軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それだけが、人生で得られる唯一の正解よ

それからの話を、イストファはよく知らない。

しかし城内での噂話を聞くに、どうにも結構な数の貴族が処罰され、国外に関する何らかでも「何か」があったらしかった。

……正直、イストファには理解できない世界の話で、カイルも「別にお前は知らなくていい事だよ」と言葉を濁すだけだった。

ともかく、イストファの知らない大人の世界で様々な話は進んでいき……イストファ達は、その隙に迷宮都市エルトリアへの帰還の手続きを整えていた。

何やら事態が落ち着くまで待っていれば相当面倒な事になるとの判断であるらしかった。

そうして、出発の準備を整え……いざ馬車に乗り込もうとするイストファ達を見送るべくその場に居たのはエルトリア迷宮伯と……ブリギッテ、そして護衛の蒼盾騎士達であった。

「君には感謝しておるよ、イストファ」

「え? い、いえ。僕は何も……」

慌てたように否定するイストファに、エルトリア迷宮伯はゆっくりと首を横に振る。

「胸を張りたまえ。君が、ブリギッテ様を守ったのだ。それは、誰が否定できるものでもない。たとえ、君自身であろうともだ」

「……はい」

「よろしい」

頷くイストファの肩を軽く叩き、エルトリア迷宮伯は小さく溜息をつく。

「……儂もエルトリアでゆったりと良い知らせだけを聞いて過ごしたいのだがね。迷宮伯という地位にいると、そうもいかん」

迷宮都市という巨大な利権の塊を確実に王の下に置く為に一年のほぼ全てを王都に縛られるのが迷宮伯という地位ではあるが……それ故に迷宮伯は王の懐刀のような扱いをされることもある。

エルトリア迷宮伯も、当然のように今回の後処理に奔走している最中であった。

「しかし、陛下から君の事は特に気にかけるように言われている。今後とも会う機会があるかもしれんが、よろしく頼むよ」

「え。は、はい! よろしくお願いします!」

「ははは、うむ。さて、儂からはこのくらいだが……姫様?」

エルトリア迷宮伯に促され、黙っていたブリギッテが顔を上げる。

「……イストファ」

「はい」

「貴方はお父様を信じろとは言ったけど……まだ、私には分かりませんわ」

「それは……」

「でも、信じて……話し合ってみようとは思います」

それを聞いて、イストファは少しだけホッとしたように微笑む。

「よかったです。あの時のブリギッテ様は、悲しそうに見えましたから」

「……本当に、貴方という人は」

「え? ご、ごめんなさい?」

「謝る事ではありませんわよ。それと今回の事……大儀でしたわ! 自分の活躍を誇ってもよろしくてよ!」

「なんだそりゃ……お前って奴は……」

「カイラスお兄様は黙ってていただけませんかしら⁉」

カイルにそう噛みつくと、ブリギッテはイストファへと視線を戻し……その目を、じっと見つめる。

「……本当は、貴方に正式な黒杖騎士にならないか打診するつもりでしたのよ」

「それは……」

「分かってますわ。迷宮都市に戻るのでしょう?」

「……はい」

「でも、その後は?」

その後。その質問に、イストファは答えられない。

一流の冒険者になって……その後。その明確なビジョンが、まだイストファにはない。

「もし、その先の目標が空白なのでしたら……」

そこで、ブリギッテは一度言葉を切って。やがて、意を決したようにその先を口にする。

「私の隣は、いつでも空けてましてよ?」

そう言い切った直後、ブリギッテの顔は真っ赤に染まって。つられたように、イストファの顔もわずかに朱に染まる。

「え、えっと……」

「か、勘違いしてはいけませんわよ⁉ 黒杖騎士として! ですわ!」

「あ、あはは! そうですよね!」

「まったく! まったくもう!」

フン、と顔を逸らすブリギッテと恥ずかしそうにしているイストファを見て、エルトリア迷宮伯が少しだけ遠い目になる。

「……儂は何も見なかった。うむ」

どういう意味であったにせよ、色々と面倒な事になる。それを察した……というよりもブリギッテの真意を当然のように見抜いていたエルトリア迷宮伯は、自分の記憶に蓋をすることで問題を後回しにして。

「さて、と。それじゃあそろそろ行くか」

「うん。えっと……迷宮伯様、ブリギッテ様、お元気で!」

「うむ」

「ええ。貴方も息災で。ついでにカイラスお兄様と、その他の方々も」

明らかなえこひいきにその場の全員が苦笑するが……そうしてイストファ達を乗せた馬車は迷宮都市エルトリアへ向けて走り出す。

「それでイストファ。王都はどうだったかしら?」

「えっと……そう、ですね」

ステラの問いに、イストファは王都、というよりも王宮であった事を思い出し考える。

色々あった。そうとしか言いようがないが……それでも、言える事はあった。

「偉い人も色々と大変で……僕には分からない世界なんだなって。そう思いました」

権力の為に兄弟を殺し、あるいは貶める。イストファには理解できない世界だが……もし王に爵位が欲しいか聞かれた時「欲しい」と答えていたら、そういう世界に踏み込んでいたのだろうか、ともイストファは思う。

そしてそれはきっと、自分には合わないものだろうとも思うのだ。

「僕の目指す先は、たぶん『あの場所』には繋がってないんだろうなって、そういう風にも感じました。でも、それなら……僕は、何になりたいんだろう……?」

言葉の最後は、自分への問い。拳を握り難しい表情をするイストファに、ステラは笑う。

「それでいいのよ、イストファ」

「そうなんですか?」

「ええ、そうよ。自分が何になるべきか、終着点は何処か……その正解を知っているなどと語る輩は、絶対に勘違い野郎よ。死のその瞬間ですら、正解だったかどうかなんて分からないっていうのにね」

だから、とステラはイストファへと語る。

「進み続けなさい。それだけが、人生で得られる唯一の正解よ」

イストファは、その言葉に静かに頷く。

その瞳が見つめるのは……まだ見えない「これから」だった。