軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編【海水浴】4

朝になって明るくなると、屋敷のすぐ目の前に海が見えた。

いつでもすぐに海水浴ができそうな立地だ。窓を開けると波の音も聞こえてきた。しかもこの地域の風は朝になるとからりと乾いて心地いい。

カラカラ、という音にふと目を覚ますと、氷の浮かんだ水の入ったグラスがちょうどベッド横の台に置かれた。

「おはようございます」

そう言ってベッドに座り、ライアスはシンシアの髪を撫でた。

「今……何時ですか」

「7時、もうすぐ朝食です。まだ子供達も準備をしていますよ」

旅先だというのにこんなにぐっすり寝たのは、いつもと同じ枕とベッドのせいだろうか。

のろのろと起き上がると、ライアスが水を差しだしてくれる。それをごくりと飲んで、つめたい水で喉を潤すと更にすっきりと頭が冴える。それからううん、と伸びをすると、そっと手からグラスを取られてそのままその手にちゅ、とキスをされた。

「——ライアス、ちゃんと寝ましたか?」

見た感じでは疲れてはいなさそうだ。——が、ライアスは3日くらい徹夜が続かないと顔に出てこない。

そう思って尋ねたのに、なぜかライアスは顔を緩めて笑った。

「はい。貴方の寝かしつけのお蔭で」

「ねかしつけ……?」

記憶にないが、何しろライアスが緩んだ顔をして嬉しそうなので、まあいいだろうか。

「いつ起きたんです」

「少し前です。屋敷から海にかけて、歩いて来ました」

「ありがとう」

きっといつも通り早くに起きて、警備体制を確認しながら騎士等と打ち合わせをしてくれたんだろう。

ふわりと風が通り抜けた。

「気持ちいい風。夏とは思えない涼しさですね」

「朝の内は、海に向かって風が吹くようです。すぐに太陽が照り付けて暑くなりますよ。——とはいえ、水は少し冷たいかもしれませんね」

この言い方では、海水の温度まで確かめてきていそうだ。まさか泳いではないだろうが。

髪の毛が濡れていないかと思いじっとライアスの赤い髪を見つめる。見た感じでは、濡れていなさそうだが……。

唐突にライアスの顔が近づいてきて、軽く唇を重ねられた。

離れていく濃茶の瞳を驚いて見つめると、ライアスは熱のこもった眼差しでまた見つめ返して来た。

「朝からそんなに見つめられると、部屋から出たくなくなりますね」

「な——」

トントントントントン、と連続でドアがノックされる。

「ままぁ、パーパー!!」

ソフィアだ。

返事をする前にガチャリとドアが開けられ、駆け込んでくる。

「あさだよ?まだおきないの?」

そのままベッドまで駆け寄ってきて飛び乗ってきた。

「おはよう、ソフィア。今から行くところよ」

「早起きだなソフィア」

すっかり支度も終わって、目が爛々としている。

これはおそらく早朝から起きてダリアを困らせたのだろう。何とかこの時間までは部屋にいるよう言われ、7時を過ぎて飛び出して来たようだ。

「おはよう。ソフィー、ドアのノックは?」

「3かーい!」

3回どころではなかったが、ニコニコと答えられると可愛くてつい、ぎゅーっと抱きしめてしまう。

「ママはまだお返事してませんよ」

「きゃー、ふふふ」

けたけたと笑うソフィアの笑い声が愛おしくて、それ以上注意することもできなかった。どうも、この末っ子はそう言うところがうまい気がする。

くすぐったいのか笑い転げるソフィアをひょいと抱き上げて、ライアスが先に部屋を出てダイニングへ向かった。シンシアも朝の支度に向かった。

朝食のダイニングにはほぼ同時にみんな集まった。

「はぁ……。海が光ってる」

マリーヴェルが窓の外を見て憂鬱そうに呟く。海を見た子供とは思えないテンションだ。

「わあ……!!きらきら!」

ライアスに抱かれて登場したソフィアが歓声を上げた。

「うみって、ひかるの!?」

「——ソフィー、あれは、日の光が反射してるんだよ」

「はんしゃ……」

エイダンの説明にソフィアが不思議そうに外を見ていた。

「きれーい」

「早く行きたいな。ねえ、朝ご飯を食べたらもう行ってもいい?」

「はやる気持ちは分かるけど、皆で一緒に行きましょうね」

「いつになる?」

エイダンが身を乗り出している。シンシアとしてはいつでもいいのだけど、と思ってライアスを見た。

「——食べて準備をしたらすぐに行ける。着替えたら玄関ホールで待機していなさい」

「やった!はい!」

子供達のはしゃぐ様子を、管理人が微笑ましく見守っている。

「昼食は浜辺にご用意することもできますが」

そっとシンシアとライアスに提案したが、エイダンはすぐにそれにも反応した。

「いいね!——ねえ母上、そうしようよ」

「いいわよ」

シンシアがそういったからエイダンが嬉しそうにやった、という。マリーヴェルは渋い顔のままだ。

「ずっと海辺にいたら、疲れちゃうんじゃないの」

「海辺には、屋根付きのテラスがある。マリーはそこで過ごすといい」

ライアスがそう言うが、マリーヴェルはまだ思案顔だった。

朝食を今までにない速度で食べ終わった子供たちはすぐさま部屋で水着に着替えてホールに集合した。

シンシアも水着に着替えたものの、ライアスから懇願されて長いガウンを身に着けている。

暑いしこれでは泳げないが……屋敷を出発する前から押し問答するのも何なので、全面的にライアスの言うとおりにした。

そうして、ペンシルニア一家とそれを取り囲む騎士等の集団はぞろぞろと海岸へ向かって移動した。

海辺のテラスはしっかりと木造で組まれた、ちょっとしたコテージのような造りになっていた。

屋根もしっかりあって日差しも防げる。流石は王家の直轄地である。

到着するなり、エイダンは服を脱ぎ捨てて海に向かって走り出した。実は海を一番楽しみにしているのはエイダンなのかもしれない。あっという間に海辺に辿り着いて泳ぎ始めていた。

その後をタンがゆっくりと追いかけ、一応近くで泳いでいるようだ。数人の騎士も海に入っていった。

ソフィアもダリアと一緒にゆっくりと海に向かっている。

ライアスとシンシアはとりあえず子供たちのその様子を見ながら、念入りに日焼け対策をしていた。

「——シンシア、首の後ろにももっと……」

「え?もう十分塗ったわよ」

「いえ、まだ足りません」

そんな会話をしながらああでもない、こうでもないと帽子を選んだり忙しい。

シンシアもマリーヴェルも色素が薄いせいで、少しの日焼けでもすぐに赤くなって肌が痛くなる。マリーヴェルもレナが念入りに日焼け止めと上着を用意してくれていた。

「マリー、耳は塗った?」

そう言ってシンシアが手を伸ばし、マリーヴェルの耳にまで日焼け止めを塗ってくれた。

「帽子被るのに?」

「油断ならないわよー、この陽射しは。貴方は私に似てるから」

マリーヴェルは素直に言う事を聞いて、水着の上からシャツを着て帽子も被った。

眩しいのでサングラスもしたら、外見だけはどこからどう見てもバカンスを楽しんでいるスタイルだ。

テラスには飲物が用意され、マリーヴェルはベンチに座ってそれを飲みながら砂浜を見つめた。ふと風を感じて見れば、アルロが団扇で風を送ってくれていた。

マリーヴェルは側に立っているアルロを見上げた。

アルロは水着の上に薄手の長袖シャツを着たままだった。やっぱり、肌の露出は苦手らしい。

眼が黒いからだろうか、アルロはそれほど眩しそうにはしていない。その代わり、黒い髪は太陽の光を集めてすごく熱そうに見えた。

「アルロ、いいわよ、行ってきて」

「いえ」

「泳がないの?」

気温はどんどん上昇している。珍しくアルロの首筋にも額にも、うっすらと汗が滲んでいた。いくら屋根があっても、砂浜と海面からの照り返しが容赦なく降り注ぐのだ。

「姫様の側が、僕のいる場所ですので」

表情のあまり動かない顔のまま、それが当然と言うように言われて。

マリーヴェルはぐっと口を結んだ。

確かにアルロは自分の侍従として雇われているけれど。これはバカンスだ。タンだって、半分遊びみたいなものだから、エイダンから離れて自由に泳いでいる。

でも、アルロにはきっとまだ、難しい。ただ楽しみましょうと言うのは簡単だが、それを言えばアルロはどうしていいかわからなくて困ってしまうような気がした。

自由に楽しむということをしてほしいのに、気兼ねせずにそれをしていいのだとうまく言葉で説明できる気がしない。

「——っああ、もう!」

マリーヴェルは立ち上がった。

「行こう!」

アルロの手を取って、海に向かって歩き出す。

「姫様、海に……入るんですか」

「入るわよ。暑いもん」

「でも、濡れるのは嫌だと……」

「いいの!今日はそういう気分なの」

熱い砂の上を歩いて海に入ると、水は結構冷たかった。

ひやりと足元を冷たい海水が濡らして、マリーヴェルは思わず固まった。

波が寄せて引いていく時に砂に一気に足が沈んでいく感覚も、波が触れていくざわざわとした感触も初めてのものだ。

ああ、やっぱり嫌かも。

そう思ってアルロを見れば、アルロの表情が少し和らいでいた。いつもよりも黒い瞳もキラキラと輝いている。

「気持ちいいですね、姫様」

「う、うん……」

アルロにそう言って微笑まれたら、マリーヴェルはもう、先ほどまでの嫌な気持ちは吹き飛んだ。

「大丈夫ですか?怖くないですか」

「うん……でも、私、泳げないから……」

遠く沖の方まで泳いでいるエイダンを見ると、確かに波に飲み込まれそうでちょっと怖い。

おもわずぎゅっと握った手を、アルロもしっかりと握り返してくれた。

「はい。浅い所で遊びましょう」

「うん。手を、離さないでね?」

「もちろんです」

アルロがまた微笑んで、一歩を踏み出すから。マリーヴェルもゆっくりとそれに続いた。胸の辺りまで海の水に浸かっても、手を繋いでアルロを見ていたら、今は不思議と少しも不快さは感じなかった。時々波が体を揺らすのが楽しくすら感じる。

「あ、これ結構——ひいいぃぃっ!」

突然足首に何かが触れて通り過ぎて行って、マリーヴェルは悲鳴を上げた。

「なっ、なっ……!」

「あ、魚です、姫様」

「さ、魚!?」

「はい、これくらいの魚が今姫様の足の間から——」

「やだ、どこどこ……」

マリーヴェルは真っ青になってアルロにしがみついた。

「ひ、姫様……もういません。大丈夫です」

「噛んだりしないわよね」

「しません。魚の方がずっと素早いですから。よく水の中を見ると、鱗が反射して光って見えます」

そう言われても少し怖い。マリーヴェルは恐る恐る海の中をじっと見つめる。すると、海中からものすごい速さで赤い物体が浮き上がってきた。

「きゃああああ!」

マリーヴェルは今度こそ大きな悲鳴を上げて、アルロに抱きついた。

「——ねえ、何抱き合ってるの」

エイダンだ。

どこからか潜水しながらここまで泳いできたらしい。

「おっ、お兄様!急に出てこないでよ!」

「人をそんな化け物みたいに……」

エイダンはそう言って髪と顔の水を拭う。その飛沫が飛んでくるからマリーヴェルは益々顔をしかめた。

「ねえ、離れたら?」

「お兄様が驚かせるからでしょ!」

「普通に出て来ただけじゃないか」

そう言いつつも、エイダンはまだウキウキと楽しそうにしている。

「ねえ、泳ぐの教えてあげようか?」

「嫌よ。私は顔は水に浸けないの」

マリーヴェルはようやくアルロから離れた。

「ええー。せっかく来たのに。ねえアルロ、僕とあっちまで泳がない?」

エイダンが岩場の方を指す。

「カニとか色々いるんだって!」

「は、でも……」

「いいわよ、行ってきて」

マリーヴェルは砂浜の方を向いた。魚でもびっくりしたのに、その上カニだなんて。

「私、ちょっと休憩してるから」

体も濡れて暑さがやわらいだし、一旦テラスに戻ろうと思う。

エイダンとアルロが泳いで岩場に向かっていくのを見送りながら、マリーヴェルはテラスへと戻った。