軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編【海水浴】3

ハルジーン海岸は馬車を1日かけて走らせた所にある。

早朝から出発して走り続け、夕方ようやく到着する距離だ。

まだソフィアが幼いので、途中休憩を二度は挟む。

先頭馬車にはペンシルニア一家が揃って乗っており、それを騎士集団が取り囲んで護衛する。後方に使用人の馬車と荷物の馬車があるが、そちらも騎士に囲まれて、ちょっとした軍団のようになって移動していた。騎士は半分がペンシルニア騎士団の赤いマント、もう半分は紫のマントを身に纏っている、王国騎士だった。

二度目の休憩は少し長めに、昼食のタイミングで取られた。

今回、アルロは騎士と共に行動している。

今回の旅行には、乳母であるダリアとレナは同行したが、後の使用人は数名しか連れてきていない。後は全員騎士である。アルロは馬に乗れないので後続の馬車に使用人らと共に乗っていたが、馬車が止まるといつも、すぐに騎士に呼ばれた。

「おぅい、アルロ、お湯を沸かすから、水汲みに行かねえか?」

「——いいか、馬はこうやって繋ぐといいんだ。ほら、馬が自由に動けるし、効率的だろ?」

そんな風に入れ代わり立ち代わり、騎士等がアルロに話しかけてくれる。

最近騎士訓練を始めたから、今回同行する騎士等とは顔馴染みになったせいだろうか。

以前仕えていたジーク家では、こんな大勢で移動するという事はなかった。騎士もいない家門だったので、アルロにとっては慣れない事ばかりで。

これは侍従の仕事なのだろうかとも思ったが、ペンシルニアの侍従としては騎士の仕事もしっかり知っておいた方がいいのかな、とも思う。そもそも根が真面目なので、アルロは夢中になって騎士等の仕事を覚えようと真剣に聞いていた。

エイダンも休憩の度に騎士に交じって準備を手伝ったり雑談したりしている。アルロがお湯を沸かすのに手間取っていると、火が強くなる薪の置き方、と言ってさっと手を貸してくれた。お礼を言っている間に今度は馬の手入れに行ってしまう。

公子がそんなに身軽に動くという事も驚いたし、しかも屋敷にいる時より楽しそうだった。

「——疲れてないか」

お湯が沸きそうなのを見つめていると、背後から声を掛けられる。タンだった。

同じ侍従職だけど、自分とは天地程の差がある。騎士であり侍従でもあるタンは、アルロの事を特に気に掛けて声を掛けてくれる。

長距離の移動をしたことがないだろうアルロを気遣って、今もこうして声を掛けてくれた。

「あ、はい。大丈夫です」

「慣れないと、尻が痛いだろう」

「は……いえ」

きちんと返事ができない自分を、不甲斐なく思う。

それでもタンは気にする様子もなく、隣に座った。

「後数時間で着く」

「はい」

アルロはこの、気に掛けられる、という事にもなかなか慣れなかった。ジーク家の使用人らは基本的には他人に関心を向けることもなく、みんな、忙しく自分の仕事をこなすのに必死だったから。

一方、騎士等からしても、恐縮しながら教わるアルロは実は可愛くて仕方なかった。アルロがペンシルニアに来た経緯を知っているから余計だ。

エイダンのように、教える前からほとんどの事ができてしまう子供と違って、教えれば素直に返事をして、一生懸命慣れないことをやろうとするアルロが可愛くて、つい構ってしまうのだ。

「——あ、タンここにいた」

エイダンが戻って来た。

タンは視線だけ上げる。

「僕の小袋知らない?保存食入れてたやつ」

「嵩張るから座席の下に入れると言ってませんでしたか」

「それがないんだよね……」

お腹が空いたからナッツでも食べたいんだけど……と続く。

そこまで言ったら、侍従としては「お持ちします」と応えるのが正解だと思うのだが。

タンは、そうですか。と呟いただけで、アルロの横で火を見ていた。その呟きすら小さくて、届いたか怪しい。

「アルロ、もう少しでお湯が沸くから、それからこれを——」

タンがマイペースに説明を始めるから、アルロはそれを聞かないといけないし、エイダンも気になるしで視線をあっちこっちに動かした。

「タン……最近ちょっと、僕よりアルロに構いすぎじゃない?」

直接的に指摘されて、アルロの方が慌てた。

「——っあ、も、申し訳——」

タンは実に不思議そうに首を傾げた。

「坊ちゃんはお一人でもできるでしょう」

混乱したのはアルロだけだった。仕える主人を差し置いて教えていただくなんて。——そう思うものの、エイダンもそれほど気にしてないようでひらひらと手を振りながら去って行った。

「はいはい、自分で探しますよー」

本当にいいのだろうか、と思ったが、エイダンと入れ替わりでマリーヴェルがやって来たので、アルロは急いで立ち上がる。

「——姫様、火の粉が飛ぶと危ないので、こちらには……」

夏なので、腕の出ているドレスを着ている。その白い肌が火傷でもしたら、とんでもない。

「じゃあ、アルロの後ろにいるわね!」

そう言ってアルロの背後に座ってにこにこと楽しそうにしている。向こうではライアスとシンシアがちゃんと敷物の上で優雅にお茶を飲んでいるのに、子供達はそれぞれ他の大人と混じって、好きなように過ごしている。ペンシルニアの子供たちは本当に不思議だ、と思うアルロだった。

そうして日が沈む頃に一行はようやく目的地にたどり着いた。

ハルジーン海岸は貴族らのリゾート地として栄えている場所だ。それぞれの私有地となっている海岸線がずらりと並ぶ。

中でも王家直轄地だったこのエリアは、砂浜が長年の波で抉れた曲線をしていて、他のビーチが見えないようになっている。潮が引くと道ができる小さな島があり、そこには決まった時間だけボートで入れる洞窟もある。

冒険にはもってこいだ。

まずは別荘地の屋敷に馬車は停まる。

屋敷はずいぶん昔に建てられたと聞いていたが、王家直轄と言うだけあって管理が行き届いていた。

長らく王家が訪れることもなかったのに、年老いた管理人は手を抜かずにしっかりと仕事をしてくれていたようだ。今回も急な訪問だと言うのに、床は磨き上げられ、壁紙は新しく、窓ガラスも曇り一つない。

寝具は全て新品と取り換えられており、ペンシルニアの屋敷で使っているものと同じ寝具、寝衣なのはおそらくライアスの仕事だろう。普段の仕事に加えて警備や工程を組むのにかなり忙しかったはずなのに、抜かりのない人だ。

到着した日は疲れて、軽めの夕食を食べ、入浴を済ませると各々すぐに自分の部屋に入った。

シンシアもベッドに直行した。遠くにさざ波の音が聞こえてくる。その心地よい音に、ベッドに沈むように体の力を抜いた。

「ああ……落ち着く」

窓を開けているから風も入ってくる。王都よりも少し涼しく感じるし、かすかに潮の香りもする。

「——少し凝ってますね」

そう言いながらライアスがベッドに寝そべるシンシアの腰を揉み解す。ライアスの手が温かいから、そっと触れられるだけでも心地よかった。

「これ……なんだったかしら、アルファ波…」

「あるふぁ……?」

「癒し……さいこう」

半分眠っているようなシンシアの気の抜けた声に、ライアスがふっと笑う。とりあえず、この上なくリラックスして、しかも幸せそうだ。シンシアが幸せそうな顔をするだけでライアスはそれこそ心が弾み、至福に胸が熱くなる。

もっとできることはないかと思うのに、シンシアはいつも、もう十分だと言ってそれ以上言ってくれない。

「窓を閉めましょうか」

海風は慣れていないと少し負担になるかもしれない。

「ん……」

ほとんど眠っているような返事のシンシアの額にちゅ、とキスをして、ライアスは窓を閉めに行った。

屋敷の2階からは海が見渡せる。満月に近い月が輝いて海面に映っていた。

この景色も、見れば喜びそうだと思うが、シンシアはもうこのまま寝てしまいそうだ。明後日が満月だから、明後日に夜の砂浜の散歩に誘ってみようか——と外を見ながら考える。

「——ライアス……?」

眠ったかと思ったのに、シンシアが呼ぶ。ライアスは急いでベッドまで戻った。

シンシアの目は開いていなかった。手だけでライアスを探しているようだ。シーツの上を白い手が彷徨っている。

ライアスはベッドの中に体を滑り込ませた。

「——シンシア。もうお休みください」

ここにいるから、安心して——そう言えるのが嬉しくて、この喜びをかみしめる。

シンシアが手探りでライアスの体にピタリと密着した。

少し力を込めれば折れてしまいそうな程細い腕が、自然とライアスの背中に回される。ライアスの腕に頭を乗せて、心地良い場所を探すようにすりすりと頬ずりのように頭を動かしている。

この瞬間がたまらなく愛おしく、ライアスはこのために生きていると思う事がある。

かつては憧憬の眼差しで遠くから見る事しかできなかった存在が、今はこうして、まるでライアスの腕の中が安心して眠れるというように気を許し、安堵の息を吐く。ふわふわとした銀の髪も、閉じられた銀の睫毛の一本一本まで愛おしくて、口づけたくなる。同時に、自分などが触れてはいけないような神聖さを感じるから、厄介だ。

いつもこの眩しく愛しい存在とひきかえ、自分の重苦しく卑しいような感情を何とか外に出すまいと必死でこらえている。

ふと、シンシアの長い睫毛が揺れた。

うっすらと目が開いて、間近に優しい金の瞳と目が合った。

「ライアス……ふふ……」

シンシアはおかしそうに笑った。空気が揺れて、重苦しかった胸が一気に軽く変わる。

「どうしましたか」

「見すぎです。穴が開きそう」

「すみません。愛おしすぎて……目を閉じるのがもったいなく」

シンシアは眠たそうだった目を開けて、ライアスをじっと見つめた。わずかに首を伸ばして、ライアスに口づけをする。

柔らかい唇の感触に一気に熱が上がる。

「こら、ライアス」

まるで子供に言うようにシンシアの優しい声がする。

「キスの時は目を閉じなさい」

「はい……」

体を操られているかのように、ライアスは自然と目を閉じた。

そうするとご褒美のようにちゅ、ちゅ——と軽くキスをされる。

もっと——と思ったらシンシアは満足したかのように、胸板に顔を埋めてしまった。

代わりにトントンと背中をあやすように叩く。

「そのまま、目を開けちゃだめですからね」

なんと、自分は寝かしつけをされているらしい。

こそばゆいような幸せな気持ちよさに、今のシンシアの顔を見たくて仕方ないが——シンシアの命令は絶対だ。目を開けちゃダメと言われたら、決して開けることは許されない。

「はい」

ライアスはゆっくりと返事をして、そっとシンシアを抱き締めた。