作品タイトル不明
番外編【エイダンの学園生活】4
課題の発表は大成功だった。
魔力を注ぐ実演形式の発表会で、持続力はあっても威力が少なかったり、威力はあっても続かなかったりの子が多い中、エイダンとレグナートはそのどちらも条件をクリアしていて、教師から大いに褒められた。
皆も見習うように、と付け加えられる。
羨望と称賛の眼差しがほとんどの中、数名からは嫉妬混じりの視線も投げられた。
とにかく、この学期一番の課題は終わったので、あとは、夏期の長期休暇に向けて気楽に学園生活を送るだけだ。生徒らの間にも、うきうきした雰囲気が流れる。
「レグナートはどこか行くの?」
「特に予定は……。領地には帰ります。エイダン様は」
「僕はね、今年は強化合宿に参加できるんだ」
体の弱いレグナートは、きっと行きたくても思うように出かけられないのだろう。そんな中であちこち遊びに行く事を話すのも、少し気が引けた。
とはいえ、レグナートがそんな事を気にしないのも知っている。レグナートはきっとエイダンの思い出話を興味深く聞いてくれるだろう。
「強化合宿というのは、騎士団の……?」
「うん。狩りしたり、山を走ったり、野営したりするんだ」
レグナートは目を丸めた。
旅行に行くというだけでも大変な事なのに、宿泊施設もなく、野宿するという。しかも、野山を駆け回って。何より——それを嬉々としてエイダンが語っているのが不思議だった。山を限界まで走るなんて、しんどくてつらくないんだろうか。
レグナートには分からない世界だった。
そうして別れて、エイダンは借りていた本を返しに図書室に寄った。
タンと2人で手続きを終え図書室を出た所で、目の前をアルロが走り抜けた。
「アルロ?」
声をかけるとアルロは弾かれたようにこちらを見て、止まり、急いで駆け寄ってきた。
どれくらい走ったのだろう、息を切らし、肩を揺らしている。
「どうしたの、レグナートは」
「た、助け……」
息も絶え絶えにそう言われて、それだけでエイダンは察した。
「どこ!」
アルロが頭を下げて、先導して駆け出す。エイダンもタンもそれに続いた。
「いい気になるなよ!」
向こうの建物の影から声がする。エイダンは咄嗟にアルロを制止して、自分が前に出た。
「ぼ、僕、そんな……」
角を曲がると、レグナートを壁際に追い込み、取り囲む3人の生徒——フォーブラス達だ。
教室でも睨んでくるから警戒していたけど、だからといって、まさか何かしてくるとは思っていなかった。それも、自分のいない時にレグナートだけを狙って。
エイダンは自分の甘さを後悔した。
まさかそんな事を、と思う事をするのが子供だし、自分より格下の者には想像以上に逸脱した事だって、やりかねないんだ。
「やめろ!」
叫んだ時には、もう遅かった。
フォーブラスの手から石が投げられて——レグナートの肩に当たる。
エイダンはカッとなって瞬時に2人の間に入り、フォーブラスの胸ぐらを掴み上げた。そのままシャツを絞るように持ち上げて、右手の拳を掲げる。
「エイダン様、『止まれ!』」
タンの叫び声に、反射的に停止する。それは、ペンシルニア騎士団で使われている5つの基本動作の一つだった。古代から使われている短い命令語に、身体の方が先に反応する。
振り上げた右手の拳を下ろさないまま、相手を睨みつける。その眼光の鋭さにフォーブラスが声にならない悲鳴をあげた。
それから背後のレグナートを見れば、驚いて固まっていたレグナートがはっと息をつく。
「——エイダン様、僕は大丈夫です」
「でも、レグナート、君に石が」
タンが間近に寄ってきた。
無言の圧力に、エイダンも何か言いたげにタンを見返すが、タンは何も言わなかった。じり、とそのまま見合ったかと思ったら、エイダンが諦めたように手を離した。突き飛ばすように離すから、フォーブラスは尻もちをつく。
「くっ——」
「被害者ぶるなよ」
ガン、と股の間に足を入れて、エイダンが踏みつける。
「ひっ……」
「エイダン様」
「分かってる」
訓練を始める時、嫌という程教え込まれた騎士道精神。弱い者に手を挙げるなんて言語道断だという奴だ。——でも、これが弱い奴か?性根が腐ってるのは間違いないけど。
エイダンはレグナートの近くに落ちていた石を拾った。それを上に投げて、また手に戻す。
フォーブラスらが青ざめた顔色でそれを眺めていた。
「こんなもの、人に向かって投げたらダメだよね。教えられなくても分かることじゃないの?」
フォーブラスも、その横の2人も答えない。さっきレグナートを追い詰めていた勢いはどこへ行ったのか。その卑劣さに、エイダンは乾いた笑いが出た。
「はは、どうしたの?楽しそうだったから、わざわざ君たちのレベルに合わせてやってるんだけど」
エイダンは見せつけるように石をまたゆっくり上に投げた。それを手に戻して、にっこりと笑って見せる。
「笑いなよ」
「う、うわああ」
一人が泣きだした、その時。
「何をしている!」
教師が駆け付けた。その後ろには必死で荒い息を整えるアルロ。駆け付けた時に、タンから指示された通りに教師を連れてきてくれたらしい。思ったよりも早かった。
「こ、これは……一体」
生徒が二人尻もちをついているから、どっちがどうなのかわからない。今日はフォーブラスらの侍従はここにはいなかった。
よりによってペンシルニアの公子とその侍従が揃っている。自然とそちらに窺うように視線が行く。
「そこの3人に、今日の授業の発表が不正だと言われ、石を投げられました」
エイダンは持っていた石を教師に渡した。
「なっ——」
「なんてことを!」
教師の声が裏返る。
「ち、違う!僕らは、こいつにじゃ——」
「石はレグナートに当たりました」
フォーブラスの声にかぶせて言って、レグナートの肩を教師に見せた。すでにそこには青あざができている。
「伝統ある学園に、こんな野蛮な行為が許されていいのでしょうか」
エイダンは残念そうにため息をついた。
「この件を家に知られれば、間違いなく父と母が訪ねて来ると思います」
先ほどの剣呑な口調から一変、優等生の仮面を被った、公子らしい静かな声音だ。
呆気に取られて3人が口を開け固まっている脇で、エイダンはすらすらと話す。
「僕としても、事を荒立てたくはありません。平穏な学園生活に波風を立てるような真似……」
「そ、それはそうだ。——フォーブラス君、石を投げたというのは、本当か?」
「な、投げましたけど、でも——!」
動揺してなのかうっかりなのか、あっさりと認めた。
教師がみるみる憤怒に顔を赤らめる。
「なんという……!」
「この神聖な学び舎でこんな事……。先生、それでも僕は、このことは両親には言いたくないんです。もし言ったら、心配をかけてしまうし……」
「あ、ああ……そ、それは、ああ」
教師の頭に、恐ろしいペンシルニア公爵の顔が浮かぶ。こんなことが知られては、確実に自分も学園も終わりだ。
エイダンが年相応の生徒の顔で教師を見上げた。両手を胸の前で組むスタイルまで付けた。
「でも、二度とこんなことが起こらないようにしてほしいんです」
「もちろんだ」
教師はポン、とエイダンの肩を叩いた。そしてフォーブラスらに冷たい目を向ける。
「心配はいらない。あの者らは不適格とする」
「えぇっ!」
3人の声が重なった。学園に不適格、すなわち退学処分である。学園に通う生徒の中で、最も重く、かつ不名誉な処分だ。
フォーブラスとその取り巻きは反論も許されず、速やかに教師に引き連れられていく。
残されたタンがぼそりと呟く。
「大人げないですね」
「子供だからね。僕まだ8歳だから」
エイダンはそう言って、肩をすくめて見せた。8歳らしからぬ仕草だ。
「いいんだよ。あいつらは、別に学園に通わなくったって」
自分たちで家庭教師でも雇って学べばいいだけの話だ。社交界からは、不適格者として見られるだろうが。
エイダンはレグナートの前にしゃがんだ。
「大丈夫?医務室へ行こう」
「大丈夫です。それより、エイダン様……ありがとうございます。来てくれて」
「アルロが来てくれたから」
広い学園の中で、すぐに会えたのは幸運だった。
「あんなふうに言って……大丈夫でしょうか」
大袈裟に教師に伝えたことだろうか。エイダンはレグナートの手を引いて立ち上がらせた。
「大丈夫だよ。逆恨みする暇もないと思うよ」
親もペンシルニアが絡んでるとなれば出てくることもないだろう。
「やっぱり、僕が、分不相——」
「ストップ」
エイダンがレグナートの言葉を遮った。
この先に言おうとしていることは分かる。
ジーク家とペンシルニア家の家格が合わない、自分とエイダンの身分も魔力も合わない——レグナートはいつも引け目を感じていた。
エイダンはそうじゃない、といつも言っている。
「レグナートはもっと自信を持ちなよ。今回の課題は、僕とレグナートとアルロで作り上げたものでしょ?」
「でも、僕は魔力が」
「なんで魔力が多い方がいいなんて思うかなあ」
エイダンの台詞にレグナートはびっくりした顔をする。
だって、魔力が多い方がいいに決まってる。それは、あまりにも当たり前のことで。空は青いとか、雲が白いとかと同じくらい当たり前のことだと思うのに。
「僕が言ってもさ、説得力ないのは分かってるんだけどさ。……その、魔力の量でなんでも決まるわけじゃないでしょ?実際、レグナートが今もこうして元気に学園にこれてるのは、魔力の量じゃなくてその使い方がうまいからだし、それは誰にでもできることじゃないよ」
「エイダン様……」
「おかげで僕は学園が楽しくなったし、課題もうまく行って褒められたし。ほら、いいことづくめだよ」
エイダンが言うと本当にそんな気がしてきた。不思議だ。
自分によって、人にいいことが起きているような気がする。
「だから、ありがとうレグナート。これからもよろしくね」
エイダンは満面の笑みでにっと笑った。
年相応の少年らしい笑顔に、レグナートも自然と、笑みが浮かんだ。少し涙も滲んだ。