作品タイトル不明
番外編【エイダンの学園生活】2
学園の入学式典で並んだのは、今年8つになった子供達だった。15人程度いて、半分くらいは見知った顔だった。
学年が上の生徒も参列していて、全て合わせて30人強、ケープの色が違うのは、学園の基礎科目を修了した後、更に専門的な教育を受けるために在籍している専門学園の生徒達だ。それらも合わせると100人近くなる。
エイダンの横にはトーマ・カーランドが並んだ。
トーマは現宰相の息子で、貴族位も近いから何かと一緒にいることが多い。カーランド家の夫人はシンシアの育児論と似て子供に愛情を注ぐ人なので、親同士の交流もある。
ただ、気が合うかというと……ペンシルニアが根っからの軍人家系なのに対し、カーランドは昔ながらの文官家系。とにかく話が合わない。
「やあ、妹は元気?」
トーマは社交的で、そちらから話しかけてくれる。
「うん。君のところは?」
「元気だよ。マリーちゃんに会いたいってよく言ってる」
「そっか」
ここから、特に話も続かなかった。
教室に移動してからの自己紹介も、教師からの説明も。特に目新しい事はなかった。
遠巻きに見てくる層、あわよくば近づいてペンシルニアと縁を作っておきたい層、妙な競争心からマウントを取ろうとしてくる層。その3つのどれかの子達ばかりだな、とエイダンは思った。
所詮は8歳の子供達だ。何を考えているのか、エイダンには嫌でもわかってしまう。
——ペンシルニアの公子に失礼があってはいけない。
——魔力量がすごいらしいよ。
——でも、土だろう?光じゃなかったんだって、父上が言ってた。
もう少し表情を管理しないと、社交界でやっていけないと思うんだけど。
そんなことを考えていたら、教師の話が終わった。今日は初日だから早めに帰れる。
エイダンはさっさと立ち上がった。
「タン、帰ろう」
「坊ちゃん」
タンがひそひそと耳打ちをする。
「本当に帰っていいんですか?今から初対面の人と話したりして交流を深めたり、学園帰りに招待しあったりするのでは」
「でも、今から帰ったら午後の訓練に間に合うから」
「……………」
「何?ちゃんと言ってよ」
「明日来たらもう既にグループが出来上がっていて寂しい思いをしませんか」
それはないだろう。
「本気で言ってる?」
「——あのっ、公子様!」
タンと話していたせいで、タイミングを逃した。早くも4、5人の子供達がエイダンの机の周りに集まって来ていた。
学園の目的は、基本的な魔法の知識を得る事、そして集団生活の中で交友関係を育むこと。そのため学園内では子供たちは自由に会話を交わしていい——という学則がある。身分の上下はあるが、交流は積極的にしなさいという方針だ。身分の下の者から話しかけても許される。
今までは自分が話しかけなければ話しかけられることがなかっただけに——これは少し面倒だな、と内心で呟く。が、エイダンは笑顔を作った。
「なあに?」
「ぼ、僕は、ミリタリー家のカイです。これから僕達、ランチを一緒にって話していたんです。公子様もいかがですか?」
「ありがとう。でも、今日は帰るよ。また誘ってくれるかな」
「そうですか……残念ですが、また是非」
「ええー、来れないんですか?今日はミリタリー家にみんな集まるんですよ?」
みんなって事はないだろう。なかよしのみんな、だ。しかもその子は名乗りもしない。
知ってるけどね。「マウント層」のフォーブラス伯爵の所の子供。
「生憎、僕は午後から訓練の予定があるんだ」
「訓練って……なんの」
「剣術だよ。僕はペンシルニアだもの」
「ええ、もう?」
この様子では、この中で剣術を始めている子はいないようだ。
「ペンシルニア公爵家はファンドラグ王国を守る盾でいなければならないからね。遊んでる暇があったら、一日でも早くまともに剣が振るえるようにならないと」
最後のはちょっと当てつけみたいになったかな。
それぞれ顔を見合わせているから、ぼくはじゃあ、とだけ言って教室を出た。
その後もエイダンは必要最低限の科目だけを履修して、授業が終わったらさっさと帰る、を繰り返した。
毎日誰かしら話しかけて来るので、その日その日で当たり障りのない会話をして、たまたま隣に来た子とはそれなりに会話も食事もする。
それでも、魔法については基礎から学べた。問題は教師だ。
——さすがはペンシルニアの公子様!私の教えられることはありませんね。
というように他の生徒の前でも媚びを売ってくる教師もいるから、下手にフォーブラスのようなマウント層を刺激されたり。
——その魔力量はすばらしいですね。地属性であっても、十分誇れるものですよ。
などと、エイダンが地属性であることを勝手に哀れみ励ましてくるような教師もいる。
学園ってこういう所なんだなと、1カ月もすればエイダンは思った。
学園がこうなんだったら、魔力至上主義の思想は貴族に根強く染み渡る。大人になってからも貴族社会はこういう世界なのかなと察した。
昔からそうだった。
社交界での自分の置かれた状況を、エイダンは比較的早く理解していた。
自分が8歳の子供らしくなく、可愛げがない子供なんだろうなとは思う。同世代の子供達とは、やっぱり付き合いづらい。
早く帰りたい、と思いながら抜け道を通って馬車の停車場へ急いだ。
「——おい、崩れたぞ!」
抜け道だから普段人通りなどないのに、声がした。思わず足を止めて、タンと顔を見合わせる。
「どんくせえなあ、まったく!」
「ほらほら、早くしないとまた初めからだろ!」
嫌な雰囲気の声だ。エイダンは建物の影を覗いた。
紺色のケープ、赤いリボン。——同級生だ。3人の子供達が、誰かを取り囲んでいた。
——ガッ!!
一人が何かを踏みつぶし、その泥が飛び散る。
「あー!このへたくそ!俺にまで泥がかかっただろ!」
自分で土を蹴っておいて、何を怒っているのか。後ろ姿だったが、その声はフォーブラスだ。
ドン、と誰かをその足で蹴飛ばした。
「なっ——」
そしてさらに、拳を振り上げていた。
「このおちこぼれが——!」
エイダンは思わず駆け出して、その手を掴む。
「なっ……公子様!?」
「何をしているの?学園内での喧嘩はご法度だって、わかっているよね」
少し離れた所の侍従たちを見る。バツが悪そうに視線を逸らされた。仕える主人の子とはいえ、諫めることもしないなんて。ろくでもないな。
見れば、取り囲まれているのは2人だった。
確か、同じ地属性の、ジーク伯爵家の——。
紺色のケープだから分かりにくいけど、取り敢えず汚れてもいないし、怪我もなさそうだ。
とすると、この地面に手をついているのは、ジークの横にいつもいる侍従だろう。黒い髪が目立つなと遠目に思っていた。長袖の白いシャツの肩の所に、くっきりと足形が付いている。
「フォーブラス、自分が何をしたかわかっているのか?」
フォーブラスは顔を真っ赤にして手を振りほどこうとした。エイダンは手に力を込めた。
「った、いた、いたい……!」
「坊ちゃん」
身体強化まで使い始めたから、タンが制止する。エイダンはぱっと手を離した。
フォーブラスは赤くなった腕を押さえて、それでもエイダンを睨み上げた。涙目になっているけれど、その気力はまだ残っていたのか、と思う。
「ぼ、僕らはジークの訓練に付き合ってやっただけだ!」
「そうだ。こいつ、魔力をちっとも使えないから……」
「——今すぐここを立ち去って、二度とジークに構わないというなら、僕も学園に報告はしない」
取り巻きの2人の台詞が聞くに堪えなくてエイダンは言葉を遮った。
言い訳にしてもお粗末すぎる。
ただ、無抵抗の人間を足蹴にするようなフォーブラスにまともに話が通じるとも思えないし、教師に言ったところでろくな対応をするとも思えない。
今はもう帰らせて、何か問題があればその時はもう両親に頼ればいいかな、と思った。タンも何も言わないし、それでいいと思っているのだろう。——多分。
フォーブラスは不満そうだったが、侍従に促されて立ち去って行った。
エイダンは2人の前にしゃがんだ。
「あ、公子様……。ご挨拶します。ぼ、僕は、ジーク家のもので……」
「うん、知ってるよ。レグナートだよね。よろしく。僕はエイダン」
「よ、よろしくお願いします。こっちは、僕の侍従の、アルロです」
アルロが正座のまま、深く頭を下げる。その表情は長い前髪に隠れてよくわからなかった。
エイダンはハンカチを取り出して、肩の泥を払った。
「——っあ、よ、汚れます……」
「いいよ。これあげる。やっぱり泥だから、落ちないや」
アルロの手にハンカチを握らせてから、エイダンは2人の腕を掴んで立ち上がらせた。膝の辺りはドロドロになっている。
「一体どうしたの?」
フォーブラスらは、魔力の訓練と言っていたが。——確かに、泥団子を作ったあとのようなものがある。
「僕……土を、うまく扱えなくて……今度の課題が……だから……」
声が消え入りそうで、エイダンは身を乗り出して聞いた。
「魔力が少ないの?」
「い、いえ……僕は、身体強化の方に、使ってしまっているので、土を扱う魔力が残らないんです」
「……………?どういうこと?」
目の前の弱そうなレグナートが、身体強化をしているようには見えない。
「僕、元々体が弱くて……5つまで、生きられないって言われていて。でも、ある日魔力を発現して、心臓の筋肉を強化するようになってから、こうして、普通の生活が——」
「えっ、それって、一日中魔力を使ってるって事?」
「は、はい」
エイダンは驚いた。
魔力もなくて、魔力運用も苦手なんだと思っていた。実際に、いつもレグナートは居残りをさせられたり、演習で叱責されていた。
魔力を放出し続けるという事は、相当な精神力を要する。
「それって、どうやるの?寝てるときにもやるって事だよね。そんなこと可能なの?」
つい矢継ぎ早に質問してしまった。
「わ、わかりません……僕、死なないために、必死だったので……」
「へえ……すごいね」
「いえ、全然そんな事」
「すごいよ。常時魔力を使い続けるなんて、大人でも難しいのに。それができたら、どれだけ強くなれるか……ねえ、タン!——あ、これは僕の侍従のタン」
タンは黙って頷いた。
「——侍従と言えばさ、見た?さっきの侍従たち。あんなことしても突っ立てたの見てるだけなの?あれが普通なの?」
侍従の働きぶりまでは流石にエイダンも知らなかった。
憤慨するように言うエイダンにタンが答えた。
「大丈夫です、坊ちゃん。坊ちゃんが間違ったことをしたら、俺がちゃんと拳で止めます」
「そういう……ことじゃないんだけどさ。うん、ありがとう」
レグナートは少し驚いていた。
普段教室で見るエイダンは無口で、常に穏やかな笑顔を浮かべている、貴族の子息の見本のような人だった。それが今では年相応の男の子のように見える。侍従との気安い会話にも驚く。
そうだ、まだお礼を言っていなかった、とレグナートははっとした。
「——あの、ほ、本当に、助けて頂いて、ありがとうございました。このご恩は——」
「そんなのいいからさ。それより、その常時使うってやつ、もっと教えてほしい」
「え?で、で、も……」
「色々試してみたら、何かわかるかも。あ、今回の課題一緒に組まない?」
課題が終わるまでは何かと行動を共にする。そうすれば、レグナートを陰湿な苛めから守ることもできそうだ。
「え!ぼ、僕なんか。足手まといで——」
「同じ地属性だから大丈夫だよ。効率よく魔力を使う方法なんだし、ぴったりじゃないか」
レグナートはかなり迷っていたようだった。
「実は、フォーブラス様に、いう事を聞いたら一緒にやってやると言われたので、こんなことに」
「はあ?本当にひどいな。それで殴る蹴るって。しかも侍従にまで」
「アルロは僕を庇ってくれて……」
へえ。
エイダンはまたアルロという侍従を見た。やっぱり身なりはだいぶ汚れている。自分より二回りくらいは小さいから、年下だろうか。
そうやって主人を身を挺して庇うなんて。
ジーク家はいい家なのかな、という気がする。他の子に感じていた疎ましさが、不思議とレグナートには欠片も感じないし、もっとレグナートの事を知りたいと思った。こんなのは学園に来て初めてだった。
「ねえ、本当に頼むよ。僕はレグナートと一緒にしたい」
「本当に、僕でよろしいのでしょうか……」
「うん!よろしく、レグナート」
元気よく差し出したエイダンの手を、レグナートは恐る恐る握り返した。