作品タイトル不明
番外編【赤ちゃんこんにちは】3
馬車まで歩いて行くと、ライアスが立っていた。今日は演習でもあったのだろうか、王国騎士団の衣装を身に着けている。
「あら……」
シンシアに続いて、エイダンはダリアに抱かれてうとうとしている。ライアスはシンシアと目が合うなり、胸に手を当てて頭を下げた。
王族に会った時にする礼儀作法だ。流れるような慣れた動きではあるものの、妻にするものにしては、やや慇懃というか。
王城にいると、なぜかライアスは形式張ってそんな態度を取ることがある。王族への態度がもう骨に沁みついてしまっているのか、何なのか。
周囲の目もある中でそんな態度を取られると、尻に敷いているみたいでちょっと嫌だ。シンシアは敢えてライアスの腕を取った。
ここ数日少しぎこちなかったからか、ライアスが少しほっとしたような表情になる。微かな変化だけれどそれを察知して、シンシアは罪悪感を覚えた。
ライアスのいない所でユートスとオルティメティに愚痴をこぼしたのも、数日前にふて寝した事についても。
不満を吐き出してすっきりして、ユートスにも、急ぐなと言ってもらえたからかもしれない。
心の余裕をもって考えれば、少し大人げなかったかと、ライアスのこの顔を目の前にしたら思う。
「お仕事は?」
「ちょうど片付きましたので、ご一緒しようかと」
朝食の時に、今日王城を訪ねるという話はしていたから、もしかしたらそのつもりだったのかもしれない。
おずおずと、といった風に差し出された手に、シンシアはそっと自分の手を重ねた。
「——では、帰りましょうか」
シンシアが馬車に乗り、ライアスも乗る。ダリアからエイダンを受け取ってライアスが抱き上げると、馬車の扉は閉められた。付き添いは後方の馬車に乗る。
向かい合って座り、目が合うと、ライアスは気まずそうに目をそらした。
ふて寝したあの日からしばらく、子供に関する話題は避けていた。もう少しライアスを納得させられる情報を集めようと思っている。諦めたわけではないが、こじれても嫌なので、話すのはやめた。
これまで毎日のように言っていたのがぱたりと止んで、ライアスはシンシアが本格的にへそを曲げたとでも思っただろうか。一日目はチラチラと様子をうかがうだけだったのが、二日、三日と日を重ねるごとに、ひどくなっていっている。なんというか、怯えるような。
ライアスは、一人で思い悩むと変な方向へ暴走していく性質があるようだ。
シンシアはそこまで怒っていない。腹は立つけど、考え方が違うのだったら、とことんすり合わせていくしかない。ライアス自身が憎くてとか、離婚を考えるとか、そういうわけじゃないのに、ライアスはじきに離婚を切り出されるのではないかと恐れているようにも見えた。
これは、今日あたり、ちゃんと話し合わないと。
「ふぁっ……やあ、ままー」
うとうとしていたエイダンだったが、馬車の扉が閉まって走り出すと、はっとしたらしい。すっぽりと腕に抱かれていたのに、向かいのシンシアの方に来たがって腕を伸ばした。
「エイダン、ただいま。おかえりは?」
ライアスがいつものように尋ねるが、その顔を遠慮なくエイダンが押しやる。
「…………はな、しぃ、て!」
ライアスとしては重たいエイダンの抱っこを請け負いたいのだが。眠い時のエイダンはいつも、なかなか言う事を聞いてくれない。
シンシアは両手を差し出した。
「貰いますよ。——エイダン、おいで」
その声に素早く反応して、エイダンは飛び移るようにしてシンシアの方へダイブした。
後ろ足でライアスのお腹を蹴っていったので、ライアスが自分のお腹をさすっている。
「エイダン。パパのおなか、蹴っちゃだめよ。いたいでしょ?」
「ないよ。ぱぱつよいもん」
いつも、パパは強いねと言っているのを、ここで持ち出されるとは。眠たいのになかなか言うようになった。
「強くたって、痛いわよ?パパ可哀想。ごめんなさい言ってね」
「めんね!」
喧嘩腰の謝罪に、シンシアは笑いをこらえているようだった。エイダンはこれ以上は喋らすなとでも言うように、シンシアの胸に顔を埋めてしまった。
ライアスを見れば、いつもの事なので特に何とも思っていないようだ。
眠くさえなければ結構仲良くやっているのだが。近頃エイダンはママ大好きが加速している。
「——大丈夫ですか?」
「はい」
慣れたしぐさでエイダンを横抱きにすると、エイダンは安心したようにシンシアの腕に頭を乗せ、こくり、こくりと頭を揺らした。ほぼ無意味な抵抗で目が半開きになっている。その瞼が閉じるのも時間の問題だろう。
心地よさそうなエイダンの頬を、シンシアが愛おしそうに撫でていた。とん、とん、と背中をたたきながら優しく眠りに誘っている。
シンシアの寝かしつけのスキルは実はペンシルニアでも話題になる程で。寝かしつけだけではなく泣き止ませ方も、シンシアにかかると魔法でも使っているのかと思う程にすんなりと行く。
以前、光の力を使っているのかと聞いたことがあるが、シンシアはおかしそうに笑い飛ばしていた。
「そんなわけないでしょう、いちいち使っていたら疲れてしまうわ」
そう言いながら、眠たくてぐずるエイダンを難なく抱っこで寝かしつけ、ベビーベッドに降ろしている。
ライアスがすると、寝るどころか暴れて興奮して、眠くて更に怒って——もう地獄絵図のようになる。そして極めつけは、眠っているのにベッドに降ろすと目覚めるというのが通例で。
悪戦苦闘するライアスに、シンシアは笑って教えてくれた。
「ふふ……コツはね、寝かせようって思わない事よ」
そう言いながら、ぐずるエイダンも泣き叫ぶエイダンも、どんな時でも愛おしそうに見つめるシンシアが、いつもライアスには眩しかった。
結局眠るのがうまくなった3歳になる現在まで、ライアスの寝かしつけはほとんど成功していない。
馬車の揺れの中、窓からの光に照らされながらエイダンを見つめるシンシアの表情は、まるで女神のようで——。
「——ライアス……何しているの?」
「はい?」
そう言われ、その姿に見とれていたライアスは、怪訝な顔をするシンシアと目が合った。
ライアスは無意識のまま、シンシアを拝むように手を組んでいた。
「……拝まないで頂戴」
天に召されるみたいだ。
シンシアが呆れたように話す。
「すみません」
ライアスは手を外した。
そうこうしているとすぐに馬車は屋敷に到着する。