作品タイトル不明
番外編【エイダンの学園生活】3
それからというもの、エイダンはレグナートといる時間が増えた。
課題をするのに学園だけでは時間が足りないので、家にも呼んだ。
エイダンがジーク家を訪れると何かと気を遣わせてしまうから、レグナートに来てもらった方がいい。そうなると当然アルロも付いてきて、そしたら思いの外マリーヴェルが懐いた。
エイダンが課題を終えて子供部屋を覗くと、マリーヴェルはアルロの膝の上で本を読んでもらっていた。
「かだい、おわった?」
そう聞いてくるマリーヴェルは、いつもなら大喜びでエイダンに駆け寄って来るのに、今日はアルロの膝の上のままだ。すっかり懐いて、もう随分昔から二人は一緒にいるかのようだ。
マリーヴェルの相手は骨が折れる。
あれこれと興味が逸れるし、思い通りにならないとすぐに怒るし。
そんなマリーヴェルの相手も、自分ならいつもうまくやれていた。
——だって僕は、マリーのお兄ちゃんなんだもん。
それなのに……。
部屋の中に散らばった折り紙もお絵かきの跡も、マリーヴェルがあれこれアルロを振り回したのだろう。アルロはそれに、ちゃんと応えてやったらしい。
あんなに嬉しそうに……。
「おにいさま?」
マリーヴェルに聞かれてはっとする。
「あ、ああ。終わったよ。お待たせ。何してたの?」
「えっとね、おしろつくったの。おひめさまするの」
そう言いながらも、まだアルロの膝の上だ。
レナがお茶の用意を持ってきたのに、まだ動かない。
「——マリー、こっちにおいで」
「なんで?」
「おかし食べよう」
「アルロも?」
「——あ、いえ、僕は」
アルロが慌てて遠慮しようとする。
「アルロの分もあるよ。ほら、4つあるだろ。だからこっちにおいで」
「はあーい」
そう言ってマリーヴェルはアルロの首にぎゅっとしがみついた。
「だっこでいくの」
「だっ、だめだよ」
エイダンは驚いて、思わず止めた。
「どうして?」
「いいから、ほら」
エイダンはアルロからマリーヴェルを受け取った。
「いい?マリー。マリーを抱っこできるのは、僕がいつも鍛えてるからだからね。誰にでも抱っこって言っちゃだめだよ」
「はあい」
返事はいいが、もうお菓子にくぎ付けである。聞いているのかいないのか。
しかもそれを一つ取って、アルロの目の前に持って行く。
「はい、アルロ。これおいしいの」
「え……あ、その……」
好物のお菓子まで上げるなんて。エイダンはいつも自分が一番、お姫様なマリーヴェルが今日はいつもと違って見えて、ものすごく戸惑った。
それはそうと、レグナートとの課題は順調に進んだ。
魔力の効率的な運用についての課題は、エイダンの苦手とするところだった。それをレグナートに大いに助けてもらった。これが他の生徒だったら「ペンシルニアの公子にも苦手なことがあるんですね」とか、「魔力が多い証拠ですから、羨ましいです」と陰口を言われたり変に持ち上げられたり、面倒なことになっていたと思う。
「——うーん、じゃあここまで溜めて、ここで一気に爆破させるイメージかな」
目の前の魔道具を睨めっこしながら、エイダンは色々な角度と強さで魔力を流している。魔力を流せばランプがつく基本的な魔道具で、どのように魔力を流すかを試すことができる。どうすれば少ない魔力でランプをつけられるかという発表を行う予定だ。
「あ、それは強すぎるのでは……もっと少なくてもいいと思います」
「これ以上弱くしたらつかないんじゃ」
「始動するのに、実はそれほど魔力はいらないのです。必要なのは緻密な回路計算で——」
「え、魔力を出すだけなのに、わざわざ、毎回考えて出してるの?」
「あ、はい……そうしないと、足りなくなるので……」
エイダンは目からうろこだった。土の魔力を使うわけではなくただ魔力を放出するのなんて、息をするようなものだったから。それを、計算して息をすると言われているのと同じだ。
「——普段やってないから、それはそれでかなり難しいな……」
エイダンは難しい顔をしてまた魔道具を睨んだ。
「どの回路計算を使えばいいの?まさかわざわざ何回路もしないよね。単回路でいい?」
「これとこれの、2回路使うと、より少ない魔力で持続させることができると思うんですが……」
レグナートがすらすらとノートに回路の方程式を書いていく。
エイダンは感心した声を上げた。
「成る程ね。レグナートは常時魔力運用ができるはずだよ。魔力の代わりに頭を使ってるんだ」
「い、いえ。そんな……」
ここで全く自慢げにならないのがレグナートのすごい所だ。
「もっと自慢したらいいのに。8歳でここまで計算できる子ってなかなかいないよ」
「僕は、これしかできないですし。できたところで……元が少ないので、僕自身ができることは本当にないんです」
確かにレグナートの魔力量は、本当に残っていない。常時身体を動かすのに使われているから。それ自体がすごいことだけど、やっぱりその分無理はできない恐ろしさもあるし。
健康な身体というのが、自分はどれほど恵まれていたのかという事にも気づかされれる。
「——でもこの2回路だと持続力はあるけど、明かりが暗いね」
「そうですね……これ以上は僕は試せないので、エイダン様に頼るしかないのですが」
ふう、とレグナートが息をついて椅子に座った。
「大丈夫?」
「はい。すみません、今日はもう魔力が……」
「いいよ、いいよ。十分進んだ。——タン、何かいい案ないの?」
後ろで控えていたタンが、何で俺が、という顔をしている。
「卒業生でしょ?同じことしたんじゃないの?」
「全く記憶にないですね」
そうだと思ったけど。一緒に考えてくれてもいいのに。
まあ、課題の提出まであと3日ある。今日はもう終わりにしようかと思って、エイダンは天井を仰いだ。
「あ、あの……」
遠慮がちな声がする。
レグナートの背後でほとんど気配を感じなかったアルロだった。
「今日の授業でやってた、方程式でしたら、どうでしょうか……」
そう言ってアルロは、失礼します、と言ってノートに書いてあった2回路に、いくつかの線を書き足した。
「これなら魔力は同じでも、威力が増すのではないでしょうか」
書き加えられた線を見てエイダンは目を見張った。
「すごいなアルロ。覚えてるの?」
「あ、その……理論上は、なので、うまくいくかは……」
それは確かに、今日座学で習った方程式の内の一つだった。それをうまく組み合わせて回路を完成させている。
魔力がないアルロには全く馴染みのないもののはずなのに。
「タンでも覚えてないよ!ねえ?」
こくん、と頷く。そんなにすぐに頷くのもどうかと思うが。
エイダンは、授業中にタンが侍従控室を抜け出して学園内を走り込んだり素振りをしたりして自主訓練をしているのを知っている。他の侍従は大体同じ教室で授業を聞いて、主人の復習に付き合ったりするものなんだけど。
いいんだけどね。
ノートを見ながらレグナートとアルロはあれこれ相談していた。
きっと毎日、授業の予習復習を一緒にしたりしてるんだろうなと思う。同い年の侍従っていうのは、そういう感じなんだろうか。
タンは昔から遊んでくれるお兄さんという感じだから、比べるものでもないだろうけど、ペンシルニアのせいもあるのか、少し変わっていると思う。
シンシアは「昔の貴方はやんちゃだったから……同じくらい体力のある男の子が良かったの」と言っていた。やんちゃに付き合える子供、という人選なのだとしたら、それは大当たりだ。タンとは実は結構危ないこともしてきた。
今となってはいい思い出だ。
「——坊ちゃん、どうします?」
「え」
タンに呼ばれて顔を上げると、アルロがいなくなっていた。
「レグナート様はお帰りになるので、アルロが馬車を呼びに行きました。俺も行ってきましょうか」
「あ、うん。ありがとう。よろしく」
少し時間を置いてから停留所に向かうとちょうどいいので、二人で片づけを始める。
エイダンは残されたノートをまじまじと見つめた。
「アルロはすごいね。あんなに小さいのに、よく働いて」
「アルロは僕達と同い年です」
「あ、そうなんだ」
「でも、僕より頭がいいですし、とてもよく気が付いて、支えてくれます」
エイダンが微妙な顔をしたのを、レグナートは敏感に察知した。
「アルロがどうかしましたか」
「この前、うちに来た時さ」
普段ならこんな事は言わないんだけど。
エイダンもレグナートと随分打ち解けて、しかもレグナートはいつも聞き上手だから、自然と胸の内が言葉に出てきた。
「マリーがすごくなついただろう?マリーは僕の膝の上が大好きだったんだ。僕だけの上が……」
「……………」
「……………」
しばらくの、沈黙。
「それは、嫉妬したという……?」
「え!なんで!ちがうよ!——ち、ちがうよね?」
「さ、さあ…」
確かに胸はもやっとした。気にしないようにしていたけど。
そんな、他家の侍従に嫉妬だなんて、そんな心根の小さいことを……?
その事実自体がエイダンにはちょっとショックだった。
「あの、でしたらペンシルニア邸へお伺いする際には、アルロは伴わないようにします」
「いや、それはそれで……」
レグナートが不思議そうにする。
「それがさ。マリーが毎日毎日、アルロは明日こない?って。本当に毎日毎日……はあ」
「え、と……す、すみません」
「いや、レグナートは何も悪くないよ。アルロも悪くない」
エイダンは肩を落として歩き始めた。
レグナートもそれに続く。
「僕には妹がいないのでわかりませんが、あれほど可愛い妹がいたら、そう思うのも無理はないんじゃないでしょうか」
「やっぱり?そうだよね!」
マリーヴェルの話になると、エイダンは急速に復活した。
「マリーは可愛いんだよ。気が強いように見えて、精一杯背伸びしてるんだよ。この前もさ……」
エイダンのマリーヴェル談義は馬車の停留所まで延々と続いたが、レグナートは楽しそうに聞いてくれた。