軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20.マリー12歳

七月、アルロがひっそりとペンシルニアに帰って来てくれた。

「——本当に帰ってこれたんだね。しかも、一人で」

「はい。結構身軽にやらせてもらっています」

驚くエイダンにそう言って、アルロは本当に旅行にでも行っていたかのように軽装で帰ってきて、またいつも通りペンシルニアで過ごした。

すっかり慣れてきた以前からの貴賓室を使い、食事も家族そろってアイラもいるから一気ににぎやかになった。

「それで、即位の事は決まったのか?」

ライアスがアルロに尋ねる。

「はい。一月に喪が明けるので、春にと思っています」

「結構先だね」

「そうですね・・・前王国の事を先に片付けなくてはいけないので。それを、秋にと思っています」

言い方は濁しているが、要するに処刑である。結局、王族四名とそれに連なるものたちを処刑する事は決まっている。処刑する名分を作ったモイセスは悔しくてたまらないだろう——いや、ヘルムトの件で昔からの解放軍のメンバーからは恨みに恨まれている。獄中生活は過酷を極め、いっそ早く処刑してほしいと、今は思っているかもしれない。

結果としてはこれで遺恨を残すことなく新政権を始められる。

その秋までは情勢は落ち着かないだろう。

「色々片付けておきますので、即位式にはお越しいただけると嬉しいです」

粛清を進めている、それを事も無げに言うようになったのは、解放軍での経験によるものだろう、とライアスは思った。人を傷つけることを絶対にしなかった以前とは別人のようだ。

人の死が身近にある感覚は・・・異質なものだ。慣れるものでもないし、どうしたって向かない人間もいる。アルロは幸いと言うべきかどうか、順応したらしい。

「アルロ、つらいことはない・・・?」

マリーヴェルが心配そうに尋ねる。

「はい、大丈夫です。姫様にお越しいただけるように、お城も修繕しておきますね」

「本当?アルロと同じ部屋に泊まれる?」

『駄目に決まってるだろう』

ライアスとエイダンの声が重なった。言ってみただけよ、とマリーヴェルが唇を尖らせる。

それを見て笑うアルロを見て、マリーヴェルがまっすぐな信頼を寄せている以上は、おそらく心配はいらないだろうと、ライアスは思った。ライアスが、シンシアを護るためにと戦争に行けるように。

「——アルロ、父さまみたい」

ソフィアが言った台詞にアルロは目を見張った。

「え、僕が、公爵様にですか」

「うん。そっくり。ブラントネルに行って、そっくりになって帰って来たね」

「とんでもない、恐れ多いです」

アルロはそう言って、真剣な表情になった。

「でも、ペンシルニアの教えを守れるようには、頑張りたいです」

家名も授かって、紋章も名実ともに使うようになった。振りかざすものではないが、常に身につけているうちに、アルロの中ではしっかりと浸透してくるような感覚があった。

「アルロ君の頭に金の王冠が見える」

アイラがじっとアルロを見て言う。それが冗談なのか、本当に何か見えるのかわからなくてエイダンに視線が集中した。

「なんで僕を見るの。なんとなく思い付きで言っただけでしょ」

「うん」

アイラはそう言って手元のワインを飲み干していた。

マリーヴェルはアルロと庭園を散歩していた。

今までと同じように話すけど、今までと同じではない。アルロは時折、眩しそうに、愛しいものを見るような眼差しを向けてくる。その熱のこもった視線には覚えがあった。ライアスがいつもシンシアに向けている目と同じだ。自分がそんな風に熱を向けられるなんて夢のようだった。

その目で見られると、一気に体温が上がる気がする。

「暑くなって来たわね」

少し歩いただけで、日差しはきつくて汗ばんでくる。薔薇ももう終わり頃だ。

「そうですね。こっちに来ると夏だなって思います」

「ブラントネル城は涼しいのね」

「はい。お城からかなり遠くに山の稜線が見えるのですが、そこはまだ雪をかぶっているんです。そこからの風がお城に向かって吹いてきます」

「お城の後ろは山なんでしょう?」

「はい。その山にぶつかって上昇気流が発生して。なので、ブラントネルは雨がとても多いです」

「雨は好きよ」

エイダンが聞いていたら嘘つけ、と言われそうだ。

「良かったです」

アルロがはにかんだように微笑むから、マリーヴェルは胸が苦しくなった。

「アルロ・・・手を繋がない?」

「え・・・」

アルロが驚いて立ち止まった。

周囲には誰もいない。

「え、エスコートを——」

「違うわ」

アルロが腕を差し出そうとして、マリーヴェルはその手をさっと取った。指を絡めてぎゅっと繋ぐ。

今までだって手を繋ぐことはあった。

けれどこうして思いを通じ合わせてからはほとんど繋いでいない。

「ひっ、姫様」

「何よ、嫌なの?」

アルロが固まるのでマリーヴェルが不満そうに言った。アルロはぶんぶんと首を振って慌てた。

「姫様・・・いけません」

「手を繋いでいるだけじゃない」

実はエイダンから、マリーヴェルに触れるなときつく言われている。

そうでなくてもアルロは恐れ多くてとんでもないと思っていた。

それなのにマリーヴェルは満足そうにアルロの手を握って離さなかった。

「明日には、またお別れしちゃうでしょう?私、寂しいんだもん。寂しいけど、我慢するんだから・・・これくらい、いいじゃない」

「姫様」

マリーヴェルが小さく肩を落とすのを見たら、アルロは緊張も恐れ多さも吹き飛んだ。ぎゅっとその手を握り返す。柔らかくて温かい、まだ少し小さな手だった。

「ふふ・・・幸せ」

マリーヴェルが本当に嬉しそうに笑う。キラキラして綺麗で眩しくて、天使のようだとアルロは思った。

「僕も、幸せです」

「アルロ。ありがとう」

何がだろう。手を繋いだことだろうか。それだったら、アルロの方こそありがとうだ、と思ったら、マリーヴェルは笑った。

「無事に帰って来てくれてありがとう。誕生日に来てくれてありがとう。それから・・・何だろう。とにかく、もう感謝でいっぱい。ありがとう!」

その存在そのものに。生きていてくれて、側にいてくれて。なかなかうまく言葉にできなかった。

「アルロがいたら、ドキドキしてふわふわして、最高」

「姫様・・・」

アルロの方こそ、胸いっぱい、苦しいくらいに幸せだった。

愛はみっともなくて苦しくて、こんなものと思っていた。けれどこうして手を繋ぐだけでこの世が鮮やかに景色を変える。マリーヴェルが幸せそうにしてくれるだけで、もう他には何もいらないと思う。

「僕も。姫様といられて、最高に幸せです」

アルロの言葉にマリーヴェルは本当に嬉しそうに笑った。

その日の夜、晩餐会の形式でアルロもアイラも加わって、マリーヴェルの十二歳を祝った。

アルロがお忍びに近い形で来ているので、ペンシルニアで祝うのは内輪でのみ。公には、後日王城でパーティーが開かれる予定だ。

マリーヴェルにとっては屋敷でのこの日が本番だった。

食事が終わり、家族の皆からマリーヴェルはプレゼントを渡された。

「——姫様にお似合いのものを、僕も何かお贈りしたかったのですが・・・」

アルロが遠慮がちに言った。

ブラントネルは本当に深刻な財政難で、お金がない。

城の宝物庫も空っぽで、国中の畑も去年まではほとんど収穫がなかった。ファンドラグの支援がなければ本当に荒野になっていたことだろう。ブラントネルが解放した都市がこの春に植えた穀物が、秋になれば収穫が見込める。それまでは一シルバーも使えない状態だった。おそらくペンシルニアどころか、エイダンの個人資産よりも資金はないかもしれない。その上首都周辺は花の一本も咲いてはいない、文字通り荒野が広がっている。

日々の食事も全て支援に頼っているから、ファンドラグの平民の方がいいものを食べているだろう。

「アルロ。そんな事言わないで。アルロは忙しいのに、大変なのに来てくれたじゃない。何もいらないわ」

本心だった。

「ソフィのをアルロと一緒ってことにする?」

ソフィアがひそひそと小声でアルロに言った。その手にはまだ渡していないプレゼントの箱がある。

「大丈夫です、ありがとうございますソフィア様」

そう言ったかと思うと、アルロは窓を開けて、口笛を一吹きした。

一羽の黒い鳥が入って来て、アルロの肩に止まる。ぎょろりとした愛嬌のある目をしたフクロウだった。

「それ・・・操ってるの?」

「いえ、捕獲する時だけ。今はもう訓練を終えたので」

「訓練?」

「はい。夜でも一直線、覚えさせたブラントネルの王城に飛んできます。今回ここの事も覚えさせたので、この二点間を正確に飛んでくれるはずです」

移動する人を覚えさせる事もあるくらいだから、動かない城と屋敷は朝飯前だ。ブラントネルでは夜に移動できるフクロウを伝書に使うことが多い。

「ネロのことがあるので、少し心配ではあるのですが・・・」

フクロウは外の木に留まって数日を過ごした。様子を見ていたが、取り敢えずソフィアの猫に襲われる様子はなかった。大きさもネロと同じくらいだ。

アルロは小ぶりな笛をマリーヴェルに手渡した。

「これを鳴らせば、マリーヴェル様のところに手紙を届けます。そのうち吹かなくても届けるようになると思います。来たら、肉を少し褒美にやって下さい」

「素敵・・・私とアルロの、専用伝書鳥ね」

「手紙は、不得手ではあるのですが、出来るだけ書きます」

「最高の贈り物よ、アルロ!ありがとう」

抱きつきそうになるところを、ライアスに抱きとめられる。

「公爵様、奥様」

アルロはライアスとシンシアにも向き直った。

「マリーヴェル様の成人までに、国を豊かにしてみせます。必ず、幸せにすると誓います。ですから——」

「マリーはまだ十二だから。成人まで六年ある」

ライアスは台詞を遮り固い声を放った。

「はい」

「この話は六年後にしよう」

「ちょっとライアス」

シンシアが呆れたように言った。

アルロが真面目に話しているのに、そんなに一刀両断するものじゃないと思う。

「——まあ、承諾みたいなものよ、アルロ」

「承諾はしていない」

「ライアス」

「六年後、国が安定し、国王としての地位が確立し、マリーヴェルを迎え入れる地盤が整ったと判断できれば、改めてその話を聞く。お互いの気持ちが今と変わらなければな」

「変わるわけないわ!ちょっとお父様、離して!」

「はあ・・・」

ライアスは心の底からつらそうなため息を吐いた。何とかマリーヴェルを解放するが、見つめ合うマリーヴェルの姿に複雑そうに眉を下げてその様子を眺めていた。

どうしようもないわね、とシンシアが肩をすくめている。

ちなみにこの時エイダンは、アイラが手を繋いできてくれたので意識がほとんどそっちに向いて何も言わなかった。

こうして、アルロはブラントネルに帰って行った。

本格的に粛清を急ぎ、慌ただしくなったせいで、次にアルロがペンシルニアに帰って来たのはエイダンの誕生日だった。

ペンシルニアはアルロの誕生日に、次期ブラントネル国王にと公式に木材と技術者、国家予算規模の価値のある魔石を大量に贈った。周辺国は両国の結びつきに大いにざわついた。もちろんその贈り物の中に、手作り味あふれる子供たちからのプレゼントも添えられており、次期国王が何より大切に扱ったのは言うまでもない。