可能に思えた帆船部主催の『アスレチック・上級』を、ダンは苦も無く進んでいく。

余りにも難易度が高く、クリア不可能だと参加者から苦情が出たので、ダンが模範演技をしているのだ。

すでにコースの終盤にあるクライミングの難所に差し掛かっている。

壁を使った三角飛びで、僅かに壁から飛び出している突起物に器用に指をかけて取り付いたダンは、一瞬強風に煽られてバランスを崩しかけたが、二の腕をメキリと筋ばらせて体勢を立て直した。

そのまま垂直に切り立った壁面を、全身をバネのようにしならせながらするすると登り、最終遊具のスタート地点へと到達した。

地上からの高度は軽く三十メートル以上、ゴール地点を示す旗がはためいているマストの上の見張り台までは水平距離で十五メートルほどだろうか。

これまでの挑戦者達は誰も辿り着けなかった最終遊具だが、下から見ていてもどのようにして挑めばいいのか皆目見当のつかない形をしている。

恐らくは設置されている持ち手が飛び出た四角い箱や、鉤爪のついたロープを使うのだろうが――

だがダンは、固唾をのんで見守っているギャラリーたちが思いも寄らない動きを取った。

ゴール地点とは別方向に突き出た、ブームと呼ばれる帆の角度を調整する水平の棒を模した遊具に足を掛け、命綱も無しに無造作に中ほどまで進む。

ギャラリーからごくりと生唾を飲む音が響く。

棒の中程で足を止めたダンは目を細め、ゴール地点でなびいている旗へ目をやり風向と風速を確認した。

そしておもむろに帆布を纏めているロープを引いて、マストとブームに据え付けられている帆を開いた。

その瞬間、ダンが立っていたブームがみしりと軋みながら勢いよく回転を始める。

ダンは勢いよく回転する不安定なブームの上を、先端に向かって駆けた。

構造上の限界である六十度ほど回転したブームが、ガンッと急停止した瞬間、その勢いを利用してダンはブームを踏み切る。

「「ひぃっ!!」」

その様子を見上げていたギャラリーから悲鳴が上がる。

だがダンは、十メートル近い距離のある隣のマストにある 見張り台(ゴール) へと一足飛びで苦も無く飛び移った。

一瞬の沈黙の後、ギャラリーから大きな拍手とどよめきが上がる。

ダンはゴールに据えられた一本のロープを体に巻いて、マストを蹴りながらするするとロープを滑らせて降下してきた。

「……とまぁ、こんな感じだな。別にそこまで身体強化魔法の出力が無くても、工夫すればクリアできると思うぞ」

ダンがあっさりとそう言うと、ギャラリーたちは思いっきり顔を引きつらせた。

「か……完全にいかれてやがる……」

「あぁ……」

「お、王立学園生は、普段からあんな命がけの訓練をしているのか」

その様子を見ていた帆船部の部員の一人であるマイルが苦笑した。

「回転するブームを利用してゴールしたのは学園でも片手で数えられるくらいだから安心してくれ……。つまり今のやり方が唯一の正解ルートってわけじゃない。ダンの言う通り、やり方を工夫すればクリアできる余地はある。大切なのは頭を使って、自分が踏破できそうなルートをよく考える事だ。さあ頑張ってくれ」

せっかくダンが披露した模範演技ではあったが、それを見て、よし俺も挑戦しようとなったギャラリーは一人もいなかった。

「いくら何でも……難しすぎないか、このスタンプラリー……」

「あぁ。この僕たちが四人がかりで挑んでも、たった一つしか正解にたどり着けないだなんて」

地理研究部が主催するスタンプラリー、『英雄達の青春』に挑んでいるのは、貴官騎魔の『官』にあたる官吏経済上級専門学院の生徒会に所属する生徒たちだ。

体力魔力面には自信は無いが、学力だけなら王立学園生にも引けを取らないと自負する彼らは、この学園祭では近頃その知性が王都で評判になりつつあるココニアル・カナルディアが主催するスタンプラリーに挑むと決めていた。

お勉強の成績ではライオやベスターの方が上だが、その無尽蔵の記憶領域に蓄えられている、決してテストに出る事のないココの広範な知識は徐々に王都で評判になっている。

特に先日発表した『蝿の王』に関する論文では、専門家も舌を巻くほどのサン・アンゴル山脈の地史や魔物の生態に関する深い知識と鋭い論評は大いに評判になった。

近ごろでは魔物研究の専門家が、自身の研究に対してココに手紙で意見を求めてくるほどだ。

話をスタンプラリーに戻すと、入場直後からこの催しに挑んでいる彼らですら、四つある筈のスタンプを一つしか見つけられずにいる。

「……有名な『フェスティの溶岩』が正解の一つだった事からして、他の正解もおそらくこの学園の有名な卒業生達のゆかりの場所で間違いないだろう」

一つ目のゴールであったそれは、おおよそ百二十年前にこの学園に所属し、『火神フェスティ』と呼ばれ他国にも恐れられた魔法士が、王立学園生時代に戯れに溶かしたとされる巨岩だ。

伝説ではあっさりと溶かした事になっているが、実際には気の遠くなるほど繰り返された自主鍛錬により変形した事が判明しており、フェスティの事績と共に写真なども世に出回っている事から、問題としての難易度は低い。

この第一問についていえば、彼等の他にも正解にたどり着いているものは結構いるようだ。

だが――

「この第二問は多分『武聖』ルシウス・マーゴットに関係すると思うんだけどな……」

「ああ、ここに書かれている『夜の時代』は、この王国が腐敗に苦しんでいたおおよそ四百五十年から四百年前の時代の比喩としてよく使われるし、『七振りの光で夜を払う』はあらゆる武器を使いこなし、軍部の腐敗と戦ったルシウスを指していると見てまず間違いないだろう」

この分析に、他のメンバーも相槌を打つ。

「問題はルシウスのゆかりの施設がどこか、という事だな……。この『寝藁を食んで暁の空を迎える』の部分はマーゴット家の蹄鉄の家紋と何か関連がありそうだが……そもそもなんでマーゴット家の家紋に蹄鉄のモチーフが採用されているんだ?」

「さっぱりわからんな……もう一度あの古臭い厩舎を見に行ってみるか……」

挑戦者には、四つあるスタンプの場所を示すヒントとなる情報が与えられている。

だが教科書を熟知しているだけでは正解にたどり着くのは難しい仕掛けになっている。

ココの出題に対して気づきを得るには、世の歴史書に記されている核心の周辺にある時代背景など、膨大な『遊び』を楽しむ心が重要となる。

四人が再度古臭い厩舎周りにつくと、そこには同じような考えから厩舎に着目した挑戦者たちがちらほらと増えており、スタンプラリーのカードを握りしめて厩舎周りを探索していた。

だがその顔色から察するに、首尾の方はあまり芳しくないようだ。

「よぉカイン! お、地理研のスタンプラリーに挑戦しているのか? 調子はどうだ?」

と、そこに魔導車に跨った学園生と思しき男が現れて、まだ上級学校進学前と思しき年端もいかない少年に声を掛けた。

「あ、先生! うーん、二個は見つけたけど……残りは難しいね」

カインと呼ばれた少年がそう苦笑いするのを聞いて、厩舎周りでスタンプを探していた挑戦者たちが一斉に振り返る。

少年の手元のカードをよく見ると、スタンプが二つ押されているのが目に入った。一つはフェスティのもの、もう一つはカイン以外のここにいる誰も見つけられていないものだ。

「おーヤコブの問題を解いたのか! さすがカインだな!」

先生と呼ばれた凡庸な顔の男……アレンは、そう言ってばしんとカインの背を叩いた。

周りでやり取りを見ていた挑戦者たちが、そのやり取りに聞き耳を立てる。

「……ヤコブ……? 誰だそれ?」

褒められたカインは照れ臭そうに笑った。

「たまたまだよ。ヤコブは、実は城以外にも色んな建築物を後世に残してるって、持ってる写真集『世界の橋』に書いてあったから。ヤコブのアーチ橋よりずっと小さいけど、特徴の似てる橋を見つけて、たまたまピンときたってわけ」

城というキーワードを聞いて、挑戦者の一人が手を打った。

「城以外にも……もしかして築城の名人、ヤコブ・ハディダの事か……?」

「なるほど。王都の観光名所になっている旧西城壁見張り塔を設計したヤコブ・ハディダか。だが……確か千年も前の時代の人間だぞ? この学園の卒業生だったのか……」

「と、とにかくアーチ橋だな。確か何本か見たはずだ。千年も前の橋なら見た目から絞り込めるだろう。古そうな物から当たろう!」

アレンとカインの会話に聞き耳を立てていた他の挑戦者達は、慌ただしく走り去っていった。

その様子を見ていたアレンが肩をすくめる。

「…………すまん、せっかくカインが頑張って探したのにばれちゃったな。お詫びに残りの答えのヒントを教えようか?」

アレンに問われ、カインは少し考えるふうにして首を振った。

「うーうん、止めておく。この学園は面白いね、先生。すごく古い建築物がそこら中にあって……いろいろ想像しながら歩くだけで、タイムスリップしたみたいな気持ちになる。ヤコブの橋も、千年も前に僕とそんなに歳が違わない子供が研究で造っただなんて信じられなかった。……全部正解するのは無理かもしれないけど、時間ギリギリまで自分で考えて動いてみるよ」

カインがそう言うと、アレンはニヤリと笑った。

「分かった。『武聖の屋根裏』はともかく、あの『秘密基地』はきっと見つけたら感動するぞ? 何せココが『八百年ぶりに』あの『地下階段』を開いた時は、うちの教師陣が仰天してたからな。歴史的な発見だって。あと二問、難しいだろうけど楽しんでくれ! 一人に拘らずに、その辺の誰かに相談しながら進めてもきっと楽しいぞ? じゃあまたな、カイン!」

そう言って、実に楽しそうな背中を見せて魔導二輪車で走り去る。

「……ヒントはいらないって言ったのに。……きっと僕にも見せて、感動させたいのかな?」

そんなアレンを見て、カインはくすくすと笑った。