軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編【赤ちゃんこんにちは】2

「姉上、最近書庫に通ってるって聞いてるけど」

王城の客室だ。今日はエイダンと共に遊びに来ている。ライアスは騎士団の方で仕事中、メイアやダリアは別室で待機しており、久しぶりの王家の家族水入らずだ。

エイダンは部屋の隅で国王ユータスに遊んでもらっている。月に一度来るかどうかの頻度で顔を見せているが、来るとユータスはいつもエイダンにかかりっきりになる。

シンシアはその間オルティメティはゆっくりとお茶を飲んで話すのがいつもの事だった。

「——何か、気になる事があるの?」

「光の属性を上手く使う方法?みたいな。でも、なかなか難しいわね。過去の例が少なすぎて」

魔力の基本的な操作については教師から学んだ。治癒の力の基本的な使い方は記録にあったが、それ以外については極端に記録が少ない。古文書の域になってしまう。

「光……」

元々、シンシアは光の魔力をあまり使わなかった。それをわざわざ調べていると聞いてオルティメティは不思議そうな顔をする。

「何か問題でもあるの?」

「二人目が欲しいの。ライアスが猛反対していて」

「それは……」

オルティメティは複雑な表情を浮かべた。

その顔がどういう顔かわかるから、シンシアの方は苦笑になる。

「ティティまで。——大丈夫よ、無事に産むために、出来る限りのことをするつもりなのよ?」

「僕は……」

オルティメティは開いた口を、また閉じた。

本音を言えば、オルティメティも反対だ、と言ってしまいたい。けれど、自分の立場を思うと、とても口には出せない。

可愛いエイダンが部屋の隅で、台車のようなものに乗せられて動かしてもらっていた。エイダンの高い笑い声が響き、ユータスが息を切らしながら押してやっている。

幸せな光景。この幸せを決して壊したくは無い。

出産、と聞くと、オルティメティの脳裏には常に、自分の出生時の事が思い浮かぶ。シンシアだって、エイダンを産むのにあれほど大変だったのだ。

シンシアの華奢な身体も、肖像画で見る亡き母の姿を見ても。王家の女性は出産には不向きなのかもしれないと、どうしても思ってしまう。

「ティティ、貴方まで心配しないで頂戴。安全に産んで見せるわ。せっかく光の魔力を持っているんだし、それを活かせないかと思って」

「うん……」

でも、その光の魔力を持っていても危険だったじゃないか。

「一人産んだから、コツがわかったの。次はもっとうまくできるわ」

それが本気か冗談かわからなくて、オルティメティは曖昧に笑って見せた。

少し、沈黙が流れる。シンシアが飲んでいたカップを置いて、かち、と微かに音が鳴った。

「ねえ、ティティ」

シンシアはじっ、とオルティメティを見つめた。

「いつか言おうと思っていたの。貴方、まさかお母様の死を自分のせいだなんて思っていないわよね?」

「え……」

この手の話題は、お互いに避けて来たんじゃなかったのか。

兄の死どころか王妃の死すら、自分達は十分に語れていない。悲しみに暮れるというのがどうすればいいのかもわからないまま、何年経ってもそこには怖くて触れられなかった。触れてはいけないのだと思っていた。

オルティメティはちらりと父親のユートスを見た。聞こえているのかいないのか、エイダンと遊ぶのに忙しそうだ。

自覚しているつもりだった。家族は皆、寂しさを抱えている。けれどオルティメティの寂しさは、きっと父や姉ほどではないのだからと。

シンシアがいつの間にか立ち上がり、オルティメティのそばまで来ていた。そのままふわりと抱きしめられる。いつぶりだろうか、姉にこんなに優しく抱きしめられるのは。

「ごめんね、ちゃんと伝えられていなくって。お母様が亡くなったのは、もちろん悲しい。でも、ティティ、貴方がいない事だって、考えられないのよ?」

「姉上……」

「ティティはたくさん言葉を飲み込んでしまうから。私はそれが心配」

シンシアのぬくもりがじんわりと温かかった。

「あっ、まま!」

エイダンが二人の抱擁を見つけて、慌てて駆け寄って来る。

やきもちを焼かれる前にシンシアはすっと離れ、エイダンを抱き上げてまた元のソファに戻った。

「まま、ぼくも、ぎゅ」

「はいはい。えーたん、大好きよ、ぎゅー」

シンシアがそう言ってエイダンを抱き締め、そのまま左右に揺らしている。エイダンはきゃっきゃと笑って本当に嬉しそうだ。

「——姉上、本当に変わったね」

嫁ぐ前も、決して仲が悪かったわけではない。けれどシンシアは兄とずっと一緒にいたから、どことなく距離を感じていた。

優しかったし、自慢の姉だったけれど。

産後のシンシアは急に雰囲気が柔らかくなった。先ほどのように温かく抱きしめるなんてことも今まではなかった。

シンシアはじっとオルティメティを見つめた。その顔は、肖像画で見る母の顔とよく似ているように思った。

「子どもができると、色々と見えてくるものがあるの」

シンシアは曖昧に笑った。シンシアの顔が母と似ていると思ったのは、それでなのだろうか。母親の顔ということなのか。

ユートスも戻ってきてオルティメティの隣に座り、シンシアがお茶を淹れた。

「私達、たった二人の姉弟だもの。愛しているわ、ティティ」

「姉上……」

「というわけで、協力してくれる?」

「え?」

急に雰囲気が変わった。

しんみりから一転、シンシアが険しい顔で身を乗り出す。

「ティティの方が、ライアスといる時間が長いじゃない?どう言ったら納得すると思う?」

「えー……」

長いとは言っても、オルティメティからすれば、剣術の師匠に近い存在だ。意見を言ったことは今まで一度もない。

ユートスも心配そうな顔をしていた。

「——シシィ、大丈夫なのか。お前は体が弱いから」

「あらお父様、私、身体が弱い事なんてあったかしら」

「お前は子供の頃から良く風邪をひいていたじゃないか」

「子どもの頃の話でしょう?——それに、エイダンを産んだ後、このままじゃまずいと思ったのよ。だから毎日運動して、治癒師から太鼓判をもらったのよ。心配いらないわ」

ライアスには何度も言っている事だから、半ば投げやりに言う。

そもそも子供が欲しいという話を父親にするのも、やや抵抗がある。ユートスとこの話題を話すつもりはシンシアにはなかった。

オルティメティは気遣いながら、うーん、と唸った。

「まあ……この話題はさ、姉上以外の口から語るには、ややセンシティブな案件というか……」

シンシアは首を傾げた。

「どういう意味?」

「僕が言ったって言わないでよ」

誰が聞いているというわけでもないが、オルティメティの声が小さくなる。

「エイダンの瞳の色が、ほら。土の魔力かって噂された時、即座に家臣連中から、早く次を産ませろって、次こそ光のって、相当圧力をかけられたとか」

「まあ」

「その時ライアスが激怒して、部屋を真っ二つに切り裂いただとか。まあ、尾ひれがついた噂話だろうけど。——姉上は、ペンシルニアの家臣らとは」

「まだほとんど会ってないのよね」

シンシアも少しずつ仕事を始めたり、事業をしたりはしているのだが。家臣との面会に関しては、ライアスからもう少し待ってくれ、と言われている。何やら色々しているらしい。多分、そういう者たちをあらゆる手を使って黙らせて回っているのだろう。

「そういうところもね。あっちだって、私に言わずに進める事がたくさんある頑固者なのに」

シンシアは不服そうに腕を組んだ。

「義兄上は、心配なんだよ。姉上には美しくて安全なところにいてほしいんだ」

以前のシンシアはもっと儚げで、無理もないと思ったかもしれない。今のシンシアは、ライアスの手の中には納まりたくないと言っているようだった。それが頼もしいような、危ういような。

「そこに私の意思はないのよ。私は箱庭の幸せを望んでいるわけではないの」

弁えては、いるつもりだ。制限の多い生活、護衛に囲まれた移動。自分で自分を守ることもできないのだからその中にいなくてはいけないとわかっている。

自由って、案外遠いところにあるものなのだ。前世ではそんなに思わなかったけれど。

「ままぁ……」

エイダンが目をこすりながらシンシアを呼ぶ。

膝の上に乗った体重がいつもより重く感じ、ぽかぽかと手足が温かい。

「あら、エイダン。眠たくなったの?ねんねする?」

「かえる」

帰っていつもの部屋で眠りたいのだろう。この様子では、馬車までも持ちそうにないが。

「——じゃあ、そろそろお暇するわね」

シンシアが立ち上がった。

ユートスが呼び鈴でメイドを呼びながら、ポン、とシンシアの肩を叩く。

「シンシア。そんなに急がなくても、お前もまだ若いんだから」

「ええ」

「私はいつでもお前の味方だ。エイダンに弟か妹ができたら、にぎやかになって、きっと楽しいだろう。すぐにそうなる」

ユートスが断言するように言う。元気づけようとして言ってくれているだけだろうけれど、そう言ってもらえるだけで、本当にそうなる様な気がして。

結局何も解決はしていないが、少し心が軽くなったシンシアだった。